66 / 73
勇者グレイツの正体
しおりを挟む
「なんか雰囲気違わない?」
レミのこの印象のとおり、グレイツの雰囲気は以前会ったときよりも暗く冷たい。この感じは彼の中に隠されていたモノで、エリオは前回対峙したときからその片鱗に気づいていた。そして、それが強さに大きく影響するということも。
「ハルカを頼む。グレン、リリーストゥルーアビリティー」
約束ごとのように、セミールはハルカの手を引いてエリオから離れる。それを見て、揺らめく赤いオーラに包まれたエリオはグレイツに斬りかかった。
「渡さない」
その意志を伝えるエリオの剣を冷淡な眼差しで受け止めるグレイツ。
「賢者の石は私が貰う」
競り合いからいったん距離を取ったグレイツが自分の意志をエリオに伝えた。
速さプラスなにかがエリオの予想を超え、その動きで間合いが詰められた。あきらかに前回とは違う強さのグレイツにエリオが対応できているのは、彼を含めた強敵との対峙と戦闘経験によって確実に強くなっていたからである。
それから三度交錯し、エリオの成長を実感したグレイツがついに本気になった。
「グレイブマーカー、リリーストゥルーアビリティー」
冷気のオーラがグレイツを包み周辺の空気が凍りつく。白い小さな結晶が夕日を受けてキラキラと輝くさまは美しいとさえ思えるが、それに反して彼から感じる威圧感にエリオは身を震わせた。
実力に差があるにもかかわらず、ふたりが能力解放する武器の等級にも差がある。
かなり高い等級の王具とはいえ、勇者の聖剣に及ぶはずもない。それでも必至に抵抗するエリオの戦いを皆は見守っていた。
二分続いた攻防が一気に傾いたそのときザックが走りだし、倒れたエリオの前に躍りでてグレイツの攻撃を受け止める。
「ライセン」
三歩遅れて飛び出すセミールの闘技がグレイツを後退させ、続けてハルカが法名を発して杖を地面に突き立てた。
「ランドナクルオン」
体を襲ういくつかの苦しみに耐えながら使った魔法によって、魔力の波動が地を走る。この世の理に従って凝縮硬化した土の砲弾は、飛び下がり際のグレイツに向かって撃ち放たれて弾き飛ばした。
ハルカを除けば勇者グレイツに立ち向かえる強さの者はいないのだが、彼に向かっていく心の強さを持った者はいた。
「加勢する!」
ザックに守られたエリオの背中に身を隠すのは、自分の行動を少し後悔するセミールだ。その彼を含めた三人に対し、エリオはお礼の言葉と共に忠告した。
「ありがとう。でも、下がったほうが良さそうだぞ」
エリオがそう言ったのはグレイツの内にあるモノの変化に気付いたからだ。冷たい視線は相変わらず感情を消し、脱力した構えがどこかさらなる力を感じさせる。
「仲間の加勢など無駄だ」
エリオの予感に応えるように、グレイツから力が湧き上がってきた。
「奴の切り札か?!」
ザックはよりいっそう盾を持つ手に力を込めた。
「冗談じゃない。あれ以上強くなったらもう戦いにもならないぜ」
「なるさ。圧倒的にな」
セミールの嘆きの声に答えたグレイツの色白の肌が褐色に変化していく。細身だった体もひとまわりほど大きくなった。
「お、おい。まさか?!」
ザックがエリオを押して下がってくるのは、グレイツの変化の異常さを見たからだ。その変化とは頭部に角が生え、半透明の翼が背中に浮き上がる現象だ。
「こいつ、魔族だったのか?」
皆が驚く中で、誰よりも驚いていたのは同じ魔族のカイルだった。
(あの人、カイルに近い強さなんじゃないかしら?)
