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一章 異世界に帰ってきたらしい?

5話 孤児院との別れ

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エイリがこの孤児院に来て1ヶ月間使っていた部屋に戻るとベッドの下にある収納箱に入っているノートや鉛筆といった勉強道具や着替え用にもらった服(男児のお古)をラシィムから餞別としてもらったショルダーバッグの形をした魔法鞄に詰めていく

魔法鞄に入る量は冒険者用には及ばないが大して私物もなかったのでこれでも充分だろう。

ーそういえば…向こうのお義父さんどうしてるかな…。

今日実父であるらしいルエンと出会ったからか日本で暮らしているであろう義父のことをエイリは思い出していた。

エイリの瞳の色が変わり養い親達と距離ができる以前から義母以上に義父とはまともに接したことがなく、褒められたり頭を撫でられた記憶がない。

今では…義父の顔すら覚えていない…。

仕事で常に家に居なかったのもあるが偶に居ても何処かに遊びに連れていかれることも無ければ保育園で父の日の似顔絵で義父を描いて見せても『そうか』か『後で見る』としか言わずそれっきりだったなとエイリは思い出していた。

今思えば瞳の色以前に血が繋がっていなかったから義父はエイリに対してそういう態度だったのだろうと納得ができた。


コンッコンッ

「私だけど、入っても良いかしら?」

扉をノックする音とハンナの声が聞こえた、断る理由もなければ孤児院から出る前にハンナに今までの礼を言いたかったのでエイリは承諾する。


「お父様が迎えに来てくれて良かったわね。」

「うん…。」

ハーセリアの隣にあるリィンデルアという国に辿り着けるかどうかより父親が異世界で育った異質の自分を受け入れてくれるのか

母親とは結婚をしていたわけでなく若気の至りで生まれてしまった自分を結局は捨てていくのではないか

自分で父親についていくと選んでおきながらエイリは不安だった。

「不安なのね…大丈夫よ。あの人はあなたを絶対見捨てたりしないわ。あなたが異世界から帰ってきた日から必死にあなたを探していたはずよ。」

「え…?」

何故ルエンだけでなくハンナまでエイリが異世界(ニホン)から帰ってきたことを知っているのだろうか

「ハーセリアでは大きい街に行かないと精霊の声を聞ける人がいないからカナムでは騒ぎにはならなかったけど、エイリがこの孤児院に来た日ね精霊達が大騒ぎしていたのよ、あなたはフィリルルが遺した"特別な子"…。あなたの顔を見てすぐ分かったわエイリの顔は小さい頃の…"フィリルル"にとてもよく似ているから…。」

ハンナ曰くエイリが孤児院に来た1ヶ月前、滅多に喋らない周囲にいる精霊達が『愛し子』の娘が異世界から帰って来たと大騒ぎしていたという。

ハンナの言う"フィリルル"というのはエイリの母親の名前であるようだ。

ーそっか…ハンナさんは『愛し子』を苦しめていた貴族の生まれだったから私のお母さんを知ってるよね…。

互いに貴族の生まれなら貴族の子供として顔合わせなどで貴族出身だったという『金色の愛し子』と呼ばれたエイリの母親と面識があっても不思議はない。

「多分、世界中の精霊達が騒いでいたから王都や大きい街に住んでいる精霊達の声を聞ける人間も大騒ぎして、各国の王族…特にハーセリアの国王は躍起になってあなたを探しているはずよ…。」

ハーセリアの国王は王都を回復させかつての繁栄を取り戻す為にエイリを必死に探しているかもしれない

王都の者にエイリが見つかり、城に連れて行かれれば『愛し子』の力が目覚めるまで監禁され、力が目覚めればヤヌワ寄りのエイリを元奴隷だった『白銀の愛し子』のように扱われるのを阻止する為にルエンは王都の人間より早くエイリを見つけ仮に『愛し子』の娘と知られてもエイリの意思を尊重するであろうリィンデルアに連れて行くべくエイリを迎えに来たのだろうと…ハンナは推測していた。

「だって彼はあなたのお母様のことを…」


「…余計な事をベラベラと娘に吹き込むな。」

ドス低く、怒りの篭った声が聞こえた。

「あの"騒動"の原因だった1人のお前がまさか生きているとはな…今度は甘い言葉で娘を惑わしお前の都合の良いように利用するつもりか…?」

ラシィムからエイリに関しての書類を受け取り娘を呼びに来たであろうルエンが怒りの炎が宿った右目でハンナを睨みつけながら言った。

「違うわ…、私はただ…フィリルルと良く似たエイリを放っておけなかっただけなの…。あの頃は…親がフィリルルに強要したとはいえ私もどうかしてたわ…。」

「…散々、フィリの手柄で甘い汁を吸っていたお前の言葉を信用すると思うか?それ以前に俺が信用している貴族生まれは2人だけだがな。」

エイリは実父ルエンとこの孤児院の職員ハンナが知り合いであったことに驚いたが、この2人のやり取りを見ているとルエンとハンナはエイリの母親絡みで因縁があったということが伺える。

