5 / 8
5
しおりを挟む
「さて、行こうか」
「はい……」
私に差し伸ばされる手。大きなその手に自分の手を重ねると、指が絡み合うようにして繋がれた。
……馬車の中なのに手を繋ぐことに意味はあるの?
ラキナ様との二人きりだったはずが、王太子殿下やジュラール様までが参加したお茶会から数日。
あっという間にジュラール様とのデートの日が来てしまった。
お茶会では幾度となく「愛しの」と言われて恐ろしさで身が竦んでしまった。
ジュラール様はなにを考えていらっしゃるのかわからない。どうして自分に迷惑をかけた女に「愛しの」なんて言葉が使えるのか。
ジュラール様が嫌いなわけではない。
優しくて、綺麗で、噂では騎士と肩を並べるほど強いと言われる男性。女性関係が激しいのは傷だけど、そんな男性を嫌いな人なんていないと思う。
けれど、私は苦手。ジュラール様がなにを考えていらっしゃるのかわからないから。
なにを考えて私に対する行動をしているのかが全くわからない。
「フィン、なにを考えているの?」
「……あ。え、と。今日はどこに行くのだろうと……思って……」
ジッとジュラール様の金色の瞳で見つめられると、なんだか全てを見透かされそうな気持ちになって、自然と目を逸らしてしまう。
「今日はフィンとゆっくりしたいなと思って。まずは王立図書館に行く予定だよ」
「図書館ですか? わたくし、王都の図書館は初めてです」
私の家族は良くも悪くも貴族らしい。女性が本を読むことに眉を顰めて嫌がる。
本だって、なにも難しい勉学のためのものだけじゃないのにもかかわらずだ。女性向けの恋物語や、冒険譚、そんなものでも読むとなるといい顔をされなかった。
だからエリィにお願いして色々な本をお願いしたのだけど。その中に子どもを作る方法も載ってる本もあった。
王立図書館となると貴族ではないと行けないし、その上貴族であっても許可証が必要になる。お父様がくれるはずもないから、私は王立図書館に行ったことがなかった。
「何冊か本を借りて、私の屋敷でそれをゆっくり読むのはどうだろう」
「ジュラール様のお屋敷で?」
「ああ。フィンは私の屋敷の庭園の噂は聞いたことないかな?」
「とても美しくて、まるで妖精の庭のようだと……。まあ。そんなところで本を読めるの?」
「フィンが嫌じゃないのなら」
「嬉しいです。とても楽しそうですわ」
アルテミス公爵家のお屋敷の庭園は数多くの種類の花が咲いていて、とても美しく幻想的なのだと聞いたことがある。夜だと月明かりが射してさらに美しいのだとか。
アルテミス公爵家主催の夜会は滅多になく、その夜の庭園は少数の人間しか見たことがないという。
デートだというから、ダネル様とのデートのときと同じように儀式的に街で噂のカフェでお茶を飲み、ダネル様のようにダネル様のご趣味の歌姫を観劇をしたりする退屈なものかと思っていたら、私の好きな本を読ませてくれるだなんて。
それに、ジュラール様が許してくださったのだから、こそこそと本を読む必要もない。
とても嬉しい……けど。
「あの、ジュラール様はわたくしが本を読んでいる間お暇では?」
「大丈夫だよ。私も本を借りるつもりだし……それに、少しだけ仕事が残ってるんだ。フィンが読んでいる間、それを片付けるよ」
「お、お仕事が残ってらっしゃるの?」
「と言っても、急ぎの仕事ではないから安心して。今日はどうしても君に会いたかったんだ」
ジュラール様がそう言って私の頬を撫でてきて、思わず顔を真っ赤にして硬直してしまう。
どうしても……、どうしても?
今日はなにかあっただろうか。なにかの記念日? 心当たりがない。
首をかしげると、ジュラール様は手を伸ばして私の頬をなぞり、首を撫でてきた。
「んっ……ふふ、くすぐったいですわ、ジュラール様」
「あ。ごめんね、つい」
パッとジュラール様の手が離れたけれど、彼の顔がなんだか赤い。
──今のどこに顔を染める要素が?
