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決着、そして……決戦

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「君らはもっと離れてくれ。アルティメットガールたちの戦いに及ばないまでも、俺たちの戦いはさっきよりも激しくなるんだから」

  下手をすれば瞬殺されかねない力の差があるように思えていたセミールだったが、エリオのこの言葉を聞いたあとは不思議と不安が小さくなっていた。

  ここまでの戦いでの消耗を感じさせない力がエリオから噴き出し炎のオーラが劫火へと変貌する。

  マサカーサーペントの敗戦から始まり、勇者グレイツとの烈戦、町に放たれた人狼を応戦したのちに、魔族ディグラーとの激戦を制した。そして、カイルへの挑戦を経て、現在グレイツと再戦している。

「魔族になったあの勇者に勝てるわけない」

  あきらめの言葉を口にしたのは、出血している頭部をタオルで押さえながら戦いを見ていたマルクスだ。

「そうだな……」

  手を握り合うふたりの兄妹にそう答えたセミールも、ただただこの戦いを見ていることしかできない。

「親が魔族と人族の混血。この話しって最近聞いたよな……」

  不安が絶望に移りゆく中でセミールのこの語り出しが不安に拍車をかける。

「大魔王の娘が人族と子を成した。そのひとりがカイル。もうひとりは人族の村で暮らしていて、村の娘と子をもうけた。その子どもは村が襲われて生死不明」

  セミールのこの説明で皆は完全に思い出す。

「あいつがカイルの甥っ子なら、大魔王のひ孫ってことだろ? そりゃぁ強いわけだ」

  エリオはそのグレイツと苛烈極まる戦いを繰り広げている。今以て『死』を迎えず継戦していることは僥倖だ。

  エリオの援護すらできない自分の力のなさに苛立っていたセミールは、しばしその戦いを見ている中で力いっぱい拳を握っていたのだが、だんだんと緩めて脱力していく。

「……今のグレイツの強さはカイルに勝るとも劣らない」

  このことは、思っていても誰も口に出して言えなかったこと。それは、そうあって欲しくないという思いからだった・・・。それを今、セミールは思わず口にした。

「そんな奴に勝てっこないって俺は思っていた・・・・・

「あたしだってそう思っていた・・・・・よ」

「だけどよ……、そのグレイツとエリオは戦えているんだぜ」

  見れば、エリオはグレイツの攻撃をしのぎ反撃さえしている。表情こそ苦悶に満ち、纏う炎は明滅しているが、その力を生み出す心は怒りの激情や悲しみの乱情ではない。

  勇者グレイツも含め、ここ数日エリオが戦ってきたのは彼と同格以上の者たちだ。勝利こそしなかったが、一部の人族以外では抗うことのできない脅威の魔獣や魔族とも戦った。そんな強者を相手に生き残った多大な経験が、彼を成長させたことは間違いない。

「グレイツの魔族化はエリオのふたつの切り札を重ねてなお恐ろしい力だった・・・。だけど」

  発する力こそグレイツにはまだ及ばない。しかし、魔族化がもたらした荒れ狂う心が生み出す力とは違い、エリオの静かに燃える心は持てる技術を高度に発揮させていた。

「邪魔をするなっ!」  

  すべてが渾身の一撃で振るわれる聖剣をことごとく受け止めていた王具グレンだが、ついに限界を迎えて砕けてしまう。

「邪魔をしているのはお前だっ!」

  だが、半分になったグレンが最後の力を絞り出し、わずかにエリオの能力をさらに引き上げた。脇差ほどの長さになったことで増した回転速度と合わせて一瞬早くグレイツの胸を切り裂いたエリオは、のけ反り倒れるグレイツに向かってすかさず追撃をかける。

「ユニコーンライト」

  形象闘技によってエリオが突き出したグレンから光の槍が撃ち出され、踏みとどまるグレイツの胸に突き刺さった。光の槍は一瞬の溜めから弾けると、光圧が魔族の象徴となる角や翼を砕いて消し去る。そのまま地面に倒れた彼の肌は元の色に戻っていった。

「やりやがった!」

  勝利を予感していたセミール。期待していたレミとマルクス。信じていたザック。
そして、応援していたフレスとフォーユン。皆が立ち尽くすエリオに駆け寄り、ふらふらのエリオを支えながらもバシバシと体を叩いて彼の勝利を喜んだ。

  そんな歓迎をウケながらもエリオは笑顔を見せずに言った。

「フォーユン。グレイツに癒しの力を使ってくれないか?」

「本気か? 俺たちを殺そうとしていたこいつを助けようってのかよ」

  突飛なエリオの言葉にフォーユンは問い返す。

「俺はグレイツを殺すために戦っていたわけじゃない」

  魔族化は解けたとはいえども、カイルと同様に危険な存在だ。

「なにバカなこと言ってんのよ!  こいつはハルカをっ」

「そうだぜ、こんな奴は切り刻んで殺しちまえ!」

  レミとマルクスはグレイツへの恨みの念を込めて反論した。だがエリオは、ふたりの声には耳を貸さずにフォーユンの目を見たままお願いする。

「頼むよ、フォーユン」

  エリオに促された彼は「わかった」と言って倒れるグレイツのところに向かった。

「もう少し離れよう。ここにいたらこの戦いに巻き込まれてしまうかもしれないから」

「この戦いって……」

  皆はまだ戦いが終わっていないことを思い出した。

「俺たちの旅の戦いは終わったけど、降りかかる火の粉がまだ残っているよ」

  彼らから少し離れたところでは凄まじい高速戦闘がおこなわれている。

「おい、ヴェルガン。聞こえたぞ。爆炎の勇者と言われる俺を火の粉あつかいか」

  アルティメットガールを相手に戦いながらも地獄耳でエリオの声を拾ったマグフレア。その彼を相手に戦う彼女は、攻撃こそ回避してはいるものの逃げの一手。そんな彼女ではあったがその口は相変わらずだった。

「的を得ていますね。確かにあとは降りかかる火の粉を振り払えばエンディングです」

「この状況で言ってくれるじゃねぇか。その減らず口を減らしてみたくなったぜ」

「しつこいナンパは害悪よ」

「これが俺の持ち味だ」

「なら、わたしが吹き消してあげるわ。火の粉の勇者マグフレアさん」

「やってみな!」

  能力の解放された覇炎はえんの聖剣アンガーデトネイトの効果によって、マグフレアの怒涛の攻めはひと太刀ごとに燃え上がる。

  マグフレアへ言い放った言葉とは裏腹に、アルティメットガールには余裕が感じられない。そのことに不安を覚えたマルクスが彼女に向かって叫んだ。

「どうしたんだ。あんたなら、そんな自己中勇者なんてひと捻りだろ!」

  この彼の願いのこもった言葉に「もちろんよ」と答えるのだが、戦況から考えればその返答が強がりだと思わざるを得ない。

  構えた大盾で飛び散る土砂や熱風を防ぐザック。その影に入るレミが皆に告げた。

「アルティメットガールは具合が悪いのよ」

  レミの言葉を聞いた者たちは、視線を戻して冷静に戦いを見定める。

  アルティメットガールの手数の少なさは相変わらずで、反撃のキレも悪く、『負ける』という言葉が皆の頭によぎった。

  元魔王城だったこの場所は日が暮れ始めたことで相応の雰囲気を漂わせ始めた。精神的なことではあるのだが、それが彼女の敗北を強く連想させる。
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