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苛烈な戦い

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  この戦いはエリオにとって苛烈を極めるモノと言えるのだが、十分を超えても決着しなかった。これは希なことである。こういったことが起こるのは互いに本気を出していないときだ。

  血しぶきが舞うが傷は浅いとは言えエリオの息はあがり、ディグラーも肩を上下させていた。かなりの接戦なれど優勢に戦いを進めているのはディグラーだ。しかし、その表情は険しい。

  対するエリオにも余裕などないのだが、なぜか戦いは長時間に渡って続いている。

「どういうことだっ?」

  これはディグラーの動揺から不意に漏れた言葉だった。

  戦いが始まって数分が経過した頃からディグラーは徐々に力を上げていった。五分が過ぎるとエリオは全力戦闘に突入。しかし、そこからはどんなにディグラーが力を上げても決着せず。

  エリオと魔族ディグラーにそれなりの力の差があることは、ふたりの共通認識だった。それをわかった上でエリオは戦いを挑み、ディグラーは自分の強さを知らしめるメッセンジャーとしてエリオに敗北を与えるつもりだった。

「しぶとい奴め」

  だが、エリオの異常な粘り強さにディグラーは得も言われぬ懸念を抱いて攻撃の手を止める。そして、息も絶え絶えのエリオを倒しきれない彼の苛立ちが、決着の仕方の変更を決めた。

「逃げだすまでなぶってやろうと思ったがもう止めだ。お前の死体を見た者たちに恐ろしさが伝わればそれでいい」

  ディグラーは硬質化した傷だらけの前腕と拳に力を集めて構えを取った。その変化に気づいたエリオは大きく息を吸い込んで攻撃に備える。

「シュッ!」

  離れた間合いから打たれるディグラーの拳から紫のもやが撃ち出され、エリオは危うく首を傾けそれを避けた。

「そりゃそりゃ!」

  次々に撃ち出される拳撃を下がりながらグレンで弾くが、防ぎきれなかった攻撃が彼の肩や腰で弾け、エリオはたまらず横に走り出す。

「逃がさん!」

  つんのめる体にどうにか足を追っ付けて拳撃から逃げるエリオ。防戦から逃げへと変わるエリオに対してディグラーは笑いながら追い込んでいく。だが、それも長くは続かなかった。

  横一直線に走っていたエリオは徐々に角度を付けてジグザグに接近。上体を振り、攻撃をグレンで弾きながらディグラーへと迫った。

「ちょこまかとっ」

  これまでの速射砲から一変、大振りの腕にひと回り大きな力が集まる。その変化に対してエリオはグレンを解放する式句を発した。

「グレン、リリーストゥルーアビリティー」

  グレンの装飾されたつばから揺らめく赤い炎が広がって刀身とエリオを包んだ。

「調子に乗るな!」

  そのまま突進していくエリオに向けて撃ち出された紫の拳撃が散弾となって襲いかかる。

  正面を斬りはらったエリオの体の端を広がり飛んでくる紫の散弾がいくつも叩いた。だが、体を包むグレンの炎がいくらか威力を削いでいたため、エリオは強引に跳び込んでいく。

「調子に乗るのはこれからだ!」

  局所的に硬質化した魔族の体に数発剣を打ち込むエリオ。踏ん張り耐えながら拳を振るうディグラー。ふたりの唸る声と共に、剣と拳による攻防が数秒間続く。

  互いの強撃によって体が弾かれると、ディグラーは大きくバックステップしながら両手を合わせて握った。その拳にはこれまでにない大きな力が集まっていく。

  それに対し、エリオはグレンを硬く中段に構えた。

「ライノドーン」

  頑強なサイのオーラに包まれたエリオを、背面で起きた爆発が押し飛ばす。

「ひしゃげて死ねぇ」

  ディグラーが振り下ろした拳から巨大な紫の砲弾が撃ち放たれた。

  エリオの闘技はその砲弾を打ち破り、その勢いのままにサイの鼻面の角をディグラーの胸に叩きつけた。

「ぐぶぅおぁぁぁぁ」

  闘技の突進を受けたディグラーの体に炎の波紋が広がり、ゆるやかな放物線を描いて飛んでいく。少しぼやけたエリオの視界の中でディグラーは民家の壁に亀裂を走らせ、地面にずり落ちて動きを止めた。
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