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「ごめんなさい」

 頭で考えるよりも先に答えが出てた。
 断ったらどうなるんだろうと思うよりも先に、お断りの言葉が自然と出た。

「早いですね」
「シメオン様は別に私が好きなわけではないでしょう? 私が結婚してないからって無理しないでください」

 というか、今さっき母が好きだと聞いたばっかりだ。出会って六日。シメオン様が少しでも私を気に入っていたとして、前提としては母への初恋だろう。
 どちらにしろ私に誰かと結婚するつもりはないんだけど。王子様とか余計に。
 困惑顔を見せるシメオン様ににっこりと笑顔を浮かべた。

「無理しているわけではありません。ただ、ミゲラが僕と結婚してくれたら嬉しいな、って……」

 あ~~~~~ショタっ子かわいい~~~~。
 ちょっと半泣きになりながらも笑顔を見せるシメオン様に、前世の私の部分がきゅんきゅんしてる。
 いやでもないから。前世の私は落ち着いてほしい、本当に。
 これ以上この話はいやだな、と思ってとっさに話を変える。

「あっ、そ、そういえば、母の元婚約者って?」

 焦っていたとはいえ、もっといい話題はなかったの、私……。
 よりにもよってその話をしてしまった自分に呆れる。よくない話だろうな、と思ってわざわざ避けてたのに。
 だって、婚約者のいるお姫様が平民と駆け落ちだよ? 貴族の婚約なんて政略的なものが多いんだから、きっとお母さんもそうだったに違いない。
 政略結婚を一方的に破棄した場合、まずいことになるんじゃないのかな。
 あれ、本当にシメオン様に着いて行って大丈夫? これ、お母さんの代わりに政略結婚の道具として使われるのでは……?

「僕の父です」
「………ん?」
「本来であれば、ミシェル様はスノーベル王国の王妃となる人だったんです」
「…………んん?」

 ちょっと理解ができない。

「えぇっと、シメオン様。母と国王陛下は血の繋がりがなかったんですか?」
「いいえ、同腹の実の兄妹でした。スノーベル王国では血の繋がりを強くするために兄妹間での婚姻も珍しくないんです」

 ひえ、と悲鳴を漏らさなかっただけ褒めてほしい。
 近親相姦、よくない。前世の私はそれはそれで美味しいって言ってるけど、私の中のまともな部分がドン引きしてる。

「ところで、ミゲラ様はアイテムボックスのスキルは引き継がれましたか?」
「アイテム、え?」
「ミシェル様と父の婚姻はミシェル様の持つ特殊なスキル、アイテムボックスという無限収納のスキルを王家に取り入れるため、という思惑もあったんです」

 頭に浮かんだのはユリアンの言っていた私と同じアイテムボックスのスキルを持つ「北の国のお姫様」。つまり、その北の国のお姫様が、私のお母さん。
 なら、私のスキルはお母さんのスキルを引き継いだだけで、転生者特典とかじゃなかったってこと?

「そのスキルって、珍しいんですか?」
「そうですね、よく冒険者の中にはいるらしいんですけど、その誰もが偉業を成し遂げた冒険者です。貴族の中にアイテムボックスのスキルを持つ人間はとても稀です。なかにはアイテムボックスのスキルを両親から引き継いだ人もいますよ。でも、ほとんどのスキル保持者は規則性がないんです」

 ふ、ふーん。わかった。絶対にアイテムボックススキル持ちだなんて言わない。
 でも、そっか。どうなんだろう。お母さんも転生者だったのかな。今となってはわからない。同じスキル持ちを探せば、あるいはわかるかもしれないけど、そこまで知りたいことじゃない。
 あ、でも待てよ。前世の知識があったからこそ、実の兄との結婚が嫌すぎて駆け落ちしたとか? ……あり得る。
 やだよねー、実の兄と結婚なんて。前世の私が物語的には最高とか思ってるけど、現実問題いいことではない。倫理的に。私でも逃げる。
 黙り込んだ私に、シメオン様が慌てたように取り繕う。

