綿パンを失くした

りんごちゃん

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 御岳真紘って存在は最初からなかったみたいに学校から消えた。
 冬休みが終わると、御岳くんは学校から消えていた。御岳くんとよく一緒にいた二人組みも。
 御岳くんの姉だと言った保健室の先生は三月に異動になった。
 妊娠はしていなかった。きっとアフターピルを飲ませてくれたからそれが効いてくれた。
 御岳くんにもらった連絡用のスマホは消えてた。たぶん、御岳くんが持って行ったんだと思う。
 もう私と連絡することなんてないから。

 私と御岳くんは最初からなにもなかったように、私と御岳くんを繋げるものは消えた。

 だけど、一つだけ。
 クリスマスの日に家に届いた私宛のワンポイントでシンプルなデザインのネックレス。
 それだけが私と御岳くんの間になにかあったんだって示すもの。

 胸が締め付けられるように痛んで、最初は泣いた。だけど私は御岳くんのことは夢だったんだと忘れることにした。

 だって、最初から普通じゃなかった。
 私と御岳くんは普通じゃなく始まったんだから、終わりも普通じゃない。
 それでいいじゃない。
 きっと御岳くんは私に飽きた。だから最後私に付きまとわれないためにあんな酷いことをした。

 御岳くんのことは忘れなくちゃ。



「依~!」
「お兄ちゃん!」

 久しぶりに会う兄とギュッと抱き合う。

 あんなことがあったけど、私はなにもなかったように大学受験をして推薦で希望大学に合格した。
 もちろん御岳くんに言った大学とは別の大学で、お兄ちゃんとは学部が違うけど同じ大学。ちなみに寿一くんも同じ大学だ。

「依がいなくて寂しかったぞ~!」
「寿一くんも久しぶり。会いたかった!」
「よしよし。受験お疲れ様」

 なんか普段よりも兄がデレデレだけど、まーいいや。お兄ちゃんを無視してその隣の寿一くんに話しかけると、よしよしと撫でられた。
 本当はお兄ちゃんとは同じ部屋に住むって提案もあったんだけど、お兄ちゃんって寿一くんと一緒に住んでるし、三人も同じ部屋に住むのは窮屈だろうと思ったから私は一人暮らし。
 お兄ちゃんと寿一くんは仲良しだから。

 それに、お兄ちゃんと暮らすのはちょっと都合が悪い。
 御岳くんのせいで、私の身体はおかしいから。たまに熱に浮かされる。御岳くんを思い出して、私の身体は奥が疼いてしまう。
 それでも誰かと付き合ったり、そういうことをするのは嫌で、私は自分で自分を慰める。きっとそんなことは誰にも言えない。バレたら社会的に殺されちゃう。
 そんな私がお兄ちゃんと寿一くんと一緒に過ごすのは絶対に無理。

「髪、おろしたんだね」
「うん。ずーっと三つ編みだったからかな。なんかうねっててすぐボサボサになるの。髪切ったほうがいいかなぁ?」
「俺は髪が長い方が好きだよ」

 寿一くんが私の髪を一房取って、そう言ってくれる。
 そっか。なら切るのはやめよう。背中まであるから長いかなと思ってたんだけど。一応梳いてるから重くないけど、髪を洗うのはちょっとめんどくさい。
 大学に入るのに、メガネもやめた。優等生風な雰囲気を出すための小道具だったので、ほんとの私は目が悪くない。あれは伊達眼鏡。
 お母さん、ほんと形から入るタイプだから。

「俺も髪が長いほうが好きだ」
「お兄ちゃんの彼女さんは髪短かったよ?」
「それはそれ、これはこれ」

 ほう。

「寿一~、依の目がすっごい冷たい!」
「伊代が悪い」
「おまえだって歴代かのっ、」
「依の前で不潔なこと言うなや」

 お兄ちゃんと寿一くんって本当仲良しだぁって思う。
 二人がじゃれあってる姿を見ると、なんだかホッとする。

「そういえばお袋は?」
「んっとね~、なんか用事があるって。最近用事が多いの、お母さん。なんかすごい疲れて帰ってくるし。だから今日のことは全部お兄ちゃんに任せるって」
「……ふーん。お袋ももういいと思うんだけどな……」
「なにが?」
「気にすんなって。入学式には来るって?」
「うん。でも、仕事が忙しいから入学式終わったらすぐ帰るって」
「そっか。安心しろ! 兄ちゃんがずっと見ててやるからな!」
「絶対やめて」

