幸薄少女の捧げる愛

りんごちゃん

文字の大きさ
上 下
11 / 15

11

しおりを挟む
「僕の初恋はね、僕がまだ伯爵家に迎えられる前のときなんだ」

そう言ってイデアルさまは話し始めた。


小さい頃はお金がなくて、なにをするにも困っていた。たぶん、ヴィティが想像してるよりも汚い生活だったと思う。

僕の母は身体が弱くてね、僕がまだうんと幼い時は働けていたんだけど、徐々に身体が動かなくなった。だから、もう僕がお金を稼ぐしかなかったんだ。近所の傭兵部隊の武器磨きとか、靴磨き、雑用、なんでもやったよ。
傭兵たちにはよく世話になった。僕が軍神と呼ばれるようになったのも、彼らのおかげなんだよ。

まあ、感謝をする気にはならないけど。

どうして? だって、彼らは僕に十分な賃金を与えずにこき使ってたんだよ。そのうえ、世話になったって、八つ当たり気味に殴られたりしてたって意味だからね? 感謝なんて絶対しないよね。

ヴィティは意味がわからなければそのままでいて。
とにかく、僕はあの傭兵団たちには恨みしかないってこと。

その日はとにかくお腹が減ってた。それから傭兵たちにやられた傷も疼いてた。



母は最近寝ていてばかりで、食事もろくに取れやしない。心のどこかでもうすぐ終わり、そんなことを思ってた。

「母さん、今日は少しだけだけど、塩が手に入ったんだ。いつもより味のついたスープだよ」
「イデアル……。ああ、ありがとう……」

お礼を言う母の身体からは生きる気力が感じられない。
まだ母が働けていた頃、母はよく夢を見ていた。いつか僕の父である伯爵様が、僕たちを迎えに来る、なんていう夢を。
貴族なんて僕ら平民をただの道具や玩具、人間以下にしか見ていないのに。
母にはそんなことを言えない。
滅多に手に入らない塩で味付けされた、クズ野菜スープを飲みながら、母は笑みを浮かべる。
幼いながらも母が美しい顔をしているのだと知っていた。だから、あえて泥をかぶり、顔を汚しているのだと。例に漏れず、自分の顔も整っているのだと。
まだ幼い僕に手を出す奴はいないけど、成長すればそのうち僕は男たちに組み敷かれるだろう。下手をすれば、大人の女にも。そのときはきっと一番最初は傭兵たちの中の誰かだ。

でも、そうやって暮らしていくしかない。
それしか、僕の生きる道はないのだから。

母にスープを飲ませて、傭兵団に行くと、一番最初に殴られた。

「イデアル! テメェ、オレ様の剣を磨き忘れただろう!」
「っ、え、そんなはずは……」
「この役立たずがッ!」

そんなはずはない。依頼された分はきちんと終わらせたはずだ。
そう思い、僕を殴った傭兵を見ると、その後ろにはニタニタといやらしい笑みを浮かべてる奴らがいる。
なるほど、あいつらのせいかと分かった。

そうなれば僕にできるのは丸くなって、ただ痛みに耐えること。

そしてジッと見つめる。どうやって殴れば効果的なのか、どうやって殴らせれば痛みを軽減できるのか。
我慢して、我慢して、倒れた。

「ねえ、大丈夫?」

倒れたあとは道端に捨てられたらしい。
顔を上げると、高そうなドレスを着た少女が目に入った。
少女はきょとんと首を傾げながら、つんつんと僕を突く。その手が鬱陶しくて、払った。

「やめてよ」
「大丈夫?」

こてりと首を傾げる少女を睨みつけようとして、彼女をはっきりと見た。
驚いた。生まれて初めて、こんなに可愛い子を見たから。そりゃ僕だって十分整った顔をしているけど、目の前の子は僕と同じくらい、整った顔をしていた。 

「痛いの?」
「っ、触らないで!」
「痛いから?」
「そうだよ! こんなの痛いに決まってるだろ!」

なお触れようと手を伸ばしてきた少女の手から自分を庇うように抱き締める。

みすぼらしくて汚らしい姿をした自分を見られることが恥ずかしかった。彼女はとても綺麗だから特に。

「ふぅん」
「なんで隣に座るんだよ!」
「だって、迷子なの」
「迷子って……」
「お母さまに美味しいものを食べさせてあげようと思って、家を出たの。そしたら迷子になっちゃった」

