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 いや本当にそこでどうして照れるのかわからない。
 どちらかというと、重い女にドン引きするところでは?
 理解不能だけど、ヴィンセントの腕から力が抜けた。その隙に私はソファーに置いてあったクッションをヴィンセントへと叩きつける。

「ヴィンセントなんてしらないっ! ばかっ!」
「俺のミゲラ姉がこんなにもかわいい……!」
「ばかっ!」

 馬鹿だ、ヴィンセントは馬鹿。かわいくてかっこいいのに馬鹿で、最低。
 ちゃんとした相手がいるのに、気を持たせるようなこと言わないでよ。辛い。苦しい。
 苦しくて苦しくて、吐き出すように先ほど私の中で決めたことを言い放った。

「私、シメオン様と結婚するんだからーっ!」
「……は?」
「っ!」

 ヴィンセントの手が私の腕を掴む。反射的に逃げようとしたけど、ヴィンセントは私を逃してくれない。
 なんだっていうの、自分はクラリスと一緒になるのに私に他の人と一緒になる権利はないとでも? そんなのにずるい。

「ミゲラ、本当ですか?」
「シメオン様がよ、」
「それは許さない」

 シメオン様がよければ、と言おうとすると、口を大きな手で塞がれた。恨みを込めた目でヴィンセントを見ると、ヴィンセントは無表情でシメオン様を睨みつけている。
 そんな目をしないでほしい。本当に。こわいから。

「ヴィンセントには関係ないよね? ヴィンセントはクラリスと結婚するんでしょ?」
「俺はミゲラ姉と結婚する!」
「重婚は犯罪です」
「ミゲラ姉としか結婚しない」
「うそつき。クラリスと抱き合ってだじゃない」

 ぷいっ、と顔を背ける。
 私としか結婚しない男が他の女と抱き合ってたりする? しないよね? ヴィンセントは私が見てるって知らなかったんだろうけど、普通はありえないと思う。

「ミゲラ姉が、クラリスとのこと見てたのはメフィスに聞いて知ってる。だけどあれはクラリスとの和解の意味で……深い意味はないんだ。本当に」
「そんなの……」

 わからない。人の心なんて分かるはずなんてないんだから、ヴィンセントが何を考えて私を望んでるかわからない。
 もちろんそれはシメオン様も同じ。何を考えてるのかわからない。
 どっちでも同じなら、気持ちのないシメオン様と一緒になったほうがまだいい。だって、真実を知ったとき、どっちがショックが大きいかと言ったら前者でしょう? 悲しむ気持ちはできるだけ回避したいのが人情。
 そんな打算的な私の手を取って、ヴィンセントは泣きそうな顔で私に迫る。

「どうしたら信じてもらえる? 俺は本当にミゲラ姉のことが好きで好きでたまらない。愛してるんだ。ミゲラ姉がいないと生きていけない。ミゲラ姉が望むなら国だって奪って王になってみせるよ」

 泣きそう、というよりもヴィンセントは涙を瞳に滲ませながら、縋るように私を抱き締めた。
 耳元でこんな熱がありそうな掠れた声を出されて、どうしたって身体が反応する。内容だって、私を熱に浮かせるようなものばかり。

「ヴィンセントさまっ! なにを仰っているのですか!」
「そうだぞ! 魔王になるつもりか、おまえは!」
「魔王、なるのだめっ!」
「ミゲラ姉が望むなら、ミゲラ姉が手に入るなら、なんでもいい。外野は黙って」

 ヴィンセントが冷たくそういうと、ユリアンたち三人の唇が強制的に真一文字に結ばれる。
 魔王? 魔王ってどういうこと? まさかとは思う。まさかとは思うけど。

「勇者が、魔王?」

 心当たりがあった。私と再会したときのヴィンセントの不穏な魔力。
 あれが原因? つまり勇者は魔王になる可能性があるってこと?

「そうだよ。魔王ってね、勇者の中から生まれるんだ。俺、魔王になるかもしれないんだって。でも、関係ないよね? ミゲラ姉は俺のことが好きだよね? 愛してるよね?」

 ヴィンセントと目が合った。ヴィンセントの目は死んでた。断られたら「皆殺し☆」みたいな目をしてた。

 ──あ、これって選択肢間違えたらまずいやつだ。

「でも、やっぱりクラリスと共有はいやっ!」

 殺されてもいい。好きな人で、愛しい人に殺されるなら本望。
 自分の気持ちに嘘はつけなかった。だって、本当にイヤなの。クラリスと一緒にヴィンセントと結婚するだなんて。
 そもそも一夫一妻が美徳されるこの世界では軽蔑の対象。我が国ではそういうところは厳しいので法律でも定まっている。ハーレム、ダメ、絶対。

「本当にクラリスとはなんともない! 信じて、ミゲラ姉……。俺、ミゲラ姉のことしか見てないよ……」

 今度はくぅん、と子犬のような目をして私に懇願するヴィンセントにゆらりと心が揺れる。
 だってかわいい! この顔は信じてもいい顔……。
 いやいや冷静になって。さすがにちょろすぎだし、シメオン様はどうなるの。言葉だけとはいえ、シメオン様と結婚するって宣言しちゃったし。 
 そう思って若干空気なシメオン様とスノーベル王国の王様のほうを見ると、なにやらメフィスと話をしてた。完全に私とヴィンセントの話し合いの場になってる……。

「ミゲラ姉、大好き。愛してる。愛してるから、俺を捨てないで。俺とずっと一緒にいて……」
「あ、うぅ……」

 優しく囁かれる甘い言葉にどんどん頭が考えることを拒否してくる。
 もうこの甘言に乗っちゃってもいいんじゃないかな。もうヴィンセントに抱き付いてもいいんじゃないかな。
 なんて考えてると、ぞろぞろと私とヴィンセント以外の人が部屋の外へ出て行く。

「ど、どこ行くの!?」
「僕たちはとりあえずここを後にするから二人で話し合って。ミゲラ、ヴィンセントとクラリスは本当になにもないよ。君の親友の僕が保証する。ミゲラの気持ちは誰に向いてるのか誰でもわかった。シメオン殿下も仕方ないってさ」

 メフィスの言葉が私を後押しした。メフィスが「振られたシメオン殿下に二人の甘い雰囲気は毒だから。可哀想に」なんて言葉を言われたけど、それについてはごめんなさいとしか言えない……。
 いやもう本当にごめんなさい……。

「ミゲラ姉……」

 本当はイヤだけど、傷付きたくないからイヤだけど。

 ヴィンセントと向き合うことを決めた。
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