残火

仙 岳美

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残火

 季節は何かパッとしない冷夏、最近迄、あまり売れなかった物書きをしていた私は、最近意味のわからないモヤモヤとした心持ちで和室から見える庭の、伸びきった雑草が気になっている。
毎年、庭の雑草は冬になり自然に枯れてしまうのを待つが、今年は何故か、冬まで待つ気がしない……雑草は見てても無くなってはくれない。
最近のモヤモヤの原因は、その放置した目の前の高く伸びた雑草かとも思い、少し考えて見たが……どうも違う気もする。だができる事はやろうと思い、重い腰を上げ、草刈機を出そうと裏の納屋の戸を引いたら錆び着いて簡単に開いてくれない、ではとスプレー式の潤滑油の缶を家中探したが見つからない、モヤモヤする。
そのうち潤滑油も納屋の中に閉まっている事を薄らと思い出した。
ちなみに除草剤は何か冷たい行動の様な気がするので私は撒くことはしない。

 数分後なんとか力任せで戸を開け、納屋から草刈機を取り出し、一通り草をが刈り終える事はできた……でもやはりまだモヤモヤする、が、進展はあった。雑草の草陰に隠れていた隅奥の人口池が見える様になった、正確に言うと思い出した。
池を覗くと去年の夏祭りで連れの知人女性がすくい、この池に放り込んだ金魚がまだ泳いでいた、それもデカく育っていた。その金魚に最初の頃は餌をあげていたが、そのうち池に発生した苔か何かを食べているかは、さだがではないが、日を追うごとに私の落とす餌には食い付きが悪くなってゆき、最後は見向きもしなくなり全く食べなくなったので、『様はこの金魚にとっては私の与える餌より苔の方が美味しいのだろう』と、そう勝手に解釈し、自然と餌やりを止めて、その後数回元気に泳いでいるのを確認したら、この金魚の事も池の事も空気の様に忘れていた。
 その忘却金魚はやがて横っ腹を水面に見せる様な泳ぎ方を、し、その姿は私を魚眼で見ている様だった、同時に水面から出ている胸ビレもユラユラと、し、私に手を振ってるのか、もしくは、バイバイをしている様にも感じた。この池は一年近く放棄した事で、ある意味もう私の池では無く、金魚の池になってしまったのである。
そして今日は偶然にも、その金魚をすくった、一年に一回の祭りの日でもある。
最近のモヤモヤはこの忘れた金魚だったのかと思ったが……やはり違うようである、相変わらず気は晴れない……。
そう思った時、ビッビッー!と音が鳴った、それは蝉の音で無く、我が家のインタホーンの音である。知人に少しうるさいから換えればとも言われたが、私はこの押した人の押しかたが、ダイレクトに伝わる、このインタホーンが便利な事に気づきそのままとしている。今の連続で2回押す押し方を推測すると、物書きを辞めた私には、もう用無しである編集者の女性が訪れた事を見ずにわかる、イコォールこのインタホーンはたいへん便利である。
私は戸を開けると、案の定その女性である。
「ご無沙汰です、先生元気でしたか?」
彼女の手に私の好きな和菓子の紙袋がぶら下がっていた。
「まあ入ってよ、君とは去年の夏以来かな、結婚したって聞いたけど」
「はい」
「そうか、おめでとう」
「……」

 私は冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出しグラスに注ぎ、壁時計を見た、時刻はちょうど昼時だった、そう言えば好物のピザを最近食べていない事を思い出した。モヤモヤの正体はピザだと思い。
「ピザを取ろうと思っていたけど君もそれで良いかな?」
「あ、すみませんお昼時でしたね」
私はふざけて、
「遠慮はいらないよ、それより君~、わかっているよね」
彼女は含み笑いを浮かべ、紙袋からモナカの箱を取り出し「これはつまらない物ですが」と蓋を開けて私に差し出した。
「お主も悪よの」
と相も変わらずにノリが良い彼女とのおふざけはそこまでにし、
「じゃあ、PayPayで私はサイズMで何でもいいから頼んでおいてよ」
と画面が蜘蛛の巣の様に割れた私のスマホを彼女に渡し、私は流れる様に手に取ったモナカを齧りながら草刈作業の心地良い疲労感に押され、ソファーに横になった。

 少ししてビーーー!っと長く催促する様にホーンの音がしピザは届いた、ピザはちゃんと私の好みのチキン系だった。
ピザを食べながら、今日うちに来た理由である用件が、いつ彼女の口から出るかと待っていたが、何気ない会話以外に聞く事はなかった。
ちなみにまだ私の心はモヤモヤしている……モヤモヤの正体はピザでもモナカでもない様だった。

 それから日も傾き、赤焼けの夕方、祭りの始まりを知らせる太鼓や笛の音色が聞こえて来た。その頃には、お互いに会話は尽きていた、でも気まずさは感じなかった。上手くは言えないが、彼女とは、そんな中になっている事に気づき、また聞こえて来る祭りの音で彼女が去年の夏祭り、あの金魚をすくった時の笑顔を思い出した。まさか……

 彼女にその大きくなった金魚を見せてあげようかと思い、池の前に行ったが都合よく金魚は姿を見せてくれなかった。
「あれ、さっきは居たのにな、嫌われたかな……」

「……」

「巻元君、風も冷たくなって来たし、そろそろ中に入ろう」
そう私が言うと、横に立つ彼女はしゃがみ込み、池を覗きながら、話し始めた。

「去年、先生の担当が、私から他の人に代わる事に決まって、伺える事が最後になったその日の帰り際に、先生が誘ってくれた、お祭りはとても楽しかったです」

と言うと彼女は水面を介して私を見つめて来た……その視線に、私の心は、風に揺れ動く水面と共に、大きく揺れ動いた。 

「なら今からまた行くかい」

「……でもお祭りはもういいです、私しあの日の夜、帰った事を今も後悔してます」

彼女の背は震えていた……。
私は、そんな彼女の両肩に手を置いた。

見上げる様に振り向いた彼女の目は滲んでいた…… 私しは風で彼女の頬から口元にかかった髪を片手で櫛の様に後ろに流し、その手をそのまま彼女の背に回し、引き寄せた。
「あぁ先生!」
「巻元君!」
…………

その夜、私の心の残火が発していたモヤモヤは祭りの音色と共に燃え上がり、そして安定し、落ち着いていった……。
気づいた頃には祭りの音も聞こえなくなっていた。[終]

登場人物

 日暮 悟(四十歳)

 巻元 未来(二十六歳)

※内容はフィックション。
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