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三章 消えた精霊王の加護
28話 薬草(ハーブ)
しおりを挟む「おとうさん…ちゃんとかえってくるよね…?」
エイリから『精霊王の加護』が消えたその日の朝。
ルエンが他の団員達と見回りに行く前、見送りにきたエイリはルエンの着物の袖を掴みながら不安そうな表情で言った。
着物の裾を掴むその小さな手はまるで「行かないで」と訴えているかのようだった。
朝にルエンがあのようなことを言っていたのでエイリは余計にルエンのことが心配だったのだ。
「…そんな顔をするな。ただこの町の見回り区域に行くだけだ」
ルエンはわしゃわしゃと宥めるようにエイリの頭を撫でながら言った。
エイリだけでなくハラスの住民の安全の為見回りに行くのをこれ以上邪魔するわけにはいかずルエンを含む見回り担当の団員達を見送った…。
「ルエンさんの勘は昔から良く当たりますからね…。でも大丈夫ですよ。あれでもルエンさんはアビリオさんより強いですから」
とルエンが心配で堪らず気分が沈んでいるエイリに1週間ぶりに来たスオンが安心させるように言った。
スオンの「ルエンはアビリオより強い」という発言、今この場にアビリオがいなくて幸いだった。
もしこの場にアビリオがいてスオンの発言を聞いていたらルエンに対抗意識が強いアビリオは間違いなく機嫌が悪くなるだろうなとエイリは思った。
「そうそう今日もエイリさんがとても喜びそうな物を持ってきました。今だからこそこれは丁度良いものかも知れません」
スオンが持ってきていたエニシ屋の竜車では食材の保存に使っている小さな魔道具の箱を開けると中には青々としたバジルとフペパーミント、ローズマリーが何本も入っていた。
しかも鮮度が抜群に良い…。
「わぁ!ハーブだ!!」
『スティリア』に来てからエイリは味噌、醤油、生姜を使った和風テイストの料理ばかり作ってきてそろそろハーブを使った料理が作りたいと思っていたところに『スティリア』で初めて見た新鮮なハーブに思わずエイリは感激の声を上げた。
エイリの声を聞いて何事かとアビリオがエイリとスオンの2人がいる部屋に入ってきた。
「これ…!ポーションの材料になる薬草じゃないですか!?」
スオンが持ってきたバジルとペパーミント、ローズマリーは3種とも下級ポーションの材料となる薬草なのだという。
下級ポーションを作成するにはこの3種のハーブと『調合スキル』が必要となる。
『調合スキル』を習得していなくともハーブを乾燥させ煮出したものでも下級ポーションほどではないが飲んだ者の体力を回復させることが可能だ。
今回スオンが持ってきたハーブのうちミントはどこの地域にでも森に行けば生えているのだが問題はバジルとローズマリーの2種だ。
この2種はリィンデルアでは普通の農作物と違い育ちにくいとされリィンデルアの王都専属の薬草園で栽培されてはいるが収穫量は少ない。
収穫された貴重なハーブは専属の魔法使い達が下級ポーションの材料として使い調合されたポーションは騎士団へ優先的に納品されるのでリィンデルアで調合されたポーションが市場に流れることはない。
市場に流通している下級ポーションのほぼ全ての生産国は材料になるハーブの収穫量が世界一多い亜人族の国アルツェスだ。
それでも収穫されたハーブは薬草として売るよりもポーションやエーテルにしたほうが効果も高く冒険者が確実に買っていくので下級ポーションに調合した物を国境都市セントリアスを通して同盟国リィンデルアにある大きな街などに輸入されているらしい。
なので鮮度関係なくバジルとローズマリーがリィンデルアに輸入されることは滅多にないほど希少な薬草の部類に入るのだという。
ーまぢか…バジルでさえ日本では乾燥したやつが格安で売られていたのに…。
エイリが日本で暮らしていた頃は某大型スーパーで1袋100円もしない乾燥バジルを良くピザトースト、トマトソース系パスタ、肉料理などを作る時にバンバン使っていたので異世界(スティリア)と日本の物価価値のギャップを改めて思い知った。
「もしかしてこのハーブたかかったんじゃ…」
栽培が盛んなアルツェスで栽培された物だとしても滅多に輸入されないポーションの材料となれば向こうの商人も価格を高くふっかけてくるはずだ。
スオンはエイリにとても甘い。
恐らくルエンよりもエイリが欲しがりそうな物を熟知している。
今までスオンが持ってきた米、計量カップ、野菜の皮むき器など、エイリの好物やその時欲しかった実用的な物ばかりだった。
