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12.四人目の男

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この屋敷に私が連れ去られて来てから、丸一週間が過ぎようとしている。
ずっと脱出の機会なんて微塵もなかったし、言い付け通りトイレ以外部屋の外には出ていなかった。

昨日まではー。

あれから結局清丸と小次郎、そして冬吾以外のSPには会っていない。
そして清丸が夜部屋に戻るまでは、誰とも口を利かない。

頭がおかしくなりそうだった。
貞操を奪われてからの一週間、ただ無心に身体を差し出し続け、愛も何もない行為に虚しさだけが募った。
そう、全て昨日まではー。

確かに私はずっと一人を好んできたし、それで構わないと思ってきたはずだったが、こんなにも誰かと会って口を利きたいと思う日がくるなんて思ってもいなかった。

たった一言。
『助けて』と。

昨日庭に出たのは、散歩なんかじゃない。
もちろん脱出の経路を探るため。
陸上競技は走るばかりではない。
庭には物干し竿が四本。
どれも伸縮性があり、プラスチック製のため多少はしなる。
あれならば走り棒高跳びの要領で、塀の上に登ることは可能かもしれない。
走り棒高跳びは、短距離の次に専攻しているほど得意だ。
誰もまさかあの塀から私が逃げ出すだなんて思いもしないだろう。

それにこちらから身体を開き誘ったことで、少しは清丸を油断させられたはず。
あの男に脚を開くなんて屈辱でしかなかったけど、私を信用させるにはそういう手段しかない。

私は絶対にこんな所逃げ出してやる!!

突然拐われて、閉じ込められて何者かも分からない男に好き勝手身体をもてあそばれて…
挙句の果てに、ワケアありで生い先短い相手と結婚?
そんなの冗談じゃない。

私は必ず逃げ出してみせる!!
絶対に!!!



「ハッロ~♡七瀬チャン」

勝手に部屋の襖をスパンっと開け放たれて、ベッドの脇で返してもらった大学の講義のテキストを開いたまま振り返った。
そこに立つ初めて見る顔に思わず声を上げた。

「だっ、誰っ?!」

驚いて目を丸めてしまう。

金髪のパーマがかった長い髪に深緑の瞳。
長身で凛とした佇まい。
にっこりと微笑むその表情はとても美しい。

誰もが魅了してやまない人間というのはこういう人のことをいうのだろう。

「キレイな女ひと…」

「ありがたいお言葉だけど、残念ながらあたしは男よ」

「え゛っ?!」

お、男?!
確かに声はハスキーだけど…

「清丸があんたの様子がおかしいなんて言うから、やっぱり心でも病んじゃったのかと思ったけど全然平気そうじゃない。さすが大杉家の娘ね、図々しいというか図太いというか…むしろ生き生きしてるように見えるわ」

彼女、いや彼がツカツカと部屋に入って来て、はいと手に持っていた服を差し出した。

「これあんたの服ね」

「えっ?!返してくれるの?!」

「清丸が返してやれって言ってたわよ。それと、これ下着類ね!」

大きめの紙袋を渡されて中を覗くと、山のようなブラジャーとショーツ。
どれもこれも綺麗なレースや花柄、リボンの飾りが付いた色様々で素敵なものばかり。

「わぁ…可愛い…」

「でしょ??全部私が選んだの。あんたの下着ダッサくて子供っぽいったらないんだもの。思わず捨てちゃったわよ」

「え゛ぇっ?!」

捨てた?!

「あんたあんな下着ばっかしか持ってないの?そんなセンスのなさで本当にあのデザイナー大杉 麗子の娘?!」

「センスは遺伝しなかったみたいです…でもピンクのボーダーだって可愛いし、綿パンツの方が通気性だって良いし!」

思わず必死に熱弁する。

「これだからお子様はやーよ」

彼が顔を顰めて手を振って見せた。

「男をその気にさせるのに通気性なんか必要ないのよ。ちゃんとそれ用の下着もいくつか入れておいたから後でゆっくり見てね♡」

「おっ、男をその気になんてさせるつもりないしっ」

かあと赤くなりながら否定すると彼が吹き出した。

「可愛いわね、あんた。でもこの先ウブなだけじゃ女は務まらないわよ。とりあえずその下着でまず清丸を誘惑なさいな」

「ゆ、誘惑なんてそんなの無理です!」

「え?でも昨日は自分から誘って、脚開いたらしいじゃない」

「ぎゃあぁ何っでそんなこと知ってんですかっ?!」

「清丸が言ってたわよ」

信っじらんない!!そんなこと人に言う!?!

「でも…あの人下着、着けない方が好きっぽいですよ?どうせ脱がせるから必要ないとか言ってたし…」

「…。それ言われちゃうと元も子もないわ。あの男らしいわね、ムードより効率を優先させるところが。ま、最終目標は清丸じゃなくて是匡様だからいいわ」

ああああ…ますます逃げ出さなきゃ、やっぱりここにいたらおかしくなりそう。

「あと、これ」

彼がもう一つの黒い紙袋を差し出した。

「何ですか?」

カサリと袋を開いてみると、生理用品や化粧水に乳液、それに女性用の洗顔やトリートメント等生活に必要なものが一式入っている。

「女性は何かと大変でしょ?ここは男ばっかだし、清丸は基本女嫌いだし、そういうところ結構無頓着だから何か困ったことがあれば相談して?あたし、身体は男だけど中身は女だから遠慮はいらないわ」

「あ、ありがとうございます…助かります」

逃げ出そうとしてるのに、他人の優しさに触れて少し感激なんかしてしまった。

「あの、ところであなた誰ですか?」

「あら!自己紹介してなかったわね。私は桐原 アンジェリカ。アンジーって呼んでね♡年齢と本名は内緒♡これでもちょっと武闘界では有名なの!いいわよ~武闘家には素敵な筋肉MENSが多くて!」

アンジェリカがウインクをして見せる。

よ、よく理解はできないけど、女性っぽい人が居てよかったな…とりあえず。

「じゃ、私行くわね。でもその前に、突然庭に出たり男誘ったり何を考えてるのか知らないけど、あんまり変な気起こさない方が身の為よ?一応忠告はしたからね、後々後悔しないように」

全てを見透かされているようで、ギクリと心臓が脈打った。

「あたし、七瀬チャンのこと別に個人的に嫌ってるわけじゃないから親切で言うけど、清丸をあんまり侮らない方がいいわよ」

「え?…」

アンジェリカの雰囲気が急に鋭く変わったような気がして、思わずこっちまで緊張してしまう。

「あんた知らないかもしれないけど、あの男の“五条院家SPであたしたちNinjaのリーダー”っていうのは、ただの表の顔だからね」

「表の…顔?」

「そう。都築 清丸、裏社会でこの名前を知らない人はあまりいないの。だって日本屈指の本物の殺し屋よ?」

その言葉にゾクっと背筋が凍り付いた。

殺し屋…?

「本物の殺し屋なんてそうそういないんだから!」

ちょっと待って…
ということは…人を殺したその手に、私は何度も抱かれてたってこと…?
密かに、自らの手がカタカタと震え出したのが分かった。

「まあ、その割にはあの容姿だし女にはモテるわね。とにかく、馬鹿な真似はしないことね」

そう言ってアンジェリカは部屋を出て行った。

一週間ここでの生活に慣れ始めて感覚が麻痺していたのか、恐怖心なんかあまり感じなくなってしまっていたけど…
やっぱりとんでもないところに放り込まれてしまったんだ!!
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