Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第5節 伝播

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ー 北条出版 ー

14時30分

前橋から横浜までの電車の中では、皆うつむき、一切の会話が無かった。粟田は声を殺して泣き、畑は恐怖とショックで、悪寒を感じてるように、時々震えていた。

横浜駅に着くと、粟田は一礼してそそくさと去っていった。

「…ふぅ。…とりあえず、職場行かないとな。」

粟田を見送ると、正人が呟いた。

「お前、無理しなくていいぞ。編集長には、俺から話しておくから。」

目が腫れ、顔色が悪い畑を気遣って、正人が聞いたが、畑は首を横に振った。

正人と畑は、山本たちにどう説明しようかと、それぞれ頭の中で考えながら、会社を目指した。

執務室の前に到着し、正人が一回深呼吸してから、扉を開けると、すぐに明るい声が聞こえてきた。

「あれ!早かったな。収穫なしか?」

ニヤニヤしながら問いかけた生駒だったが、目を真っ赤にした畑と、うつ向く正人を見て普通じゃないと悟った。

「何だ!?何があった!?」

生駒のこの言葉に、執務室内の視線は一気に正人と畑に集中した。

「あれ?足立は一緒じゃなかったのか?」

稗田が問い掛けたが、二人は下を向き、中々答えようとしなかった。

見かねた編集長の山本が、二人に歩み寄り、目の前で問い掛けた。

「何があったんだ?足立くんはどうした?」

正人は、小刻みに震えながら、深く頭を下げた。

「申し訳ありません。足立は警察署にいます。」

執務室内に響動めきが起こった。

「正人、何があったんだ?」

生駒が動揺しながら聞いた。

「ふん、だから言ったんだ。警察みたいな真似事して、犯罪行為にでも走ったんだろ。」

荒木は一人自席に座ったまま嫌味を言った。

「足立は、桐生朱美や長尾智美が生み出した呪いに魅入ってしまい、長尾智美に呪いを掛けたことがわかりました。今回の長尾智美の事件の裏の首謀者です。殺意があったわけではないようですが、結果的に悲惨な事件になってしまったこと、呪いを使用したことで、どのような裁きが下るかは、まだわからないと言われました。…本当にすみません。」

正人は、ゆっくりと力のない声で説明し、頭を下げた。畑も隣で深く頭を下げた。

山本は、あまりの衝撃な内容に眩暈を覚え、直ぐ側の畑の椅子に座り込んだ。

「…知ってたのか?君たちは。その、足立くんが呪いを使ってたことを。」

山本の言葉に、畑が答えた。

「自分は、記事で書いた通り一度掛けられたことがあります。ふざけた内容でしたけど。で、でも、もう使うことはないって言ってたんです。まさか、こんな。」

「つまりは、長尾智美に呪いを掛けたことは知らなかったわけだろ。……君たちは何も悪くないじゃないか。」

山本は立ち上がり、二人を抱き寄せ、励ますように頭を撫でた。

「君たちが責任を感じることはない。もう悪いように考えるのは止めろ。後で私が警察に連絡して、足立くんと直接会ってくるから。後は上に任せなさい。」

山本はそう言うと、二人に席に着くように促した。

「正人………。」

トボトボと歩く正人たちを、生駒が心配そうに見つめていた。

 プルルル。 

「編集長、電話ですよ。」

稗田に呼ばれ、山本は自席に急いで戻り自席の電話を取った。

「はい、北条出版編集長席です。……え、は、はい。この度は色々とご迷惑を…。」

「警察からか?」

会話を聞いて、荒木が言った。皆、山本の電話に釘付けだった。特に正人と畑は緊張が頂点に達しそうだった。

「……はい、……え?本当ですか。……はい、分かりました。……はい、よろしくお願いいたします。……はい、失礼します。」

カチャ。山本は静かに受話器を置いた。

ふと、顔を上げると全員が自分を見ていることに気がつき戦いた。

「全員聞いてたのか?まぁいい。さっきの足立の件、警察は公表しないようだ。」

また執務室内が響動めいた。

「静かに!まだ続きがある。…よって、会社としても謝罪会見などは絶対に行わないこととの警視庁からのお達しの電話だった。皆、今日聞いた話は絶対に口外しないように!以上。」