やっぱり、ジュラール様の考えていることはわからない。
図書館とはすごい場所だった。たくさんの本が天井にまで本棚に詰められていて圧倒した。
私は好きな恋物語の小説を何冊か、ジュラール様はなにやら難しい書物を借りて、図書館を後にした。
図書館にはジュラール様と一緒ならいつでも行っていいと言ってもらえた。ジュラール様と一緒じゃなければいけないというのは大変だけど、また機会があるのはとても嬉しい。
今度は勇者の冒険譚を読んでみたい。
「そうだ、家に行く前にケーキを買って行こうか。フィンは甘いものは苦手かな?」
「いいえ、大好きです。ジュラール様は素敵な提案を思いつくのですね」
「フィンに喜んでもらいたいからだよ」
そう言われると、もにょりと形容しがたい想いが湧いてくる。
ジュラール様にそんなことをしていただく価値なんて私にはないからだろう。
「表通りのカフェで、新作のパイが発売されたんだ。フルーツたっぷりで美味しいらしい」
「フルーツたっぷり……」
「サクサクで美味しいって」
「サクサクパイ……」
とても美味しそう……。
「本当はカフェで食べたほうが美味しいだろうけど、フィンは苦手かなって」
「え……」
どうして、そう思ったのだろう。
たしかにカフェはあまり得意じゃない。ダネル様とのお出かけは毎回カフェに行って、そのあと公園、もしくは歌劇。代わり映えのしないものだった。カフェだって、頼めるものはいつも決まっている。
ストレートのレモンティー。ストレートティーが得意ではない私が砂糖やミルクを入れようとすると、紅茶にそんなことはするなと怒られたことがある。それ以来苦手なストレートティーを我慢して飲んでいた。
だから、カフェは苦手。
「……あの、わたくし、レモンティーではなくお砂糖たっぷりのミルクを入れたアールグレイの紅茶が飲みたいんですの」
「フィンは甘いものが好きなんだね。私は、そうだね。ケーキと一緒ならコーヒーを飲みたいかな」
「コーヒーをお飲みに? もしかして、ジュラール様は甘いものは苦手でございまして?」
「苦手じゃないよ。甘いものを食べるときはコーヒーを合わせるのが一番好きなんだ。だから、一緒にカフェに行って美味しいケーキを食べてくれる?」
「はい、ぜひ」
そう答えるのはすごくドキドキした。
「はい……」
私に差し伸ばされる手。大きなその手に自分の手を重ねると、指が絡み合うようにして繋がれた。
……馬車の中なのに手を繋ぐことに意味はあるの?
ラキナ様との二人きりだったはずが、王太子殿下やジュラール様までが参加したお茶会から数日。
あっという間にジュラール様とのデートの日が来てしまった。
お茶会では幾度となく「愛しの」と言われて恐ろしさで身が竦んでしまった。
ジュラール様はなにを考えていらっしゃるのかわからない。どうして自分に迷惑をかけた女に「愛しの」なんて言葉が使えるのか。
ジュラール様が嫌いなわけではない。
優しくて、綺麗で、噂では騎士と肩を並べるほど強いと言われる男性。女性関係が激しいのは傷だけど、そんな男性を嫌いな人なんていないと思う。
けれど、私は苦手。ジュラール様がなにを考えていらっしゃるのかわからないから。
なにを考えて私に対する行動をしているのかが全くわからない。
「フィン、なにを考えているの?」
「……あ。え、と。今日はどこに行くのだろうと……思って……」
ジッとジュラール様の金色の瞳で見つめられると、なんだか全てを見透かされそうな気持ちになって、自然と目を逸らしてしまう。
「今日はフィンとゆっくりしたいなと思って。まずは王立図書館に行く予定だよ」
「図書館ですか? わたくし、王都の図書館は初めてです」
私の家族は良くも悪くも貴族らしい。女性が本を読むことに眉を顰めて嫌がる。
本だって、なにも難しい勉学のためのものだけじゃないのにもかかわらずだ。女性向けの恋物語や、冒険譚、そんなものでも読むとなるといい顔をされなかった。
だからエリィにお願いして色々な本をお願いしたのだけど。その中に子どもを作る方法も載ってる本もあった。
王立図書館となると貴族ではないと行けないし、その上貴族であっても許可証が必要になる。お父様がくれるはずもないから、私は王立図書館に行ったことがなかった。
「何冊か本を借りて、私の屋敷でそれをゆっくり読むのはどうだろう」
「ジュラール様のお屋敷で?」
「ああ。フィンは私の屋敷の庭園の噂は聞いたことないかな?」
「とても美しくて、まるで妖精の庭のようだと……。まあ。そんなところで本を読めるの?」
「フィンが嫌じゃないのなら」
「嬉しいです。とても楽しそうですわ」
アルテミス公爵家のお屋敷の庭園は数多くの種類の花が咲いていて、とても美しく幻想的なのだと聞いたことがある。夜だと月明かりが射してさらに美しいのだとか。
アルテミス公爵家主催の夜会は滅多になく、その夜の庭園は少数の人間しか見たことがないという。
デートだというから、ダネル様とのデートのときと同じように儀式的に街で噂のカフェでお茶を飲み、ダネル様のようにダネル様のご趣味の歌姫を観劇をしたりする退屈なものかと思っていたら、私の好きな本を読ませてくれるだなんて。
それに、ジュラール様が許してくださったのだから、こそこそと本を読む必要もない。
とても嬉しい……けど。
「あの、ジュラール様はわたくしが本を読んでいる間お暇では?」
「大丈夫だよ。私も本を借りるつもりだし……それに、少しだけ仕事が残ってるんだ。フィンが読んでいる間、それを片付けるよ」
「お、お仕事が残ってらっしゃるの?」
「と言っても、急ぎの仕事ではないから安心して。今日はどうしても君に会いたかったんだ」
ジュラール様がそう言って私の頬を撫でてきて、思わず顔を真っ赤にして硬直してしまう。
どうしても……、どうしても?
