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第5節 決断の瞬間(とき)
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ー 群馬県前橋市 ー
池畑は千代田との通話を切り、スラックスのポケットに仕舞いながら、会いたかった人物の掛け声に応えた。
「犬童(いんどう)さん、久しぶりです。良かった、あなたに会えて。」
犬童は、40歳前後で、見た目は坊主で色付き眼鏡を掛けており、街中で見掛けたら近付きたくない風体だ。
だが、見た目とは裏腹に、犬童は池畑が何で自分と会いたかったのかを考えたが分からず、俺に?という表情で自分を指差す可愛らしいリアクションをした。
「ええ、犬童さんに聞きたいことがありまして。…今お仕事ですか?」
「おぉ、そりゃ仕事の時間だからな。あれだ、これから事件現場に行くとこだ。先日起きた母親が娘を刺し殺して自殺した事件のな。」
正に池畑の目的地だった。
「それです!その事件の話を聞きたくて。一緒にいいですか?」
「お、おぉ。まぁいいけど。」
犬童は、池畑に流されるがままだった。どうやら見た目と中身は180度違うようだ。
池畑は、自分と犬童の会話を犬童の左隣でポカンと聞いている女性の存在に気付いた。
「あ、はじめまして、池畑といいます。神奈川県警の刑事です。犬童さんとは以前、ある事件で合同捜査をさせてもらったことがありまして、それ以来定期的に呑んだりしてる仲でして。」
その女性はニッコリ笑ってペコリと頭を下げた。
「あ、刑事さんだったんですか。はじめまして、松蔭(まつかげ)と申します。私はまだ犬童さんとこに配属になったばかりで、色々勉強させてもらってます。」
見た目は30歳前後の小柄で可愛らしい見た目の女性だ。
挨拶を済ませると、3人は事件現場に向かって歩き出した。
「ところで池畑、なんで群馬に来たんだ?その事件の資料なら内緒で送ってやったろ?」
犬童が不思議そうに後ろを歩く池畑に聞いた。
「…えぇ。犬童さん、この事件もしかしたら単純な事件じゃないかもしれませんよ。」
犬童は、池畑のこの言葉に足を止め振り返った。
「どういう意味だ?」
犬童より前を歩いていた松蔭は、ふと振り返ると二人が足を止めていることに気付いて小走りで二人の所まで戻ってきた。松蔭が戻ると池畑が答えた。
「この事件の二人は、桐生朱美の親族の可能性があります。」
「え?桐生朱美って…今死刑判決が出てる?」
犬童の隣にいた松蔭が呟いた。
「…池畑、なんで知ってる?そんなこと資料には書いてなかっただろう。」
犬童の顔付きが変わった。
「やっぱり…犬童さん知ってて書かなかったんですね…。」
松蔭は驚いた様子で犬童の顔を見た。
「松蔭…組織には組織なりのルールがある。お前もその内にわかるさ。」
「上の指示ですか?何故、警察の上の人間は桐生朱美の情報を隠すんですか?」
池畑が犬童に詰め寄るように聞いた。
「池畑、お前ならわかるだろ。警察が隠し事するときは…理由はひとつさ。……保身だろ。」
「け、警察は真実を隠すんですか!?」
信頼していた上司が、自分の理想とはかけ離れた真実を口にしたことで松蔭は大きなショックを受けた。
「松蔭、これだけは覚えとけ。世の中にルールを作り、安定させるために我々は存在している。その警察は常に絶対的な存在でなければならないし、それには信頼が欠かせない。これを揺るがす出来事は、保身のため、いや、国のために隠すのさ。」
犬童は話す最中、決して松蔭の顔を見ることはなかった。
(犬童さん。きっとあなたは自分の今の言葉に自信がないんですね。)
そんな犬童を見て、池畑はそう感じた。
だが、松蔭は犬童の言葉を純粋に受け止めて、悲しい顔をしていた。松蔭が弱々しく聞いた。
「…桐生朱美の情報を隠すことは何に影響するんですか?」
「桐生朱美の個人のことじゃない。警察が隠したいのは呪いの存在さ。ここからは俺の推測だが…池畑も感じてるかもしれないが、警察は焦ってる。呪いなんてものは、すぐにでもこの世から排除しなければ世界が崩壊すると。」
「つまり、呪いは桐生朱美で始まり、桐生朱美で終わらせたい…と?」
池畑の言葉に、犬童はフンッと鼻で笑うと再び歩き出した。
「もう手遅れさ。呪いの使い魔は桐生朱美だけじゃなかった。…長尾智美もだ。」
