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13.脱走

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アンジーのくれた忠告を、無視したいわけじゃない。
でもそれでもやっぱりおとなしく今の状況を、受け入れるわけにはいかない。

手にした物干し竿を構えてダッと走り込んだ。
静かな夜の庭には誰の気配もしない。
長年続けていた陸上選手の勘で、ここぞというところで竿を地面に突き刺し、よっと軽々しく身を乗り上げた。
ストっとうまく塀の上に立って、物干し竿が倒れないようにサッと手で支えて塀に立て掛ける。
裸足で冷たい塀の上に立って外を見下ろすと、アンジーに返してもらったばっかりの短い紺色のプリーツスカートがヒョウと風に靡いた。

屋敷の外の景色を見るのは一週間ぶり。
やっと抜け出せる。
この高さなら飛び降りても問題ない。
そう思ってからフッと飛び降りると、スカートがふわりと舞った。

“あのひと”は苦手。
でも嫌いとは少し違う。
何だかいつも、広い背中の向こう側にとても暗くて黒い何かを背負っているように見えて、恐いというよりはどこか哀しかった。
それは人を殺すその業の深さが、押し潰さんばかりにあの人の上に伸し掛かっていたからかもしれない。
それに、気が付くとあの人はいつも必ず私をそっと抱いたまま眠っている。
それはまるで、私の孤独を少しでも和らげようとするかのように…

聞いた時は驚いたけど、考えれば考えれるほどあの人が殺し屋だなんて、正直そんな風に思えない。
初めての時も、今思えばすごく気を遣ってくれていたし、一週間あの人なりに精一杯優しくしてくれたように思う。
だから少しだけ…

ただほんの少し、本当にほんの少しだけ“清丸あのひと”に別れも告げず去ることが、後ろめたくて苦しくもある。

ストンと静かに着地したものの、やはりズキンと下腹部が痛んでグラリと体勢を崩した。

「でも…こんなところで人生を無駄にするわけにはいかない!」

すぐに体勢を立て直して走り出したが、一度だけ立ち止まり屋敷を振り返った。
この期に及んでも、なぜか頭からあのひとのことが離れない。

本当にこれでいいのだろうか…?

ううん、でも私は間違ってない!
だってこんなのやっぱり納得いかない!!

また前を向くと正面をしっかりと見据えて力強く足を踏み出した。



「清があのの服に超小型の発信機なんか付けろって言うから、変わったプレイでもするのかと思ってワクワクしてたんだけど…」

正面のパソコン画面に映し出されている、今まさに五条院家離れの高い白壁を軽々と飛び越えた女を見つめながら蓮司が振り返った。

脱走こうなることを分かってて発信機付きの服なんか返してあげたんだ!相変わらず残酷なことすんね♪清ちゃんひっどー」

ケラケラと嘲笑わらう蓮司の横に立って、無表情のまま応えた。

「変な希望は早めに捨てさせたいだけだ」

本当に物干し竿を使って脱走する奴がいたとはな。
ある意味度肝を抜かれるが。

目の前の画面では、昨晩もこの腕に抱いていた女が度々顔を引き攣らせながら、一心不乱に夜の街を走っている。

「本当にそう思ってる?…柄にもなく発信機なんか仕込んでさ、昨夜様子がおかしかったあののことを本気で心配してただけなんじゃないの?本当は」

冷めた目付きを寄越す蓮司に、見向きもせずに言った。

「なぜ俺が心配なんかする必要がある」

「ふうん…良いけどね、別にどうでも。さて、どこまで逃しちゃう?今出て行けばすぐ捕まえられるけど」

心配…?
とは少し違う気がする。

昨夜の女はやはりおかしかった。
女の言葉が全てが嘘だったとは思わない。
虚しい心の内はきっと本心だ。

しかし、よく分からない。
女を見張ろうとしたのが、心配からなのか疑いからなのかそこは自分でもよく分かってはいない。
ただ、完全に信用していなかったのは紛れもない事実だ。

なのに、今こうもただ単に言い付けを破った女に対しての怒りとは別に、もう一つ説明のつかない怒りがこの胸中に渦巻いているのはなぜなのか。

やはりよくは分からない。

この俺がまさかあんな小娘に心惑わされるはずがない。
ただどちらにしろ、裏切り行為を許す訳にはいかない。

「しばらく好きに走らせろ。その方が捕まった時の絶望がでかくなるだろ」

「最悪な計画だね♪」

笑いながらヒュ~と蓮司が楽しげに口笛を鳴らした。



そして、話は冒頭へと戻る。
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