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第2節 拡散
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ー 北条出版社 ー
10時40分
正人は、眞鍋に電話をするため、出版社の屋上に来ていた。天気も良く、透き通るような青空の下で、遠くの山を眺めながら電話を掛けた。
「はい、眞鍋です。」
「おはようございます、村上です。明日の件なんですが、前に話した人物を一緒に連れていっても大丈夫ですか?」
「あぁ、以前、村上さんがおっしゃってた方ですね。それは調度いいです。実は、リムは二人同時に生き返らせることが可能ですので、こちらとしても貴重なサンプルになります。是非お願いします。」
「ありがとうございます。………あの…。」
正人は、少し沈黙した。
「どうしました?」
「…その…妻が…生き返った際、冷静さを保てなくなってしまったらごめんなさい、と先に謝っておこうかと。」
「そんなの当たり前のことですよ。お気になさらずに。お連れの方にも先日私が申した注意事項だけはお伝えください。では、明日よろしくお願いします。」
眞鍋は明るく答えて、電話を切った。
正人は、スマホをポケットに仕舞うと、安全柵の金網まで歩き、遠くの景色を眺めた。明日妻が生き返ることで、この青空のような気持ちに生まれ変われたら…なんてことを考えていると、背後から急に名前を呼ばれた。
「村上さん!お疲れ様です。」
振り返ると畑が立っていた。
「なんだ、畑か。どうした?びっくりするじゃないか、急に。」
「すみません、二人で話がしたくてチャンスを伺っていました。来週群馬に行く話ですが、自分の考えを伝えておきたくて。」
畑はそう言うと、遠くの景色を見つめながら、話を続けた。
「自分はkiriこと長尾智美さんは…呪いで殺されたと思っています。」
急に本題を切り出した畑。池畑は、畑の言葉に驚いた。
「……呪い!?長尾さんは母親に殺さんだろ?」
畑は首を横に振りながら反論した。
「タイミング的に出来すぎですよ。しかも、桐生朱美の妹ですよ。何か特別なことがあるに違いないです。俺はそれを突き止めて記事に書きたい。」
「まぁた、そんな警察みたいなこと言ってると、荒木さんや生駒にどやされるぞ。」
二人は金網から遠くの景色を眺めながら、互いの表情は全く見ずに話を続けた。
「…運命なんですよ。無数にあるインターネット掲示板投稿者から、僕が長尾智美を選んでしまったのは。」
池畑は、畑の言葉に苦笑いを浮かべた。
「ドラマの見すぎだろ。…お前がのめり込んでしまう理由もわからんでもないが、皆心配してるんだ。お前や足立が、高遠さんみたいな結末にならないかを。」
「…だから、冷静な村上さんに同行をお願いしました。でも、村上さんは、俺じゃなく足立さんのこと、守ってあげてください。」
「………どういう意味だ!?」
正人は会話を始めてから、初めて畑の方を向いたが、正人の視界に畑の姿はなかった。正人は慌てて逆方向に振り向くと、屋上への出入口に向かって歩き出している畑の姿があった。
「………………お前も守るさ。」
正人は畑に向かって呟くと、再び遠くの景色に視点を移し、しばらく柔らかい風を感じてから戻ることにした。
ー 科学研究所 ー
10時45分
池畑たちが帰ってから数分後に、府川が買い物袋をぶら下げて研究室に帰ってきた。
「あれ、府川先生、どこ行ってたんですか?もう終わっちゃいましたよ。」
調度スクリーンの片付けをしている瀬古が少し不機嫌そうに言った。
「え!あ、午前中でしたっけ!?すみません、勘違いしてました。……それで、無事に?」
府川は買い物袋を床におき、恐る恐る瀬古に聞いた。
「まぁ、無事と言えば無事に終わりましたけど。所長も大分ご興味お持ちのようで、残りの懸案事項も早く結果を出したいわ。」
一通り片付けが終わった瀬古は、タバコを吸うため研究室を出ていった。府川はそれを見送ると買ってきた袋からカップ麺を取り出し、電気ポットを使ってお湯を入れ始めた。
「さっきの、わざとでしょ?府川先生。」
お湯を入れている府川の背後から存在感を消した状態で志澤が近づき、小さめの声で言った。
「わぁ!もう驚かせないでくださいよ、志澤先生。」
「なぁ、わざとでしょ。」
志澤が府川の肩を突っつきながら聞いた。
「………何のことですか。」
「さっきの報告会にいなかった件に決まってるでしょ。」
お湯を入れ終えた府川は、自席に向かいながら、志澤の質問に答えた。
「本当に忘れてただけで…。」
「本当は府川先生だもんね、あの症例見つけたの。」
志澤が府川の答えに喰い気味で追い討ちをかけた。志澤が自席に座った府川の耳元で囁くように続けた。
「全部持ってかれましたよ。さっきの報告会では府川先生の名前は一切出ていませんでした。…手柄は府川先生なのに……。」
「…自分は、おかしな点を見つけただけで、それを詳しく調べる流れにしてくれたのも、仮説を立ててくれたのも瀬古先生ですから。」
府川は、しつこい志澤にイラつき、少し声量を上げて答えた。
「お人好しですね。……だから、瀬古先生に抜かれちゃうですよ。ま、それは私もですがね。…女性は武器がありますしね…ハハ。」
