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序章・デコナ世界→パルマ世界
狙われた勇者
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ここは大魔王城玉座の間
そこで俺は、大魔王と死闘を繰り広げ続けている。
っていうか、今で何日目になったんだっけ?
3日目あたりから記憶がちょっと怪しい。
俺は、なまくらになった剣を放り投げると、腰の魔法袋に手を突っ込んだ。
……ってか、やばいな……持って来ている上級剣が残り少ない。
とにかく俺は、新しい剣を取り出し、身構えた。
そんな俺の前には、大魔王が居座っている。
隙あらば、即座に魔法を放ち、時に腕を振るい、と、この数日間休むことなく俺を攻め込み続けている。
っていうか、こいつも相当しつこい……と、いうかしぶとい……
その腕を
その足を
その胴を
一体何回なぎ払ったか、もう記憶にない……それほど俺は攻撃を見舞い続けているんだが……
「右腕を47回
左腕を31回
右足を29回
左足を11回
胴を219回、ね」
そんな俺の後方から、やけに冷静な口調が聞こえてきた。
上級魔道士ロミネスカス
この大魔王討伐のため、勇者である俺に付き従ってくれたパーティメンバーの最後の1人だ。
っていっても、剣士のブレドナや、重騎士のレコンキスナが死んだわけじゃない。
力尽きて動けなくなったために、ロミネスカスの転移魔法で城に送り返してもらっただけだ。
まぁ、あいつらの決死の働きのおかげで、俺達2人はこうして大魔王の前に到達出来て
相まみえることが出来ているわけだ。
感謝以外の感情が、あるわけがない……あいつらのためにも、俺は諦めないぞ。
「こなくそ!」
俺の振るった剣が大魔王の左腕を切り落とした。
「……32回目」
ロミネスカスが冷静に数を告げながら、詠唱を始めた。
大魔王の腕が蘇生するのを、阻害魔法で少しでも遅らせようとしてくれてるんだけど、
正直、効いてるのかどうかは怪しい。
とはいえ、
魔力がほとんど残ってないロミネスカスに出来る精一杯がこれなんだ。
口には出さないが、
こいつ、死ぬ気でやってやがる……ったく、だからあれほど転移魔法で帰れっていったんだ。
「……お断りします。
あなたと一緒に帰る……そう決めていますので」
そう言いながら、詠唱を続けるロミネスカス。
ったく、利でうごく冷徹な女じゃ無かったのかよ、お前さんは?
俺は、やけくそ気味に、ロミネスカスが阻害魔法をかけ続けている大魔王の右腕部分に剣を突き立てた。
……あれ?
その時、俺は目を見張った。
それまで、どんなに切り裂いても、鉄の塊か、岩石を切りつけている感触しか感じなかった剣の先に、
明らかに、肉の感触が伝わってきた。
「ウインダ! 大魔王の防御魔法が破綻しました!」
ロミネスカスの言葉に、俺は思わず口元に笑みを浮かべた。
大魔王よ……どうやらこの根比べ、俺の勝ちのようだな。
俺の剣を防御できなくなったと悟った大魔王は
その場で絶叫し、咆哮するとその周囲に魔法陣を展開し始めた。
ここまで来て逃げる気か?
逃がすわけねぇだろ!
「詠唱・氷刀(アイスブレード)!」
俺は、詠唱しながら大魔王に飛びかかった。
狙うは、その首
キィン!
冷たい刃音が玉座の間に響き渡った。
大魔王の周囲に展開していた魔法陣が静かに消えていく。
同時に、大魔王の首が、ズズズと、動き
その胴体からずり落ち、床に落下していく。
そして
ズ、ズ~ン……
その巨体が床の上に倒れ込んでいった。
俺は、立ち上がり、魔王の体を振り返った。
俺の前で、
魔王の体は一度真っ黒く変色したかと思うと、そのまま大量の砂となり、そして、床の上に無残に広がっていった。
おれは、魔法袋の中から、魔封じの袋を取り出すと、この砂を残らず回収していく。
この大魔王の残骸には、相当な魔力が残ってる。
このまま放置しておいたら、またぞろ大魔王とまではいかないものの、魔王くらいな者が誕生してもおかしくないんでね。
「勇者ウインダ……とうとうやりましたね……」
俺の横に、ロミネスカスが歩み寄ってきた。
改めて見ると、ロミネスカスのヤツもボロボロだ。
そりゃそうか
なんせ3日以上、2人して飲まず食わずのまま大魔王と戦い続けてたんだしな……
おれは、ロミネスカスに向き直ると
「王に命じられたからとはいえ、本当に最後までよく付き従ってくれた。感謝する」
俺はそう言い、ロミネスカスに頭をさげた。
「……これでお前も、城で待ってる婚約者の元に帰れる……
そう声をかけながら、頭をあげた俺の前には
ロミネスカスじゃない
見たこともない、女が立っていた。
その女は、俺に向かってニコニコ微笑みながら
「いやぁ、勇者ウインダさん、なかなかの腕前でしたねぇ。お見事でしたねぇ」
やけに露出の高いシャツと、ハーフパンツ姿のその女は、小脇に何やら膨大な量の書類の束を抱えている。
っていうか、ロミネスカス、その女の真横にいるのに、なんで黙ってんだ?
