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一章 異世界に帰ってきたらしい?
番外編
しおりを挟むエイリが日本から『スティリア』に帰ってきた日の夜、ルエンは普段以上に酒を飲んでいた。
クエスト報酬を受け取り酒場で飲んだ後も宿泊している部屋でも飲み、度数が高い酒の瓶が部屋の至るところに転がっている。
いつも以上に酒を飲んでいるのはこの日が彼の妻子の命日だったからだ。
ルエンはかつて『白銀の愛し子』と他の仲間達と『スティリア』の街や森にある魔脈調律の旅で英雄となったヤヌワの『煉獄のロウ』と呼ばれていた。
旅の後、ロウという名はありきたりな名だが正体を知られればフィリルルが『白銀の愛し子』であることも知られ隠れ住んだ先で平穏に暮らすことが難しくなるだろうと英雄としての名声と名を捨てた。
彼は英雄としての名誉、ヤヌワの社会地位向上や豪華な家、金や装飾品なんてものに興味が無くただ彼が望んだものは最愛の妻フィリルルとの平穏な生活だった。
結婚してすぐフィリルルが身籠り娘が生まれた。
2人は娘が生まれる前まで奴隷としての生活が長かった自分達がちゃんとした親になれるのか、娘に親としての愛情を注げられるのか、自分達が英雄であったことを知り娘が苦しんだりしないかを悩んでいた。
いざ娘が生まれるとそんなことを気にする余裕がないほど子育てが忙しく、何より娘が愛おしかった…。
娘の名前は枯れ果てた土地にしか咲かない不思議な花の名からとった。
エイリの花言葉は"希望"、自分たちだけでなく他の周りの者達にも希望を振り撒ける娘に育って欲しいと2人で決めた名前だ。
奴隷として生を受け物心つくまえから親が居らず奴隷として育ち、フィリルルや他の仲間達と『スティリア』中を戦士として駆け回っていた彼はその生活の中ではじめて安らぎというものを知った。
そんな幸福がこの先も続くと思っていた…"あの日"までは…。
7年前、突如として現れた見たこともない魔物の襲撃をうけた時、彼は咄嗟に娘を抱きかかえている妻の体が冷えぬよう愛用の羽織を掛けて2人を逃した。
魔物には剣技も炎も効かず、魔物の攻撃で左目をやられても彼は妻子の元へ行かせるわけにはいかないと必死に食らいついたが魔物に胸を貫かれそこでルエンの意識が途絶えた…。
彼が目覚めた時には回復魔法を使える仲間の手当てを受けながらベッドに横たわっていた。
胸の傷は通常であれば即死してもおかしくなかったが結婚腕輪がダメージを吸い取ってくれたおかげで一命を取り留めたが彼からすればこれが悪夢の始まりだったかもしれない…。
妻は逃げ切れず魔物に殺され、まだ生まれて半年に満たない娘のエイリの遺体は見つからなかった…。
まだ寒い時期2人が体を冷やさぬようにと2人を魔物から逃す際に掛けた愛用の羽織、フィリルルが身につけていた方の結婚腕輪も見当たらなくなっており、娘だけはきっと何処かで生きているかも知れないという言葉を掛けてきた仲間もいたが妻の遺体を目にした彼にその言葉は届かなかった…。
彼にとって妻子の命は自身の誇りや命よりも大事だった。
フィリルルと出会い、刀を握るようになってから彼女を護る為だけに力を磨き続けていたというのに努力が報われず裏切られた結果彼の心は折れてしまった…。
以来、彼は各国を転々としフィリルルと結婚してから今後の生活費を稼ぐ為にルエンという名で発行していた冒険許可証(ライセンス)で冒険者としてクエストをこなし、得た報酬を酒代にし妻子を喪った悲しみや絶望を酒で紛らわし妻子を救えなかったのは己の弱さの所為だと自分を責め続けていた。
飲酒量は日々増えても苦しみは消えることはなく自害すれば楽にはなるだろうとは何度も彼は思った。
しかし、自害してしまえば強い怨念、重罪者の魂同様に清らかな魂が帰り着く場所へ逝くことが出来ず『スティリア』中を彷徨うと言われている。
これが誠なら尚更死んだ妻子と再会することができないのならと彼は仕方なく生きている死人のようなものだった。
ー何故こんな日にギルド結成なんかしたんだ…。
更にこの日は輪にかけて彼の機嫌が悪い、理由はテーブルに置かれた1通の手紙が原因だった。
今の彼の荒れようを案じて度々かつての仲間で親友だった男から一度も返事を出したことはないが手紙は来ていた。
この日に来た手紙は親友がギルドを結成し、その団員としてルエンに加入してもらいたいというものだった。
冒険者というものは職業柄住所不定者が多く冒険者が使用する専用の魔法鞄には登録した相手と手紙のやり取りができる機能がついている。
しかも手紙を出してすぐ相手に届く代物だがそれがかえって彼の機嫌を損ねる結果となった。