エリオとカイルの実力差は歴然だ。それは先日の戦いで証明されている。もはや仲間が加勢したところで埋まる差ではない。
「勇者のおまえが魔族だったとは驚いた」
この素直なエリオの感想を聞いたグレイツは、ほんのわずかに気勢を弱めてから言った。
「私の親は人族と魔族の混血だ。多くの魔素を取り込むことでその血が目覚める」
このことが皆の記憶を刺激したのだが、再び強めたグレイツの気勢によって脳はその仕事を止めてしまい、それがなんだったのかと思い出す猶予を与えなかった。
「思っていた以上にとんでもない切り札だな。でも、切り札なら俺もある!」
グレンの柄を強く握りしめ、エリオはつぶやいた。
「仙術……グランファイス」
エリオが発するこの言葉は一種の自己暗示である。力の練り上げ方を変化させることでより大きな力を生み出すという、仙人との修練によって身に付けた仙術だ。しかし、これが決定打になることはない。それどころか戦闘能力の差は開いたであろうと仲間たちは思っていた。
しかし、第二ラウンドは一瞬で終わりそうな様相でありながら、全力中の全力で防戦するエリオの気合がそれを許さない。この状況は以前戦った魔族ディグラーのときに似ている。
仲間たちは、強撃を受けたエリオが地面を転がる姿を見て肝を冷やし、素早く立ちあがった彼の姿に安堵の溜め息を漏らした。そんなことが何度か繰り返されても衰えぬ力強さを示すエリオに対し、グレイツは弧を描いて空へ舞い上がり、翼を広げてふわりと止まる。
切れかけた息を整えたいエリオだが、グレイツはそれを許さない。上空から伝わる冷気の波動が勢いを増し、振り上げたその手の周辺に生成されたのは鋭利な氷の礫。
「ハンドレットヘイル」
勢いよく降り注ぐ氷の礫に向かってハルカも杖を突き出し魔法を使った。
「ヒートシルド」
エリオがグレンで振り払おうとする前に、ハルカの魔法によって顕現した熱波の盾が弾けるように展開する。体の重だるさに苦しみながら使った魔法の盾は、すべての氷の礫を防げないまでも、どうにか皆を守ることには成功した。
「足掻くな!」
上空から落下してきたグレイツが聖氷剣を地面に突き刺すと、間欠泉のように勢いよく氷が広範囲に立ち上がる。近くにいた者は強烈な氷の打撃を受け、離れていた者も土砂と共に打ち飛ばされてしまった。
大盾で防いだザックと危機感知の高いセミール、そして超人のハルカ以外の者はその一撃で戦闘不能になってしまう。それは、傷を負って力の回復しないカイルも同じで、地面に倒れたまま動かない。
エリオは纏った炎に力を込めてグレイツに肉薄し、金属音が応酬する戦いを再開する。
「ハルカちゃん無事か?」
ヨタヨタと寄ってくるセミールに「わたしは大丈夫です」とハルカは答えた。ザックも無事ではあるが盾で氷の直撃を防いだためにかなりの距離を弾き飛ばされていた。
ザックの無事を確認したハルカとセミールが他の者たちの安否を気遣い辺りを見回すと、レミは頭から血を流したマルクスに寄り添い、フォーユンも自分の怪我を押してフレスを助け起こしていた。
「うがぁぁぁぁぁぁ」
この場を逃げようとするセミール。その彼の手を引っ張ってエリオを援護しようとしていたハルカの耳にこの雄叫びが飛び込んできた。
雄叫びの波動にヨタついたエリオにトドメを刺そうとグレイツが身を屈めたとき、ハルカは咄嗟ながらも強い意志を込めて魔法を使った。
「ファイムトルネード」
霞む視界と頭痛に襲われながら叫ぶハルカ。この世界に来て以来、初めて全身全霊の力で放った魔法がエリオを襲うグレイツを包み込んだ。
レミのこの印象のとおり、グレイツの雰囲気は以前会ったときよりも暗く冷たい。この感じは彼の中に隠されていたモノで、エリオは前回対峙したときからその片鱗に気づいていた。そして、それが強さに大きく影響するということも。
「ハルカを頼む。グレン、リリーストゥルーアビリティー」
約束ごとのように、セミールはハルカの手を引いてエリオから離れる。それを見て、揺らめく赤いオーラに包まれたエリオはグレイツに斬りかかった。
「渡さない」
その意志を伝えるエリオの剣を冷淡な眼差しで受け止めるグレイツ。
「賢者の石は私が貰う」
競り合いからいったん距離を取ったグレイツが自分の意志をエリオに伝えた。
速さプラスなにかがエリオの予想を超え、その動きで間合いが詰められた。あきらかに前回とは違う強さのグレイツにエリオが対応できているのは、彼を含めた強敵との対峙と戦闘経験によって確実に強くなっていたからである。
それから三度交錯し、エリオの成長を実感したグレイツがついに本気になった。
「グレイブマーカー、リリーストゥルーアビリティー」
冷気のオーラがグレイツを包み周辺の空気が凍りつく。白い小さな結晶が夕日を受けてキラキラと輝くさまは美しいとさえ思えるが、それに反して彼から感じる威圧感にエリオは身を震わせた。
実力に差があるにもかかわらず、ふたりが能力解放する武器の等級にも差がある。
かなり高い等級の王具とはいえ、勇者の聖剣に及ぶはずもない。それでも必至に抵抗するエリオの戦いを皆は見守っていた。
二分続いた攻防が一気に傾いたそのときザックが走りだし、倒れたエリオの前に躍りでてグレイツの攻撃を受け止める。
「ライセン」
三歩遅れて飛び出すセミールの闘技がグレイツを後退させ、続けてハルカが法名を発して杖を地面に突き立てた。
「ランドナクルオン」
体を襲ういくつかの苦しみに耐えながら使った魔法によって、魔力の波動が地を走る。この世の理に従って凝縮硬化した土の砲弾は、飛び下がり際のグレイツに向かって撃ち放たれて弾き飛ばした。
ハルカを除けば勇者グレイツに立ち向かえる強さの者はいないのだが、彼に向かっていく心の強さを持った者はいた。
「加勢する!」
ザックに守られたエリオの背中に身を隠すのは、自分の行動を少し後悔するセミールだ。その彼を含めた三人に対し、エリオはお礼の言葉と共に忠告した。
「ありがとう。でも、下がったほうが良さそうだぞ」
エリオがそう言ったのはグレイツの内にあるモノの変化に気付いたからだ。冷たい視線は相変わらず感情を消し、脱力した構えがどこかさらなる力を感じさせる。
「仲間の加勢など無駄だ」
エリオの予感に応えるように、グレイツから力が湧き上がってきた。
「奴の切り札か?!」
ザックはよりいっそう盾を持つ手に力を込めた。
「冗談じゃない。あれ以上強くなったらもう戦いにもならないぜ」
「なるさ。圧倒的にな」
セミールの嘆きの声に答えたグレイツの色白の肌が褐色に変化していく。細身だった体もひとまわりほど大きくなった。
「お、おい。まさか?!」
ザックがエリオを押して下がってくるのは、グレイツの変化の異常さを見たからだ。その変化とは頭部に角が生え、半透明の翼が背中に浮き上がる現象だ。
「こいつ、魔族だったのか?」
皆が驚く中で、誰よりも驚いていたのは同じ魔族のカイルだった。
(あの人、カイルに近い強さなんじゃないかしら?)
