いわく客……

仙 岳美

文字の大きさ
上 下
1 / 1

いわくの客……

しおりを挟む
※注 ややニヒルチックな内容。


語り・今川義雄

 寿司屋の店主である私しは、店内の水槽に自ら釣り上げた、もう居ないカレイを重ね合わせ見ていた、そのカレイの表面には綺麗な蓮子の様な模様が浮かび、そのふくよかなやや青みかかった白いボディの流線フォルムも完璧だった。そのゆったりとし、何処が神々しいカレイを観ていると気持ちが安らぎ、眠くなり、全ての事がどうでも良くなる感覚にもなったりした。
だが最初に言った通り、そのやすらぎのカレイはもういない、何故なら当たり前の事であるが寿司として客に提供してしまったからである。
そうそれは、クドイ様だが当たり前の事である。
ただ少し納得できない点があるので、どうぞ、その話しを聞いてほしい……

 その日は、台風が近付いてる事もあり、ネタの仕入れも少な目に調整した日だったその日の、オーダーストップ間際……
「ブツブツ……ぬ、お主な中々やるのう、その華麗な包丁捌き、カレイだけに、ぷっぷ…ブツブツ……」
とそんなひとり事が聞こえると、カランと店のスライドドアが開き、商店街では何かといわくつきな、首にハンド扇風機をぶら下げ、蜻蛉柄の浴衣に身を包む常連さんがひとり来店した。
その客はこちらの案内より早く「よっこいしょ」と掛け声と共に素早く入り口前のカウンターに座り、そして湯呑みがそのカウンターに着湯すると同時に「エンガワ!」と注文を繰り出して来た。
まあそれは良い、寿司屋はその気風なのか結構せっかちな客が多い(特にカウンターに座る客は)
ただ閉店間際な事もあり、エンガワは切れていた。
その時やな予感と言うか悪寒が走り……
「すみません、エンガワ終わっちゃいました、赤貝などどうでしょう」
私がそのやな予感をかわす様にそう言うと。
その客は腰の帯に刺したどこかで見た様な羽団扇で水槽を差し一言。
「あそこにいるじゃん」
『!』
その時、私は思い出した……数日前に他の客と、その珍しく綺麗な柄が出ているカレイに愛着湧いてしまった様な事を話していた時、カウンター席の一番端っこに座る、この目の前の常連さんの姿を、そして一瞬その目が光り、イクラが付着した口元が緩んだ事を……私は悟った……『狙ってきたな……』いつもサーモンとイクラしか食べないくせに……
今思えば、もう少しこのいわくな常連に注意するべきだったと後悔している…… 
思案し私は「すみません、あれは売り「公私混同」とその客は私しの口を遮る様に呟き、私の目をジーと見つめて来た。
公私混同……
その言葉で私は目を覚ました様な気もし……思い直した。
『客に見せてしまった物それは売り物、欲しいと言うのなら提供しなければならない』
そして私は、寿司屋とし、その本分をまっとうする為、そのカレイを泣く泣く潰した。
その客は私が握り、差し出したエンガワを、それは朝廷の宝物であるランジャタイを目にした信長の様に満足気に見て、またひとりごとを呟き出した。
「うむ、お主の忠節は誠にあっぱれ中世だけに……ぷっぷ……ブツブツ」
とエンガワを流れ作業の様にポイと口に入れた。

私は、悲しかったから、せめてもの抵抗として、その場で小声で歌った……

魚さえ
 情移見れば
     馬謖なり

そしてその客はエンガワは、一貫食べると満足した見たいで、その後は、いつも通り、サーモン三貫とイクラの軍艦巻三貫を平らげ、瓶ジュースを飲み飲み楊枝をシーシーしながら、「ご馳走様、プリンアラモある?」
「……すみません、ご用意してないです」
『そんなもんあるかー!』
「ふーん、回転寿司なら、あるのにね」
『なら回転行けよ、イクラとサーモンだけならそちの方が安いから』 
「じゃあ、卵焼きー」
『……もう玄界灘』(訳、限界だ ※王道寿司屋ネタ)


