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魔族再襲来

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  次の日、朝食が済んだタイミングで扉がノックされた。

「どうぞ」

  ザックの促しを受けてゆっくりと開けられたドアの向こうに立っていたのは、魔造人形の群が迫ってきたことを告げにきた女性。エリオたちが住まう宿舎の管理もしているギルド運営のパールだ。

「パールさん、どうでしたか?」

  パールはわずかに声色が乱れたハルカの問いかけに対して視線を下に向ける。姿勢良くギルドの制服もキッチリと着こなしている彼女は、背筋を丸めることなく腰を折って小さく一礼した。二秒ほど下げていた頭を上げ、少しうつむきつつ眉を八の字にし、恐る恐るといった感じでエリオに声をかけた。

「エリオさん、お体の具合はどうですか?」

  彼女の言葉は社交辞令ではない。それは、日頃の心遣いと現在の表情や声色から皆はよくわかっている。

「うん、完調にはほど遠いけど動くには問題ないくらいに元気だよ」

  心配させまいと強がるエリオが表情を歪ませながらベッドで上体を起こそうとするので、そんな彼にハルカが手を貸した。

「それで。話し合いの結果は?」

  その問いに対するパールの様子から、回答の方向性が察せられる。

「結論から申し上げますと……。エリオパーティーをギルドから登録抹消。皆さんにはこの町から退去してもらうことが決定しました」

「登録抹消だって?!」

  マルクスの大声にパールは体をびくりと震わせた。

「登録抹消とはさすがに残念な処遇だぜ」

  ザックは下を向く。同じようにエリオも表情を曇らせた。

「なぜです? これまでのギルドでの活動内容やエリオさんの冒険者百選入りを考えれば、登録抹消はいき過ぎじゃないですか? それに町からの退去だなんて」

  日頃おとなしいハルカにしてこの言いようにパールは身を縮めた。

「そうよ、どういう理由でそんな重い処遇、というよりやっぱりこれは処罰よね」

  パールが内容を伝えているだけなのはわかっているが、レミは彼女を睨んで問いただした。

「エリオさんたちがしたことが、『この町に多大な脅威と被害をもたらす危険な行為である』と断定されたことによるものだそうです」

「だけど、あの魔族の儀式を止めていなかったら、もっと大変な事態になっていたのかもしれないですよ」

  いつもはあまりしゃべらないハルカがここまで食い下がるのは、その判断を下して体を張ったエリオのためだ。そのハルカの訴えにパールは的確に回答した。

「私は皆さんの行動が勇猛であったと思います。ですが、あくまでこの町に脅威と被害をもたらしたということが問題なのです。その魔族が皆さんの顔を覚えていたようだったという証言もあり、そのせいでまた町が狙われるであろうと……」

「ギルドの登録抹消は、あくまで町の退去によるものってことだね?」

  エリオのこの言葉にパールは小さく「……はい」と答えた。

「その儀式の邪魔さえしなければこの町に魔族が攻めて来ることはなかったはず。町長と衛兵長はそう判断しました。ギルド長としてはエリオさんたちを擁護したのですが、魔族がかかわっているとわかっているにもかかわらず手を出したというのは、ギルド依頼に関連していたとしても出過ぎた行為だと反論されて……」

「話はわかったよ」

  ザックは拗ねた声でパールの話を切り、納得がいかないという視線が彼女を突き刺した。

「みんな、これはパールが決めたことじゃないんだぞ」

パールの何度目かの八の字眉を見て、皆は彼女に強く当たってしまったと反省する。

「町からの退去は魔族の再襲来を恐れた結果ですよね?」

  ハルカにそう確認されたパールは少し戸惑いながら返事をする。

「はい。私が聞く限りでは魔族の狙いがエリオパーティーである可能性が高いからだと」

「つまり、あの魔族がもうこの町に来なければ……、現れなければいいんですよね?」

「おそらく、そうなのではないかと」

「だったらもう来ないかもしれないですよ」

「「「え?」」」

  皆がハルカを見た。

「だって、あの魔族はアルティメットガールに……」

カーン、カーン、カーン……

  ハルカの言葉はけたたましい鐘の音に邪魔される。

「おい、まさか?」

  マルクスの言葉に対する答えが、ギルドの外から叫ばれた。

「魔族襲来!」

「来やがった!」

  エリオたちがおののく中でハルカだけは愚痴り嘆いた。

「なんで来るのよぉぉぉぉ!」

  ハルカの嘆きは虚しく流れ、鐘の音に上書きされてしまう。
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