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「さて、行こうか」
「はい……」
私に差し伸ばされる手。大きなその手に自分の手を重ねると、指が絡み合うようにして繋がれた。
……馬車の中なのに手を繋ぐことに意味はあるの?
ラキナ様との二人きりだったはずが、王太子殿下やジュラール様までが参加したお茶会から数日。
あっという間にジュラール様とのデートの日が来てしまった。
お茶会では幾度となく「愛しの」と言われて恐ろしさで身が竦んでしまった。
ジュラール様はなにを考えていらっしゃるのかわからない。どうして自分に迷惑をかけた女に「愛しの」なんて言葉が使えるのか。
ジュラール様が嫌いなわけではない。
優しくて、綺麗で、噂では騎士と肩を並べるほど強いと言われる男性。女性関係が激しいのは傷だけど、そんな男性を嫌いな人なんていないと思う。
けれど、私は苦手。ジュラール様がなにを考えていらっしゃるのかわからないから。
なにを考えて私に対する行動をしているのかが全くわからない。
「フィン、なにを考えているの?」
「……あ。え、と。今日はどこに行くのだろうと……思って……」
ジッとジュラール様の金色の瞳で見つめられると、なんだか全てを見透かされそうな気持ちになって、自然と目を逸らしてしまう。
「今日はフィンとゆっくりしたいなと思って。まずは王立図書館に行く予定だよ」
「図書館ですか? わたくし、王都の図書館は初めてです」
私の家族は良くも悪くも貴族らしい。女性が本を読むことに眉を顰めて嫌がる。
本だって、なにも難しい勉学のためのものだけじゃないのにもかかわらずだ。女性向けの恋物語や、冒険譚、そんなものでも読むとなるといい顔をされなかった。
だからエリィにお願いして色々な本をお願いしたのだけど。その中に子どもを作る方法も載ってる本もあった。
王立図書館となると貴族ではないと行けないし、その上貴族であっても許可証が必要になる。お父様がくれるはずもないから、私は王立図書館に行ったことがなかった。
「何冊か本を借りて、私の屋敷でそれをゆっくり読むのはどうだろう」
「ジュラール様のお屋敷で?」
「ああ。フィンは私の屋敷の庭園の噂は聞いたことないかな?」
「とても美しくて、まるで妖精の庭のようだと……。まあ。そんなところで本を読めるの?」
「フィンが嫌じゃないのなら」
「嬉しいです。とても楽しそうですわ」
アルテミス公爵家のお屋敷の庭園は数多くの種類の花が咲いていて、とても美しく幻想的なのだと聞いたことがある。夜だと月明かりが射してさらに美しいのだとか。
アルテミス公爵家主催の夜会は滅多になく、その夜の庭園は少数の人間しか見たことがないという。
デートだというから、ダネル様とのデートのときと同じように儀式的に街で噂のカフェでお茶を飲み、ダネル様のようにダネル様のご趣味の歌姫を観劇をしたりする退屈なものかと思っていたら、私の好きな本を読ませてくれるだなんて。
それに、ジュラール様が許してくださったのだから、こそこそと本を読む必要もない。
とても嬉しい……けど。
「あの、ジュラール様はわたくしが本を読んでいる間お暇では?」
「大丈夫だよ。私も本を借りるつもりだし……それに、少しだけ仕事が残ってるんだ。フィンが読んでいる間、それを片付けるよ」
「お、お仕事が残ってらっしゃるの?」
「と言っても、急ぎの仕事ではないから安心して。今日はどうしても君に会いたかったんだ」
ジュラール様がそう言って私の頬を撫でてきて、思わず顔を真っ赤にして硬直してしまう。
どうしても……、どうしても?
今日はなにかあっただろうか。なにかの記念日? 心当たりがない。
首をかしげると、ジュラール様は手を伸ばして私の頬をなぞり、首を撫でてきた。
「んっ……ふふ、くすぐったいですわ、ジュラール様」
「あ。ごめんね、つい」
パッとジュラール様の手が離れたけれど、彼の顔がなんだか赤い。
──今のどこに顔を染める要素が?