エリオとカイルの実力差は歴然だ。それは先日の戦いで証明されている。もはや仲間が加勢したところで埋まる差ではない。
「勇者のおまえが魔族だったとは驚いた」
この素直なエリオの感想を聞いたグレイツは、ほんのわずかに気勢を弱めてから言った。
「私の親は人族と魔族の混血だ。多くの魔素を取り込むことでその血が目覚める」
このことが皆の記憶を刺激したのだが、再び強めたグレイツの気勢によって脳はその仕事を止めてしまい、それがなんだったのかと思い出す猶予を与えなかった。
「思っていた以上にとんでもない切り札だな。でも、切り札なら俺もある!」
グレンの柄を強く握りしめ、エリオはつぶやいた。
「仙術……グランファイス」
エリオが発するこの言葉は一種の自己暗示である。力の練り上げ方を変化させることでより大きな力を生み出すという、仙人との修練によって身に付けた仙術だ。しかし、これが決定打になることはない。それどころか戦闘能力の差は開いたであろうと仲間たちは思っていた。
しかし、第二ラウンドは一瞬で終わりそうな様相でありながら、全力中の全力で防戦するエリオの気合がそれを許さない。この状況は以前戦った魔族ディグラーのときに似ている。
仲間たちは、強撃を受けたエリオが地面を転がる姿を見て肝を冷やし、素早く立ちあがった彼の姿に安堵の溜め息を漏らした。そんなことが何度か繰り返されても衰えぬ力強さを示すエリオに対し、グレイツは弧を描いて空へ舞い上がり、翼を広げてふわりと止まる。
切れかけた息を整えたいエリオだが、グレイツはそれを許さない。上空から伝わる冷気の波動が勢いを増し、振り上げたその手の周辺に生成されたのは鋭利な氷の礫。
「ハンドレットヘイル」
勢いよく降り注ぐ氷の礫に向かってハルカも杖を突き出し魔法を使った。
「ヒートシルド」
エリオがグレンで振り払おうとする前に、ハルカの魔法によって顕現した熱波の盾が弾けるように展開する。体の重だるさに苦しみながら使った魔法の盾は、すべての氷の礫を防げないまでも、どうにか皆を守ることには成功した。
「足掻くな!」
上空から落下してきたグレイツが聖氷剣を地面に突き刺すと、間欠泉のように勢いよく氷が広範囲に立ち上がる。近くにいた者は強烈な氷の打撃を受け、離れていた者も土砂と共に打ち飛ばされてしまった。
大盾で防いだザックと危機感知の高いセミール、そして超人のハルカ以外の者はその一撃で戦闘不能になってしまう。それは、傷を負って力の回復しないカイルも同じで、地面に倒れたまま動かない。
エリオは纏った炎に力を込めてグレイツに肉薄し、金属音が応酬する戦いを再開する。
「ハルカちゃん無事か?」
ヨタヨタと寄ってくるセミールに「わたしは大丈夫です」とハルカは答えた。ザックも無事ではあるが盾で氷の直撃を防いだためにかなりの距離を弾き飛ばされていた。
ザックの無事を確認したハルカとセミールが他の者たちの安否を気遣い辺りを見回すと、レミは頭から血を流したマルクスに寄り添い、フォーユンも自分の怪我を押してフレスを助け起こしていた。
「うがぁぁぁぁぁぁ」
この場を逃げようとするセミール。その彼の手を引っ張ってエリオを援護しようとしていたハルカの耳にこの雄叫びが飛び込んできた。
雄叫びの波動にヨタついたエリオにトドメを刺そうとグレイツが身を屈めたとき、ハルカは咄嗟ながらも強い意志を込めて魔法を使った。
「ファイムトルネード」
霞む視界と頭痛に襲われながら叫ぶハルカ。この世界に来て以来、初めて全身全霊の力で放った魔法がエリオを襲うグレイツを包み込んだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる