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二章 『愛し子』の娘、ギルド見習いになる

14話 エニシ屋のオーナー

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「…これからハラスという町に向かう。そこに俺の古い知り合いがいてな、そいつのギルドに当分身をおこう」

ルエンにリィンデルアに渡った後は彼の友人が運営しているギルドに行くことを知らされたのはエイリが精霊クゥと契約した翌朝のことだった。

ギルドとは冒険者がまとまった人数で属する組織だ。

冒険者達がギルドに属することでギルド内の団員でパーティーを組み難易度の高いクエストの成功率もグンと上がるだけでなく、強敵な魔物と対峙しても仲間で互いに支え合うことで怪我のリスクも減る。

余程一匹狼でなければ最低限の衣食住が保証されているなどの理由で大概の冒険者はギルドに属しているものだが…。

ルエンは冒険者の間では『隻眼の剣客ルエン』と呼ばれている腕の立つ冒険者であるのにギルドに属してはいない。

今までギルド勧誘がなかったわけではないが彼曰く組織などに縛られるのが嫌で今までギルドに属していなかったとエイリに説明した。

ー私の所為かな…。

そんなルエンがギルドにエイリと身を寄せるというのは”もしも”の場合に備えて自分がいなくともエイリが困らない居場所を確保する必要に備えてだったのだろう…。

ルエンが孤児院からエイリを引き取って1ヶ月以上経つ。

何のアテもなく各地を転々とする旅は幼い子供には過酷であるだけでなくルエンは魔物討伐を専門としている冒険者、エイリは想像すらしたくはないがいつ彼の身に何が起きても不思議ではないのだ。

「そんな顔をするな、これから世話になるギルドの団長は俺が信頼できる数少ない奴だ」

ルエンによると件の団長はハーセリアの貴族出身だというのに相手の種族や身分で差別しない変わり者だという。

この団長こそ偶に彼が話していた信用出来る貴族のうちの1人だと言った。

「でも…わたしがいてめいわくにならない…?」

エイリは『愛し子』の娘としてハーセリアの王族から狙われている。

リィンデルア側に出てしまえば簡単に相手から手出しはされないと言われてはいたが、もし手段を問わない相手でハーセリアだけでなく他の国もそうだとしたらエイリがその場に留まるだけで相手を巻き込んで相手を傷つけてしまう恐れがある。

