13 / 26
13.脱走
しおりを挟む
アンジーのくれた忠告を、無視したいわけじゃない。
でもそれでもやっぱりおとなしく今の状況を、受け入れるわけにはいかない。
手にした物干し竿を構えてダッと走り込んだ。
静かな夜の庭には誰の気配もしない。
長年続けていた陸上選手の勘で、ここぞというところで竿を地面に突き刺し、よっと軽々しく身を乗り上げた。
ストっとうまく塀の上に立って、物干し竿が倒れないようにサッと手で支えて塀に立て掛ける。
裸足で冷たい塀の上に立って外を見下ろすと、アンジーに返してもらったばっかりの短い紺色のプリーツスカートがヒョウと風に靡いた。
屋敷の外の景色を見るのは一週間ぶり。
やっと抜け出せる。
この高さなら飛び降りても問題ない。
そう思ってからフッと飛び降りると、スカートがふわりと舞った。
“あの男”は苦手。
でも嫌いとは少し違う。
何だかいつも、広い背中の向こう側にとても暗くて黒い何かを背負っているように見えて、恐いというよりはどこか哀しかった。
それは人を殺すその業の深さが、押し潰さんばかりにあの人の上に伸し掛かっていたからかもしれない。
それに、気が付くとあの人はいつも必ず私をそっと抱いたまま眠っている。
それはまるで、私の孤独を少しでも和らげようとするかのように…
聞いた時は驚いたけど、考えれば考えれるほどあの人が殺し屋だなんて、正直そんな風に思えない。
初めての時も、今思えばすごく気を遣ってくれていたし、一週間あの人なりに精一杯優しくしてくれたように思う。
だから少しだけ…
ただほんの少し、本当にほんの少しだけ“清丸”に別れも告げず去ることが、後ろめたくて苦しくもある。
ストンと静かに着地したものの、やはりズキンと下腹部が痛んでグラリと体勢を崩した。
「でも…こんなところで人生を無駄にするわけにはいかない!」
すぐに体勢を立て直して走り出したが、一度だけ立ち止まり屋敷を振り返った。
この期に及んでも、なぜか頭からあの男のことが離れない。
本当にこれでいいのだろうか…?
ううん、でも私は間違ってない!
だってこんなのやっぱり納得いかない!!
また前を向くと正面をしっかりと見据えて力強く足を踏み出した。
「清があの娘の服に超小型の発信機なんか付けろって言うから、変わったプレイでもするのかと思ってワクワクしてたんだけど…」
正面のパソコン画面に映し出されている、今まさに五条院家離れの高い白壁を軽々と飛び越えた女を見つめながら蓮司が振り返った。
「脱走を分かってて発信機付きの服なんか返してあげたんだ!相変わらず残酷なことすんね♪清ちゃんひっどー」
ケラケラと嘲笑う蓮司の横に立って、無表情のまま応えた。
「変な希望は早めに捨てさせたいだけだ」
本当に物干し竿を使って脱走する奴がいたとはな。
ある意味度肝を抜かれるが。
目の前の画面では、昨晩もこの腕に抱いていた女が度々顔を引き攣らせながら、一心不乱に夜の街を走っている。
「本当にそう思ってる?…柄にもなく発信機なんか仕込んでさ、昨夜様子がおかしかったあの娘のことを本気で心配してただけなんじゃないの?本当は」
冷めた目付きを寄越す蓮司に、見向きもせずに言った。
「なぜ俺が心配なんかする必要がある」
「ふうん…良いけどね、別にどうでも。さて、どこまで逃しちゃう?今出て行けばすぐ捕まえられるけど」
心配…?
とは少し違う気がする。
昨夜の女はやはりおかしかった。
女の言葉が全てが嘘だったとは思わない。
虚しい心の内はきっと本心だ。
しかし、よく分からない。
女を見張ろうとしたのが、心配からなのか疑いからなのかそこは自分でもよく分かってはいない。
ただ、完全に信用していなかったのは紛れもない事実だ。
なのに、今こうもただ単に言い付けを破った女に対しての怒りとは別に、もう一つ説明のつかない怒りがこの胸中に渦巻いているのはなぜなのか。
やはりよくは分からない。
この俺がまさかあんな小娘に心惑わされるはずがない。
ただどちらにしろ、裏切り行為を許す訳にはいかない。
「しばらく好きに走らせろ。その方が捕まった時の絶望がでかくなるだろ」
「最悪な計画だね♪」
笑いながらヒュ~と蓮司が楽しげに口笛を鳴らした。
そして、話は冒頭へと戻る。
でもそれでもやっぱりおとなしく今の状況を、受け入れるわけにはいかない。
手にした物干し竿を構えてダッと走り込んだ。
静かな夜の庭には誰の気配もしない。
長年続けていた陸上選手の勘で、ここぞというところで竿を地面に突き刺し、よっと軽々しく身を乗り上げた。
ストっとうまく塀の上に立って、物干し竿が倒れないようにサッと手で支えて塀に立て掛ける。
裸足で冷たい塀の上に立って外を見下ろすと、アンジーに返してもらったばっかりの短い紺色のプリーツスカートがヒョウと風に靡いた。
屋敷の外の景色を見るのは一週間ぶり。
やっと抜け出せる。
この高さなら飛び降りても問題ない。
そう思ってからフッと飛び降りると、スカートがふわりと舞った。
“あの男”は苦手。
でも嫌いとは少し違う。
何だかいつも、広い背中の向こう側にとても暗くて黒い何かを背負っているように見えて、恐いというよりはどこか哀しかった。
それは人を殺すその業の深さが、押し潰さんばかりにあの人の上に伸し掛かっていたからかもしれない。
それに、気が付くとあの人はいつも必ず私をそっと抱いたまま眠っている。
それはまるで、私の孤独を少しでも和らげようとするかのように…
聞いた時は驚いたけど、考えれば考えれるほどあの人が殺し屋だなんて、正直そんな風に思えない。
初めての時も、今思えばすごく気を遣ってくれていたし、一週間あの人なりに精一杯優しくしてくれたように思う。
だから少しだけ…
ただほんの少し、本当にほんの少しだけ“清丸”に別れも告げず去ることが、後ろめたくて苦しくもある。
ストンと静かに着地したものの、やはりズキンと下腹部が痛んでグラリと体勢を崩した。
「でも…こんなところで人生を無駄にするわけにはいかない!」
すぐに体勢を立て直して走り出したが、一度だけ立ち止まり屋敷を振り返った。
この期に及んでも、なぜか頭からあの男のことが離れない。
本当にこれでいいのだろうか…?
ううん、でも私は間違ってない!
だってこんなのやっぱり納得いかない!!
また前を向くと正面をしっかりと見据えて力強く足を踏み出した。
「清があの娘の服に超小型の発信機なんか付けろって言うから、変わったプレイでもするのかと思ってワクワクしてたんだけど…」
正面のパソコン画面に映し出されている、今まさに五条院家離れの高い白壁を軽々と飛び越えた女を見つめながら蓮司が振り返った。
「脱走を分かってて発信機付きの服なんか返してあげたんだ!相変わらず残酷なことすんね♪清ちゃんひっどー」
ケラケラと嘲笑う蓮司の横に立って、無表情のまま応えた。
「変な希望は早めに捨てさせたいだけだ」
本当に物干し竿を使って脱走する奴がいたとはな。
ある意味度肝を抜かれるが。
目の前の画面では、昨晩もこの腕に抱いていた女が度々顔を引き攣らせながら、一心不乱に夜の街を走っている。
「本当にそう思ってる?…柄にもなく発信機なんか仕込んでさ、昨夜様子がおかしかったあの娘のことを本気で心配してただけなんじゃないの?本当は」
冷めた目付きを寄越す蓮司に、見向きもせずに言った。
「なぜ俺が心配なんかする必要がある」
「ふうん…良いけどね、別にどうでも。さて、どこまで逃しちゃう?今出て行けばすぐ捕まえられるけど」
心配…?
とは少し違う気がする。
昨夜の女はやはりおかしかった。
女の言葉が全てが嘘だったとは思わない。
虚しい心の内はきっと本心だ。
しかし、よく分からない。
女を見張ろうとしたのが、心配からなのか疑いからなのかそこは自分でもよく分かってはいない。
ただ、完全に信用していなかったのは紛れもない事実だ。
なのに、今こうもただ単に言い付けを破った女に対しての怒りとは別に、もう一つ説明のつかない怒りがこの胸中に渦巻いているのはなぜなのか。
やはりよくは分からない。
この俺がまさかあんな小娘に心惑わされるはずがない。
ただどちらにしろ、裏切り行為を許す訳にはいかない。
「しばらく好きに走らせろ。その方が捕まった時の絶望がでかくなるだろ」
「最悪な計画だね♪」
笑いながらヒュ~と蓮司が楽しげに口笛を鳴らした。
そして、話は冒頭へと戻る。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる