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 こてりと首を傾げていると、スタスタとヴィンセントが近付いてくる。

「なにを、しているの?」
「なにって……、え?」

 私の手を握っていたアッシュの手がヴィンセントによって引き剝がされる。
 あれ、なんで?

「ヴィンセント、なにするの?」
「ミゲラ姉こそ、なにしてるの?」
「なにって、アッシュの告白を、んぶっ」
「なに、してるの?」

 ヴィンセントの手で両頬を掴まれた。ぶにゅ、と唇を突き出した私は変な顔をしていると思う。
 いや、ほんとなにするの? ほっぺた痛いんだけど。
 というか、ちょっと怒ってる? ピリピリしてる気がする。

「俺に黙って、なにしようとしてるの?」
「えっと、ヴィンセント? どうして怒ってるの?」
「どうして……?」

 ぶわっ、とヴィンセントから魔力のようなものが放出された気がする。
 周りの人たちは言葉が発せないようで、恐怖の目でヴィンセントを見ている。それはもちろんアッシュも私も。

「ヴィンセントさまっ、なにをなさっているのですか!?」
「なんだ、この異様な魔力は……」
「ヴィンセント、魔力、やばい」

 言葉を発したのは、あとから乗り込んできた美少女三人組だった。
 あ、ヴィンセントのハーレムパーティさんかな?
 三人の声にハッとしたヴィンセントが、小さくため息を吐くと、その場の固まりまくった空気が霧散した。

「ミゲラ姉、行くよ」
「え、」

 手首を取られて無理矢理立たされる。
 いやいやまってまって。

「私、少し休憩に入ってただけで、まだ仕事あるから行けないよ」
「だめ」
「だめって……。ヴィンセント、わがまま言わないで。お姉さんの言うこと聞いて」
「やだ」

 子どもかな?
 よしよしなでなでしたいところだけど、まあそんな雰囲気じゃない。
 小さくため息を吐くと、ヴィンセントはびくりと肩を跳ねさせてから、それからじとりとアッシュを見た。
 可哀想に。勇者に睨まれたアッシュは小さく縮こまっちゃってる。やだ、小動物みたいでかわいー。
 なんて思ってると、ヴィンセントが低い声で呟いた。

「……やっぱり、ミゲラ姉はそうやっておれみたいな人を出そうとしてるんだ」
「ヴィンセント? なにを言ってるの?」
「だめだよ、ミゲラ姉。人の恋心を弄ぶなんて」
「弄んだことないよ? ヴィンセントはなにを勘違いしてるの? ヴィンセント、ほら、後ろでヴィンセントのパーティの人たちが待ってるよ。早く帰りな?」

 というか帰ってほしい。変な噂を流されたんじゃたまらない。
 すでに勇者ヴィンセントが私を悪く言ってる時点で嫌な予感しかしない。どうしよう。また引っ越すのやだなー。
 いざとなったらメルリアのお店でお手伝いかな。お願いしたら、やれやれとか言いつつも許してくれそう。
 ヴィンセントの後ろの女の子たちに目を向けると、ぶんぶんと慌てて首を振ってる。そんな全力でヴィンセントを拒否しなくても。

「わ、わたしたちは少し外に出ていましょう!」
「そ、そうだな! 賛成だ!」
「外、行く。はやく!」

 いや、引き取って?

「ヴィンセント、ほら。みんな行っちゃったよ」
「うん。だから、行こう」

 埒があかない~~! 今日のヴィンセントめんどくさ~~い!
 少しだけイライラしてくる。
 私はあくまでアッシュのために休憩をもらったんであって、まだまだ仕事中なんだってば。
 それなのにヴィンセントは行こうとしか言わない。そして私の手を離さない。

「み、ミゲラちゃん、ここはいいから勇者様と一緒に行ってあげて」
「でも、女将さん」
「いいからっ! はやく!」

 アッシュを見ると、小さくなって震えてて、瞳が潤んでる。
 可哀想に。ヴィンセントのせいだよね。
 だって、なんかアッシュのこと威嚇してるんだもん。

「……わかりました。ヴィンセント、行くよ」
「よかった。俺、ここを壊さなくて済むね」
「……………ヴィンセント?」

 なんだかヴィンセントの空気が変わってる気がする。
 クラリスと婚約してたときよりも、なんか凶暴な雰囲気っていうか、危うい雰囲気っていうか。
 やっぱり、私ってエロゲーとかでいう性癖を歪めた諸悪の根源ともいうべきショタ食いお姉さんだったんじゃないかな……。
 今までのヴィンセントから考えると、私と寝てから性格が変わった気がする。
 やっちゃったかなー、私。

