私は彼の迷い猫

吉ひなた

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第1章 猫になっちゃった

第1話 喧嘩の原因

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***


「陽太さんの馬鹿ああああ!! もう本当の本当に知りませんから!!」
「おい陽菜……」

 彼が名前を言い終わる前に、私は玄関の扉を乱暴に閉めて走り去った。
 マンションを出て駅まで目指すも、私は一旦血が上った頭を冷まそうと近くの公園に立ち寄った。

「うう~馬鹿馬鹿馬鹿。もう本気で知らないんだから……」

 ベンチに座り込み、目に浮かんだ涙を拭った。
 陽太さんとの喧嘩は珍しいことではない。高校の頃から何回も喧嘩はしてきた。付き合ってから早数年。久しぶりに盛大な喧嘩をした気がする。
 
 きっかけは本当に些細なことだった。陽太さんの家に遊びに行きDVD鑑賞を予定していた今日。警察の仕事をしている彼と久しぶりに会えたからすごく嬉しかった。デートをするのもいいけど、こうやって家でのんびりした日を過ごすのもたまにはいいかもしれないと浮かれていた私。

 二人でお昼ご飯を作って他愛もない会話をする。些細なことだけど、一緒にいるだけですごく幸せだった。
 くすぐったい時間をもう少し噛みしめたいと願っていた矢先。美味しい紅茶をいれて、買ってきたケーキを食べながら午後はずっと見たかった新作の映画を見ようとソファに座った途端……陽太さんがいきなり私を押し倒してきた。
 逞しい腕がスカートの下に伸びて、太腿を撫でられた私は思わず驚愕の声を上げてしまった。

『ちょっと陽太さん!? 何して……』
『久しぶりなんだからいいじゃん。ずっと我慢してたんだ。いいだろ?』
『良くない! だってDVD見るって……』
『後で見ようぜ』
『今日返すんですよ! 早く見ないと……それにケーキだってあるし! 紅茶も冷めちゃうし……』
『いいよ別に。俺は先にお前に触りたい』

 そう甘く囁いて私の耳を舐めてきた彼。
 服の上から胸を揉まれてゾワゾワと快感が駆け上る。陽太さんの手が太腿の間に忍び込み私の秘部を撫でてきた瞬間、我に返る私。今はまだ昼で外も明るい。おまけに傍には彼の愛犬である颯が寝ている。その現状に耐えきれず私は思わず彼の頬を叩いてしまった。

『いってえ! 何するんだよ!?』
『陽太さんのエッチ! 何でそういうことしか考えられないんですか!』
『はあ!? 男なんだから当たり前だろ! 久しぶりなんだからシタいに決まって……』
『久しぶりだから普通に一緒にいたかったのに! 陽太さんは私の体にしか興味がないんですか?』
『別にそういうわけじゃ……』
『いっつもそうですよ! 最近はそればっかり! たまには普通に過ごすことを考えられないんですか』

 私の言葉に陽太さんが苛立ったように眉を潜めた。

『男の家に来たらやることは一つしかねえだろーが! いくつだお前は!? 考えが幼稚すぎだっつの! 体は成長しても思考は子供のままだな!』
『んな……私は当然のことを言ってるんです! 万年発情期の陽太さんには繊細な女の子の気持ちがわからないんですよ!』

 そう怒鳴ると、陽太さんがピクリと口元を引くつかせる。
 目を細めたかと思うと、急に怖い表情になって私に顔を近づけてきた。
 突然雰囲気が一変して私はしまった……と血の気が引くのを感じる。

 怒らせてしまった。

 殺気立つオーラに思わず起き上がり、後ずさりをするも腕を強く握られて再び押し倒された。

『痛い!』
『俺が発情期だってわかってんじゃん。……だったら黙って抱かせろよ』

 彼の低い声にビクリと肩が跳ねた。
 欲に濡れた陽太さんの茶色の瞳に自分が映り私は一瞬思考が止まる。陽太さんの手が私のワンピースのボタンに手をかけた瞬間、私は勢い良く彼の股間に向けて足を蹴り上げた。
 ドカッと盛大な音と共に陽太さんがソファから崩れ落ちる。その隙を見て私は急いで起き上がり鞄を持って叫んだ。

『陽太さんの馬鹿ああああ!! もう本当の本当に知りませんから!!』


***


 さっきまでの経緯を振り返り私は大きなため息をついた。
 体を繋げるのは初めてではない。別に抱かれるのは嫌ではないけれど、最近は会うだけでそういう行為しかしないから少し不安になっていた。
 体にしか興味がなかったらどうしよう。いや、陽太さんに至ってそういう人ではないのはわかっている。でもたまには、高校の頃のように無邪気に一緒にいたいと思っていたのだ。

「ぐすっ……うう~……。スケベ」

 乙女心を読めない彼を思い浮かべては、私は下に俯きながら唸る。
 ベンチから腰を上げ、私は家に帰ろうと立ち上がった。

「みゃう!」
「にゃあ!」

 聞きなれた鳴き声に私は動きを止める。ふと振り向くと、ザッと茂みから小さな二つの影が私の前に現れた。
 茶色のまだら模様の猫と白と黒の牛柄模様の猫。
 じゃれ合うように跳び出てきた二匹に、私は思わず瞳を輝かせた。

「ふわあ……可愛い!」

 まだら猫が牛柄猫の耳に噛み付き、それを嫌がった牛柄猫がパンチを返した。しかし、決して荒々しい光景ではなく、甘えるようにどこか加減をしている二匹は見ていて微笑ましい。
 
 私と陽太さんとは正反対だ。

 いちゃいちゃと桃色のオーラを放つ猫と先ほどまでの子供のような言い争いをした自分達を比べて、私の心は荒む。
 無邪気な二匹の猫を前に、私はボソッと無意識に言葉を放った。

「いいなあ……」

 純粋な気持ちで一緒にいたい。動物の恋愛ってきっと卑しい考えとかはないんだろうな。
 お尻を触ったり胸を揉んだり……隙があればパンツを見ようとスカートを捲ってくる恋人を思い出し、私は再び怒りが込み上げた。
 
 プルルルルル プルルルルル

 その時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。『風間陽太』と画面に浮き出た相手の名前を確認し、私は顔を顰めると容赦なく拒否ボタンを押す。

「ふんだ。……しばらく口なんか聞かないもんね」

 私はそのままスマホの電源を切り、鞄に仕舞うと公園を後にした。

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