 その後……私の正統派江戸前寿司店はその客の要望に応え続け、入り口に駄菓子が並び、デザートには、プリンや果物ゼリーが加わり、やがてエビフライなどの揚げ物やカレー、お好み焼き、たこ焼き、あげくにパスタやラーメン迄も作る事になり、もうわけわからないカオスファンタステックな店に様変わりしてしまった……。
ただ、下降気味だった売り上げは、鰻上かりである。寿司屋なのに、いや、もう寿司屋じゃないのかもしれない。
ちなみにお土産に中華マンも置いている。
そして今日もカレイと入れ替わる様に店に入った、その元客と私は毎日刺激的な日々を少し疲れるが、どうにかこうにか頑張っている。
最後に……時折これであの癒しのカレイも居てくれれば言う事はないのだが、まあ、それは伏竜ふくりゅう鳳雛ほうすいの様に天は二物を与えないと言う事なのか……[完]


題材・いわく
 それを持つ者は、性質的に条件が整えば常に発動する体制である。対峙する時は、けして油断してはいけない、真剣勝負な心意気が必要である。

題材・餓鬼(餓鬼化)
 それは飢えた鬼、とは言え、飽食な現時代その標的は食べ物意外に移りつつある、例えば魂とか……
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

よもぎ喫茶へようこそ

やっすー
ミステリー
昔々山奥に「よもぎ喫茶」と呼ばれる喫茶店がありました。 そこの店主はちょっと変わり者。 でも、そこにはちょっと問題を抱えたお客様がご来店されます。 「さあ、あなたにぴったりのコーヒー入れて差し上げますよ」

夢の記憶

VARAK
ミステリー
 ある日、夢で姿の見えない誰かに話しかけられるようになった。  その誰かはここは思念の空間といい、やたら小難しい質問をしてくる。  そして、それは毎日続くようになり、今度は、別の人も入ってきたり。  本当にびっくりするであろうエンドに期待。

怪奇ファイル

852633B
ミステリー
平凡な日常に潜む、悪魔がしかけた落とし穴 あなたの心にも、きっと悪魔が目をつけている R15に指定してあります。多少性表現がありますのでご注意ください。

深淵の迷宮

葉羽
ミステリー
東京の豪邸に住む高校2年生の神藤葉羽は、天才的な頭脳を持ちながらも、推理小説の世界に没頭する日々を送っていた。彼の心の中には、幼馴染であり、恋愛漫画の大ファンである望月彩由美への淡い想いが秘められている。しかし、ある日、葉羽は謎のメッセージを受け取る。メッセージには、彼が憧れる推理小説のような事件が待ち受けていることが示唆されていた。 葉羽と彩由美は、廃墟と化した名家を訪れることに決めるが、そこには人間の心理を巧みに操る恐怖が潜んでいた。次々と襲いかかる心理的トラップ、そして、二人の間に生まれる不穏な空気。果たして彼らは真実に辿り着くことができるのか?葉羽は、自らの推理力を駆使しながら、恐怖の迷宮から脱出することを試みる。

存在証明X

ノア
ミステリー
存在証明Xは 1991年8月24日生まれ 血液型はA型 性別は 男であり女 身長は 198cmと161cm 体重は98kgと68kg 性格は穏やかで 他人を傷つけることを嫌い 自分で出来ることは 全て自分で完結させる。 寂しがりで夜 部屋を真っ暗にするのが嫌なわりに 真っ暗にしないと眠れない。 no longer exists…

前世の記憶から引き出された真実

ゆきもと けい
ミステリー
前世の記憶があるという少年。事故で亡くなったという前世の記憶。それは本当なのか、確認する為に旅行に出た親子だが、その真実を知った時、本当の恐怖が始まることになる。

捜さないでください

ほしのことば
ミステリー
心春は、同棲中の僕の彼女。 真面目で優しくて、周りの皆を笑顔に出来る明るい子。そんな彼女がある日、「喜びの感情」を失ってしまった。 朝起きると、テーブルの上には 『捜さないでください ヨロコビ』 とだけ書かれた置き手紙。 その日から心春は笑わなくなり、泣いたり怒ったりすることが増えた。いつか元に戻るだろうと信じていたが、一向に戻る様子がなく、このままではいけないと奮起する。 「心の研究所」を謳う施設の神谷こころという医師に出会い、心春の脳内を覗いて思い出を再生するという不思議な体験をする。 僕と神谷先生は心春の沢山の思い出を再生し、心春のヨロコビが居なくなった原因を探るが見つからない。 果たして心春の喜びを奪ったものはなんなのか。 自分の全ての感情を許して愛すための作品です。

処理中です...