今回この高価なハーブを持ってきたのはハラスに来る前に竜車の中でエイリが育った世界には薬草(ハーブ)を使った料理が沢山あると話したからだろう。
それでエイリが喜びそうなものだからと買ってきたものであれば正直エイリは申し訳ない気持ちになった…。
「安心してください。これはリィンデルア国内の『ある場所』で群生していたものですので」
スオンのいう『ある場所』にはリィンデルア国内にも関わらず毎年今の時期になるとバジル、ペパーミント、ローズマリーの新芽が生えるらしい。
その場所は元々迷いやすい森であったのと"ある魔物"が出没したことで近辺の村の住民達は近づかない場所であるらしくその場所でハーブが群生していることを知っている者はルエン、スオン、ザンザス、アビリオを含めた極少数。
他に知っているスオンを含めた者達はその場所を薬草が生えているからという理由で荒らされたくないのでリィンデルア王都の者達にも話すことは絶対にしない程大切な場所だという。
商人のスオンでもその場所で生えた薬草を勝手に採取し高値で売ることは絶対しない理由はその場所で『ある女性』が大切に育てていた薬草だったからだと言った。
スオンのいう『ある女性』とは…。
「この薬草はあなたのお母様、フィリさんが生前薬草を育てていた場所から生えていたものなんですよ」
「おかあさんの…?」
エイリの実母フィリルルはエイリを身籠ってからリィンデルアのその場所に隠れ住み、その場所で薬草を育てていたのだという…。
スオンはそれ以上のことを言わなかったがその場所は『スティリア』でエイリが生まれた場所でもあるがフィリルルが魔物に命を奪われた場所ということをエイリは予想できた…。
だが同時にフィリルルが大切にしていたその場所を荒らされぬよう皆が秘密を守っていてくれたことがエイリは嬉しかった…。
更にスオンはルエンが本当はエイリの為に薬草を採取しに行きたかったが魔物や悪意持つ者からエイリを護る為ハラスから離れることが出来ないのでスオンにフィリルルが生前育てていた薬草がまだ当時住んでいた場所に生えているのであれば採取しエイリに渡してくれと頼まれたと言っていた。
ルエン曰くそのまま生えている薬草を放置するよりエイリならフィリルルが育てていたものを有効に使ってくれるだろうと…。
「だからこれはフィリさんの形見のようなものでもあるのであなたは受け取る権利があるのですよ」
とこのハーブでエイリが好きなように使えば良い、足りなければまたその場所からハーブを採取してきますとスオンが言った。
母親が生前大切に育てていたものだと聞いてエイリは素直にスオンから薬草を受け取った。
ーおとうさんが帰ってきたらちゃんとハーブのお礼言わなきゃ。
ポーションの作り方が分からないので何かハーブを使う酒のつまみに良さそうなものならルエンは喜んでくれるだろうかとエイリは考えた。
「せっかくのおかあさんの形見だから『挿し木』にしてにわでそだてたいな」
実母フィリルルが死ぬ直前まで愛情を込めて育てていたハーブ。
エイリは出来ることなら挿し木にして仮拠点の裏庭の花壇スペースに植え替え手元に残しておきたかったので大半は干して料理やハーブティーに使うとしてハーブの先端の若い茎の部分を挿し木に使うことにした。
「「サシキ?」」
『スティリア』ではハーブに限らず同じ植物を切って水などに挿して増やす挿し木という方法は浸透していないらしく大人2人が首を傾げながら言った。
「おなじハーブをカンタンにたいりょうにふやすことができるほうほうですよ」
とエイリがざっくり説明した。
バジルとペパーミントは水に挿しておくだけで発根しやすいハーブだというのは日本でエイリは経験済みだった。
ローズマリーは挿し木をしたことはないが先端のまだ若い芽の部分を水挿し発根すれば良いなと軽い気持ちで挿し木用に残した3種類のハーブの下の茎を斜めに切り水に挿していた。
「たったこれだけで薬草が簡単に増やせるとは…」
やはり『スティリア』では同じ植物を増やすには種を蒔くか群生していた所から根っこごと持ってきて植えるくらいの常識しか無いらしい。
「ねーエイリ」
「ルティたちもやくそうそだてていい?」
と今までハーブの挿し木作業を見ていた猫耳姉妹がエイリにお願いしてきた。
「リコたちもエイリみたいにザンザさんたちのためにできることがしたいの!」
猫耳姉妹も何か団員達の為に出来ることがしたいと日々考えていたようだ。
こうして本格的に料理を教えることはまだできないが簡単な植物栽培の方法からエイリによる猫耳姉妹へ食育教育がスタートするのだった。
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