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第3節 それぞれの葛藤
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溝口はまず、部屋の奥側にある三段の引き出しがある小さい箪笥の上に飾ってある、いくつかの写真が目に入った。
一枚ずつ写真に写っている人物の顔をじっくり見ていくと、由実と千里と正人のスリーショットの写真があった。
「あ、これ村上さんですね。」
溝口が写真を手にとると、君枝も近寄って写真を眺めた。
「えぇ、…千里ちゃんも亡くなったんですよね、由実のことを知った翌日に…。」
「…はい。あ、そう言えば村上さんから、お辛い中、千里さんの葬儀にお越しいただきありがとうございましたとの伝言を預かってました。千里さんの件の担当もしてたもので、村上さんとは面識がありまして。」
池田が丁寧に伝えた。
「それはお互い様ですよ。正人さんこそ、千里ちゃんが亡くなったのに、由実に焼香をあげに来てくれましたし。…その日に、漆崎さんから聞いたんです。向こうもこちらを気遣って、話すべきか迷ったらしいんですが、帰り際に話してくださいました。
由実と千里ちゃんは本当に昔っから仲が良かったもので、漆崎さんは、千里ちゃんの死は由実が死んだことが原因だと、私たちに思わせてしまうのが嫌だったようです。」
「…そうですか、千里さんの件は、なんと言ってよいか…。」
「…ちゃんと漆崎さんから聞いていますよ。由実と同じ可能性があるって司法解剖したけど、自殺で確定したって。…調度、私に話をしてくれる少し前に解剖結果が出たって言ってました。
…由実の時もそうですが、殺されたとか自殺したとか、どんな結論でも子どもは帰ってきません。態々、苦しんだ子の身体に更に傷を付けてまで解剖をする必要があるのかと夫と話をしました。
…漆崎さんも同じことを言ってましたが、…親として…我が子が自ら命を絶ったという現実だけは、本当にツライんですよ。自分達が子どもを支えてやれなかったんだと…そう考えてしまうんです。」
段々と言葉が詰まる君枝が続けた。
「ほんと…矛盾してますよね。…さっきは、…由実は誰かに恨まれるような…子じゃないって声を上げてしまったのに…自殺を否定したかった…なんて…。」
君枝は、脱力したように、由実のベッドに腰掛けた。池畑は、隣に座って項垂れる君枝を励まそうとした。
「お母さんのお気持ちはわかります。本当に同じことを漆崎さんはおっしゃってました。解剖は、自分が救われるためかもしれないって。でも、私はそれで良いと思っています。…無下に残された者は救われるべきです!ただずっとツライ気持ちで耐えていく必要なんてない!!…ただ、漆崎さんの場合は結果的に二重に苦しむことになってしまいました。解剖を勧めた私のせいです。」
池畑は、佐倉のことを考えてしまい、少し感情的に答えてしまった。
「池畑さん、ちょっと熱くなってますよ。」
溝口が宥めるように忠告した。
「…あ、すみません南雲さん。少し感情的になってしまって…。」
「いえ。…刑事さんにもお辛い過去がおありのようですね。今日はあまり捜査に役に立つ話ができなくてすみませんでした。部屋はゆっくり自由にご覧になってください。」
君枝はそう言うとゆっくり立ち上がり、一礼して部屋を出て一階へと下りていった。
君枝は、由実の思い出が詰まった部屋が荒らされるのが嫌で池畑たちに立ち会うつもりだったが、池畑が自分と同じような経験を持っているような気がして、池畑を信用し任せる決心をした。
「悪かったな、溝口。」
池畑は溝口に振り返って呟くように言った。
「いえ、池畑さんも自分を責めないでください。呪いの件に巻き込まなければ佐倉先生はこんな事にはならなかったとずっと悩んでますよね。そして、その罪意識に押し潰されそうな自分をどうにか救いたいと思っていることも。…さっきの言葉にはその思いが詰まってるように感じました。」
「…すまん。俺は何してるんだろうな、被害者遺族の前で。」
池畑は、そう言うと捜査を再開させ、ゆっくりとクローゼットを物色し始めた。
「大丈夫ですよ、南雲さんも似たような経験を持ってる刑事の方がなんとなく信用できるんじゃないっすか。…あれ?」
溝口は、引き出しが4つ付いている机を物色していたが、引き出しの一つに鍵が掛かっていることに気付いた。
「鍵が掛かってますね。どっかにないですかね、鍵。」
溝口は、ざっと机の周辺を見回したが見つからなかった。
「鍵を態々掛けるってことは大事な物が入ってそうだな。その中に何か事件につながるものがあるかもな。」
池畑は、自分が調べていたクローゼットを離れ、溝口と一緒に机の周辺を調べ始めた。だが、いくら探しても鍵は見つからなかった。
「しょうがない、これでやってみますか。窃盗係の同期に教えてもらったんですよ、こんな時のために。」
溝口は、鞄から針金をねじまげた道具を取り出した。
「ダメだ。そんなことして、鍵穴が壊れたりしたらどうする。後でご両親に鍵の場所を知ってるか聞いてみよう。」
池畑は、由実の尊厳のためにも、また、さっきの溝口の言葉を信じるなら、自分のことを信用してくれている母親に対しても失礼ではないかと思い、溝口の提案を受け入れられなかった。溝口は、池畑の言うとおりに、針金を鞄に戻した。
