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一章 異世界に帰ってきたらしい?
9話 竜車での移動
しおりを挟むギャーッギャーッギャーッ
カナムの竜車乗り場は"竜鳥(りゅうちょう)"の鳴き声で溢れていた。
エイリから見て中世ヨーロッパに剣と魔法を題材にしたファンタジー要素を合わせたような世界『スティリア』にはまだ自動車といった移動用の魔術道具は開発されてはいない。
長距離移動には幌馬車(ほろばしゃ)を竜鳥と呼ばれる生き物が引いて移動する竜車が主流だ。
『スティリア』にも一応馬に分類される生き物は存在しているのだが一方は成体でもポニーのように小さいか、幌馬車を引ける大きさでもユニコーンという希少動物のどちらかしかいない。
勿論ハーセリアから隣国リィンデルアへ行くのにこの竜車を使うのだが、『スティリア』に来て1ヶ月経つエイリはまだ竜鳥とはどのような生き物なのか見た事がなかった。
エイリが初めて竜鳥を見たのはこの日カナムにある竜車乗り場へルエンと来た時だったのだが…。
ー始祖鳥か何かな?
それがはじめて竜鳥という生き物を見たエイリの率直な感想だった。
竜鳥は最大3メートルの大きさになる草食性の生き物だ。
首が長く、顔は羽毛が生えているものの爬虫類らしいもので口の先端に小さいながらも鳥のクチバシのようなものが見える。
他は身体中に羽毛が生え前足は鉤爪付きの指なども見えるが鳥の翼のような形状になっており、後ろには鳥らしい長い尾羽が生え、太く立派な脚には羽毛は生えておらず鱗の生えた皮膚が露呈している。
昔読んだ恐竜図鑑で見た恐竜の脚のようだともエイリは思った。
羽毛の色は緑や黒、茶色などの種類があり寒い時期はこのように羽毛が生えているが夏などになると羽毛は抜け落ち身体中の皮膚には後ろ足と同じ色の鱗が生えるという不思議な生き物だ。
「…昨日の汁麺に入っていた肉とスープは竜鳥の肉だ」
「そうなの!?」
竜鳥は竜車の動力源であるだけではなくその肉と卵は食用となる。
長距離移動を可能とする後ろ足のモモ肉は筋肉質で若い個体でも親鶏並に固いが部位によっては焼いても美味く肉からは獣臭くない良質なダシもとれる。
何より竜鳥の成長スピードは早く病気にも掛かり難く丈夫で牛やヤギより育成は容易、価格も肉の中では比較的安価なので庶民の懐にも優しく人気が高い。
竜車での移動の最中でも竜鳥の卵や怪我などで動けなくなった個体を屠畜し肉にしたりと長期の旅での貴重な動物性タンパク質を摂取するのに打ってつけな生き物なのだ。(屠畜される竜鳥からすればたまったものではないが)
ーあながち恐竜が鳥に進化して生き残ったというのも嘘じゃない気がしてきた…。
とエイリは夏になれば恐竜らしくなる竜鳥の肉は鶏肉と変わらないのだからそう思えた。
「…子供連れだが仕事に手は抜かんつもりだ。よろしく頼む」
「こちらこそナサダまで護衛をよろしくお願いします」
2人が乗る竜車は前もってルエンが冒険者組合のクエストとして引き受けたリィンデルアから来た商品の配達を終えた竜車の護衛だ。
竜車護衛のクエストは途中で何かトラブルが発生しクエストを中断せざる得ない状況に備えて大体の竜車護衛のクエストというものは町に着くごとの更新制で次の町まで不都合がなければそのまま次の町までの護衛を続ける事ができる。
竜車護衛のクエストは冒険者の中では別の町へ無料で移動できるだけでなく報酬も入るので人気が高い。
民間用の竜車でも道中に現れるであろう魔物や野盗から襲撃に備え竜車の護衛として冒険者は乗車料金免除など優遇はされているものの、ラメル主義国であるハーセリアでは幾ら冒険者とはいえヤヌワのしかも子供連れは操竜士や乗合客からは良い顔はされない。
それは他の商人の竜車でも同じだが、操竜士が隣国リィンデルアから来たラメルでオーナーがヤヌワであることが有名な"エニシ屋"の従業員だった為ルエンの事情を汲み承諾して貰ったのだ。
エニシ屋の商品を積んでいた竜車は全部で5台、それぞれの竜車に一人ずつ操竜士と冒険者が乗っており竜鳥は三羽ずつ繋がれ2日かけてナサダまで移動する。
ー凄く大きくて…羽感触が良さそう。
女の子らしくふわふわの生き物が好きなエイリは幌馬車に乗り込む前に竜鳥を触りたくてうずうずしていた。
「…すまないがこの竜鳥に触っても構わないだろうか?うちの娘は竜鳥を初めて見たのでな興味があるようだ」
エイリのその様子を見てルエンは世話になる竜車を動かす操竜士の青年セハルに確認を取る。
「竜鳥を見たことがないって珍しいねー、大人しい子だから全然大丈夫。首を撫でると喜ぶよ。」
セハルから許可を取るとエイリは地べたに座っている緑色の羽色の竜鳥に近づき首の部分を小さな両手で撫でる。
「ふわふわであったかいね~」
今の時期しか触ることができない竜鳥の羽毛を堪能するとエイリの表情もふみゃんと緩む。
撫でられている竜鳥も心地良さそうにグルグルギュルギュルと喉を鳴らしながらエイリの頬に頭を擦り付けると更にエイリはキャッキャッと幼児らしい声で笑う。
こうして思う存分竜鳥を愛でたエイリは竜車に乗り『スティリア』に来て1カ月過ごしたカナムに別れを告げ実父ルエンと隣国リィンデルアを目指した旅が始まった…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「すごく…ひま…」
竜車で移動し始めて1時間弱でエイリは暇を持て余し始めた。
外の景色を見渡しても乾いた地面にポツポツと草が生えているだけの痩せた土地が広がっているだけだ。
携帯電話にダウンロード済みの電波が無くとも出来るゲーム等ができれば良い時間潰しになるのだが携帯電話はとっくの前にバッテリーが切れている。
『スティリア』の魔術道具、エイリが長年暮らしていた世界でいう電化製品に分類される物は中には電池代わりに特殊な魔法石に魔力を溜め魔力がない者でも扱えるものもあるが使用者の魔力で起動させるタイプのものが殆どだ。
要は電気?何それ?状態である。
そんな世界に充電器どころかコンセントすら存在していない。
仮に充電する手段があったとしても異世界(ニホン)の物を何も知らない操竜士のセハルの前で使用するのはエイリが異世界から帰ってきた『愛し子』の娘であることを秘密にしておきたいルエンは快く思わないだろう…。
「ねー、リィンデルアってどんなところなの?」
携帯電話を弄れないのでエイリは現在の目的地であるハーセリアを南下した位置にある隣国リィンデルアはどのような国なのかをルエンに質問した。
「…リィンデルアは世界で二番目に栄えている国だ」
リィンデルアは15年以上前まではとても栄えていたハーセリアと僅差で3番目に栄えている国だと言われていた。
『スティリア』全土で奴隷解放宣言がされた後ハーセリアでの元奴隷の差別が改善されず命懸けでハーセリアから逃げ出した元奴隷のヤヌワや亜人をリィンデルアは受け入れ互いの特技や才能を生かし協力し合うようになったことで国が大きくなり現在は精霊の怒りを買い荒れてしまったハーセリアに援助をする程の余裕はあるのだが…。
「…今のハーセリアは王どころか継承者もアレだからな…援助するだけ無駄というものだ」
「この国の王族ってそんなひどいんだ…」
本来国王というものは精霊と心を通わせ精霊と契約した者でなければならないという暗黙の了解があるのだがハーセリアは血筋と生まれた順番で将来が決まるという悪習が根強い。
ハーセリアは先王の代から精霊と契約どころか精霊すら見えない者が即位し、現国王の息子である第一王子に至ってはそれだけでなく現国王以上に精霊の怒りを甘く見ていたが故に国が傾いた原因となった1人なのだという。
第二王子の方が精霊が見えるだけでなく精霊と契約も交わしており良識のある人物だったのだが不慮の事故で死去してしまった。
この第二王子が存命であったなら"ある事件"で継承権を剥奪されていた第一王子が継承権を再獲得せずハーセリアも今よりマシだっただろうとルエンが言った。
「あー…"事件"ってアレだろ?第一王子が精霊と契約したいからって『白銀の愛し子』様を無断で城から連れ出した挙句に精霊が暴走したら『白銀の愛し子』様を置いて逃げたつーやつだよな?」
セハルが話に割り込む。更に彼が言うには『白銀の愛し子』が魔脈を調律する旅に出るより数年前、ハーセリアの王都の内部で精霊が見えるだけでなく精霊と契約済みで家臣と国民からの期待も大きかった第二王子が次期国王として継承権が優勢になった時期があった。
現ハーセリア国王も第一王子でなく第二王子を次期国王にと仄めかした為、なんとしても次期国王になりたかった第一王子が焦り精霊と契約すれば優勢になるのではと考えた。
しかし、精霊を見ることができない者が精霊と契約するのは容易ではない。
『白銀の愛し子』が精霊に頼めば精霊と契約できるだろうと第一王子が国王の許可なく精霊が出る場所へ『白銀の愛し子』を連れて行き精霊との契約を迫ったが、精霊が第一王子との契約を拒んだ。
その腹いせに第一王子が『白銀の愛し子』に暴力を振るいそれで精霊が怒り、危険な状況となり第一王子は我が身可愛さに『白銀の愛し子』を見捨て逃げてしまった。
危険な場所に置き去りにされてしまった『白銀の愛し子』を第一王子が護衛として連れてきていたものの精霊を刺激させない為に待機を命じていた魔物討伐部隊に当時所属していた『煉獄のロウ』が王子と部隊長の命令を無視し単独で救出した。
精霊の暴走が鎮静化したあと『白銀の愛し子』を命懸けで護った『煉獄のロウ』を件の精霊が気に入り『白銀の愛し子』の手引きで精霊を見る程の魔力がないヤヌワだった彼と契約した。
契約した精霊が火の精霊だったことから後に彼が『煉獄のロウ』と呼ばれる由縁の一つとなった。
その後『スティリア』の生きた国宝と呼ばれる『愛し子』を無理やり連れ出し暴力を振るった挙句に命の危機に晒した第一王子の父親であるハーセリア国王は他国の国王に責め立てられ第一王子から継承権を剥奪させる形で責任を取ったのだという。
それから数年後、次期国王に決まっていた第二王子が死去し他に国王には子供がいなかったのでこの第一王子が継承権を再獲得してしまったわけだが…。
「『愛し子』様のピンチに颯爽と現れるヒーローってのはかっくいーよな!オレ、オーナーが話す『煉獄のロウ』の話でこれが一番好きでなぁ。うちのオーナーは『煉獄のロウ』とは昔からの知り合いだから『煉獄のロウ』の話にめちゃくちゃ詳しいんだ」
「そうなの!?ほかはどんなはなしがあるの?」
エイリは『煉獄のロウ』のことは名前と『白銀の愛し子』とは恋人同士であること、彼女をあわせた仲間達と『スティリア』中を巡り魔脈を調律する旅に出ていたことなどしかよく知らなかったので他の逸話に興味津々だったのだが…。
「…すまんがその男の話はもうやめてくれ。俺はその男の話は好かんのでな…」
静かながら不機嫌な声でルエンが二人の話を制止させた。
彼は『煉獄のロウ』の話題で気分を害したようだ。彼の眉間にはいつも以上に深いシワが寄っている…。
それから竜鳥達の休憩ポイントに着くまで6時間、特に話題も無く暇を持て余していたエイリはいつの間にかルエンにもたれかかるように眠ってしまっていた。
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