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004章 インチーズ世界
4章006ー 大車輪ミラッパパ~ンチ!
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「生きたまま魔王をやめたいっぱよね? 出来るっぱよ」
その言葉に、
俺
ノカザム
魔王ツアッテリアこと、テリア
皆が唖然としていた。
「……それ、マジ?」
思わず俺が聞き返すと、ミラッパは満面に笑みを浮かべて頷いた。
「魔王族でないと出来ないっぱけど、出来るっぱよ」
そう言うが早いか、ミラッパはテリアの前に立ちはだかり、右腕をグルグル振り回し始めた。
それと同時に、その拳が怪しげに光り始めて……って
「ちょ、ちょっと待て! せめてどうやるか説明してからにしてくれないか!」
俺はそう言いながら、慌ててミラッパを制止した。
そんなミラッパの前では、恐怖で顔を引きつらせたままのテリアがいる。
そりゃどうだろう。
何の説明もなしに、さっき自分を気絶させた渾身一撃を、目の前で炸裂させようとされてるんだから。
さっきはまだジャンプして、だったけど
この至近距離で頭でもぶち抜かれた日にゃあ……
するとミラッパは、露骨に「面倒くさいっぱ」と言った顔をしながら、説明を始めた。
「魔王の体の中には魔王石っていう強大な力を持った魔石があるっぱ。
これを砕けば魔王は魔王の力を失うっぱ」
……って、どんだけ?
「っぱ」
俺にドヤ顔で「よくわかったでっぱ?」的な表情をしているミラッパなんだが
いや、確かに大筋ではわかったけどさ、
「その魔王石を砕くのって、どうやるの?」
「ミラッパは殴るっぱ」
「殴るってどこを?」
そう俺が言うと、ミラッパはおもむろにテリアの胸の辺りを指さしていき
「この……あたり?」
って、おいおい……なんでそこで疑問系なんだよ!?
「だって、魔王石は外からじゃどこにあるかよくわからないっぱ。とりあえずブン殴って探すしかないっぱ」
「いやいやいや、それはちょっと待って欲しい、ミラッパ殿」
ノカザムが真っ青になりながら、ミラッパとテリアの間に立ちはだかった。
「あ、あなたの腕力は魔族を一撃で粉々にするほどではありませんか。
そんな拳で何度も殴られたら、母さんがそれで死んでしまうではないですか!」
両手を広げ、テリアを守ろうとするノカザム。
その後方で、自らの体を抱えてガタガタ震えているテリア。
……いや、ミラッパよ……俺もさ、どっちかっていうとノカザム達の意見に頷けるんだが……
俺がそう言うと、ミラッパは、むぅ、と、露骨に不服そうな表情を浮かべ
「殴るのは魔王石だけっぱ、体は殴っぱよ」
そう言いながら、改めて右腕を前に出していく。
すると
その拳が黒く光り始め、その周囲に煙をまき散らし始めた。
ミラッパが、その腕で眼前のノカザムの体を触ると
その腕はノカザムをすり抜け、あっさり反対側へと突き抜けた。
その光景に、ノカザムは目を見張っていく。
そんなノカザムに、ミラッパは
「魔王の覇気を纏わせれば魔王石だけを攻撃出来るっぱ。パパから魔王の座を奪おうとしてた時に調べたっぱ」
……なんか物騒なことを言っているが、この際細かいことは置いておくとして、だ
俺は頭の中で状況を整理し、改めてノカザムへと視線を向けた。
「ノカザム……いや、白銀勇者。
俺の従者であるミラッパのこの力で、君の母親を確かに魔王から解き放てるかもしれない。
だがな……魔王ツアッテリアが死滅した場合、この世界にはほどなくして新たな魔王が誕生するはずだ」
俺は、ここでノカザムを見据えた。
「……そいつなら、倒せるな?」
俺の言葉に、ノカザムは大きく頷いた。
「誓います……白銀勇者の名の下に誓いますとも、新たな魔王を必ず討伐することを!」
俺は、力強く右の拳を突き上げ、高笑いを始めたノカザムを、苦笑しながら見上げていた。
相変わらずムカツク高笑いだが、今は前ほど不快ではない。
俺は、視線をミラッパへ向けた。
ミラッパは、魔王の覇気を纏わせた拳を構えて頷いていく。
そんなミラッパの前に、
魔王ツアッテリアこと、テリアがゆっくりと歩み出た。
「……よ、よろしくお願いします」
そう言うと、テリアはその場で祈るように両手を組み合わせ、目を閉じた。
……なんていうのか……なんでこの人が魔王になんかなっちまったんだろうな。
生き返って子供に出会えたとはいえ、このままじゃただの悲劇だったはずだ。
こんな歪な状態がいつまでも隠し通せるはずがない……
とにかく、
そんな日々を今日で終わりにしちまおう。
「いけ! ミラッパ」
俺の言葉を合図に、ミラッパはその場で腕をグルグルまわしていくと
「大車輪ミラッパパ~ンチ!」
そう言いながら、右の拳をテリアの胸元に叩き込んでいく。
ガギィ!