山本は、そう言うとトコトコと執務室から出ていった。

「ふぅ、警察が隠蔽か。どうなんだ、生駒。お前の親父さん警察だろ?」

荒木がニヤリとしながら聞いた。

「今、呪いは話題はデリケートなんですよ。桐生朱美の処刑で全て終わらせるために。世の中のためにです。」

生駒は本心じゃなかったが、荒木の態度が気に食わなくて、父親を、警察をフォローした。

「ふん、そいや桐生の死刑執行日もうすぐらしいぞ。東京拘置所に身柄が移されたらしい。…確かにそんなタイミングで、新しい呪いの話題は出せないか。」

正人は、今の荒木の言葉で初めて桐生朱美の死刑執行日が早まったことを知った。

桐生朱美の死は、イコール眞鍋の死に繋がる。

正人はあることを行きの電車の中から考えていたが、この事で決意した。

「…畑、ちょっといいか?」

「…はい。」

正人は畑を誘い、誰もいない屋上へと来た。

二人は安全柵ぎりぎりのところで、正面の景色を眺めていた。

「ふぁああ、いい天気だな。」

正人が、腕を上げ、身体を伸ばしながら言った。畑は、天気などどうでも良い気分で、何も考えずに、正面を見つめながら正人に質問した。

「急にどうしたんですか?」

「…その…長尾智美に聞いてみるか?真実を。」

「…………。」

畑は、正人の言っている意味がわからなかった。

「犬童さんの推測に近い結論かもしれないが、殺された本人に聞くのが一番だろ。」

畑は、まだ正人の言いたいことが理解できず、ふざけているのかと、内心イライラしてきていた。

「……何を…言ってるんですか?」

「…畑、死んだ人間を生き返らせることができるとわかったら、長尾智美のこと生き返らせたいと思うか?」

正人が質問しながら畑の方を振り向いた途端、畑は崩れ落ちるように地面に倒れた。

「…畑?」

正人は何が起こったのかわからなかった。

正人はしゃがみこみ、畑の肩を掴み揺らしながら声を掛けた。

「畑!?畑!!畑~!!!」

この声を廊下で聞き付けた生駒と三戸が、慌てて屋上へとかけ上ってきた。

「どうした!?正人!」

生駒と三戸の目には倒れた畑の横で、必死で名前を呼掛けている正人の姿があった。

「き、きゅ、救急車…。」

三戸は慌てて携帯を取り出し119番に電話し救急車を手配すると、そのまま、助けを呼びに再び下階へ階段を駆けていった。

生駒は、正人の側に駆け寄り、畑の頬を軽く叩きながら正人に聞いた。

「正人、何があった?」

「…ハァ、ハァ、わからない。急に倒れた。……一体何なんだ、今日は。」

正人は、緊張と不安で息がうまく出来なかったが、必死で畑の肩を掴んでいた。

「「畑!畑!!畑~!!」」

二人の呼び掛けにも全く無反応な畑に、生駒は心臓マッサージをし始めた。正人も合わせて人口呼吸を試みた。

何分たったかわからないが、二人は汗だくになっても止めることなく、蘇生を続けた。

知らぬ間に周りには多くの人間がいた。自分たちまで倒れるかもしれないと感じながらも、一切止めることはしなかった。

だが、その後も畑はピクリとも動くことは無く、救急車の中で死亡が確認された。

ー 前橋警察署 ー

畑が倒れる2分前。

足立はトイレの中にいた。警察署に連行された際、持っていた鞄やスマホなどの荷物は全部没収されていたが、胸の間からもう一台のスマホを音もなく取り出した。

犬童の判断で、直ぐの身体検査は特に行わなかった為、バレることがなかった。

足立は、躊躇いもなく、スマホの内容全てを初期化した。あらゆる画像やメールなどの情報が、一気に削除された。
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