確かに妻子が死ぬ前に子育てが落ち着いたら親友が結成したギルドに妻と2人で加入すると約束はしたが、何故よりにもよって妻子の命日にギルドを結成したのか彼はそれが許せなかったのだ。
恐らく親友は『こんな日だからこそ』とギルドを結成したのだろう。
ルエンは飲酒による睡魔が最高潮になりベッドに横たわり眠った…。
『帰っテキた『愛し子』ノの娘、異せカイかラ。帰ッて来タ』
『白イあノ子かラ生マれた子供ガ帰っテキタ』
ふと、キンキン声で不愉快な言葉が聞こえた。
ーそんな筈はない…『愛し子』、フィリルルの娘は…エイリは…あの日死んでしまった…。
只の泥酔による幻聴だろうとルエンは無視して寝直すと契約精霊のシンクに爪を立てられ起こされた。
シンクは今のルエン以上に無口だが、長年の付き合いで目を見ただけで何を言いたいのかが分かる。
シンクの目は娘を探さないのか?もし見つけたのがハーセリア国王だったらどうするんだ?と言いたげな目だった。
その日から彼の娘を探す旅が始まった…。
ーこの町にもいないか…。
ルエンが今いる国、ハーセリア中の町にある身寄りが無い子供が集まる場所を片っ端から契約精霊のシンクの視界を借りながら娘を探していた。
ハーセリアにはいないかもしれない、寧ろこの様な種族や身分差が激しい国ではなくリィンデルアの様な国で善意ある者に拾われそのまま育てられていればと娘を探している間彼は祈っていた。
仮に見つけてもフィリルルを護れなかった自分が娘を育てる資格などないと彼は思っていたからだ。
そして1ヶ月後、カナムの町外れにある孤児院でルエンは娘を見つけた。
「エイリ…本当に…生きていたんだな…」
生まれたばかりの頃は父親のヤヌワとしての特徴が強い黒髪に黒い瞳だったというのに今は瞳の色は茶色に薄まり顔立ちが幼い頃のフィリルルとよく似た姿に育った娘の姿が視えた瞬間、彼の中で忘れていた感情が込み上げてくるのを感じた。
名前を呼んでやりたい…
頭を撫でてやりたい…
娘を抱きしめたい…
自分にそんな資格はないとわかっていて目から涙を流しながら手を伸ばしたが娘を視ているのはシンクの目だ、娘に彼の手も声すら届かなかった…。
ー娘にどう説明すれば…。
気持ちを落ち着かせ、これからどうするかをルエンは考え始めた。
はじめは娘を見つけたら自分のことは両親の友人だと説明し、リィンデルアにいる親友が結成したギルドに娘を預け姿を消すつもりだった。
しかし、フィリルルとよく似た娘を見てその気持ちが変わった。
せめて成人するまで自分の手で育てるとは決めたが娘にフィリルルの死の経緯をどう説明すべきかルエンは悩んだ。
正直に全て話せばフィリルルを護りきれなかった自分を娘に拒絶され、良好な親子関係を築けなくなると考えたルエンは自身の本名を隠し母親は『金色の愛し子』であり娘が生まれる前に自分たちは別れたのだと娘に教えることにした。
娘が生まれた時に自分がいたことにすると娘に夫婦生活のことを深く聞かれうっかりボロが出る、『金色の愛し子』が母親だと教えたのは『白銀の愛し子』が母親だと教えれば自動的に彼の『煉獄のロウ』というかつての通称が娘に知られてしまうと考えたからだ。
ルエンは忌み嫌っている『金色の愛し子』を利用することに少々抵抗はあったが向こうが散々フィリルルの活躍を掠め取って甘い汁を吸っていたのだからその仕返しとして耐えた。
ー本当に夢ではないんだな…。
娘を孤児院から連れ出しリィンデルア手前にある国境都市まで来て1ヶ月以上経った。
死んだと思っていた娘と再会したことや娘が長年暮らした異世界の話、共に屋台街で食事したこと、娘の手料理を食したこと全てが都合の良い夢だと思っていた。
それでも娘は契約したばかりの精霊と共にすぐそばにあるベッドでスヤスヤと眠っている。
それほど彼にとっては生きていた娘との再会や娘から聞いた異世界の話は信じた難いものだったからだ。
ただ、ルエンは娘から異世界の話を聞き不審に思ったことがある。
『スティリア』は異世界(ニホン)と違い危険に溢れた世界だというのに娘は"異世界(ニホン)に帰りたい"と一度も言わなかったことだ。
普通なら年齢など関係なく突如見知らぬ場所に放り込まれれば泣き叫びながら向こうにいるであろう家族同然の者達や友人などがいる元の場所に戻りたがるはずだが、泣きもせずその者達のことすら未だ娘は話さなかった。
まさか娘は異世界で幸福な生活ができなかったのではないかと考えたルエンはこの先娘が成人し真実を話すその日まで自分なりのやり方で父親として娘に愛情を注ぐことを誓うのだった…。
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