その後も部屋の中を色々と物色したが、それらしい物は見つからず、益々鍵の掛かった机の引き出しの中を見たくなった。
一枚ずつ写真に写っている人物の顔をじっくり見ていくと、由実と千里と正人のスリーショットの写真があった。
「あ、これ村上さんですね。」
溝口が写真を手にとると、君枝も近寄って写真を眺めた。
「えぇ、…千里ちゃんも亡くなったんですよね、由実のことを知った翌日に…。」
「…はい。あ、そう言えば村上さんから、お辛い中、千里さんの葬儀にお越しいただきありがとうございましたとの伝言を預かってました。千里さんの件の担当もしてたもので、村上さんとは面識がありまして。」
池田が丁寧に伝えた。
「それはお互い様ですよ。正人さんこそ、千里ちゃんが亡くなったのに、由実に焼香をあげに来てくれましたし。…その日に、漆崎さんから聞いたんです。向こうもこちらを気遣って、話すべきか迷ったらしいんですが、帰り際に話してくださいました。
由実と千里ちゃんは本当に昔っから仲が良かったもので、漆崎さんは、千里ちゃんの死は由実が死んだことが原因だと、私たちに思わせてしまうのが嫌だったようです。」
「…そうですか、千里さんの件は、なんと言ってよいか…。」
「…ちゃんと漆崎さんから聞いていますよ。由実と同じ可能性があるって司法解剖したけど、自殺で確定したって。…調度、私に話をしてくれる少し前に解剖結果が出たって言ってました。
…由実の時もそうですが、殺されたとか自殺したとか、どんな結論でも子どもは帰ってきません。態々、苦しんだ子の身体に更に傷を付けてまで解剖をする必要があるのかと夫と話をしました。
…漆崎さんも同じことを言ってましたが、…親として…我が子が自ら命を絶ったという現実だけは、本当にツライんですよ。自分達が子どもを支えてやれなかったんだと…そう考えてしまうんです。」
段々と言葉が詰まる君枝が続けた。
「ほんと…矛盾してますよね。…さっきは、…由実は誰かに恨まれるような…子じゃないって声を上げてしまったのに…自殺を否定したかった…なんて…。」
君枝は、脱力したように、由実のベッドに腰掛けた。池畑は、隣に座って項垂れる君枝を励まそうとした。
「お母さんのお気持ちはわかります。本当に同じことを漆崎さんはおっしゃってました。解剖は、自分が救われるためかもしれないって。でも、私はそれで良いと思っています。…無下に残された者は救われるべきです!ただずっとツライ気持ちで耐えていく必要なんてない!!…ただ、漆崎さんの場合は結果的に二重に苦しむことになってしまいました。解剖を勧めた私のせいです。」
池畑は、佐倉のことを考えてしまい、少し感情的に答えてしまった。
「池畑さん、ちょっと熱くなってますよ。」
溝口が宥めるように忠告した。
「…あ、すみません南雲さん。少し感情的になってしまって…。」
「いえ。…刑事さんにもお辛い過去がおありのようですね。今日はあまり捜査に役に立つ話ができなくてすみませんでした。部屋はゆっくり自由にご覧になってください。」
君枝はそう言うとゆっくり立ち上がり、一礼して部屋を出て一階へと下りていった。
君枝は、由実の思い出が詰まった部屋が荒らされるのが嫌で池畑たちに立ち会うつもりだったが、池畑が自分と同じような経験を持っているような気がして、池畑を信用し任せる決心をした。
「悪かったな、溝口。」
池畑は溝口に振り返って呟くように言った。
「いえ、池畑さんも自分を責めないでください。呪いの件に巻き込まなければ佐倉先生はこんな事にはならなかったとずっと悩んでますよね。そして、その罪意識に押し潰されそうな自分をどうにか救いたいと思っていることも。…さっきの言葉にはその思いが詰まってるように感じました。」
「…すまん。俺は何してるんだろうな、被害者遺族の前で。」
池畑は、そう言うと捜査を再開させ、ゆっくりとクローゼットを物色し始めた。
「大丈夫ですよ、南雲さんも似たような経験を持ってる刑事の方がなんとなく信用できるんじゃないっすか。…あれ?」
溝口は、引き出しが4つ付いている机を物色していたが、引き出しの一つに鍵が掛かっていることに気付いた。
「鍵が掛かってますね。どっかにないですかね、鍵。」
溝口は、ざっと机の周辺を見回したが見つからなかった。
「鍵を態々掛けるってことは大事な物が入ってそうだな。その中に何か事件につながるものがあるかもな。」
池畑は、自分が調べていたクローゼットを離れ、溝口と一緒に机の周辺を調べ始めた。だが、いくら探しても鍵は見つからなかった。
「しょうがない、これでやってみますか。窃盗係の同期に教えてもらったんですよ、こんな時のために。」
溝口は、鞄から針金をねじまげた道具を取り出した。
「ダメだ。そんなことして、鍵穴が壊れたりしたらどうする。後でご両親に鍵の場所を知ってるか聞いてみよう。」
池畑は、由実の尊厳のためにも、また、さっきの溝口の言葉を信じるなら、自分のことを信用してくれている母親に対しても失礼ではないかと思い、溝口の提案を受け入れられなかった。溝口は、池畑の言うとおりに、針金を鞄に戻した。
その後も部屋の中を色々と物色したが、それらしい物は見つからず、益々鍵の掛かった机の引き出しの中を見たくなった。
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