それだけでなくエイリは日本で暮らしていた頃、学校生活が日本人らしくない瞳の色だからと散々な目に遭っていたので集団生活というものが苦手だった。

特にハーセリアから国境都市にくるまでの旅の間は鏡を見ていなかったので気づかなかったがエイリの瞳の色が茶色から灰色に変化していた。

近いうちにエイリが嫌う水色の瞳に変化するだろう。

只でさえルエンには迷惑ばかりを掛けているのにいきなりギルドの団員達との集団生活にエイリは余計不安だった。

「…あいつはかつて旅の最中に大罪人の仲間だと呼ばれ追われていた時期もあってな…そんなことは慣れている。お前が気にすることは何もない」

その友人はかつて無実の罪で国から追われた2人の男女の旅の仲間に加わったことで大罪人と周囲から呼ばれていた時期があった。

その頃は町に入るのも一苦労でそれがハーセリアからリィンデルアの王都に行き国王に謁見し汚名を晴らすまで続いた。

その時の苦労と比べればハーセリアから狙われているエイリがいるくらいなんともないのだという。

「…それにあいつらは生まれたばかりの頃のお前を知っている連中だ。お前を可愛がっていたからな異世界からお前が帰ってきたと手紙で知らせたら喜んでいた」

そんなお前を拒むことはしないと、ルエンが言った。

その団長は生まれた頃のエイリを知っている人物なのだという。


コンッコンッ

不意に扉をノックする音が聞こえた。

ルエンが出るとこの宿屋で働く若い女性だった。

「あ…あの、ルエン様に会いたいという方がフロントにいらしゃってまして…」

ルエンの背中越しで相手の表情は分からないが相手の若い女性がルエンに怯えていることが声で分かった。

エイリは慣れてしまったがルエンの鋭い目付きと左目の大きな傷痕は冒険者ではない一般市民からすれば恐ろしく見えるのだろう。

何やらルエンに会う為にある人物が宿屋の受付けフロントに来ているようだ。

「…少し待っていろ」

とルエンはまたエイリを部屋に残し部屋から出て言ってしまった。

「ねぇクゥ、いったいだれがきたんだろうね?」

「ピュィ?」

エイリは話し相手がクゥしかいないので彼(?)に問いかけるも”さぁ?”というかのように鳴くだけだった。


「…護衛する竜車が決まったぞ」

と10分くらいでルエンが部屋に戻って来るとリィンデルア側に出る際に乗る竜車が決まったとエイリに告げた。

受付けフロントに来ていた人物とはハーセリア国内で世話になったエニシ屋の操竜士セハルだった。

セハルは”ある人物”の使いでルエンに竜車の護衛を冒険者組合を通してでなく直接頼みに来たのだという。

ルエンは竜車の護衛を引き受けたようだが…エイリは少々彼の眉間のシワが気になった。

「おとうさん…そのひとってあいたくないひとだったの?シワがまたよってるよ」

「…そのうち会うだろうと思っていた奴と予想以上に早く会う羽目になってな…。奴とはこれから行くギルドの友人より付き合いが長い分面倒くさい」


「…おとうさんってシンクと今いくギルドのだんちょーさんしかお友だちいないの?」

ルエンは顔見知りの相手に会えば眉間のシワが増すことが多いので思わずエイリがいうとフンッとそっぽを向くのだった。



2人は宿泊していた宿を出てセントリアスの南にあるリィンデルア側に出る門の位置にある竜車乗り場に向かう。

やはり人が多い町なのでエイリはルエンに抱きかかえられての移動だ。

街中でルエンに抱きかかえられた状態での移動はハーセリア国内の町でもそうだったが相変わらず周囲の者達がヒソヒソとこの2人に対しての事を話している声が聞こえる。

一つ違うのはハーセリア国内にいた頃はヤヌワに対して中傷的な言葉ばかりだったが、セントリアスでは同じ黒髪でも2人は親子に見えないようで…ルエンが誘拐犯なのではないかと勘違いされていることだ。

ルエンは気にも留めず竜車乗り場に向かって歩いているがエイリはルエンのあらぬ誤解を解く為に街で気になったを見つけて”おとうさん”の部分を周囲に聞こえるようわざと大きな声で彼を呼ぶことにした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「随分お久しぶりですね。ルエンさん」

「…そうだな」


南側の竜車乗り場にいる”ある人物”との待ち合わせ場所に行くとそこに竜鳥を3羽繋いだ竜車一台と1人の男がいた。

細身の長身で整った顔立ちで純粋なヤヌワなのか琥珀色の瞳に一つに結んだ長い黒髪を肩に掛けよう前に垂らし、濃い緑色をしたヤヌワの民族衣装である着物を身にまとっており、とても柔らかな笑みが特徴のまだエイリから見て20代後半にも満たない若い男だった。

常に笑みを浮かべているのは職業柄というのもあるだろうがこの男の笑みはエイリが知る気色悪さを感じない笑みだった。

2人が宿泊した宿屋に使いを寄越しルエンに竜車護衛を依頼したのはこの男だろう。

「…エイリ、この男はエニシ屋のオーナーをしているスオンだ」

ルエンはスオンという男と顔見知りであるらしくエイリに紹介する。

エニシ屋のオーナー、幾度か最初の竜車護衛クエストの際にセハルなどの操竜士達からの話には聞いてはいたものの中年の男性なのではないかと想像していたのに対し実際はとても若い男でエイリは内心驚いていた。

だがそれ以上に…。

「エイリさんですよね?まさか…生きているあなたとまたお会いできるとは…思いませんでした…」

こんなに大きくなられて…、とスオンは目に涙を浮かべエイリの背丈に合わせるようにしゃがみ両手を握りながら言った。

”また”と言っているのはスオンも生まれたばかりだった頃のエイリを知っているようだが当のエイリはそんな物心がつく前に会った人物など覚えている筈もなく、ここまで過剰に他者から受け入れられた経験がなかったのでどう反応し返せばいいのか分からず固まっていた。

「スオン、それくらいにしておいてやれ。エイリはこういうことに慣れていないようだ」

「すみません、つい嬉しくて…」

ルエンに制止され手を離したスオンはエイリに軽い謝罪をした。

「ザンザスさんから2人に関する話を聞いてからセントリアスに来てこちらの支店に顔を出したらセハルにエイリさんが熱を出してしまったという話を聞いたので心配でたまらなかったんです」