犬童がそう言って歩き出すと、少し間を空けて追いかけるように池畑と松蔭も歩き出した。
池畑は千代田との通話を切り、スラックスのポケットに仕舞いながら、会いたかった人物の掛け声に応えた。
「犬童(いんどう)さん、久しぶりです。良かった、あなたに会えて。」
犬童は、40歳前後で、見た目は坊主で色付き眼鏡を掛けており、街中で見掛けたら近付きたくない風体だ。
だが、見た目とは裏腹に、犬童は池畑が何で自分と会いたかったのかを考えたが分からず、俺に?という表情で自分を指差す可愛らしいリアクションをした。
「ええ、犬童さんに聞きたいことがありまして。…今お仕事ですか?」
「おぉ、そりゃ仕事の時間だからな。あれだ、これから事件現場に行くとこだ。先日起きた母親が娘を刺し殺して自殺した事件のな。」
正に池畑の目的地だった。
「それです!その事件の話を聞きたくて。一緒にいいですか?」
「お、おぉ。まぁいいけど。」
犬童は、池畑に流されるがままだった。どうやら見た目と中身は180度違うようだ。
池畑は、自分と犬童の会話を犬童の左隣でポカンと聞いている女性の存在に気付いた。
「あ、はじめまして、池畑といいます。神奈川県警の刑事です。犬童さんとは以前、ある事件で合同捜査をさせてもらったことがありまして、それ以来定期的に呑んだりしてる仲でして。」
その女性はニッコリ笑ってペコリと頭を下げた。
「あ、刑事さんだったんですか。はじめまして、松蔭(まつかげ)と申します。私はまだ犬童さんとこに配属になったばかりで、色々勉強させてもらってます。」
見た目は30歳前後の小柄で可愛らしい見た目の女性だ。
挨拶を済ませると、3人は事件現場に向かって歩き出した。
「ところで池畑、なんで群馬に来たんだ?その事件の資料なら内緒で送ってやったろ?」
犬童が不思議そうに後ろを歩く池畑に聞いた。
「…えぇ。犬童さん、この事件もしかしたら単純な事件じゃないかもしれませんよ。」
犬童は、池畑のこの言葉に足を止め振り返った。
「どういう意味だ?」
犬童より前を歩いていた松蔭は、ふと振り返ると二人が足を止めていることに気付いて小走りで二人の所まで戻ってきた。松蔭が戻ると池畑が答えた。
「この事件の二人は、桐生朱美の親族の可能性があります。」
「え?桐生朱美って…今死刑判決が出てる?」
犬童の隣にいた松蔭が呟いた。
「…池畑、なんで知ってる?そんなこと資料には書いてなかっただろう。」
犬童の顔付きが変わった。
「やっぱり…犬童さん知ってて書かなかったんですね…。」
松蔭は驚いた様子で犬童の顔を見た。
「松蔭…組織には組織なりのルールがある。お前もその内にわかるさ。」
「上の指示ですか?何故、警察の上の人間は桐生朱美の情報を隠すんですか?」
池畑が犬童に詰め寄るように聞いた。
「池畑、お前ならわかるだろ。警察が隠し事するときは…理由はひとつさ。……保身だろ。」
「け、警察は真実を隠すんですか!?」
信頼していた上司が、自分の理想とはかけ離れた真実を口にしたことで松蔭は大きなショックを受けた。
「松蔭、これだけは覚えとけ。世の中にルールを作り、安定させるために我々は存在している。その警察は常に絶対的な存在でなければならないし、それには信頼が欠かせない。これを揺るがす出来事は、保身のため、いや、国のために隠すのさ。」
犬童は話す最中、決して松蔭の顔を見ることはなかった。
(犬童さん。きっとあなたは自分の今の言葉に自信がないんですね。)
そんな犬童を見て、池畑はそう感じた。
だが、松蔭は犬童の言葉を純粋に受け止めて、悲しい顔をしていた。松蔭が弱々しく聞いた。
「…桐生朱美の情報を隠すことは何に影響するんですか?」
「桐生朱美の個人のことじゃない。警察が隠したいのは呪いの存在さ。ここからは俺の推測だが…池畑も感じてるかもしれないが、警察は焦ってる。呪いなんてものは、すぐにでもこの世から排除しなければ世界が崩壊すると。」
「つまり、呪いは桐生朱美で始まり、桐生朱美で終わらせたい…と?」
池畑の言葉に、犬童はフンッと鼻で笑うと再び歩き出した。
「もう手遅れさ。呪いの使い魔は桐生朱美だけじゃなかった。…長尾智美もだ。」
犬童がそう言って歩き出すと、少し間を空けて追いかけるように池畑と松蔭も歩き出した。
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