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一章 異世界に帰ってきたらしい?
6話 冒険者組合にて
しおりを挟むエイリを抱きかかえたままルエンはハーセリアの国境を越え隣国のリィンデルアに行く為に自身が所持している冒険許可証(ライセンス)の扶養欄にエイリを登録手続きをすべく冒険者組合に訪れた。
まだ昼間なので冒険者組合の建物内には掲示板に貼られているクエスト一覧からクエストを選ぶ者や複数ある受付カウンターで達成したクエストの報酬を受取る者達が数十人いたのだがエイリを抱きかかえたルエンを見るなりざわざわと周囲で困惑に近い騒めきが起こる。
元々冒険者組合で幼児を見ることが稀なのもあるだろうが、冒険者としての腕は立つというのにギルドには加入せず普段からクエストを単独で遂行しそれが済めば得た報酬で一人酒を煽るくらいしか人生の楽しみが無いような男が幼児を抱きかかえているのだから無理もない。
そんな騒めきなど気にも留めずルエンは空いている受付けカウンターに自身の冒険許可証(ライセンス)とラシィムが作成した書類が入った封筒を提出した。
「…娘をリィンデルアに連れて行くのでな、娘の身分証明書代わり俺の冒険許可証(ライセンス)の扶養欄に娘を登録してくれ」
「分かりました。書類を確認しましたら娘さんに簡単な質問をしますのでそれまで暫くお待ち下さい」
胸元の名札にアリスと書かれた受付嬢がルエンの冒険許可証(ライセンス)と書類を受け取ると奥の部屋へ入っていった。
呼び出されるまで2人は長椅子に座り待つ。
暇を持て余したエイリは座りながらその辺にいる冒険者達の顔を眺め始めた。
「どうした?」
「んー、カナムにきたときにわたしを孤児院につれていってくれたシェナンさんいないかなーって」
精霊王の力で異世界(ニホン)から『スティリア』に来た1ヶ月前に死霊の森を抜けたその日、行き場の無かったエイリにラシィムが運営している孤児院を紹介しただけでなくそこまで連れて行ってくれたシェナンは冒険者だったので冒険者組合に来ればシェナンがいるかもしれないと思っていたのだがシェナンらしい冒険者の姿は見えなかった。
「シェナンさんにお礼いいたかったのになぁ…」
「…あの落ち着きの無い犬のような男か…、だがお前が世話になったのなら俺からも礼を言わねばな…」
長く冒険者をしているからかルエンはシェナンを知っているようだが苦手な相手のようだ。
その証拠に眉間の皺のより具合と声からしてマフラーで隠している口元は苦虫を噛み潰したような表情になっているに違いなかった。
「あのー、ルエンさんの娘さん…えっとエイリちゃんで良いんですよね?お話を聞く準備が出来ましたのでエイリちゃんを少しお借りしますね」
先程ルエンの冒険許可証(ライセンス)と書類を受け取ったアリスではなく、胸元の名札にルーシーと書かれた冒険者組合の職員をしている女性が2人の元に来た。
「…そう固くならずとも簡単な質問しかされん」
知らない人間に話しかけられ無意識に着物の裾にしがみついたエイリをルエンは奥の部屋に行くよう促す言葉を掛けた。
渋々とエイリはルーシーに手を引かれ奥の部屋へ行くのだった…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー何がどうしてこうなった…。
ルーシーに通された部屋で先程のアリスという受付嬢が泣いている姿を見たエイリは何故このような状況になったのか分からなかった。
アリスがこの状態だったから同僚のルーシーにエイリをこの部屋へ呼ぶように頼んだのだろうと理解した。
取り敢えずエイリはアリスと対面する位置にある椅子に座り、用意されていた猫舌のエイリに有難いくらいほど良く冷めた紅茶を一口啜る。
17歳の時のエイリは甘い茶類が苦手だったのでいつも紅茶には砂糖を入れず飲んでいた、ついその頃と同じ感覚で砂糖も何も入れず飲んだ紅茶は噴き出しはしなかったが今のエイリは味覚まで幼児寄りになってしまっていたようで渋かった。
仕方なく近くにあった瓶に入っていた蜂蜜を少々足し、アリスが落ち着くまでちびちびと紅茶を啜ることにした。
ふと、アリスが座っている方を見るとラシィムが作成したエイリの経歴が書かれた書類が見えたが元々少々薄暗い部屋でアリスが影となり内容が読めない。
「入ってきていきなりびっくりさせちゃってごめんね…。この書類を読んでいたらエイリちゃんがルエンさんと再会できて良かったと思ったら泣けてきちゃって…」
今まで本当に良く頑張ったねー、とアリスはエイリの頭を撫でながら言った。
ラシィムが作成したエイリに関しての情報が記載された書類にはエイリが孤児院に来る前の記録に精霊隠しの件は書かれておらず、書類に記載されたエイリの生い立ちの欄には…以下のことが書かれていた。
エイリが生まれて間もなく母親は魔物に襲われ死去し、その後エイリを引き取った親族がエイリを養育するも住んでいた村に飢饉が起こり生活が苦しくなってしまった。
まだ瞳の色が変わりきっていないエイリを1ヶ月前、親族が純粋なヤヌワの子供だと奴隷商人を騙して高額で売り飛ばし奴隷商人達が人目につかぬよう死霊の森を移動している途中でエイリは隙を見て奴隷商人から逃げ出した。
長年実親のように育ててくれた親族に裏切られ奴隷商人に売り飛ばされたショックと死霊の森で遭遇した魔物による恐怖でエイリは記憶喪失になってしまったのだ。
エイリは死霊の森を1人で抜けカナムに辿り着いてすぐシェナンに保護され、ラシィムが運営している孤児院で1ヶ月間生活していたところにエイリが生まれる前に母親と別れていた実父のルエンが迎えに来たと、書類に書かれていたのだとアリスが話してくれた。
内容を話しているうちにアリスの目にはまた涙が流れだし話し終わると彼女はハンカチで顔を覆い涙をふいていた。
ーより一層話が盛られてないか!?
どんな理由があれど『異世界(ニホン)から来た』と書いたところで到底信じられるものではない。
それどころか最悪の場合何かがきっかけで情報が漏洩し、それを信じた輩の中には異世界(ニホン)で得た知識を悪用する為にエイリに近づく輩が現れるのではないかとラシィムなりのもしくはルエンと話し合いながら決めた配慮だと思われる。
だが、この部屋に入ってすぐ泣いていたアリスの姿をを見てエイリは以前ラシィムに記憶喪失であることを話した時よりも強い罪悪感に駆られたのだった。
その後エイリはアリスに1ヶ月間過ごした孤児院での生活のこと、院長のラシィムのことやヤヌワの自分に良くしてくれた女職員ハンナのことなどをいくらか話して面談は終了した。
この面談はあくまで冒険許可証(ライセンス)の扶養欄に登録する人物がどのような者かを確認するだけのものらしい。
扶養欄に記録し国境の通行証として実質使えるようになるのは3週間後だがこの町から国境都市セントリアスの出入口にあたる国境の門に辿り着くまで充分間に合う期間だと言われた。
そして部屋から出てルエンの元へ戻ると…ルエンの周りには他の冒険者が何人も集まっていた。
その中には1ヶ月前エイリを町で保護し孤児院に連れて行ったシェナンの姿が見えた。
「え!?アンタ26だったのか!?」
「…ヤヌワの割に老け顔で悪かったな」
シェナンが驚愕した表情で叫ぶ。26というのはルエンの実年齢であるらしい。
何故ルエンの年齢の話になったかというと…。
エイリが奥の部屋へ行った後、そこそこ彼と交流があった冒険者達がルエンに子連れになった経緯を質問していた。
その途中でシェナンがクエストの報酬を受け取るべく冒険者組合に戻ってきたところをルエンが呼び止めエイリを保護した件に関しての礼を言った際に…。
「エイリっておっさんの娘だったのか!?どこをどうやったらこんなおっさんからエイリみたいな可愛い娘が生まれるんだよ!?」
とルエンとエイリが実の親子であることを聞いたシェナンに驚かれた。
まだ20代後半だというのにおっさん呼ばわりが気に入らなかったルエンが実年齢を言ったらまたシェナンから驚愕されたという。
ーゴメンおとうさん、少し若く見ても32か4くらいだと思ってました。それ程苦労したんだね…。
この世界では実年齢より若く見えるというヤヌワは日本育ちのエイリから見てもルエンは少し老けて見えていたことを口に出さないことにしようと心に誓うのだった。
「あ!エイリじゃねぇか!」
やっとエイリがその場にいることをシェナンは気づいたようだ。
「シェナンさんおひさしぶりです!」
エイリは笑顔でシェナンに1ヶ月ぶりの再会の挨拶をした。
「相変わらずちっちぇけど元気そうだな!あれから気になってはいたが会いに行けなくでゴメンな」
シェナンがエイリを孤児院に連れて行ってから1ヶ月の間カナム付近は以前と比べたら弱いが繁殖力が旺盛の魔物の数は減ったが逆にその魔物が隣町に流れて行ったので彼は討伐に駆り出されていた。
今日偶々エイリの様子が気になり孤児院に行く前に受けていたクエスト報酬を受け取る為にシェナンはカナムの冒険者組合に来ていたのだという。
「でも今日あえてよかったです。おとうさんとリィンデルアにいっちゃったらシェナンさんにお礼をいう機会がなくなっちゃいますから…」
エイリはシェナンに父親のルエンと一緒に隣国リィンデルアへ渡って暮らすのだと話した。
「そうだよなー、リィンデルアの方がエイリには安全な国だもんなー。行く途中は魔物が多くでるルートもあるけど、このおっさんアホみたいに強いから大丈夫そうだな」
「だから、おっさんはやめろ…」
ルエンはまた深い溜息をはいた。
シェナンに1ヶ月前の礼を言い別れた後、ルエンはエイリに"これまで"の話を聞きたいと言った。
彼の言う"これまで"とはエイリが長年暮らした異世界(ニホン)のことだろう。
確かに実の親子としてこれから長い間ルエンと共に過ごすのだからエイリは異世界(ニホン)がどのような世界であったか彼に話さなければならない。
だが、その辺の宿屋は壁に穴が空いている所が多く異世界(ニホン)絡みの話を部外者に盗み聞きされるのは2人にとって都合が悪い。
冒険者組合の施設の隣には冒険者の為だけの宿屋があり、冒険者であれば素泊まりは無料であるだけでなく他の宿屋と比べ宿泊部屋には防音対策が施されているので密会には打ってつけなのだ。
2人は冒険者組合から出て隣にある冒険者専用の宿屋に行き、宿泊部屋を借りる手続きをすると手配された部屋へ向かった…。
応援ありがとうございます!
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