 お兄ちゃんはイケメンだ。寿一くんもイケメン。寿一くんが王子様だとしたら、お兄ちゃんは騎士様みたいなイケメン。
 二人は私に言わないけど絶対モテモテ。もう私、イケメンのモテ男とは極力関わりたくない。

 あの高校二年生の出来事は私にとってトラウマだった。

「そうだよ、伊代。お前は目立つんだから俺に任せて」
「寿一くんもやだ」

 君たちどっちも目立つんだからね。
 私の言葉に寿一くんがショックを受けたようにガーンとしてる。
 うっ。そんな悲しい顔をされたら、されたら……。

「あ、あんまり目立っちゃやだよ……?」
「ああ、依。君は優しいいい子だね」

 よしよしと撫でられる。子供扱いされてる気がする。むぅ。


 お兄ちゃんと寿一くんは私が御岳くんと付き合ってたと信じてる。
 まさか付き合ってはおらず、身体だけの関係だったとは思ってない。
 御岳くんとの関係は今後誰にも言うことがないからそれでいい。
 だって、誰も幸せにならない。
 寿一くんは御岳くんがいなくなってから、最初に会った時に「俺のせいだった?」って聞いてきた。
 だけど寿一くんは全然全く関係ない。
 それに結局私と御岳くんはいつかは離れることになってた。最初から、おかしかったんだし。

 お兄ちゃんは私と寿一くんの話に首を傾げてたけどね。
 寿一くんはあの日に私たちに会ったことは内緒にしてくれてたらしい。
 それはそうだと思う。私が男といて、しかもその男が私が淫乱だって言ってきたなんてお兄ちゃんには言えないだろう。
 結局私が帰ってこれたのはクリスマスイブの日。それまで先生の家で泥のように眠ってた。
 自分でもひどいなとは思った。
 それまで先生のベッドを占領しちゃったし。怒ってなかったけど、すごく申し訳なかった。
 お兄ちゃんは何も言わなかった。ニヤニヤしてたけど。

 みんな知らない。御岳くん以外、ほんとの私を知らない。
 それがほんの少しだけ胸を締め付ける。
 忘れなくちゃ、って思ってるのに、御岳くんは私の心の奥深くに根付いて消えてくれない。

 好きな人が欲しい。御岳くんとは違う、優しくて、紳士で、寡黙で、誠実で、他の女の人には手を出さなくて、私だけを見てくれる人。
 あの人とは正反対な人。
 そしたらきっと私は御岳くんのことを全部忘れられる。何事もなかったように好きな人の隣で笑ってられる。

 御岳くんは私のトラウマなのだ。
 私の身体をおかしくして、御岳くんは消えた。
 何も言わず、何も言わせず。
 好きだったのかな。やっぱりそれは今でもわからない。でも、今でも御岳くんの体温が忘れられない。
 あったかくて、私より大きな身体が後ろから抱き締めてくれた。
 酷いことを私にするのに、その手はすごく優しくて、エッチなことするとき以外はいつも私に気を遣って甘やかしてくれてた。

 でも、結局最後は私と関係を断つためにあんなことをして終わりにした。
 私だって御岳くんのことわかってなかったわけじゃない。ちゃんと言ってくれればそれでよかったのに。
 そもそも私と御岳くんの関係は脅迫から始まったもの。
 たとえその途中に私が御岳くんに恋をしてしまったとしても、主導権は御岳くんだ。
 私は、ちゃんと自分の立場はわかってる。
 しつこくなんてしなかったのに。

 あんなことされたことより、御岳くんが何も言わずに消えたことが私にとってトラウマだった。

 だから、今度は彼とは絶対正反対な人とちゃんと恋をする。
 それで幸せになるの。

 そしたら、きっと御岳くんのこと忘れられるよね。
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