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渓谷の神の警告
しおりを挟むその渓谷は人の目から見ると神秘的と言うには、ほど遠く。
アスファルトの坂道が渓谷の所々を侵蝕遮断する大蛇の様に左右にクネ伸び。
空へも、人々を悩ませる花粉瘴気を放つ杉の木が無数そそり立ち、その影響で日の光は日中も常に遮られ灰色の世界を作り出し、さらにその灰色世界に拍車をかける様に不法投棄である家電ゴミなどの人の負の心が時折垣間見させられる、妖しい陰気な場所だった。
そんな感じの渓谷に、沢の砂利を噛み歩く、ショキショキ・シャキシャキとした足音が木霊していた。
その足音は小さいハンターであり幼少期の私である。
そのハンターである私の獲物は沢蟹で、首からぶら下げれる様に少し工夫した蜜柑の空き缶に、そら豆程の大きさの沢蟹を見つけては、ピンセットで掴み取り、セッセッとその缶に入れていた。
蟹のハサミは、ピンセットのリーチにより無力で、それどころか唯一その抵抗手段であるピン先をハサミで挟むと、そのまま私に持ち上げられ、缶の縁でカンカンとされ、缶の中に虚しく諸行無情に落ちてくだけであった。
ところで何故に私は蟹を獲っているのか? それはその日の数日前、何かの記念で新しく買ってもらった自転車の遊び乗りで遠出した最に、たまたま通りかかった、その沢に群れる数匹の沢蟹を目にし、ポケットの中を弄ぐると、スーパーなどでロール状で置いてあるビニール袋がアイスの包装紙と共に一袋、ちょうどよく入っていた事もあり、飼うつもりでその蟹を家に持ち帰ったところ、母親が早とちりでその晩に揚げてしまい、当然私は文句を言うとした所、小皿に盛られた花の様に赤く綺麗な蟹から漂う、その良い香りに気分は一変し黙り、食べると当然美味しく、特に父親が喜んで食べてくれた事がとても嬉しく、そんな理由で、その日もその景観の不気味さから生き物などいないと誰しも決め付けたくなる様な沢で蟹を獲っていた。
石などをひっくり返すなどの単純作業である蟹捕りではあるが、慣れてくると蟹の行動を先読みし効率良く採れる様になり、自分の成長を実感し、石をひっくり返す行意も、それは、重い宝物の蓋を開ける様に楽しくなり、裏返した石の下に少し大きめの蟹や沢山の蟹を見つけるとその陰気な渓谷の雰囲気を吹き飛ばす様にひとり歓喜を上げ、瞬く間に缶の中は蟹で一杯になった。
大漁に満足した私は、雨が少し降って来た事もあり、近くの石切場と彫られた石碑の横に建つ、昔は石の採掘労働者の休憩所もしくは売店だったと思われる廃小屋の中に入り、その獲った缶の中の蟹を見下ろしながら、また母や父に喜んでもらい、その中心にいる自分の姿を思い浮かべニヤニヤしていると、その妄想世界の中に知らない男の子がいる事に気づく。
背ではショキショキと音がする。
ショキショキショキショキ……
そして私に向かってその子は「正気か?」と問いてきた。
やがてショキショキと鳴る音もシャキシャキからサキサキサキと変わってゆき、私は「サキ?」と呟くと、目の前の少年は再び口を開いた。
「そう、裂くのだろう、二つに仲間を」
……そう聞いた時、母が生きたままの蟹の胴体をキッチンハサミで縦に二つに割り、片栗粉をまぶすと油の中に次々と放り込む光景が見ていないのに鮮明に頭の中に封印が解かれた記憶の様に浮かび上がり。
(後に、その訳を聞いたら寄生虫を殺す為、より確実に中まで火を通す為だと言う。)
「あなたは、誰? 何故? 私の世界に入れたの?」
「それは、ねー 僕は今、君のお腹の中にいるからさ、それよりも残酷に感じ無いのかい?」
私しは、母にさせた、いやさせてしまった、その行動を悪い物と認めたくないと思った、だから。
「感じ無いわ、あなた達だって、食べる時、そのハサミで切ってるでしょ! 半分どころかもっと細かく! 武器を持つ者は同じ武器で討たれる宿命なのよ!」
と、私がそう反論すると、その妄想世界に入って来た男の子は口をへの字に曲げ顔を小豆の様に赤く染めると消えていった。
一応は、納得してくれたようだった……でも私は獲った蟹を全て沢に戻した。
残酷……言われればそう思った。
それに少し褒めれたいがうえに、飢えてもいないのに、あえて小さい蟹の魂を沢山食べる必要もないと感じたからだった。
そう、今も昔も私は人や動物の不幸を喜ぶソウルイーターではない。
後に私が思った事は、あの少年は蟹の化身では無く生き延びた寄生虫の方だったのかも知れない……その理由は、少年が私に言った言葉『今君のお腹の中にいるからさ』
「……」
[終]
※あとがきに代えまして。
語り人
仙岳美
当時の年齢[七~九]
当時の能力[無知の蛮勇]
物語と矛盾していると思いますが蟹取りは面白いのでお勧めです。
持ち物はバケツ一つあれば十分ですが、念の為、熊よけの鈴や絆創膏、消毒液なども用意しましょう。
ピンセットは、あると便利です。
採取の際は、水辺に寄るマムシやヤマカカシなどの毒蛇などには十分注意しましょう。(図鑑の写真などで種類を確認しときましょう。)
蟹は寄生虫がいますので生食は厳禁です。
ああ、後一つ、水を入れたペットボトルなどを持って行き、採取が終わったら手や足も帰り際、その場で軽く流すとより良いでしょう。
採集場所は秘密です、ですがここまで読んでくれた方に感謝の意を込めてヒントとしてあげとくと……
[厚木市七沢]
[分れ道交差点]
[枯れた蓮子池]
[マス養殖池]
[右に放置された落石]
[岩切場と赤文字が彫られた神乗せ石]
[暗い林道]
[うねる蛇道、その左右の沢が狩場☆]
[狩場の終わりは、湧水の汲み場と山門]
と、このくらいでしょうか、ひょっとしたら私に逢えるかも……
題材・妖怪あずきとぎ
川でショキショキとする音を妖怪に例えた、言わずと知れた有名な妖怪、だがその正体は謎である。
題材・捕食者
それは神のシステムである食物連鎖、しかし食べた相手の魂まで汚す権利までは神は与えていない。
食物連鎖の頂点を神に与えられた人間は常に自己を戒め、他を敬わなければならない。
それを怠ると魂の取り合う戦争と言う名の共喰いに発展してしまう。
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