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「アーノルド、迎えに来てくれてありがとう」
「姉上、お疲れ様です」

 わざわざ王城まで迎えに来てくれたアーノルドに抱き着こうとして、止まる。後ろからオスカー様の圧力を感じたからだ。
 オスカー様は固まった私の肩を抱き、アーノルドの前に立った。

「アーノルド、ソフィーをよろしくね。男には近付けさせないように」
「は、はい、殿下」

 言外に「お前もソフィーに触るんじゃないよ」という圧力をアーノルドとともにひしひしと感じる。
 弟なんだけどな。ちゃんと血の繋がった。

 攻略対象の一人であるアーノルド。設定としては女嫌いの公爵家跡取り義兄で、性格は粘着質のストーカー気質。私とは血の繋がった姉弟。
 ゲームの中のアーノルドの女嫌いの原因は私だった。
 私の母はアーノルドを産んだと同時に命を落としてしまった。それを理由にゲームの中の私はアーノルドをいじめていた。
 いじめっ子気質だったんだよね、ゲームの中の私。ヒロインもいじめてたし。
 実を言うと、前世の記憶を思い出すまではアーノルドのことをいじめていた。いじめてたと言っても、遊んであげないとか、おもちゃを貸してあげないとか、そういうレベルだよ。叩いたりはしてなかった。
 初めてオスカー様に会って、記憶を思い出した足で、アーノルドに平謝りした。アーノルドと仲直りするまでは時間がかかったけど、なんとか仲直りして、今ではすっかり仲良し姉弟だ。……と思う、たぶん。
 アーノルドルートの私も、最終的には殺されるか、娼婦になるかだった。私、あのゲームでハッピーエンドになることなかったから……。
 だけどアーノルドの女嫌いは治らなかった。それというものの、小さい頃は気弱美少年だったアーノルドは、妙齢の女性に目をつけられることが多く、私もショタコンメイドの悪の手から何度アーノルドを救ったことか。今? 今は気弱だけどしっかりしてるただのイケメンだよ。
 私が悪の手からアーノルドを守っていたから、私と仲直りしてくれたっていうのもあると思う。

「オスカー様、ではまた明日」
「うん。明日会いに行くね。アーノルド、ロマンス公爵によろしく伝えておいて」
「わかりました」

 オスカー様にふりふりと手を振って、アーノルドとともに馬車に乗り込む。オスカー様は馬車が見えなくなるまで、ジッと馬車を見ていた。正直言って怖かったです。
 王城が見えなくなって、ようやく二人ではぁ、とため息を吐いた。

「姉上、オスカー殿下が怖いです」
「私もそう思うわ」

 神妙に頷きあう姉弟二人。
 やっぱりあのオスカー様が怖いと思うの、私だけじゃなかったんだ。

「姉上にとうとう本性を見せるようになったんですね。元から怖い人でしたけど、特にアルドルフ兄上には厳しかったです。まあ、兄上は遠征に行って今はいないんですけど」
「アルドルフ兄様のことは知ってるわ。本性って。オスカー様、元は優しくて穏やかな人だったわよ? ……たぶん」
「姉上にだけでしたよ」

 そんなことないと思うけど。
 それに設定では僕様にっこり穏やか系ドSだもの。にっこり穏やかは優しいよ、たぶん。ヤンデレだけど。監禁が好きなヤンデレだけど。まさかのまさかだった。

「姉上が気付いてないだけで、殿下は姉上にすごく執着してましたから」
「そうだったの? 知らなかったわ。教えてくれればよかったのに」
「嫌ですよ。恨まれます」

 知ってたらきっと監禁ルートには行かなかったと思う。あ、でもアステルがオスカー様に抱きついてたのは見てたし、結局変わらなそう。
 恨まれます、って側近に断言されちゃうオスカー様ってどうなんだろう。
 執着されてるなんて知らなかった。オスカー様、いつも優しく笑ってたし。笑ってた……よね? あ、でも今思い返すと私が夜会に出ても男性とは絶対に踊らせてくれなかったっけ。自分は踊るくせに。
 アステルが妹になってから、オスカー様が夜会のたびにアステルと踊ってたのも、私が勘違いする原因だったと思う。
 そうだ。アステルと言えば。

「そういえばアステルに夜這いされたって聞いたけど、大丈夫だったの?」

 私がそう訊ねると、アーノルドは明らか様に嫌そうな顔をする。
 すっごい顔芸。イケメンなのに、そんな顔していいの? 次期公爵としても酷い顔だけど?