エイリが熱でダウンしていた間にルエンが身を寄せる予定でいるギルドの団長ザンザスに手紙を出しており、エイリの両親だけでなくその団長とも親しかったスオンは団長から2人の所在を聞き2人をギルドの拠点がある町に送り届ける為セントリアスまで竜車を走らせて来たのだという。

そしたらエイリは熱を出して診療所に入院していたので退院するのを待ち2人が宿泊していた宿に使いを送り2人をここに呼んだ。

竜車が一台だけなのはエイリが異世界から帰ってきた『愛し子』の娘だという秘密を他のエニシ屋の従業員に知られず2人と気兼ねなく会話をする為だとスオンが話してくれた。

こうしてリィンデルア国内にあるこれから2人が身を寄せるギルドの拠点がある町へ向かっての旅が始まった。


「このショーガ焼きというのはとても美味しいですね。まさか醤油と生姜にこのような使い方があるとは思いませんでした」

この日の夕食は以前ルエンが討伐しエニシ屋に渡していた方のエノルメピッグの肉で作った生姜焼きだ。

ハーセリア国内にいた頃は保存箱に醤油がなく塩を味付けの要にした生姜焼きだったが、エイリがセハルに生姜焼きの作り方を教えた際に醤油を使った方が美味しいと言ったことをセハルから聞いたようで今回はスオンが用意してくれた醤油を使った生姜焼きを作った。

料理を作っている途中クゥがソワソワと”ぼくの分はあるの?”と言いたげな表情をしながらエイリの周りをウロついていた。

「おにくだけじゃしょっぱいからちゃんとお芋も食べなきゃだめだよ」

「ピュィ♪」

食事の際クゥにもエイリと同じ生姜焼きと焼きじゃがいもを盛った皿を用意すると輝いた目でエイリを見つめた後、一心不乱に食らいついていた。

生姜焼きという食べ物は『スティリア』に住まう人間にのみならず精霊をも魅了する食べ物らしい。

「エイリさんはどうやってこんなに美味しい料理を覚えたのですか?」

ハーセリア国内でエニシ屋の操竜士や冒険者達に同じような事を質問された時はルエンが以前助け舟を出してくれたように”母の手料理を覚えていたので”と答えていたがスオンはザンザスというギルドの団長から聞きエイリが異世界の日本という国から来たことを知っているので無理に理由を嘘で塗り固める必要はないのだが…。


エイリが料理を覚えたのは義母が料理は得意ではなかったうえにエイリの瞳の色が変わってからエイリを避けるかのように専業主婦からパートを掛け持ちするようになり余計にスーパーの惣菜や冷凍食品などの食事が増え、エイリが1人暮らしを始めてからはレトルトや冷凍食品どころか外食にも飽き、趣味の本やゲームの購入するのに養い親から仕送りされていた生活費を使うのに躊躇いがあったので飲食関係のアルバイトをはじめたことがきっかけだった。

ファミレスなどは接客が苦手だったので会計など必要最低限の接客で済む弁当屋のアルバイトとして働いているうちに料理の基礎を学び、調理にもに慣れ、自宅ではインターネットや動画サイトを閲覧して作る料理の幅が広がっていった。


だが、この理由をルエンとスオンに話してしまえばエイリが日本で養い親を含めた人間関係に恵まれなかったことが知られてしまう。

特に実父のルエンには知られたくなかった。

知ればフィリルルを護れなかったと自分を責めているルエンが今度はエイリのことで自分を責めてしまうと思ったからだ。


なのでエイリは”暮らしていた家から離れた学校に通学する為に1人暮らしをしていたのと料理を作るアルバイトをしていたら自然と覚えた”と2人に説明した。

『スティリア』での外食は宿屋の食事や屋台街、酒屋などで利用者は冒険者か商人、調理をする者も男が多いので当時17歳だった少女のエイリが一般人が食す料理を作るのアルバイトをしていたと話すとルエンとスオンから驚かれた。

それから目的地のハラスという町にたどり着くまでの3日間、スオンから積んである食料で作れる範囲の料理の作り方を教えて欲しいと頼まれエイリはスオンに焼きじゃがいもに小麦粉を混ぜた醤油ベースのすいとん、野菜を薄切りにした肉で巻き焼いたもの、野菜たっぷり入った生姜焼きのなどの作り方を教えるのだった。
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