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 すぅ、と息を深く吸い込んで、それから吐く。
 長椅子の上。後ろからヴィンセントが抱き締めてくるから、首に巻き付くヴィンセントの腕をゆっくりと外して彼と向き合った。

「私はヴィンセントのこと、好きだよ」

 たぶん、ずっと。

「でも、クラリスへの想いが断ち切れないなら、そっちを優先して欲しいの。クラリスとヴィンセントのことをずっと見てきたから、そう思うんだよ。ちゃんと、それは私の気持ち」
「……それって、ミゲラ姉の気持ちはそんな簡単に諦めることができる程度ってこと?」
「そうじゃないよ。ヴィンセントに幸せになって欲しいからそう思うの。ヴィンセントのこと、ずっと好きだよ」

 好き以上に愛してるから。私を好きじゃないヴィンセントは見ていて辛い。そばにいたらなおさら。
 ヴィンセントの手に自分の手を重ねながら想いを吐きだす。
 恥ずかしいという気持ちはなかった。もう終わり、っていう諦めにも似た感情のほうが強い。

「なら、俺の幸せはミゲラ姉とともにあることだと知って。俺の初恋はミゲラ姉だって知ってるよね?」
「……まあ、それは」

 あれだけわんこみたいに好き好き言われてたら。小さいわんこヴィンセントはかわいかった。とっても。
 そして私は勇者の初恋姉ポジであり童貞を奪って性癖を歪めた悪女ポジ、気付きましたとも。

「俺、本当はミゲラ姉の父親が勇者で、母親がどこかの国の王女だって知ってた。おばさんがスノーベル王国の王女だって知ったのは勇者になってからだったけど」
「そうだったんだ……」
「俺がね、ミゲラ姉から離れたくなくて誰にも言わなかった。ミゲラ姉の両親のことを誰か大人に相談してたら、ミゲラ姉とは会えなくなる気がして」

 それはそうだろうと思う。母は形見を遺していたわけで、それがあれば子供とはいえヴィンセントが誰かに相談していたら、ちゃんと調査が行われた上で、私はスノーベル王国に送られていたと思う。
 そう考えて、ゾッとする。
 もしもヴィンセントが誰かに相談していたら、今の私はいなかった。クラリスともメルリアとも会えていかなかった私。ヴィンセントと遠く離れて暮らしている私。貴族の教育を受けるしかない私。そんなのはもう想像できない。
 そもそも姪を狙う叔父のところで育つとか恐怖しかないよね。

「言わないでくれてよかった。ありがとう、ヴィンセント」

 お礼を言うと、ヴィンセントは困ったように笑う。

「おじさんとおばさんが亡くなって、ミゲラ姉の目が覚めた後、ミゲラ姉は俺にいらないって言ったの覚えてる?」
「えっ?」
「俺、それがすごいショックで。ミゲラ姉が俺のそばからいなくなったらどうしようって初めて考えた」

 ヴィンセントが私の存在を確かめるように握りながら、そう言うけど覚えてない。
 ヴィンセントにいらないなんて言ったの? 記憶が一切ない。
 そもそも両親の事故の後に目覚めたときには前世の記憶(娯楽知識と余計な性知識)が頭に詰め込まれてて、なんだかぼーっとしてた気がする。

「だから、俺はクラリスに恋をしたんだと思う」
「………んー?」

 こてんと首を傾げる。
 今のはどこで「だから」に繋がったんだろう。そんな疑問を覚える。
 不思議がってる私に気付いているはずのヴィンセントはそのまま言葉を続けた。

「恋人じゃないなら、最初から家族枠なら、ずっと離れない絆になる。だから、必死で弟を演じた。クラリスに恋して、クラリスとの子どもができたらミゲラ姉とみんなで一緒に暮らしたら寂しくないって考えてて……」
「たぶん、新婚夫婦と一緒に住むのは自覚する前の私でも遠慮したかなぁ」
「……今考えると浅はかだったと思う。けど、真剣だった」

 ヴィンセントへの想いを打ち明ける前の私だったら、二人に望まれたら一緒に住んだかもしれないけど、たぶんクラリスはそれを望まなかっただろうからその未来はない。そう言いたいけど、なんだか言い出せない。
 ヴィンセントの考えはまあうんよくわからないけど、ヴィンセントの想いが私の想像以上に大きいのはわかった気がする。
 つまり、クラリスは好きだった。けど、それは私への想いがあっての恋だったってことだよね。……いや、言葉にしたらよくわからないな。

「俺ね、クラリスに言われたんだ。『あたし、あのときメフィスが好きだったの。だからいきなり出てきてメフィスを奪ったミゲラの好きな人だったヴィンセントを奪ったの。ヴィンセントが好きだったことなんて一度もないよ』って。それで、今は弓の勇者が好きなんだって。だから、ミゲラ姉のところに行っていいよって」
「それは……」

 クラリスはちゃんとヴィンセントが好きだったと思う。きっかけが私への当て付けだとしても、それを長い間続けていたのはヴィンセントが好きだったから。ヴィンセントがそうだったように、最初が違うだけで二人はちゃんと両想いだったと思う。
 だから、クラリスがヴィンセントのことを好きじゃないと言ったのはただの強がり。
 それは、みんなわかると思う。あの子は顔に出やすいから。
 クラリスがヴィンセントにそう言ったのなら、そう受け止めるしかない。あの子はなんだかんだで優しい子。だから私もクラリスを嫌いになれない。
 その先の言葉が出てこない。きっと、ヴィンセントも理解してる。

「クラリスとはちゃんと別れてきた。だから、お願い。俺を信じて。俺を幸せにして。ミゲラ姉を幸せにする許可をちょうだい」

 ヴィンセントが私の手に指を絡ませる様子を見つめながら、私は考える。
 この手を取っていいのかな。幸せにできるのかな。私は、幸せになれるのかな。
 そう思ったとき、答えは一つだった。

「──ヴィンス、私はヴィンスがいれば幸せなの」

 生きてさえいればそれで構わない。私の隣にいなくても、ヴィンスが生きていればそれで。
 どこか遠くでヴィンセントの報せを知ることができるなら、それで私の生活は満足のいくものになる──はずだった。

「でも、そんなこと言われたら、それだけじゃ満足できなくなっちゃうよ……っ!」

 ずっと一緒にいたい。
 今度、今度こそ手をとってもいいの? この手が離れないことを望んでいいの?
 絡まるヴィンスの手に、私も力を込めて応える。
 ほしい。ヴィンスがほしい。身も心も私のものに。

「っ、ミゲラ姉……」

 私の名前を呼ぶその口を塞ぐようにキスをした。
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