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 朝の団欒。意外にもユージンたち皇族の方々は基本的に毎朝一緒に食事を取るらしい。

「アスティちゃん、食事はお口に合うかしら?」
「ええ。とっても美味しゅうございます、カーシェ様」

 けれどとっても居心地が悪うございます、カーシェ様。

「ほら、アスティ。あーん」
「カーシェ、ほら口を開けよ」

 私とカーシェ様は何故だかお互いパートナーの膝の上。どうして陛下の膝の上にカーシェ様がいらっしゃって、あーんしてもらっているのかしら。そしてカーシェ様はそれを当然のように受け入れているのも不思議だわ……。それにユージンをはじめとして、レックス殿下もムーアも平然としている。おかしな光景だわ。
 でももっと不思議なのはユージンも陛下と同じことを私相手にやっていることよね。

「ユージン様。わたくし、一人で食べられますわ」
「遠慮しないで、アスティ。昨日は無理させちゃったから、腰がいた、」
「とっても美味しゅうございます、ユージン様っ!」

 フォークに刺さっていた肉を急いで口の中に入れてにっこりと微笑む。
 やめて、絶対にやめて。恋人の家族の前で昨夜ヤッてましたなんて知られるのは絶対嫌よ。城でした行為だし、知られてるだろうけど、わざわざわかるように口に出すなんて絶対嫌よ。

「本当? それはよかった」

 ユージン、あなた絶対あとで覚えていなさいよ。いくらユージンがとても美しくてかわいいとはいえ、許されることと許されないことがあると思うの。



「あなたがムーアの影ね」
「──は。ルウナと申します」

 離宮の一室。ユージンの膝に腰掛ける私の前で跪くムーアのそっくりさん。ムーア曰く、彼はムーアの影武者だそう。
 確かにムーアに似ているけど、ムーアよりもしっかりとしていて顔が男らしいわ。見たことがある気がするから、もしかしたらムーアじゃなくてこの子が私の元に来ていたこともあったのかもしれない。
 そういえばムーアが踏むことではなくて、ただ単に褒めることを褒美に望むことがごくまれにあった。それがこの子なのかもしれない。
 そうだったのなら主人失格よね。自分の秘密兵器と影武者の違いがわからないだなんて。
 小さくため息を吐くと、跪いた目の前の少年と私の隣に座るムーアの肩がびくりと跳ねた。

「そうね。なら、ルナね。あなた」

 名前はルウナだし、ぴったりじゃない。ちょっと女の子過ぎるかしらとも思ったけど、ムーアもルナも女顔だしいいわよね。

「あら、なぁに。気に入らないのかしら?」

 なんて思いながら、俯いて震えるルナの顔を扇で顔をあげさせて固まった。

「か、改名いだじま゛ず」

 顔から出せる液体全て出てるんじゃないの、ってぐらい顔が汚い。えぐえぐと泣きながらも、私をキラキラとした目で見つめるルナに、さすがの私も戸惑ってしまう。
 これは、尊敬されているのかしら? というより、なんだか崇められている?

「改名はしなくていいわ。それより、ねぇ。あなた、ムーアの代わりに時々来てたわね?」

 話を変えるために先ほど考えていた考察を伝えると、なぜかルナの表情は青褪める。
 わたくし、変なこと言ったかしら。そんな世界の終わり、絶望だ、みたいな顔。百面相ね。
 きょとんと首をかしげると、ルナはとても綺麗な土下座を披露した。

「ひ、姫様を騙してしまい、申し訳ございません……!」

 ……ひめさま?

「ムーア様はなにも悪くないのです! わたくしめが姫様にお会いしたくて……、自死します!」
「やめなさい」

 私になにを見せるつもりよ。あまりグロテスクなのは好きじゃないのに。
 怒ってないでしょう、私。そんなことしなくてもいいのに。
 なんだか、この子には前世でいう忍者っぽさを感じるわ。

「そんなことより、姫様ってなにかしら?」

 私が訊ねると、ルナは絨毯に頭を擦り付けた。
 この子、土下座が本当綺麗よね。なぜ?

「わ、わたくしごときがご尊名を呼ぶなど失礼にあたるかと思い、か、勝手に呼ばせていただいておりました……!」
「あら、いいわよ、別に。けど、姫様はもう呼んではダメよ?」

 姫様と呼ばれるのはそりゃあとても気持ちがいいけれど、姫様はもうダメ。
 だって、姫様っていうことは王族なのよ? つまり、ユージンの妹になってしまうのよ? 結婚できないじゃない。

「だから、今度からわたくしのことは名前で呼びなさい」
「────」

 ばたんっ。
 ルナが倒れた。

「わたくし、おかしなこと言ったかしら?」

 倒れたルナを見下ろしながら呟く。
 別に変なことを言ったつもりはないのだけど。

「ダメだよ、ご主人様~。ルウナは自己評価が低いから、ちょっとしたことで動転するんだ」
「彼は影武者としてはとても優秀だけど、少しシャイなんだよ」
「ああ、だからご褒美もあんなに控えめだったのね」

 いつも踏んでほしいっていうおねだりをするムーアが、ただ撫でてほしいっていうご褒美を要求してきたときは頭を心配したけれど、もともと別人ならそれもそうよね。
 というか、あら? ルナはムーアの影武者よね?

「ねぇ、関係ないのだけど、ユージンの影武者はいないの?」
「ああ。私とレックスに影武者はいないよ」
「普通は皇太子に影武者ってつくものだと思うのだけど」

 私の普通って間違ってる? そもそも私に影武者なんて存在をバラしてよかったのかしら。
 ……よかったのよね。だって、ユージンと結婚するのだし。私、次期王妃だもの。

「マティはね、生まれつき身体が弱くて、いつ死んでもおかしくなかったんだよ。それでマティの代わりとして、ルウナが連れて来られたんだ」
「ムーア、あなたそれなのに貴族街徘徊してたの?」

 ユージンの言葉にムーアを見る。この子、私が見つけたとき生き倒れてたわよ。身体が弱い? 冗談じゃなくて?

「あのときはね、あまりの窮屈さに家出中だったんだよ。そしたら僕のかわいさに一目惚れした令嬢が、家の人間使って僕のこと追いかけ回してきてさぁ。逃げてたらボロボロになって、倒れてたらご主人様が拾ってくれたんだ」
「マティ、おまえは一体なにをしてたんだ……」

 呆れたようにため息を吐くユージンは色っぽい。それになんだかとてもお兄さん、って感じかして微笑ましい。

「ご主人様に拾ってもらってからは身体の調子も最高にいいし、もうこれは身も心もご主人様のものになるしかないって思ったね」
「ふふ、ならこれからもルナと一緒に大いに役立ってもらうわよ」
「僕が一国の皇子だって知ったあとでも対応の変わらないご主人様が大好きだよ!」

 当たり前でしょう?
 ムーアの言葉ににっこりと微笑む。
 せっかく権力のある人間がこれからも役に立つと言うのだもの。それを利用しないでどうするの。それにムーアもルナも会いに来ることが少なかったとはいえ、その情報網はとても役に立つ。さすが私の秘密兵器よね。そしてそんな人間を秘密兵器にした私は素晴らしい。

「アスティ」
「あら、なあに。ユージン」

 ふふん、と得意げになっていると、頭の上からユージンの声が降ってくる。振り向くと、何故だかムッとしたようなユージンが視界に入った。
 私、なにかしたかしら。なにもヤキモチ妬かれるようなことはしてないと思うのだけど。

「アスティをこの世で一番愛しているのは私だよ」
「まぁ」

 ポッと頬が赤くなる。
 なんてユージンはかわいいのかしら。そこなのね。気になったところは。ムーアが私のこと大好きなんて言ったから、対抗心を燃やしちゃったのね。
 こんなヤキモチなら本当にいつでも大歓迎よ。

「わたくしも。一番愛しているのはユージンよ?」

 かわいかったから大サービス。ユージンの頬にチュッと口付けを落としてあげた。
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