ルエンの怒りに怯えたハンナを助ける為にルエンを止めたいが彼の怒りを止める術を持たないエイリは双方を見ながらその場をオロオロすることしかできず時間帯的に孤児院内のエイリ達がいるこのエリアには他の職員達もおらずこの男の怒りを止められる人間は誰もいなかった。

「…エイリ、支度が終わったのならばもう行くぞ。さっさとお前をリィンデルアに連れて行かねばならんからな。」

ハンナとこれ以上話をするのは時間の無駄だと思ったのか娘にこの様子を見せたくなかったのか分からないがルエンは相手(ハンナ)を見るのをやめエイリを引っ張るように孤児院の玄関まで連れていく。

「あ、あのっハンナさん!今までおせわになりました!」


孤児院で暮らした1ヶ月間、エイリを快く思っていない職員達から庇ってくれただけでなく勉強も教えてくれた、そして今エイリの母親のことを教えてくれたハンナ

もっと丁寧に礼を言いたかったのだがルエンに引っ張られながらエイリがハンナに言えた礼の言葉はこれがやっとだった。

それにも関わらずハンナは「いってらっしゃい」と言っているかのように無言でエイリに手を振って応えてくれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…今迄本当に娘が世話になった。礼を言う。」

ヤヌワ寄りであるエイリを引取り、易々とラメルの夫婦に引き渡さなかったことに対しルエンはラシィムに丁寧に礼を言った。

「いえいえ、大したことはしていませんよ。種族関係なく子供を守るのは大人の義務ですから。どうか、エイリをよろしくお願いします。」

「…ああ、そのつもりだ」

「院長せんせい、今までおせわになりました」

エイリはぺこりとお辞儀をしながらラシィムに今までの礼を言うとルエンと共に孤児院を後にした。




「わぁっ!?」

カナムの人通りが多いエリアに入る手前でいきなりルエンはエイリを抱きかかえた、

「…お前は遅いだけでなく小さいからな、人混みの中では人攫いの恰好の的だ。酒臭いだろうが我慢しろ。 」

ハーセリアは違法にも関わらず奴隷商人や人攫いが横行している程治安はよろしくない。

エイリは只でさえハーセリアでは珍しいヤヌワ寄りの幼児だ、少しでも油断すればあっという間に連れ去れてしまう。

それを危惧してルエンは人通りがある所ではエイリを抱きかかえながら移動することにしたようだ。

ー酒臭い…だけど…。

以前シェナンに抱きかかえられた時は冒険者の男らしい匂いがした。

ルエンの場合はそれよりも普段酒をかなり呑んでいるのか酒の匂いの方が強い、それでもエイリの体を支える手と着物越し感じる体温でエイリは心地良い意味で胸が締め付けられるのを感じた。

ルエンとは今日が初対面だったにも関わらず"懐かしい"と思うのは血の繋がりがあったからなのだろうとエイリは思っていた。

そう思いながらエイリが彼の肩に顎を乗せウトウトし始めた頃だった。

「ちっ、ヤヌワのガキか」

舌打ちとエイリを侮蔑する声が聞こえた。

言ったのはすれ違った兵の格好をした2人組の男のうち1人だった。

ーうわぁ…感じ悪っ!

相手はヤヌワに対して差別意識を持つ男のようだ。

このような輩を相手にするのは不要なトラブルの元だと判断したエイリは無表情を装いながら相手に対して内心で悪態をつく。

2人の男達はそのままラシィムの孤児院がある方向へ歩いていった。

男達の服装と相手の向かった先を見てルエンは相手の目的が分かった。

彼は別の町にある孤児院で同じような男達を"視た"ことがあるのだがその男達は所属している隊の上官越しで受けたであろうハーセリア国王の命令で"ある特徴"を持った幼児を探していた。

その幼児が『愛し子』の娘であることは上官から説明はされていないようだ。

男達に大雑把な指示しかされていないのは想定外の事態が起きぬようにする為のものだろう。

『愛し子』を欲するのは各国の王だけではない。

『愛し子』を手中に納めれば巨万の富を得ることや自身が望む国を建国することも『愛し子』の扱い方次第で可能になるのだから『愛し子』が幼児であろうと手に入れる為に手段を選ばぬ者は必ず出る。

歴代の『愛し子』の中にはその"手段"の所為で命を落とした者もいたのだから国としては貴重な『愛し子』をこのような事態で死なせぬよう『愛し子』の娘捜索に駆り出した下っ端の兵達に知らせる情報は必要最低限にしたようだ。

ーしかし、目的の子供が目の前にいたというのに皮肉なものだな…。

内心では先程すれ違った男達をルエンは嘲笑っていた。

そう、あのエイリを侮蔑した不躾な男達が探している目的の幼児はエイリのことだった。

命令を下したハーセリア国王は『愛し子』の娘がまさか魔法使い向きではない民族、ヤヌワ寄りの容姿だとは考えつかなったようである。

侮蔑されたエイリには不運だがコソコソとハーセリア国王からの追っ手から身を隠しながらではなく堂々と合法的手段で娘をリィンデルアに連れていけるのでルエンには好都合だ。

ルエンは所持している冒険許可証(ライセンス)の扶養欄にエイリを登録すべく冒険者組合へ向かうのだった…。

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