「アッシュ、またあとでね」

 とりあえず恋人予定のアッシュに手を振ると、グイッとヴィンセントに引っ張られた。いや、本当機嫌悪いのね。
 アッシュも茫然としてて返事がなかった。
 ヴィンセントに引っ張られながら街を歩いて考える。
 ヴィンセントのせいでアッシュとのお付き合いは無理かもしれない。婚活失敗。
 商人って理想だったんだけどな。アッシュの家は何年も続いてる商人一家っていう話だったから、安定してそうだし。一番安定してるのは騎士なんだけどね。
 やっぱり商人じゃなくて安定の公務員狙ったほうがいいかなー。でも、騎士様ってゴツくて苦手なんだよね。国の事務官とは会う機会がないし。

「ミゲラ姉の家に行こう」
「いいけど……。ヴィンセントと話すことってあるの?」

 ないんじゃないかな、と思って言った言葉だったんだけど、だめだったらしい。
 ヴィンセントからまたあの異様な空気が溢れ出した。
 困ったな、と思ってると、ヴィンセントのパーティの子たちだと思われる三人組と目が合う。
 えぇっと、なに? なんで手を振ってるの? 手を振り返すと、ぶんぶんと首を振られる。あ、違うの? じゃあなーに?

「えーっと、手を繋ぐのかな?」
「っ、み、ミゲラ姉?」
「ん?」

 聖女ちゃんと魔法使いちゃんが恋人繋ぎをしたので、それに倣ってヴィンセントの手を繋ぐ。するとヴィンセントの異様な雰囲気は霧散した。正解だったらしい。
 ヴィンセントは焦ったように顔を赤くして私を見つめてくる。
 ……んー? えー? 違うよね? ヴィンセントはクラリスのことが好きだもんね?
 私を好きなヴィンセントとか、ちょっと解釈違いなんだけどな。

「ヴィンセント、お姉さんとたくさんお話しなくちゃいけないことがあるみたいね」
「うん。そうだよ。ミゲラ姉に言いたいこと、たくさんある」

 うーん。なんか嫌な予感しかしないなー。

 たしかにヴィンセントのことが好きだな、と思ってた時期がある。うんと昔の話。ヴィンセントが私じゃなくてクラリスを好きになった頃。私のことを好きじゃなくなってから、私は自分の気持ちに気が付いた。
 結局、ヴィンセントはクラリスが好きで、クラリスもヴィンセントのことが好きで、美少年と美少女の甘い恋に私なんかが入れるわけがなくて、二人を応援することになった。無事付き合い始めたときは一人で祝賀パーティーだった。
 クラリスからもかわいくお願いされたし、かわいくお願いされたら断れなかったっていうのもある。
 まあ、私が好きだったヴィンセントはクラリスが好きだし、解釈違いってあるよね。
 それに今ではヴィンセントはかわいい弟。あと童貞ショタ。一番最初のヴィンセントはかわいかったな~。ピュアで、かわいくて。

 ヴィンセントはクラリスが好きだった。私がヴィンセントの童貞を奪えたのは、ヴィンセントがクラリスに裏切られて傷心中だったから。
 私はそれを絶対に忘れちゃいけなくて。
 私は自分の気持ちを表に出してはいけない。
 ヴィンセントには、こんな私よりも他の純粋な女の子がよく似合う。

 なんて考えてたらすぐに家に着いた。
 家といっても長屋だから、私以外にもいろんな人が住んでるんだけど。

「ミゲル姉、ここに住んでるんだ」
「そうだよ。住んでる人もいい人ばっかりでね、いっつもおすそ分けをくれたりする人なんかもするの」
「……男?」
「そうだけど……、別にそういうんじゃないからね? ドロンボさん、好きな人いるらしいし」
「………ふぅん」

 彼氏か。ヴィンセントは私の彼氏か。
 なんてツッコミたいけど、突っ込んだらめんどくさそうだから、さらりと流して部屋の中に入ろうとする。

「ヴィンセントのパーティのみんなも入る?」
「だめ」

 遠くにいるヴィンセントのハーレムパーティのみんなを指す。
 だめ、って。やだじゃなくてだめって。子どもかな? どっちにしろ子どもみたいなんだけど。
 とりあえず二人で家の中に入る。
 ヴィンセントを小さな椅子に座らせて、お茶を出そうと席を離れようとすると、グッと二の腕を引っ張られてヴィンセントの膝の上に誘導された。
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