やっぱり、ジュラール様の考えていることはわからない。
図書館とはすごい場所だった。たくさんの本が天井にまで本棚に詰められていて圧倒した。
私は好きな恋物語の小説を何冊か、ジュラール様はなにやら難しい書物を借りて、図書館を後にした。
図書館にはジュラール様と一緒ならいつでも行っていいと言ってもらえた。ジュラール様と一緒じゃなければいけないというのは大変だけど、また機会があるのはとても嬉しい。
今度は勇者の冒険譚を読んでみたい。
「そうだ、家に行く前にケーキを買って行こうか。フィンは甘いものは苦手かな?」
「いいえ、大好きです。ジュラール様は素敵な提案を思いつくのですね」
「フィンに喜んでもらいたいからだよ」
そう言われると、もにょりと形容しがたい想いが湧いてくる。
ジュラール様にそんなことをしていただく価値なんて私にはないからだろう。
「表通りのカフェで、新作のパイが発売されたんだ。フルーツたっぷりで美味しいらしい」
「フルーツたっぷり……」
「サクサクで美味しいって」
「サクサクパイ……」
とても美味しそう……。
「本当はカフェで食べたほうが美味しいだろうけど、フィンは苦手かなって」
「え……」
どうして、そう思ったのだろう。
たしかにカフェはあまり得意じゃない。ダネル様とのお出かけは毎回カフェに行って、そのあと公園、もしくは歌劇。代わり映えのしないものだった。カフェだって、頼めるものはいつも決まっている。
ストレートのレモンティー。ストレートティーが得意ではない私が砂糖やミルクを入れようとすると、紅茶にそんなことはするなと怒られたことがある。それ以来苦手なストレートティーを我慢して飲んでいた。
だから、カフェは苦手。
「……あの、わたくし、レモンティーではなくお砂糖たっぷりのミルクを入れたアールグレイの紅茶が飲みたいんですの」
「フィンは甘いものが好きなんだね。私は、そうだね。ケーキと一緒ならコーヒーを飲みたいかな」
「コーヒーをお飲みに? もしかして、ジュラール様は甘いものは苦手でございまして?」
「苦手じゃないよ。甘いものを食べるときはコーヒーを合わせるのが一番好きなんだ。だから、一緒にカフェに行って美味しいケーキを食べてくれる?」
「はい、ぜひ」
そう答えるのはすごくドキドキした。
「はい……」
私に差し伸ばされる手。大きなその手に自分の手を重ねると、指が絡み合うようにして繋がれた。
……馬車の中なのに手を繋ぐことに意味はあるの?
ラキナ様との二人きりだったはずが、王太子殿下やジュラール様までが参加したお茶会から数日。
あっという間にジュラール様とのデートの日が来てしまった。
お茶会では幾度となく「愛しの」と言われて恐ろしさで身が竦んでしまった。
ジュラール様はなにを考えていらっしゃるのかわからない。どうして自分に迷惑をかけた女に「愛しの」なんて言葉が使えるのか。
ジュラール様が嫌いなわけではない。
優しくて、綺麗で、噂では騎士と肩を並べるほど強いと言われる男性。女性関係が激しいのは傷だけど、そんな男性を嫌いな人なんていないと思う。
けれど、私は苦手。ジュラール様がなにを考えていらっしゃるのかわからないから。
なにを考えて私に対する行動をしているのかが全くわからない。
「フィン、なにを考えているの?」
「……あ。え、と。今日はどこに行くのだろうと……思って……」
ジッとジュラール様の金色の瞳で見つめられると、なんだか全てを見透かされそうな気持ちになって、自然と目を逸らしてしまう。
「今日はフィンとゆっくりしたいなと思って。まずは王立図書館に行く予定だよ」
「図書館ですか? わたくし、王都の図書館は初めてです」
私の家族は良くも悪くも貴族らしい。女性が本を読むことに眉を顰めて嫌がる。
本だって、なにも難しい勉学のためのものだけじゃないのにもかかわらずだ。女性向けの恋物語や、冒険譚、そんなものでも読むとなるといい顔をされなかった。
だからエリィにお願いして色々な本をお願いしたのだけど。その中に子どもを作る方法も載ってる本もあった。
王立図書館となると貴族ではないと行けないし、その上貴族であっても許可証が必要になる。お父様がくれるはずもないから、私は王立図書館に行ったことがなかった。
「何冊か本を借りて、私の屋敷でそれをゆっくり読むのはどうだろう」
「ジュラール様のお屋敷で?」
「ああ。フィンは私の屋敷の庭園の噂は聞いたことないかな?」
「とても美しくて、まるで妖精の庭のようだと……。まあ。そんなところで本を読めるの?」
「フィンが嫌じゃないのなら」
「嬉しいです。とても楽しそうですわ」
アルテミス公爵家のお屋敷の庭園は数多くの種類の花が咲いていて、とても美しく幻想的なのだと聞いたことがある。夜だと月明かりが射してさらに美しいのだとか。
アルテミス公爵家主催の夜会は滅多になく、その夜の庭園は少数の人間しか見たことがないという。
デートだというから、ダネル様とのデートのときと同じように儀式的に街で噂のカフェでお茶を飲み、ダネル様のようにダネル様のご趣味の歌姫を観劇をしたりする退屈なものかと思っていたら、私の好きな本を読ませてくれるだなんて。
それに、ジュラール様が許してくださったのだから、こそこそと本を読む必要もない。
とても嬉しい……けど。
「あの、ジュラール様はわたくしが本を読んでいる間お暇では?」
「大丈夫だよ。私も本を借りるつもりだし……それに、少しだけ仕事が残ってるんだ。フィンが読んでいる間、それを片付けるよ」
「お、お仕事が残ってらっしゃるの?」
「と言っても、急ぎの仕事ではないから安心して。今日はどうしても君に会いたかったんだ」
ジュラール様がそう言って私の頬を撫でてきて、思わず顔を真っ赤にして硬直してしまう。
どうしても……、どうしても?
今日はなにかあっただろうか。なにかの記念日? 心当たりがない。
首をかしげると、ジュラール様は手を伸ばして私の頬をなぞり、首を撫でてきた。
「んっ……ふふ、くすぐったいですわ、ジュラール様」
「あ。ごめんね、つい」
パッとジュラール様の手が離れたけれど、彼の顔がなんだか赤い。
──今のどこに顔を染める要素が?
やっぱり、ジュラール様の考えていることはわからない。
図書館とはすごい場所だった。たくさんの本が天井にまで本棚に詰められていて圧倒した。
私は好きな恋物語の小説を何冊か、ジュラール様はなにやら難しい書物を借りて、図書館を後にした。
図書館にはジュラール様と一緒ならいつでも行っていいと言ってもらえた。ジュラール様と一緒じゃなければいけないというのは大変だけど、また機会があるのはとても嬉しい。
今度は勇者の冒険譚を読んでみたい。
「そうだ、家に行く前にケーキを買って行こうか。フィンは甘いものは苦手かな?」
「いいえ、大好きです。ジュラール様は素敵な提案を思いつくのですね」
「フィンに喜んでもらいたいからだよ」
そう言われると、もにょりと形容しがたい想いが湧いてくる。
ジュラール様にそんなことをしていただく価値なんて私にはないからだろう。
「表通りのカフェで、新作のパイが発売されたんだ。フルーツたっぷりで美味しいらしい」
「フルーツたっぷり……」
「サクサクで美味しいって」
「サクサクパイ……」
とても美味しそう……。
「本当はカフェで食べたほうが美味しいだろうけど、フィンは苦手かなって」
「え……」
どうして、そう思ったのだろう。
たしかにカフェはあまり得意じゃない。ダネル様とのお出かけは毎回カフェに行って、そのあと公園、もしくは歌劇。代わり映えのしないものだった。カフェだって、頼めるものはいつも決まっている。
ストレートのレモンティー。ストレートティーが得意ではない私が砂糖やミルクを入れようとすると、紅茶にそんなことはするなと怒られたことがある。それ以来苦手なストレートティーを我慢して飲んでいた。
だから、カフェは苦手。
「……あの、わたくし、レモンティーではなくお砂糖たっぷりのミルクを入れたアールグレイの紅茶が飲みたいんですの」
「フィンは甘いものが好きなんだね。私は、そうだね。ケーキと一緒ならコーヒーを飲みたいかな」
「コーヒーをお飲みに? もしかして、ジュラール様は甘いものは苦手でございまして?」
「苦手じゃないよ。甘いものを食べるときはコーヒーを合わせるのが一番好きなんだ。だから、一緒にカフェに行って美味しいケーキを食べてくれる?」
「はい、ぜひ」
そう答えるのはすごくドキドキした。
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