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一章 異世界に帰ってきたらしい?

7話 父娘のはなし

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冒険者とは仕事柄故、秘密を抱えた者が多いからか冒険者専用の宿屋にある宿泊部屋の壁はしっかりとした造りで防音に期待が出来そうだった。

部屋に設置されている2つのベッドに互い向かい合うように座りエイリとルエンは改めて"親子"としての話を開始した。

始めにエイリは長年生きてきた世界には魔物どころか精霊や魔法は物語の中だけの存在であること

魔術道具と錬金術の代わりに機械と科学が発展している世界であったこと

エイリが育った日本という国は他国と比べ戦争もない平和な国であったこと

日本では17歳の女子高生だったのだが精霊王の力で『スティリア』に来た日、体が今のように小さくなっていたことなどを話した。

「そうか…、向こうの世界でのお前は17歳だったのか」

ルエンの話によるとエイリが異世界(ニホン)へ飛ばされたのは生後半年にもならない頃でその間に7年の月日が流れているのだそうだ。

エイリの身長が縮んだ原因は精霊王の力なのか互いの世界の次元を超える際エイリの体に負担が掛からないようそれに合わせて縮んだのか分からないが…。

「お前が向こうで無事に生きていたのにも驚いたがまさか名前までそのままだとは思わなかった…」

「なまえは…わたしが拾われたときに着ていた服になまえがかいてあって、そのなまえをそのままつけたみたい…」


異世界(ニホン)でエイリを拾った養い親が服に刺繍されていた文字がなんとなく"えいり"と読めた為、実親の気持ちを汲み取り当て字で"詠莉"と名付けたのだと、義母からエイリが実子ではないことを告げられた際に聞いた覚えがあった。


"エイリ"という名は『スティリア』に存在している花の名であり、生まれたのが娘だったのでフィリルルはその名を付けたのだとルエンはフィリルルと親しかった友人から聞いていたのだそうだ。

どちらにせよルエンは表情に出ないがエイリが異境の地で事故や病で死ぬ事なく、最愛の女性がつけた名をそのまま呼ぶことが出来ることを喜んでいた。

だが、そろそろエイリは父親に聞きたいことがあった。

何故『愛し子』だった母はエイリを異世界(ニホン)へ逃し死んでしまったのか?

それは『スティリア』に来てルエンに引き取られてからエイリがずっと聞きたいことだった。

「そうだな…『愛し子』絡みの話はお前だからこそ知る権利がある…。」

手で両目を覆い深い溜息をはいた後、ルエンは話し始めた。

「まずは至る所で何度も聞いていると思うが俺が知る『愛し子』とはどういう存在なのか話そう…」


『愛し子』とは100年前後に1人生まれる精霊王の祝福を受け、全ての精霊に愛される女性を指し『愛し子』の持つ魔力は浄化特性があり、その力が魔脈を調律することを可能にしているのだそうだ。

あとは孤児院でラシィムとハンナが話してくれた『愛し子』の話と酷似していたのだが疑問に思うことがあった。

「あれ?ハーセリアには2人の『愛し子』がいたんじゃ…」

100年前後に1人しか生まれないという『愛し子』。確かラシィムから聞いた話でハーセリア国には『白銀の愛し子』とエイリの母親だという『金色の愛し子』の2人がいたはずだが…。


「…稀に同じ時代2人の『愛し子』が生まれた例もある。たまたまフィリがその1人だった」

だが『愛し子』は強い魔力があり精霊に愛される存在であっても所詮は只の人間に過ぎない。


事故や病、災害だけでなく精霊の加護が効かないほどの魔物に襲われれば普通に死んでしまう。


「フィリが死んだ経緯は…すまんがまだお前に話せそうにない…、俺も話すのが辛くてな…。お前は精神的に大人だろうがもう少し待ってくれ…」


ルエンは片手で両目を覆い俯きながら言った。フィリルルを未だに深く愛しているからこそルエンはフィリルルが死んだ時のことを話すのが辛いのだと声でわかる。

そして元は17歳だったとはいえエイリにその"真実"を受け入れることが出来るのか不安なのだという。


「うん…おとうさんがはなすまでわたしはまつよ」


「すまないな…。だが、これだけは知っておいてくれフィリはお前の命を護る為にこの腕輪を持たせて異世界へ逃がした。その証拠がこれだ」


ルエンは孤児院でラシィムがエイリから預かっていた所持品を受け取っており、その所持品の1つの結婚腕輪をエイリに見せた。

だが、その結婚腕輪には紐が通されている。

「本来なら別れ際でも結婚腕輪は俺が渡さねばならんものなのだが…これはフィリから渡された『愛し子』の魔法で作られた特別な腕輪でな。これを付けていればどんな致命傷を負っても腕輪がダメージを吸収する。フィリは自分の命よりお前の命を優先してこれをお前に託して死んだ…」


ルエンが昔致命傷を負った際、この腕輪の力で助かったのだという。だからルエンが持っていた結婚腕輪は彼が受けたダメージを限界まで吸収した為砕けていたのだ。

そして、今のエイリの腕にはこの腕輪は大き過ぎるので紐を通したものを首にかけ、こうして身に付けていれば何があってもこの腕輪がお前の命を護ってくれるのだとルエンが言った。

「…次はお前をリィンデルアに連れて行かねばならん理由を話そう。本当はお前に余計な心配事を抱えさせたくは無かったのだが…、お前がハンナと呼んでいたあの女が話した通り魔法使いが多い街では騒ぎになっている」

ルエンは相当ハンナのことが嫌いなようで彼女の名を苦々しい表情をしながら言うとエイリをリィンデルアに連れて行く理由を話した。


エイリが『スティリア』に来た1ヶ月前、『愛し子』の娘が異世界から帰って来たと精霊達が騒いだ所為でやはりハンナが推測した通り大きな街に住まう魔法使いや精霊を感知出来る者に『愛し子』に娘がいることが知られることとなり、特にハーセリア国の王都では各地の兵に『白銀の愛し子』と同じ髪色と瞳を持つ幼児を連れて来るよう命令が下った。


『白銀の愛し子』の事もあり王都の者達より先にエイリを見つけ、仮にエイリが『愛し子』の娘と知られてもエイリの意思を尊重するであろうリィンデルアに連れて行くべくルエンは行き場の無い子供がいそうな孤児院や奴隷商人がいると噂がある町を片っ端から契約している精霊の力も借りながらエイリを探しまわり1ヶ月掛かってやっとラシィムの孤児院でエイリを見つけたのだそうだ。


「え、おとうさん精霊と契約してたの!?」


「ああ…縁があって精霊と契約している。それがこいつだ…」

ルエンの左手側の袖から小さな紅いトカゲが顔を出し、ルエンは掌に乗せエイリに見せた。

ルエンがラシィムに孤児院でエイリを見つけた経緯を話した時に登場した"知り合い"というのはこのトカゲの姿をした火の精霊のことだったのだ。


「名を"シンク"という。俺は魔法に不向きなヤヌワだからな。魔法はこいつの力を使い火種を起こしたり服や体を清めたり義眼を消毒するくらいしか出来ん。あとは左眼の視力もこいつで補っている」

『スティリア』に住まう者の中には魔力と才能があれば魔法が使えると信じている者が多いが、実際は魔法を使うには精霊と契約する必要がある。


しかし、周囲にいる精霊達はまだ幼く契約は出来ない。

精霊の存在を感知できる程の魔力を持つ者と成熟し契約可能になった精霊と契約してはじめて魔法を使うことが可能になるのだ。

また、精霊を感知する程の魔力が無い者でも他者が契約している精霊を譲渡してもらい契約すれば精霊の存在を感知したり魔法を使うことも可能になり、精霊との絆が強ければ視覚などを共有することも出来るようになる。

ヤヌワは多少魔力があっても魔法使い向けの種族ではないので精霊の存在を感知するのは難しい、ルエンは後者の経緯でシンクと契約していたから『愛し子』の娘の帰還を喜ぶ精霊達の声が聞こえたのだという。


「こいつの視覚を通し孤児院でお前を見つけた時は体の震えが止まらなかった…、顔がフィリと良く似ていたからな…」

そして急いでエイリを孤児院まで迎えに来たのだという。

「孤児院から出てすぐ兵とすれ違っただろ?あいつらが『愛し子』の娘…お前を探していた連中だ」

「えっそうなの!?」

孤児院から出てすぐにすれ違ったルエンが抱きかかえているエイリを見て舌打ちをしたあの2人組は王都からの命令で『愛し子』の娘を探していたのだそうだが…、舌打ちはされたものの拘束もされず素通りされたのは何故だろうか?

エイリはそれに関しての質問をルエンにした。

「別の孤児院にシンクを送り込んだ時に見た限りだと連中は『白銀の愛し子』の特徴を持つ10歳前後の娘を探しているようだったな」

『愛し子』の娘と聞いて『白銀の愛し子』とその恋人だった英雄の間に生まれた娘で母親似の白銀の髪だと大半の者は信じており、その方向で隊の上官が兵に指示を出しているのだろうとルエンは答えた。

『金色の愛し子』に至っては婚約者や恋人がいたという噂も無く、まさか娘が生まれていたなどと信じる者は皆無なのだという。

それを聞いて元奴隷だった父親と貴族令嬢の『金色の愛し子』との間で"関係"があったという事実は家の恥だと貴族らしい理由で揉み消されてしまったのだろうかとエイリは思った。

エイリが母親に似た髪色ではなく魔法使い向けでは無いと世間で言われているヤヌワ寄りの髪色と瞳だったが故にあの兵達は本物の『愛し子』の娘をみすみす逃していたというわけである。


「そういえば『白銀の愛し子』と『煉獄のロウ』って恋人同士でいまも行方がわからないんだよね?だったら『愛し子』の娘ってわたしだけじゃなくない?」

魔脈を調律する旅を終えたこの2人の英雄がその後行方を眩ませたのは有名な話である。

もしかしたらどこか人里離れた場所、もしくは名や身分を偽り何処かで結婚なりして子供が生まれている可能性はゼロでは無いのだ。

エイリがそのことを言うとルエンの右目の瞼がピクリと動いた。

「…確かにその可能性が無いわけではないが、あの2人にも子供がいたとしてもその子供は両親が英雄だからこそ苦労するだろう」

英雄の子供だからといえ必ず幸福とは限らない。両親が英雄だと知られれば何をしても親の七光りだの周囲からの過度な期待など苦労が絶えないだろうとルエンが言った。

「…そろそろ話は終わりにしよう。俺は少々疲れた…」

普段から口数が少なく、過去話を好まないルエンは話をするだけでも疲れているようだった。

「うん。」

エイリが返事をすると、エイリの腹の虫が鳴いた。

孤児院の朝食を食べた後すぐルエンに引き取られてから冒険者組合に来てアリスと面談をして今までルエンと話している間に時刻は午後5時になっていた。

その間にエイリが口にしたのはアリスとの面談時に飲んだ紅茶のみである。

まだ育ち盛りの幼児となっているエイリはただ歩いたり話をするだけでも少しするとお腹が空く。

「…少し早いが飯を食いに行くか。冒険者が利用する屋台街は孤児院の飯より食い甲斐があるはずだ」

とルエンは冒険者組合がある町には必ずある屋台街へエイリを連れ出すのだった。




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