彼女は淡々と、なんでもないことのように言うけど、ここは王都でも治安の悪い場所。綺麗に着飾った美少女が、ここに来るまでよく拐われなかったな。

「お母さまはね、可哀想なの。だから、元気になって欲しいの。でも、ここって美味しいものは買うしかないの。森もないし、どうしたらいいかわからないの」
「家に帰ればいいだろ」
「うん。でも、迷子だから、少しだけ。わたし、同い年の男の子と話したのって初めてだし」
「ふ、ふーん」

悪い気はしなかった。
こんな美少女の初めてになれるんだから。
彼女は僕の隣に座って、どこか遠くを見ながらぼーっとしてる。

「ね、ねえ、どうやって帰るつもり?」
「どうしよう。でもね、きっとわたしはいないほうがいいの」
「なんでさ」
「だって、お母さまはわたしのせいで……」

彼女の言葉が途切れる。どうしてだろうと顔を上げて、血の気が引いた。

「おいおい、仕事サボって逢引とはよぉ~、いい身分じゃねェか」
「しかも可愛いな……。売れるんじゃねぇのか?」

そう言って笑うのはいつも僕を馬鹿にし、下卑た目を向ける男たち。その視線は僕から少女へと変わっている。
まずい、と思った。けれど彼女は無表情に男たちを見上げたまま動かない。
自然と、彼女を庇うように前に出た。

「なにしてんの、逃げろよ」
「うん……。でも、わたしがいないほうがお母さまもお父さまも……」
「馬鹿! そんなわけないだろ!」

囁くように小さい声で怒鳴りつける。この場に彼女がいてもろくなことにはならない。それどころか酷い目に合うだけだ。僕も、少女も。
男の大きな手が僕たちへと迫ってきた。
反射的に彼女の身体に触れようとする手を叩き落とす。

「てめぇッ!」
「っぐ!」

「……え?」

腹を蹴られた。驚いた様子の少女の顔が見える。そんな様子もなんだか可憐で、こんな状況でなければ見惚れていたと思う。
でも、今はそんなことより彼女を守らないと。

──守れるのは僕しかいない。

それなのに非力な僕の力は男たちを止めることができなくて、彼女の細い腕が男の大きな手に捕まれた。

「きゃあっ!」
「やめろ! その子は関係ないだろ!」
「うるせえ! お前こそ黙ってろ!」
「うっ……」

さらに腹を蹴られて蹲った僕を足蹴にして、男たちは彼女を品定めするように、ジロジロと下品な視線を彼女に向ける。
腕を引っ張られて地面から浮いてる彼女は苦しそうに顔を歪めていて、その顔に胸が締め付けられる。
ダメだ、こんなのダメだ……!

「この……!」
「うぉっ!」

彼女を掴む男の足を身体全身で掴んだ。つんのめった男はその拍子に少女の手を離して、彼女の身体が地面に落ちた。
パク、と彼女の口が開いて、けれど何も言わずに少女の瞼は落ちていく。そしてそこに広がる赤い色に、目の前が真っ暗になった。

「うぁ、ゔぁあああああっ!」

たぶん、そう。自分の世界にはない美しいものが彼女だった。
あの子の影のあるところも、理由だったと思う。

僕は惹かれて、けれど守れなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

《R18短編》優しい婚約者の素顔

あみにあ
恋愛
私の婚約者は、ずっと昔からお兄様と慕っていた彼。 優しくて、面白くて、頼りになって、甘えさせてくれるお兄様が好き。 それに文武両道、品行方正、眉目秀麗、令嬢たちのあこがれの存在。 そんなお兄様と婚約出来て、不平不満なんてあるはずない。 そうわかっているはずなのに、結婚が近づくにつれて何だか胸がモヤモヤするの。 そんな暗い気持ちの正体を教えてくれたのは―――――。 ※6000字程度で、サクサクと読める短編小説です。 ※無理矢理な描写がございます、苦手な方はご注意下さい。

【R18】私は婚約者のことが大嫌い

みっきー・るー
恋愛
侯爵令嬢エティカ=ロクスは、王太子オブリヴィオ=ハイデの婚約者である。 彼には意中の相手が別にいて、不貞を続ける傍ら、性欲を晴らすために婚約者であるエティカを抱き続ける。 次第に心が悲鳴を上げはじめ、エティカは執事アネシス=ベルに、私の汚れた身体を、手と口を使い清めてくれるよう頼む。 そんな日々を続けていたある日、オブリヴィオの不貞を目の当たりにしたエティカだったが、その後も彼はエティカを変わらず抱いた。 ※R18回は※マーク付けます。 ※二人の男と致している描写があります。 ※ほんのり血の描写があります。 ※思い付きで書いたので、設定がゆるいです。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...