「殿下に聞いたんですね」
「ええ。びっくりしちゃった」
「私のほうが驚きましたよ。人の気配がして目を開けたら片親とはいえ血の繋がった妹がほぼ全裸でベッド脇に立ってたんですから」

 そりゃ驚くわ。顔を青くさせながら、大きなため息を吐いて顔を伏せるアーノルドの頭を撫でてあげる。
 弟として、これくらいはありだよね。オスカー様も怒らない。というかそもそもバレない。バレない、はず。

「で、隣国にお嫁に行ったと」
「元からそういう話がありましたから。修道院よりはマシなんじゃないですか?」
「そうよね。いざとなればこっちに帰って来れるし」

 いざ、というのは結婚相手に離縁されたとか、不幸な事故にあったとか、そういうとき。
 さすがに子供ができなければあちらに居続けることはできないし、実家に出戻りという可能性も十分あり得る。修道院は一旦入るとなかなか出れないから、自由奔放が売りのヒロインであるアステルにはとても厳しい場所になるだろう。そう考えると、やっぱり隣国にお嫁に行くっていうのは、すごくいい選択肢を貰ったと思う。

「無理ですよ」
「え?」
「この国に帰ってくるの、無理です。殿下が直々にこの国へと二度と入って来れない魔法をかけてましたから」

 それ、実質国外追放じゃないの? オスカー様なにをしてるの?

「姉上に誤解され、婚約破棄まで考えさせたっていうので、とてもお怒りでしたから。父上に怒りをあらわにする殿下はとても恐ろしかったです……。殿下のお怒りから逃げるために、姉上を売ったんですけどね。監禁生活、お疲れ様でした」

 ぺこりとお辞儀をするアーノルドに笑顔が引き攣った。
 想像するだけで私も怖い。だからって売るんじゃない、私を。というか、アステルのせいで拗れた貴族たちとの関係を取り持つ代わりじゃなかったの? それはそれでどうかと思うけど、オスカー様のお怒りから逃げるために売ったっていうのも、どうかと思う。
 最初に会ったときのお疲れ様ってそういう意味だったんだ。まるで刑務所に入ってた人間のような扱いだ。
 鎖で繋がれてたから、悠々自適の刑務所のようなもの……?
 そんなことが薄っすらと浮かんだけど、考えちゃいけない。

「そういえば、アーノルドは隣国の第二王子様とは会ったことあるの?」
「ありますよ。何度かこちらに遊学に来てましたから」
「わたくし、会ったことないのよね」
「でしょうね。姉上はたまたま体調が優れず、ルバーニ殿下とは会えませんでしたから」

 へー。そうなんだ。
 アーノルドの言葉がちょっぴり棒読みだったことは気づかないふりをする。
 そういう設定なのだろう。オスカー様、会わせたくないと言ってたもの。

「ふぅん。今度の夜会もそれで乗り越えられたらいいのにね」
「無理でしょうね。今度は留学ですし、いつか会いますよ」
「そうだけど、めんどうだわ。オスカー様が邪推する未来が見える。またわたくしが監禁されたらどうするの?」
「いいじゃないですか、愛されてて。次期国王夫妻が仲良いことはいいことだと思いますよ」
「あなたはね。苦労するのはわたくしよ」

 にっこりとお互いに笑顔を浮かべる。
 最近、アーノルドは生意気になってきたと思う。小さい頃はもっと素直で可愛かったのに。

「でも愛してらっしゃるんでしょう?」
「……その通りだけど」
「ならいいじゃないですか」

 嫌味な子~。姉が監禁されるのに。
 小さくため息を吐く。
 確かに、オスカー様を愛してることには変わりない。だけどそれとこれとはやっぱり違うと思うの。

「それに、姉上が自由になったら殿下は姉上につきまとって国営を疎かにしそうです」

 やだ、否定できない。
 アーノルドの言葉にいかに反論するかを考えていたら、いつのまにか王都にある我が家に着いてしまった。

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