すさまじい破壊音
同時に、ミラッパの体が後方にはじけ飛んでいく。
テリアは……ダメだ……まだ魔王のままだ
すると、ミラッパは首の勢いだけで飛び起きると
「1発で破壊出来ないなら、連発っぱぁ!」
そう言うと、テリアの目の前で両足をしっかと踏ん張り、再度右腕を振り抜いていった。
◇◇
それからのことを記しておこう。
ミラッパがテリアの魔王石を砕くのには、たっぷり半日かかった。
魔王石が破壊されたテリアからは角が消え、魔王としての能力は全て失われていった。
だが、一度人間としては死んでいるため、普通の魔族となったテリア。
「……これでは、やはりノカザムに迷惑をかけてしまうわ」
そう言い、立ち去ろうとするテリアを、ノカザムは抱きしめた。
「新しい魔王を倒したら、2人で探しに行こう。人と魔族が一緒に暮らせる場所を……」
そう言い、号泣し合う2人だった。
ちなみに、魔王ツアッテリアなんだが
この魔王石のせいで体の中に魔王の力が満ちあふれてしまい、心が魔王化しかかることがよくあったそうで、その際に魔王城へと出向いていき、その体に溜まった魔王の力を城の中へとはき出していたんだそうだ。
あの夜城に向かっていたのもそのためだったそうだ。
だが、その結果、魔王城では新しい魔族達がどんどん溜まってしまうため、こいつらが世界の各地で暴れ出す前に、、街へ攻め込む振りをして、ノカザムにすべて退治させていたのだという。
それをこの母子は5年間ずっと続けていたわけだ。
程なくして、この魔王城に新たな魔王が出現した。
だが、これをすでに予期していた俺達は、ノカザムとともにこれを瞬殺。
「がはは、我こ……
で、斬り殺された魔王だったんだが、これっておそらく魔王の最短討伐記録だろうな、と思うわけなので、白銀勇者の名前を歴史に刻んでもいいんじゃないかと思う。
ここで俺の目のまえにようやく
『ミッションコンプリート』
の文字が表示され、今回の仕事が終了したことを告げた。
その後ノカザムは、街の皆と、王に魔王討伐を告げるとそのまま旅に出ると言って姿を消した。
1人の従者の女だけを連れ、いずこかへと消え去ったノカザム。
王はその足取りをいまも必死に探しているという。見つけ次第城に召し抱えるつもりだとか。
と、まぁ、そんなところで、白銀勇者の物語は終わったことになる。
今回は、この世界の神様には非はない。
むしろ、テリアを魔王に任命した魔王の神の狡猾さというか悪趣味ぶりに辟易を感じずにはいられない。
神界と魔王界は犬猿の仲と聞くが、せめて最低限のルールくらいは決めてもらえないものかと節に願う。
加えて、勇者派遣会社には、派遣社員にもっと情報を渡すよう合わせて願うものである。
勇者派遣会社社員 勇者ウインダ
やれやれ、やっと書き上がった。