今日はなにかあっただろうか。なにかの記念日? 心当たりがない。
首をかしげると、ジュラール様は手を伸ばして私の頬をなぞり、首を撫でてきた。
「んっ……ふふ、くすぐったいですわ、ジュラール様」
「あ。ごめんね、つい」
パッとジュラール様の手が離れたけれど、彼の顔がなんだか赤い。
──今のどこに顔を染める要素が?
やっぱり、ジュラール様の考えていることはわからない。
図書館とはすごい場所だった。たくさんの本が天井にまで本棚に詰められていて圧倒した。
私は好きな恋物語の小説を何冊か、ジュラール様はなにやら難しい書物を借りて、図書館を後にした。
図書館にはジュラール様と一緒ならいつでも行っていいと言ってもらえた。ジュラール様と一緒じゃなければいけないというのは大変だけど、また機会があるのはとても嬉しい。
今度は勇者の冒険譚を読んでみたい。
「そうだ、家に行く前にケーキを買って行こうか。フィンは甘いものは苦手かな?」
「いいえ、大好きです。ジュラール様は素敵な提案を思いつくのですね」
「フィンに喜んでもらいたいからだよ」
そう言われると、もにょりと形容しがたい想いが湧いてくる。
ジュラール様にそんなことをしていただく価値なんて私にはないからだろう。
「表通りのカフェで、新作のパイが発売されたんだ。フルーツたっぷりで美味しいらしい」
「フルーツたっぷり……」
「サクサクで美味しいって」
「サクサクパイ……」
とても美味しそう……。
「本当はカフェで食べたほうが美味しいだろうけど、フィンは苦手かなって」
「え……」
どうして、そう思ったのだろう。
たしかにカフェはあまり得意じゃない。ダネル様とのお出かけは毎回カフェに行って、そのあと公園、もしくは歌劇。代わり映えのしないものだった。カフェだって、頼めるものはいつも決まっている。
ストレートのレモンティー。ストレートティーが得意ではない私が砂糖やミルクを入れようとすると、紅茶にそんなことはするなと怒られたことがある。それ以来苦手なストレートティーを我慢して飲んでいた。
だから、カフェは苦手。
「……あの、わたくし、レモンティーではなくお砂糖たっぷりのミルクを入れたアールグレイの紅茶が飲みたいんですの」
「フィンは甘いものが好きなんだね。私は、そうだね。ケーキと一緒ならコーヒーを飲みたいかな」
「コーヒーをお飲みに? もしかして、ジュラール様は甘いものは苦手でございまして?」
「苦手じゃないよ。甘いものを食べるときはコーヒーを合わせるのが一番好きなんだ。だから、一緒にカフェに行って美味しいケーキを食べてくれる?」
「はい、ぜひ」
そう答えるのはすごくドキドキした。
20
お気に入りに追加
216
あなたにおすすめの小説



嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした
基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。
その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。
身分の低い者を見下すこともしない。
母国では国民に人気のあった王女だった。
しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。
小国からやってきた王女を見下していた。
極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。
ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?
naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。
私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。
しかし、イレギュラーが起きた。
何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる