上 下
17 / 26

17.囚われの世界

しおりを挟む
まるで玩具のように扱われた自分の身体を、両手でぎゅっと抱き締めた。
でもこの瞳から溢れてくる涙は怒りではなくて、安堵によるものだと分かっている。

ただただ虐げられるだけの行為に、恐怖しか感じなかった。
感情のない行為でも、馴らされてしまったこの身体は容易にあの男を受け入れてしまう。
それもまたある種の恐怖に他ならない。

清丸とは反対を向いて、布団を頭まで被った。
ズキズキと痛む身体と虐げられ傷付いた心が、カタカタと震えてまるで無言の悲鳴を上げているようだった。
無性に辛くて悲しくて、涙が止めどなく溢れてくる。
ひっくひっくと漏れる嗚咽を堪えて、顔を両手で覆ったままひたすら泣いていると不意に布団を取り上げられた。

「いつまで泣いてる?目障りな上に耳障りだ」

一人で泣くことさえも許されないのかと絶望に振り返ろうとした瞬間、ふわりと温かい清丸の腕に後ろから抱き竦められて、驚き思わず身体が強張った。

柔らかい布団の中で私を抱く清丸の腕は、その言葉とは裏腹にとても優しくて、とてもさっきまでこの身を好き放題弄んでいた同じものとは思えない。

「少しは懲りたか」

頭上で響いた静かな声に、涙がまた溢れた。
もうそこにさっきまでの冷たい戦慄は微塵も感じられず、悔しくもホッとしてしまったのだと心の中で思った。

自分でしたくせに。
そんな形ばかりの慰めなんかいらない!

そう思うのにそれでもこの胸に縋ってしまうのは、どうしても孤独で寂しくて哀しくて、そんな弱い心の拠り所を私が何よりも欲しているからだ。
逃げ出したって私には帰る場所なんかなかったのだと、逃げ込んだ路地裏で彼に抱きかかえられた時から本当は気付いていた。

孤独に私がどれほど強くても、こんな底の見えない真っ暗な境遇はさすがに一人ではもう抱えきれない。

矛盾した想いだと分かっていながらこの腕を払ってしまえないのは、この男が私に憎しみと安らぎを同時に与えてくれる唯一の大きな光だからだと思う。

いずれはこの腕の中からも、去らなければならないことは分かっている。
夫となる是匡という人物が、どれほど高尚な存在なのか私は知らないし、これから私にとってどれほどの存在になり得るのかも分からない。
彼に嫁ぐその日まで、もう少しだけこの腕の中の不器用な温もりに、縋っても悪くはないのかもしれないと、そう思った。



ゆっくり瞼を開けると、綺麗な金色の髪が視界に入り込んできた。
昨夜私に凌辱の限りを尽くそうとした男が、私を抱いたまま静かに眠っている。

例えば今私を抱き締め隣で寝息を立てているのが、大好きな彼氏や夫であったならば、目覚めたらまず朝のキスを交わすかもしれない。
それから額にも頬にも優しく唇を落としてから、おはようと微笑み掛けてくれるかもしれない。
一緒にシャワーを浴びたり、休日なら温かい腕の中で映画を観たり、ゆったりブランチをしたりするものなのかもしれない。
そんな他愛もない甘い時間、女子なら誰でも夢見るはずである。
だけど今目を開けて、この眼前に広がっている世界は囚われの城。

あんな酷い仕打ちをしてもこれだけは変わらないんだな…

一つ分かったことがある。
男はコトが終わると、必ず私をそっと抱き締めながら眠る。
それがどういう意図でなのかは分からないけど、無理やり初めてを奪われた日からそれはずっと変わらない。

ずっと。

男が目を開けた。
深い漆黒の瞳と目が合うと、男が静かに口を開いた。

「死にたければ、刀使っていいぞ」

「死にません」

さすがに身体中が怠くて、強がりを吐く気力さえも起きない。

「そうか」

それでも少々棘のある私の返しを聞いて、男がなぜか可笑しそうにそっと鼻で笑った。

「もう逃げ出したりもしない」

「そう願いたい。これ以上の面倒は困る」

「分かってます」

「いつになく素直だな。そんなに昨夜ゆうべのあれで懲りたか」

男がまた嫌味を含んだ笑みを称えながら鼻を鳴らした。

「確かにあんな目にはもう二度と遭いたくないです」

ふんと男が満足げに笑った側で私は言葉を続けた。

「だって私には逃げても帰る場所なんかなかったって、気付いたんだもん…」

男の顔からフッと笑みが消えた。

「この五条院家に嫁がせるためだけに育ててきた私が、その五条院家から逃げ出して帰って来たってきっと誰も喜ばない」

少しだけ口を尖らせて俯いた。
男は黙ってその様子を見つめているが、構わず話を続けた。

「娘なのに迎え入れてくれるどころか、もしかしたら自宅で門前払いされるかもしれない。そう思うと悲しいを通り越して恐くなってきて…。私にはもう本当に親も身内も友達も彼氏も…頼れる人なんか誰一人いないんだって、行く宛すらないんだってそう思ったら、なんかっ…」

自分で言いながら思わず声が詰まった。
男は意外にも、真剣な面持ちで黙って私の話を聞いていた。

「挙句の果てに、逃げ出す前から監視されていることにも気付かないで、呆気なく捕まって連れ戻されて…あんな目に遭ってやっと…」

途中からまるで自分自身に語り掛けているようだった。

そう。
あんな目に遭ってやっと初めて、私の立たされている絶望的なこの状況をちゃんと把握した。
ここで、知りもしない男の妻という飾りになるために生きる。
私に与えられた道はもうそれしかない。

男が虚しさに打ちひしがれている私を、不意に引き寄せそっと抱き締めた。
驚いて顔を上げた時にはもう、男の瞳はまた閉じられていて静かに寝息を立てている。

あ…れ?
まだ寝惚けて…る…?

私は男の寝顔をジッと見つめた。

それとも…少しは憐れみを感じて抱き締めてくれたのか…

この男がいつも私を抱き締めて眠るのは、もしかしたら本当に私に対する同情と、ほんの少しの優しさなのかもしれない。

変だなあ。
この男は日本屈指の本物の殺し屋のはずなのに、そんな恐ろしい男が優しく思えるだなんて
それともこんなわけの分からない状況に置かれて、私の頭がおかしくなってきてるのかな…

そう思いながらも、素直に男の胸に顔を寄せた。

真相がどうであれ、やっぱり今はこの腕の中でもう少しだけ…温もりに抱かれていたい…気もする…

ふっと気が緩んだのか、段々とまた眠気に襲われて重くなり始めた瞼を静かに閉じた。

つい昨夜、あんなに酷いことされたばかりなのに、この腕の中が一番落ち着くだなんて、やっぱり私の方がおかしくなってるんだ…きっと…

そう考えてるうちに私は意識を完全に手放した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...