「あ、ミゲラがスキルを持っていなくても気にしないでください。あったら国が豊かになるけど、なくても困るものではないので」
「ごめんなさい、力になれなくて」
「謝らないで。……ああ、そうだ。最近は、ミゲラのいた国では魔道具の開発が進んでアイテムボックスの魔道具も作られるようになったそうなんですよ。便利になりましたよね」

 それを作ったの、シメオン様が痺れさせた人物です。うっかり口が滑りそうになったけど、お口にチャック。
「わぁ、すごいですね」と、とりあえず同調しておく。

「だから、僕がミゲラに結婚を申し込むのは利益とかそういうのではなくて、純粋な僕の好意なんです」
「ぇ、と……」

 話が戻ってしまった。
 向かい側に座ってたシメオン様が私と同じ長椅子に移動してきて、ぴったりと座る。その上手まで握ってきた。
 シメオン様がすごく積極的でお姉さんは戸惑います。逃げ出したい。

「もちろん初めはミシェル様にそっくりなミゲラに惹かれました。でも、今はミゲラ自身に好意を抱いています。この六日間、……昨日は来れなかったので五日ですね。五日間、たくさん話しましたよね。僕はミゲラにとって結婚相手には相応しくありませんか?」
「いや、あの、逆に私がシメオン様に相応しくなくて……」
「それはどうしてでしょう? 今まで平民として生きてきたとはいえ、ミゲラはミシェル様の血を引いていることは一目瞭然です。それに僕が結婚できるまでに二年はありますから、ミゲラが貴族としての教育を受けるには充分です。僕は第二王子で、成人したら母の実家の公爵位を賜ることが決まっています。他の国では生まれも平民が王家に嫁いだこともありますし、ミゲラも大丈夫です」

 ひくりと笑みが引きつる。
 なにが大丈夫なのかわからない。私が貴族になんてなれるわけがない。いや、生まれから言ったら貴族なのかもしれないけど、育ちは平民。
 むりです。おほほ、うふふのお茶会って無理。
 平民出身って馬鹿にされていじめられてしまう。

「わ、私、貴族としては嫁き遅れですし、」
「それは些細な問題です。僕はミゲラの好みから外れていますか?」
「そんなことはないです……」
「よかった」

 むしろタイプです。前世の私のストライクゾーンです。
 ヴィンセントには敵わないけど。
 ……そう、そうだ。致命的なことを忘れていた。
 嬉しそうに笑ってるシメオン様には悪いけど、私は貴族の結婚相手として致命的なところがある。

「私っ、処女じゃないので!」

 そして貞淑でもない。えっちなこと好きだし、正直言って授乳手コキは夢だ。
 前世の私の声に従うなら、シメオン様の童貞をもらってトンズラしたい。膝枕して、授乳して、手コキして、辱めて、押し倒して、乳首責めして、喘がせて、挿れて、見下ろして、焦らして、イかせてあげたい。
 ……でも、これは全部ヴィンセントにしたかったこと。そして、できなかったこと。

「それは……とても残念ですが、平気です。問題ありません」
「え、えぇ……。シメオン様? 貴族は処女かどうかがとても大切だと……」
「結婚するまで二年あります。ミゲラには悪いですけど、僕と結婚するまで他の男との関わりを一切絶ってもらって子どもができなければ問題ありません。ね?」

 ね? じゃない。素晴らしくかわいらしい笑顔で小首を傾げるシメオン様になんて言っていいのかわからない。
 言ってることが軽い監禁だ。いや、軽くない。立派な監禁宣言な気がする。
 まだ子どもなのに、なんでそんな危険な思想を……。というか、処女って意味わかるんだ……。
 顔はショタなのに、性格はショタっぽくない……。
 やっぱり私の中の一番はヴィンセントだね。ヴィンセントはどストライクゾーンだもん。

 ──でも、私、ヴィンセントに振られちゃったんだ。
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