俺は手に持っていたペンを机の上に放り投げると、肩をトントンと叩いていく。
「……こんなとこでどうだ、ロミネスカス。悪いけど目を通してくれ」
俺は、ようやく書き上がった報告書の束をロミネスカスへと手渡した。
ロミネスカスは、それを受け取ると、フンフンと目を通していく。
すると、そんな俺の前に、魔王ビナスが、ニッコリ笑いながらお茶のはいった湯飲みを差し出してくれた。
「旦那様、お疲れ様でございます、さ、一休みなさってくださいな」
そう言いながら、俺の後ろに回ると、ビナスがゆっくりと俺の肩を揉み始めた。
あぁ
なんかこう、絶妙の揉み加減だ。
俺が恍惚の表情を浮かべていると、俺の机に肘付きしていたミラッパが、みるからに不服そうな表情を俺に向けていた。
「ミラッパが肩もみしたときと、表情が違うっぱ」
そういうミラッパなんだが
お前って、力まかせで揉むから毎回、俺、とびあがっちまうんだってばさぁ
俺がそんなミラッパに苦笑していると、
「相変わらず誤字が多いけど、これでいいんじゃないかしら?」
ロミネスカスがそう言いながら、俺に報告書を返してきた。
俺は、安堵の息を吐いていくと
「よし、んじゃ久々にこの世界に戻ってこれたんだし、なんか食べに行こうか」
俺がそう言うと、いつもは倹約家の魔王ビナスも
「そうですわね、たまにはそういうのも大事ですものね」
そう言いながら、嬉しそうに俺の首筋に抱きついた。
気丈に振る舞ってるけど、1人で留守番してて、やっぱ寂しかったんだろうな……
俺は、そんなビナスの頬に軽くキスをしてから立ち上がった。
「よし、んじゃ行くか」
俺が出口へ向かうと、ビナスは俺がさっきキスした頬を嬉しそうに手で触りながら
「旦那様、最近美味しいお店がオープンしましたの。えんてん亭と言うのですが、今日はそこにいたしませんか? スアビールも飲めますわ」
「おぉ、そりゃいい!」
特にそのスアビールのとこに反応する俺。
ミラッパとロミネスカスも嬉しそうに笑っている。
「んじゃ、行くか」
そう言って玄関の戸を開けた俺の前に
ノカザムとテリアが立っていた。
「ウインダ先輩、お出かけですか? 私も是非お供させてください」
ノカザムはそう言うと俺に向かってニッコリ微笑んだ。
もうおわかりだろう
白銀勇者ことノカザムは、勇者派遣会社に就職した。
インチーズ世界では、魔族は敵でありノカザムとその母テリアが一緒に暮らすのは困難だったわけだ。
そこに
「なら、ウチの会社に就職しませんかねぇ?」
そう、例によってメフィラが割り込んできたわけだ。
まぁ、今回に関しては、むしろメフィラに感謝したい部分の方が大きい。
ノカザムとテリアの母子が一緒に暮らせるようにしてくれたんだしな、結果的にだが。
しかし、メフィラのやつ……いやにお尻を気にしていたけど、何かあったんだろうか?
