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燃える教会にて

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  士気が上がった者たちは荒ぶる魔獣を抑え、この街を占拠した魔族の元にマグフレアを送り届けた。

  魔族がいたのは街の中心部にある教会。そこには生き残った人族が集められており、皆が祈りを捧げている。この恐怖から解放されるようにと。

  教壇があった場所にはどこから持ってきたのか豪華な椅子が置かれ、ふんぞり返って座っている者がいる。その横にはふたりの男が立っていた。三人は褐色の肌と角を有していることから魔族であることがうかがえる。

  教会の扉を引き開けてマグフレアが立ち入るが、祈りを捧げる人々は振り返りもしない。

  静かながらも人の気配が立ち込める教会内に傲慢と自信に満ちた声が響いた。

「魔族の方々ごきげんよう。そして、さよならだ」

  背中から引き抜いた聖剣を一気に床に振り下ろすと切っ先から炎がほどばしる。教会内の中央を勢いよく突き進んだ炎が三人の魔族を爆発じみた炎で包みこんだ。

「うわぁぁぁぁ」

「ぐあぁぁぁぁ」

  ふたつの苦悶の声。人々の悲鳴。燃える教会。この状況になってからようやく人々は意識を現実に向けて逃げだしていく。

「人質は無意味。さぁ俺と戦え」

  炎の向こうで椅子に座るシルエットが見える。すくりと立ち上がった魔族が翼を出現させて大きく広げると、燃えさかる炎が左右に割れて吹き消えた。

  ふたりの部下は床に倒れてはいるがまだ息はある。とは言え強烈な不意の一撃を受けてしまい戦える状態ではない。その 近くには捕らわれていた町の者が炎に焼かれて絶命していた。

「人族に被害が出ることも気にせず俺の部下を倒すとは」

「十人程度の犠牲で魔族をふたり倒せたんだ。費用対効果はとてつもなくデカいぜ」

  教会内に灯っていたロウソクの火は爆風によって吹き消えてしまったのだが、教会はこの勇者のふたつ名が示すような激しい炎に巻かれ、その勢いのままに燃え広がっていく。

  囚われていた町の者たちは、魔族の恐怖から解放されるようにと祈りを捧げていた。しかし、突然襲う炎の波によってその恐怖は上書きされ、混乱し逃げていく。

  彼の目的は町を占拠した魔族との戦いそのもので、戦いを楽しみつつ自分の強さを確認すること。町の人々を助けるのは事の次いでだった。

  人々が逃げ出した教会内はバチバチと建物が燃える音だけが響き、その中でふたつの強大な気勢がせめぎ合う。それだけでは一見してどちらが強いのかはわからない。そんなレベルの戦いが始まった。

  教会の中央でぶつかり合ったふたりの初撃が長椅子の半数を吹き飛ばす。広くなったその空間でおこなわれているのは互いの力を探り合う殺陣たてのごとき攻防なのだが、教会を神秘的に彩るステンドグラスは割り砕け、この場は燃える倉庫と大差ないモノへと変わっていた。

  いったん距離が開いたタイミングでマグフレアは構えを解いて、剣を床へと突き立てる。

「強いな。名前を聞く価値がある。教えてくれ」

「俺の名前が冥途の土産になるぞ」

「そうか、なら先に俺の名前を教えてやる。マグフレア=バーンエンド。冥途の土産だ」

  剣を床に突き立てた状態で魔族の言葉を待つこの行為は隙だらけだ。だが、魔族はその隙を突くようなことはせずに名乗った。

「俺はクアーラ=シンスイ。魔王ウォルタルシー=ディズリ様の部下。バーンエンド、お前は勇者か?」

「堅いなクアーラ。マグフレアと呼んでくれ。爆炎の勇者マグフレアだ」

「構えろ、バーンエンド」

「この野郎」

  引き抜いた聖剣をくるりと回して構えなおすマグフレア。ふたりは鋭い視線をぶつけ合うと戦いを再開した。
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