志澤はそう言い放すと、研究室を出ていった。志澤の話し方にイライラした府川は、誰も居ないことを確認し、思いっきり机を握り拳で叩いた。
10時40分
正人は、眞鍋に電話をするため、出版社の屋上に来ていた。天気も良く、透き通るような青空の下で、遠くの山を眺めながら電話を掛けた。
「はい、眞鍋です。」
「おはようございます、村上です。明日の件なんですが、前に話した人物を一緒に連れていっても大丈夫ですか?」
「あぁ、以前、村上さんがおっしゃってた方ですね。それは調度いいです。実は、リムは二人同時に生き返らせることが可能ですので、こちらとしても貴重なサンプルになります。是非お願いします。」
「ありがとうございます。………あの…。」
正人は、少し沈黙した。
「どうしました?」
「…その…妻が…生き返った際、冷静さを保てなくなってしまったらごめんなさい、と先に謝っておこうかと。」
「そんなの当たり前のことですよ。お気になさらずに。お連れの方にも先日私が申した注意事項だけはお伝えください。では、明日よろしくお願いします。」
眞鍋は明るく答えて、電話を切った。
正人は、スマホをポケットに仕舞うと、安全柵の金網まで歩き、遠くの景色を眺めた。明日妻が生き返ることで、この青空のような気持ちに生まれ変われたら…なんてことを考えていると、背後から急に名前を呼ばれた。
「村上さん!お疲れ様です。」
振り返ると畑が立っていた。
「なんだ、畑か。どうした?びっくりするじゃないか、急に。」
「すみません、二人で話がしたくてチャンスを伺っていました。来週群馬に行く話ですが、自分の考えを伝えておきたくて。」
畑はそう言うと、遠くの景色を見つめながら、話を続けた。
「自分はkiriこと長尾智美さんは…呪いで殺されたと思っています。」
急に本題を切り出した畑。池畑は、畑の言葉に驚いた。
「……呪い!?長尾さんは母親に殺さんだろ?」
畑は首を横に振りながら反論した。
「タイミング的に出来すぎですよ。しかも、桐生朱美の妹ですよ。何か特別なことがあるに違いないです。俺はそれを突き止めて記事に書きたい。」
「まぁた、そんな警察みたいなこと言ってると、荒木さんや生駒にどやされるぞ。」
二人は金網から遠くの景色を眺めながら、互いの表情は全く見ずに話を続けた。
「…運命なんですよ。無数にあるインターネット掲示板投稿者から、僕が長尾智美を選んでしまったのは。」
池畑は、畑の言葉に苦笑いを浮かべた。
「ドラマの見すぎだろ。…お前がのめり込んでしまう理由もわからんでもないが、皆心配してるんだ。お前や足立が、高遠さんみたいな結末にならないかを。」
「…だから、冷静な村上さんに同行をお願いしました。でも、村上さんは、俺じゃなく足立さんのこと、守ってあげてください。」
「………どういう意味だ!?」
正人は会話を始めてから、初めて畑の方を向いたが、正人の視界に畑の姿はなかった。正人は慌てて逆方向に振り向くと、屋上への出入口に向かって歩き出している畑の姿があった。
「………………お前も守るさ。」
正人は畑に向かって呟くと、再び遠くの景色に視点を移し、しばらく柔らかい風を感じてから戻ることにした。
ー 科学研究所 ー
10時45分
池畑たちが帰ってから数分後に、府川が買い物袋をぶら下げて研究室に帰ってきた。
「あれ、府川先生、どこ行ってたんですか?もう終わっちゃいましたよ。」
調度スクリーンの片付けをしている瀬古が少し不機嫌そうに言った。
「え!あ、午前中でしたっけ!?すみません、勘違いしてました。……それで、無事に?」
府川は買い物袋を床におき、恐る恐る瀬古に聞いた。
「まぁ、無事と言えば無事に終わりましたけど。所長も大分ご興味お持ちのようで、残りの懸案事項も早く結果を出したいわ。」
一通り片付けが終わった瀬古は、タバコを吸うため研究室を出ていった。府川はそれを見送ると買ってきた袋からカップ麺を取り出し、電気ポットを使ってお湯を入れ始めた。
「さっきの、わざとでしょ?府川先生。」
お湯を入れている府川の背後から存在感を消した状態で志澤が近づき、小さめの声で言った。
「わぁ!もう驚かせないでくださいよ、志澤先生。」
「なぁ、わざとでしょ。」
志澤が府川の肩を突っつきながら聞いた。
「………何のことですか。」
「さっきの報告会にいなかった件に決まってるでしょ。」
お湯を入れ終えた府川は、自席に向かいながら、志澤の質問に答えた。
「本当に忘れてただけで…。」
「本当は府川先生だもんね、あの症例見つけたの。」
志澤が府川の答えに喰い気味で追い討ちをかけた。志澤が自席に座った府川の耳元で囁くように続けた。
「全部持ってかれましたよ。さっきの報告会では府川先生の名前は一切出ていませんでした。…手柄は府川先生なのに……。」
「…自分は、おかしな点を見つけただけで、それを詳しく調べる流れにしてくれたのも、仮説を立ててくれたのも瀬古先生ですから。」
府川は、しつこい志澤にイラつき、少し声量を上げて答えた。
「お人好しですね。……だから、瀬古先生に抜かれちゃうですよ。ま、それは私もですがね。…女性は武器がありますしね…ハハ。」
志澤はそう言い放すと、研究室を出ていった。志澤の話し方にイライラした府川は、誰も居ないことを確認し、思いっきり机を握り拳で叩いた。
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