ま、いっか。
俺はノカザムの首に腕を回すと、
「ついでだ、お前とお母さんの歓迎会もやっちまおう、さ、行くぞ!」
そう言いながら歩き出す。
するとノカザムは嬉しそうに微笑みながら
「あ、ありがとうございますウインダ先輩。ぼ、僕すごくうれしいです!」
そう言いながら、なんか涙を流している。
「この子は……父がいないからといって、同じ年頃の子供達からいじめられていましたので……」
そう言いながら、テリアさんまで、なんか感涙流してるし……
あ~、もう、そういう湿っぽいのはなしなし。
俺は努めて元気に笑いながら、廊下を歩いて行く。
新しい仲間達と、馴染みの仲間達ともに
ーつづく
「」
その言葉に、
俺
ノカザム
魔王ツアッテリアこと、テリア
皆が唖然としていた。
「……それ、マジ?」
思わず俺が聞き返すと、ミラッパは満面に笑みを浮かべて頷いた。
「魔王族でないと出来ないっぱけど、出来るっぱよ」
そう言うが早いか、ミラッパはテリアの前に立ちはだかり、右腕をグルグル振り回し始めた。
それと同時に、その拳が怪しげに光り始めて……って
「ちょ、ちょっと待て! せめてどうやるか説明してからにしてくれないか!」
俺はそう言いながら、慌ててミラッパを制止した。
そんなミラッパの前では、恐怖で顔を引きつらせたままのテリアがいる。
そりゃどうだろう。
何の説明もなしに、さっき自分を気絶させた渾身一撃を、目の前で炸裂させようとされてるんだから。
さっきはまだジャンプして、だったけど
この至近距離で頭でもぶち抜かれた日にゃあ……
するとミラッパは、露骨に「面倒くさいっぱ」と言った顔をしながら、説明を始めた。
「魔王の体の中には魔王石っていう強大な力を持った魔石があるっぱ。
これを砕けば魔王は魔王の力を失うっぱ」
……って、どんだけ?
「っぱ」
俺にドヤ顔で「よくわかったでっぱ?」的な表情をしているミラッパなんだが
いや、確かに大筋ではわかったけどさ、
「その魔王石を砕くのって、どうやるの?」
「ミラッパは殴るっぱ」
「殴るってどこを?」
そう俺が言うと、ミラッパはおもむろにテリアの胸の辺りを指さしていき
「この……あたり?」
って、おいおい……なんでそこで疑問系なんだよ!?
「だって、魔王石は外からじゃどこにあるかよくわからないっぱ。とりあえずブン殴って探すしかないっぱ」
「いやいやいや、それはちょっと待って欲しい、ミラッパ殿」
ノカザムが真っ青になりながら、ミラッパとテリアの間に立ちはだかった。
「あ、あなたの腕力は魔族を一撃で粉々にするほどではありませんか。
そんな拳で何度も殴られたら、母さんがそれで死んでしまうではないですか!」
両手を広げ、テリアを守ろうとするノカザム。
その後方で、自らの体を抱えてガタガタ震えているテリア。
……いや、ミラッパよ……俺もさ、どっちかっていうとノカザム達の意見に頷けるんだが……
俺がそう言うと、ミラッパは、むぅ、と、露骨に不服そうな表情を浮かべ
「殴るのは魔王石だけっぱ、体は殴っぱよ」
そう言いながら、改めて右腕を前に出していく。
すると
その拳が黒く光り始め、その周囲に煙をまき散らし始めた。
ミラッパが、その腕で眼前のノカザムの体を触ると
その腕はノカザムをすり抜け、あっさり反対側へと突き抜けた。
その光景に、ノカザムは目を見張っていく。
そんなノカザムに、ミラッパは
「魔王の覇気を纏わせれば魔王石だけを攻撃出来るっぱ。パパから魔王の座を奪おうとしてた時に調べたっぱ」
……なんか物騒なことを言っているが、この際細かいことは置いておくとして、だ
俺は頭の中で状況を整理し、改めてノカザムへと視線を向けた。
「ノカザム……いや、白銀勇者。
俺の従者であるミラッパのこの力で、君の母親を確かに魔王から解き放てるかもしれない。
だがな……魔王ツアッテリアが死滅した場合、この世界にはほどなくして新たな魔王が誕生するはずだ」
俺は、ここでノカザムを見据えた。
「……そいつなら、倒せるな?」
俺の言葉に、ノカザムは大きく頷いた。
「誓います……白銀勇者の名の下に誓いますとも、新たな魔王を必ず討伐することを!」
俺は、力強く右の拳を突き上げ、高笑いを始めたノカザムを、苦笑しながら見上げていた。
相変わらずムカツク高笑いだが、今は前ほど不快ではない。
俺は、視線をミラッパへ向けた。
ミラッパは、魔王の覇気を纏わせた拳を構えて頷いていく。
そんなミラッパの前に、
魔王ツアッテリアこと、テリアがゆっくりと歩み出た。
「……よ、よろしくお願いします」
そう言うと、テリアはその場で祈るように両手を組み合わせ、目を閉じた。
……なんていうのか……なんでこの人が魔王になんかなっちまったんだろうな。
生き返って子供に出会えたとはいえ、このままじゃただの悲劇だったはずだ。
こんな歪な状態がいつまでも隠し通せるはずがない……
とにかく、
そんな日々を今日で終わりにしちまおう。
「いけ! ミラッパ」
俺の言葉を合図に、ミラッパはその場で腕をグルグルまわしていくと
「大車輪ミラッパパ~ンチ!」
そう言いながら、右の拳をテリアの胸元に叩き込んでいく。
ガギィ!
