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19.諦めが大事な時
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「恐怖で縛られて、そのあとの優しさで安堵してるなんて、あんたそれだいぶ危険な思想よ?」
そう客観的に言われてしまうと、より自分がおかしくなっていっているようで、気が滅入る。
「っていうか、その前に何であたしの忠告無視したのよ」
離れにある共同の居間のようなスペースには、部屋と同じ朱色の絨毯が敷かれ、その中央には十人掛けの大きなダイニングテーブルが置かれている。
その一番端の席に、向かい合って座っているアンジェリカが、腕組みをして私を見下ろした。
「ごめんなさい、反省してます」
その前で縮こまりながら、私は俯いた。
朝アンジェリカから差し入れとして貰った、フレンチスリーブの少し胸が広めに開いた赤い膝丈ワンピースを、テーブルの下でぎゅっと握り締めた。
長い髪がさらりと落ちて、横顔を隠す。
「まあ、あの後しこたま清丸に折檻されただろうし?」
思わず先日の情景を思い出して、何とも居たたまれず更に俯いた。
羞恥極まりない汚らわしい行為の数々を、無理やりやらされたとは言え、好きでもない男相手にしてしまったという変な罪悪感と、後ろめたさからだ。
その様子を見兼ねて、アンジェリカが大きく溜め息をついた。
「…どんな折檻されたのかまでは聞くつもりないけど、まあ聞かされても迷惑だし?懲りてるようだから、とりあえずこれ以上あたしも責める気はないわ」
「はい…」
「ただ、ここから先はアドバイスとして聞いて欲しいんだけど…」
そう言ってアンジェリカが腕組みを解いて、テーブルに両腕を横たえた。
「いい意味でも悪い意味でも“諦め”が大事な時って、あたしはあると思うのよ」
彼女、いや彼が言わんとしていることが容易に理解できてしまって、顔は上げたものの口を噤むしかできない。
「藻掻いて足掻いてどうにかなることなら、あたしは大いに逆らえばいいと考えてる。だけど、今あんたの置かれてる状況はそんな簡単なものじゃないでしょ?あんた一人が暴れて何かが変わるような問題じゃないの」
「……………」
「酷なことを言うようだけど、あんたにはもう帰る場所もない。もうここを居場所にするしかないのよ」
分かってはいるが、他人にこうもはっきりガツンと正面切って告げられると、さすがに堪える。
「確かに顔も知らない男に嫁ぐなんて、この時代拷問のように感じるかもしれないけど、これ以上運命に逆らってもあんた自身が、今以上に苦しむだけだと思うわ」
そんなこと、本当は言われなくたって分かっている。
だけどそんなあっさりと素直になれるほど、私は大人じゃない。
またぎゅっと膝の上で、拳を握り締めた。
「運命を受け入れて天恵を待つ。その場しのぎの軽い気休めに聞こえるかもしれないけど、この先には案外幸せな結末が待っていたりするかもしれないしね♡」
にっこりと笑うアンジェリカに、そうかなあと首を傾げて見せる。
「何にせよ、鍵は清丸ね」
「え?」
アンジェリカの言葉に驚いて顔を上げた。
「清丸にあんまり深入りし過ぎるのはよくないし、侮ったりするのは危険だけど、清丸はああ見えて案外脆いとこあんのよね」
「は?」
あの男が脆い?!一体どこが?!
と、つい言ってしまいたくなったが辛うじて表情を歪めるだけにして、言葉は心の中に留めた。
「清丸には家族もいないし、是匡以外に守るべきものも何もない。過去も経歴もあたしが知ってる限り暗闇ばかりよ。だから、あんたの孤独まみれの境遇には正直なところ同情してると思う」
それは私だって、少しは同情してくれているのかもと感じる時はある。
だけどだからと言って、本当にそうとは限らない。
他人の心の中なんて誰にも分からない。
人を信じることに疎い私には、少し難しい話だと思う。
「で、これはあたしの勝手な見解だけど、もしかしたらあんたになら清丸の心を、少しでも開いてあげられるかもしれないって、少し期待もしてるの。今のように全てを拒絶して心を閉ざしたままじゃ、そのうちあいつは進むべき方向を見誤ってしまう。いつか身を滅ぼし兼ねないと思うから」
私があの男の心を…?
思ってもみなかった考えに、ついきょとんとしてしまう。
呆けている私の前で、アンジェリカがふいに立ち上がった。
「じゃあ、これからあたしも任務があるから行くわね。今日は是匡の外出に付き添うだけだけど。あと、そのワンピースよく似合ってるわ。さすがあたしの見立て♡まずは手始めにそれ着て、清丸を襲っちゃいなさいな♪裸の付き合いは近道よ~」
バッチリウインクを決めてアンジェリカが去って行った。
近道って…
別に清丸と結婚するわけじゃないんだし、それにあの男だって好き好んで私を抱いているわけじゃないんだから。
ただでももし…
アンジーの言ってることが本当なら、少しずつでもあの男を知って対処していくべきなのかも。
私の心の片隅にある、もしかしたら私が思ってるよりも、あの男が悪い人間ではないのかもしれないという思いを確かめるために。
そうすれば私も少しは変われるかもしれない。
いつか是匡って人のところに引き渡さる時までは、ここに馴染んでいろんなことを学んでまた前向きになれるよう気持ちを切り替えるしかない。
閉ざされたこの狭い世界の中でも、見方を変えれば少しずつ光を見つけ出していけるのかもしれない。
その時は確かにそう思った。
そう客観的に言われてしまうと、より自分がおかしくなっていっているようで、気が滅入る。
「っていうか、その前に何であたしの忠告無視したのよ」
離れにある共同の居間のようなスペースには、部屋と同じ朱色の絨毯が敷かれ、その中央には十人掛けの大きなダイニングテーブルが置かれている。
その一番端の席に、向かい合って座っているアンジェリカが、腕組みをして私を見下ろした。
「ごめんなさい、反省してます」
その前で縮こまりながら、私は俯いた。
朝アンジェリカから差し入れとして貰った、フレンチスリーブの少し胸が広めに開いた赤い膝丈ワンピースを、テーブルの下でぎゅっと握り締めた。
長い髪がさらりと落ちて、横顔を隠す。
「まあ、あの後しこたま清丸に折檻されただろうし?」
思わず先日の情景を思い出して、何とも居たたまれず更に俯いた。
羞恥極まりない汚らわしい行為の数々を、無理やりやらされたとは言え、好きでもない男相手にしてしまったという変な罪悪感と、後ろめたさからだ。
その様子を見兼ねて、アンジェリカが大きく溜め息をついた。
「…どんな折檻されたのかまでは聞くつもりないけど、まあ聞かされても迷惑だし?懲りてるようだから、とりあえずこれ以上あたしも責める気はないわ」
「はい…」
「ただ、ここから先はアドバイスとして聞いて欲しいんだけど…」
そう言ってアンジェリカが腕組みを解いて、テーブルに両腕を横たえた。
「いい意味でも悪い意味でも“諦め”が大事な時って、あたしはあると思うのよ」
彼女、いや彼が言わんとしていることが容易に理解できてしまって、顔は上げたものの口を噤むしかできない。
「藻掻いて足掻いてどうにかなることなら、あたしは大いに逆らえばいいと考えてる。だけど、今あんたの置かれてる状況はそんな簡単なものじゃないでしょ?あんた一人が暴れて何かが変わるような問題じゃないの」
「……………」
「酷なことを言うようだけど、あんたにはもう帰る場所もない。もうここを居場所にするしかないのよ」
分かってはいるが、他人にこうもはっきりガツンと正面切って告げられると、さすがに堪える。
「確かに顔も知らない男に嫁ぐなんて、この時代拷問のように感じるかもしれないけど、これ以上運命に逆らってもあんた自身が、今以上に苦しむだけだと思うわ」
そんなこと、本当は言われなくたって分かっている。
だけどそんなあっさりと素直になれるほど、私は大人じゃない。
またぎゅっと膝の上で、拳を握り締めた。
「運命を受け入れて天恵を待つ。その場しのぎの軽い気休めに聞こえるかもしれないけど、この先には案外幸せな結末が待っていたりするかもしれないしね♡」
にっこりと笑うアンジェリカに、そうかなあと首を傾げて見せる。
「何にせよ、鍵は清丸ね」
「え?」
アンジェリカの言葉に驚いて顔を上げた。
「清丸にあんまり深入りし過ぎるのはよくないし、侮ったりするのは危険だけど、清丸はああ見えて案外脆いとこあんのよね」
「は?」
あの男が脆い?!一体どこが?!
と、つい言ってしまいたくなったが辛うじて表情を歪めるだけにして、言葉は心の中に留めた。
「清丸には家族もいないし、是匡以外に守るべきものも何もない。過去も経歴もあたしが知ってる限り暗闇ばかりよ。だから、あんたの孤独まみれの境遇には正直なところ同情してると思う」
それは私だって、少しは同情してくれているのかもと感じる時はある。
だけどだからと言って、本当にそうとは限らない。
他人の心の中なんて誰にも分からない。
人を信じることに疎い私には、少し難しい話だと思う。
「で、これはあたしの勝手な見解だけど、もしかしたらあんたになら清丸の心を、少しでも開いてあげられるかもしれないって、少し期待もしてるの。今のように全てを拒絶して心を閉ざしたままじゃ、そのうちあいつは進むべき方向を見誤ってしまう。いつか身を滅ぼし兼ねないと思うから」
私があの男の心を…?
思ってもみなかった考えに、ついきょとんとしてしまう。
呆けている私の前で、アンジェリカがふいに立ち上がった。
「じゃあ、これからあたしも任務があるから行くわね。今日は是匡の外出に付き添うだけだけど。あと、そのワンピースよく似合ってるわ。さすがあたしの見立て♡まずは手始めにそれ着て、清丸を襲っちゃいなさいな♪裸の付き合いは近道よ~」
バッチリウインクを決めてアンジェリカが去って行った。
近道って…
別に清丸と結婚するわけじゃないんだし、それにあの男だって好き好んで私を抱いているわけじゃないんだから。
ただでももし…
アンジーの言ってることが本当なら、少しずつでもあの男を知って対処していくべきなのかも。
私の心の片隅にある、もしかしたら私が思ってるよりも、あの男が悪い人間ではないのかもしれないという思いを確かめるために。
そうすれば私も少しは変われるかもしれない。
いつか是匡って人のところに引き渡さる時までは、ここに馴染んでいろんなことを学んでまた前向きになれるよう気持ちを切り替えるしかない。
閉ざされたこの狭い世界の中でも、見方を変えれば少しずつ光を見つけ出していけるのかもしれない。
その時は確かにそう思った。
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