上 下
1 / 26

1.日常が壊れた日

しおりを挟む
 ハァ
 ハァ
 ハァ…

何でこんなことになったんだろう?

身体中のいたるところが痛い。


隅々から“奥深く”まで…ー


夜中のオフィスビル街を抜けて、路地裏へと入り込んだ所で、下腹部を走るズキンとした痛みに顔を引きらせた。

「…っ………」

もう小一時間も走ってきたせいで、足がもつれて冷たいアスファルトの上に倒れ込んだ。
長年陸上部で鍛えてきたこの脚でさえ、一週間も屋内で軟禁されていたら思うようには動かない。

そもそもこんな痛みを抱えて走ることになるなんて、この身体が恨めしい。

でもここまで来たら、さすがにすぐは捕まらないはず…

何とか立ち上がろうと足に力を入れて、よろめきながら地面を踏みしめた。

「こんなところにいたの、七瀬ななせチャン」

ギクリと肩が跳ねた。
背中から男とも女ともつかない声が聞こえて、思わずバッと振り返った。

長いウェーブがかった金髪の髪を一つに束ねた、黒いスーツ姿の長身の人影にゴクリと固唾を飲んだ。
五条院ごじょういん家SP“Ninjaにんじゃ”ナンバー2で武闘家の桐原きりはら アンジェリカ。
中身は私よりずっと可憐かもしれないが、肉体的にはれっきとした男。


「まさかまだ本気で逃げられるとでも思っていたのか?面倒臭さ半端ねーな、お子様のお守りっつーのは」

その後ろで怠そうに煙草をくゆらせているのは、五条院家SP“Ninja”の凄腕ガンマン 瀬川せがわ 小次郎こじろう

「もうイイんじゃね?そんな聞き分けのないちんちくりんなんかさっさとっちゃえば。つーかさ、毎回何で蓮司れんじのヤツだけ来ないんだよ」

「仕方ないでしょ~、蓮チャンは頭脳派なんだからあんたみたいに無駄に血の気多くないのよ」

「うるせーな!武闘家のオカマもどきに言われたくねーよ!!清十郎せいじゅうろう!」

「んもう、失礼ね。こう見えても日本でトップレベルの武闘家なのよ、アタシ♡それから本名で呼ぶのはやめて!」

路地裏のブロック塀の上に仁王立ちをして、女の子さながらの可愛い顔でぎゃーぎゃー喚いているのは、未来さき予視よみの力をかわれ五条院家SPとなった“Ninja”最年少のあずま 冬吾とうご 十四歳。

嘘…いつの間に…
足音なんか一度もしなかったのに。

呆然とまた力なくへたり込んだ私の前に、一人の男がツカツカと歩み寄ると、黒いスーツのジャケットが生温なまぬるい風にビュウと靡いた。

ドクリと、変な動悸が胸をぎる。

この無表情で冷たい眼は、何度見ても苦手だ。

この五条院家SP“Ninja”の護衛頭リーダーで、並外れた身体能力を持つと噂される都築つづき 清丸きよまる

五条院家 現当主 五条院 是匡これまさの幼馴染みであると同時に、若干十五歳にしてその類稀なる身体能力で、多種多様な数多のターゲットを闇に葬り去ってきたという、冷酷無慈悲な日本屈指の殺し屋。
その界隈では、その名を知らない者はいないとかなんとか…

黄金色の柔らかそうな髪。
深い漆黒の瞳。
透き通るような肌の色。
長身で、鍛え抜かれた肉体。
端正な顔立ち。

一度見たら二度と忘れられないような、そんな容姿をたたえた男だった。

これが、この一週間で何とか調達できた彼らの情報だ。

「あんまり調教係の手を煩わせるな」

彼から発された低く冷たい声に、たらりと冷や汗がこめかみを流れた。

それは今から一週間前にさかのぼるー…

あの日、私は初めて身をもって知った。

こんなにも突然に、当たり前に続いていくはずだと思っていた日常が、跡形もなく消え去ってしまう恐怖を。

周りには不確かなものばかりで、確かなものなんてこの世には何一つない。
自分で勝手に結論づけた論理の中で、私は一人絶望していた。
決して尊敬などできない両親や、周りの大人達と同じ薄汚れた空気の中に、もうすぐ自分も仲間入りしなくてはならない。
そう思うと、吐き気がして堪らなかった。
そんな風に確かにキラキラと光り輝く宝石箱のような、美しい青春でも何でもなかったが、それでもこの時の私は、その当たり前の毎日を失ってしまうなんて、そんなこと微塵も考えていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

処理中です...