すさまじい破壊音
同時に、ミラッパの体が後方にはじけ飛んでいく。
テリアは……ダメだ……まだ魔王のままだ
すると、ミラッパは首の勢いだけで飛び起きると
「1発で破壊出来ないなら、連発っぱぁ!」
そう言うと、テリアの目の前で両足をしっかと踏ん張り、再度右腕を振り抜いていった。
◇◇
それからのことを記しておこう。
ミラッパがテリアの魔王石を砕くのには、たっぷり半日かかった。
魔王石が破壊されたテリアからは角が消え、魔王としての能力は全て失われていった。
だが、一度人間としては死んでいるため、普通の魔族となったテリア。
「……これでは、やはりノカザムに迷惑をかけてしまうわ」
そう言い、立ち去ろうとするテリアを、ノカザムは抱きしめた。
「新しい魔王を倒したら、2人で探しに行こう。人と魔族が一緒に暮らせる場所を……」
そう言い、号泣し合う2人だった。
ちなみに、魔王ツアッテリアなんだが
この魔王石のせいで体の中に魔王の力が満ちあふれてしまい、心が魔王化しかかることがよくあったそうで、その際に魔王城へと出向いていき、その体に溜まった魔王の力を城の中へとはき出していたんだそうだ。
あの夜城に向かっていたのもそのためだったそうだ。
だが、その結果、魔王城では新しい魔族達がどんどん溜まってしまうため、こいつらが世界の各地で暴れ出す前に、、街へ攻め込む振りをして、ノカザムにすべて退治させていたのだという。
それをこの母子は5年間ずっと続けていたわけだ。
程なくして、この魔王城に新たな魔王が出現した。
だが、これをすでに予期していた俺達は、ノカザムとともにこれを瞬殺。
「がはは、我こ……
で、斬り殺された魔王だったんだが、これっておそらく魔王の最短討伐記録だろうな、と思うわけなので、白銀勇者の名前を歴史に刻んでもいいんじゃないかと思う。
ここで俺の目のまえにようやく
『ミッションコンプリート』
の文字が表示され、今回の仕事が終了したことを告げた。
その後ノカザムは、街の皆と、王に魔王討伐を告げるとそのまま旅に出ると言って姿を消した。
1人の従者の女だけを連れ、いずこかへと消え去ったノカザム。
王はその足取りをいまも必死に探しているという。見つけ次第城に召し抱えるつもりだとか。
と、まぁ、そんなところで、白銀勇者の物語は終わったことになる。
今回は、この世界の神様には非はない。
むしろ、テリアを魔王に任命した魔王の神の狡猾さというか悪趣味ぶりに辟易を感じずにはいられない。
神界と魔王界は犬猿の仲と聞くが、せめて最低限のルールくらいは決めてもらえないものかと節に願う。
加えて、勇者派遣会社には、派遣社員にもっと情報を渡すよう合わせて願うものである。
勇者派遣会社社員 勇者ウインダ
やれやれ、やっと書き上がった。
俺は手に持っていたペンを机の上に放り投げると、肩をトントンと叩いていく。
「……こんなとこでどうだ、ロミネスカス。悪いけど目を通してくれ」
俺は、ようやく書き上がった報告書の束をロミネスカスへと手渡した。
ロミネスカスは、それを受け取ると、フンフンと目を通していく。
すると、そんな俺の前に、魔王ビナスが、ニッコリ笑いながらお茶のはいった湯飲みを差し出してくれた。
「旦那様、お疲れ様でございます、さ、一休みなさってくださいな」
そう言いながら、俺の後ろに回ると、ビナスがゆっくりと俺の肩を揉み始めた。
あぁ
なんかこう、絶妙の揉み加減だ。
俺が恍惚の表情を浮かべていると、俺の机に肘付きしていたミラッパが、みるからに不服そうな表情を俺に向けていた。
「ミラッパが肩もみしたときと、表情が違うっぱ」
そういうミラッパなんだが
お前って、力まかせで揉むから毎回、俺、とびあがっちまうんだってばさぁ
俺がそんなミラッパに苦笑していると、
「相変わらず誤字が多いけど、これでいいんじゃないかしら?」
ロミネスカスがそう言いながら、俺に報告書を返してきた。
俺は、安堵の息を吐いていくと
「よし、んじゃ久々にこの世界に戻ってこれたんだし、なんか食べに行こうか」
俺がそう言うと、いつもは倹約家の魔王ビナスも
「そうですわね、たまにはそういうのも大事ですものね」
そう言いながら、嬉しそうに俺の首筋に抱きついた。
気丈に振る舞ってるけど、1人で留守番してて、やっぱ寂しかったんだろうな……
俺は、そんなビナスの頬に軽くキスをしてから立ち上がった。
「よし、んじゃ行くか」
俺が出口へ向かうと、ビナスは俺がさっきキスした頬を嬉しそうに手で触りながら
「旦那様、最近美味しいお店がオープンしましたの。えんてん亭と言うのですが、今日はそこにいたしませんか? スアビールも飲めますわ」
「おぉ、そりゃいい!」
特にそのスアビールのとこに反応する俺。
ミラッパとロミネスカスも嬉しそうに笑っている。
「んじゃ、行くか」
そう言って玄関の戸を開けた俺の前に
ノカザムとテリアが立っていた。
「ウインダ先輩、お出かけですか? 私も是非お供させてください」
ノカザムはそう言うと俺に向かってニッコリ微笑んだ。
もうおわかりだろう
白銀勇者ことノカザムは、勇者派遣会社に就職した。
インチーズ世界では、魔族は敵でありノカザムとその母テリアが一緒に暮らすのは困難だったわけだ。
そこに
「なら、ウチの会社に就職しませんかねぇ?」
そう、例によってメフィラが割り込んできたわけだ。
まぁ、今回に関しては、むしろメフィラに感謝したい部分の方が大きい。
ノカザムとテリアの母子が一緒に暮らせるようにしてくれたんだしな、結果的にだが。
しかし、メフィラのやつ……いやにお尻を気にしていたけど、何かあったんだろうか?
ま、いっか。
俺はノカザムの首に腕を回すと、
「ついでだ、お前とお母さんの歓迎会もやっちまおう、さ、行くぞ!」
そう言いながら歩き出す。
するとノカザムは嬉しそうに微笑みながら
「あ、ありがとうございますウインダ先輩。ぼ、僕すごくうれしいです!」
そう言いながら、なんか涙を流している。
「この子は……父がいないからといって、同じ年頃の子供達からいじめられていましたので……」
そう言いながら、テリアさんまで、なんか感涙流してるし……
あ~、もう、そういう湿っぽいのはなしなし。
俺は努めて元気に笑いながら、廊下を歩いて行く。
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ーつづく
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