「あぁ、ごめんなさいねぇ、今ちょぉっとこの世界の時間を止めてますのねぇ」
そう言いながらこの女、
俺の前で何やら、小脇に抱えている書類の束をめくり始めると、
ん~って、なにやら声をあげていく。
「勇者ウインダ
10才の時天啓により勇者となる。
性格はいたって粗暴
口も悪く付き合いも悪いものの、仲間思いで義理堅い……と」
なんだ、この女
なんでいきなり俺の性格分析なんか始めてんだ?
困惑する俺の前で
女はさらに言葉を続けていく。
「剣の腕前がSSS級の判定が出ていますけど、魔法能力がBですか……
そのせいで……剣を使い捨てながらの戦うしかなかったんですねぇ、これはちょっといただけませんねぇ。
上級以上の宝剣がそう何本も手にはいる今回のようなケースはむしろ希ですのでねぇ」
うぐ
この女、痛いとこをつくな……
この大魔王、確かにすっごい強かったとはいえ
俺の魔法能力が、せめてS級でもあればここまで苦労する相手じゃなかったんだ……A級魔法の使い手、ロミネスカスもいたんだしな……
だから俺は、もうゴリゴリの力押しで立ち向かったんだけど
その結果ダメにしたのが、上級以上の宝剣の数々……どれも1本あれば国が買えるって代物ばかりだった。
中には昔、救国の勇者が使ったって噂の宝剣もあったっけ……まぁもう、折れちまったけどさ……
で
この世界は、割と長く平和が続いてたおかげもあって、城の宝物殿には結構な数の宝剣があったので
俺はちょっとそれをお借りして、大魔王討伐にやってきたってわけだ。
「借りた? 勝手に持ち出した、の間違いですよねぇ?」
ちょっと!? さらに痛いとこつくんじゃねぇ! か、帰ったらちゃんと謝るんだからよ……
で、
その女
さらに書類をめくっていくと
「とはいえ、それを差し置いても、魔王レベルSSS・レブラゴナドスをほぼ1人のお力で倒されたというのは賞賛に値しますねぇ」
そう言うと、その女
書類を小脇に抱え直すと、何やら名刺みたいな物を俺に差し出して来た。
「と、いうわけで、私、あなたをスカウトさせていただきますねぇ」
は?
スカウト?
その女の言葉に困惑しながらも、俺はその女が差し出した名刺を手に取った。
そこには
『勇者派遣会社 統括主任 メフィラ』
と書かれていた。
は?
勇者派遣会社?
名刺を眺めながら困惑しきりな俺の前で、この女……えっと、メフィラっていうのか?、は
なんか、大げさな身振りの後に俺を指差し、
「勇者ウインダさん。我が社に就社なさいますねぇ?
「はい」か「イエス」でお答えくださぁい」
そう言いながら『契約書』と書かれた1枚の書類を俺に突きつけた。
っていうか、ちょっと待ってくれ
はいかイエス?
それ、拒否権ないんじゃね?
っていうか、そもそも、その勇者派遣会社って何なのさ? 俺聞いたことないんだけど?
そう言う俺の前で、メフィラは『いっけない』とばかりに、てへっと舌を出すと
「これは失礼しました。説明が前後しちゃいましたですねぇ。
我が、勇者派遣会社はですねぇ?
あなたのように、勇者としてのお役目を終えた方々をですねぇ
他の異世界で助けを必要としている他の勇者の元へと派遣するお仕事をしている会社なのですねぇ」
そう言いながら、メフィラは再度『契約書』と、書かれている書類を俺に突きつけた。
「と、いうわけで、ここに捺印をしてくださいねぇ。
名前は勝手に書いておきましたのでねぇ。
あ、印鑑がなかったら、拇印でも可能ですのでねぇ。
ささ、ここに朱肉はありますので、ご使用くださいねぇ」
メフィラは、手慣れた手つきで俺の手を取ると、そこに朱肉を押しつけて……って、うぉい!?
「い、いや、あの、ちょっとまってくれないか」
俺は、勝手に拇印を押される寸前で、その腕を引っこ抜いた。
そんな俺の前で、メフィラは、なんか舌打ちしてるし……こいつ、油断ならねぇな、おい。
で、だ
「とにかく、ちょっと待ってくれ。俺ぁ、たった今大魔王を倒したばっかなんだ……
これから城に行ってそれを報告しなきゃならない。
そこで恩賞をもらってだな……その、なんだ、出来ればこのまま生まれ故郷の村に帰ってのんびり余生を暮らしたいと思っている。
……っというわけで、だ……お前さんの言うわけのわからない会社に所属してだな、またぞろどっかに戦いにいかされるなんて、まっぴらゴメンなんだよな」
俺は、そう言うと、『悪いな』ってばかりに右手をあげて苦笑した。
まぁ、これはほぼ本音だ。
……ちょっとだけ隠し事してるけどね。
で
メフィラは、そんな俺の様子を見ながら、ふぅん? と、少し考えを巡らせる。
小脇に抱えている書類の束をパラパラめくり始めると、何やらその中の1枚を抜き出し、その内容をふんふんと確認していく。
で
その内容を確認し終えたメフィラは、ニヤッと笑うと、なんか俺をニマニマと見上げてくる。
……おいおい、なんか嫌な感じしかしないんだけど……
「それはあれですね? 村であなたを待っている、幼なじみのアン様と仲睦まじく結婚生活を送りたい……そう思われてるってことですねぇ?」
メフィラのヤツ、そう言うと「にくいよこの!」とばかりに、俺の脇腹をウリウリと小突いてくる。
ってか、なんでわかるんだよ!?
隠して言った意味、ないじゃん!?
「わが勇者派遣会社の情報収集能力をなめてもらっては困るのですねぇ」
うん、そうだな
ほとんど犯罪レベルだよな、お前らって
ところが、
ついさっきまで、そうやって俺の小脇をウリウリやっていたメフィラ、
ここでおもむろに俺から離れると
不意にその顔に、絶望に満ちた表情を浮かべ、大げさに手を左右に広げると、首をがっくり落としていった。
「あ~、でも残念ですねぇ……いやぁ、ほんと~に残念ですねぇ」
そう言いながら、俺の前で何度もその頭を左右に振っていくメフィラ。
そして、先ほど内容を確認していた書類を俺に突きつけ、
天を仰ぎ、
んでもって、その顔面を右手で抑えていく。
「アンさんはですねぇ、すでに他の男性の方とご結婚なされておいででございますのよねぇ」
「は!? ちょっと待て!? お、俺とアンはだな、俺が大魔王を倒して凱旋した暁には結婚しようと、あんだけ固く誓い合った間柄なんだぞ!?」
そういう俺に、メフィラは、ふぅ、と大きなため息をつくと
「失礼ながらぁ……それは何年前のお話ですかねぇ?」
そう言った。
その言葉に、俺は再度固まった。
え~っと、ちょっと待ってくれ……
確かこの魔王城にたどりつくまでにだな、4,5年かかったんだったか……そんでもって
両手の指を折りながら、必死に計算し始めた俺の前で、
メフィラは、再度ため息をつくと
「あなたが、大魔王討伐のために村を出たのが11年前ですねぇ。
この11年の間にですねぇ、
あなたの帰りを待ちくたびれたアンさんはですねぇ、
5年前に、隣にお住まいのダン様とご結婚なされてですねぇ、すでにお子様もおられるのですねぇ」
「な!? そ、そんな、嘘だ!」
「いえいえぇ、これがまた残念ながら嘘ではないんですねぇ」
そう言いながらメフィラは短く詠唱すると、なんか俺の前に映像を映し出し始めた。
そこには、俺が住んでいた村の光景が映し出されている。
あぁ、なんかすっごい懐かしい……
あ、アンだ
その画像の中に、1人の女性がフェードインしてくる。
俺が、大魔王討伐の旅にでている間中、一度として忘れたことのない、幼なじみのアンだ。
と
アンを追いかけるようにして、1人の男性がフェードインしてきた。
ダンだ……
アンの隣の家に住んでいる男、ダン。
俺が大魔王討伐の度に旅立つ時
「お前が戻ってくるまで、アンのことは俺がしっかり守ってやるからな」
そう言ってくれた、俺の親友じゃないか……
そのダンの後方から、今度は5人の子供達が続いフェードインしてくる
皆、アンへと向かって手を振りながら走り寄っていく。
それに気がついたアンは、ダンと子どもたちへ駆け寄ると、皆を愛おしそうに抱きしめた……
そこで、パン、と、映像は終了した。
……やっべぇ
今、俺、多分号泣してる……
なんかもう、絶望通り越してさ……なんていうの?
今なら大魔王と肩くんでさ、スキップしながら世界を破壊しにいけちゃう気がするんだ……
そんな精神的なダメージを壮絶に食らって立ち尽くしている俺の前に、
再度メフィラが満面の笑みで歩み寄ってきた。
「はいですねぇ、お分かりいただけましたでしょうかねぇ? 現実はかくも厳しいものなのですねぇ」
なんて言葉を続けていくんだけどさ……ゴメン、少し1人にしてくれない?
俺さ、いまだにダメージから立ち直れてなくてさ……
メフィラは、そんな俺の肩をポンポンと叩くと、
「そんなあなたに、追加情報ですねぇ。
城はですねぇ、宝物殿から宝剣が多数盗まれたことに激怒し、あなたを指名手配したそうですねぇ」
……えっと
なんていうんですか、これ?
……追い打ち?
俺……大魔王倒した勇者だってのにさ、
結婚約束してた女は寝取られ
城からはお尋ね者扱いされ……
なんか、俺、かわいそう過ぎない? ねぇ?
そうして
その場で絶望オーラを出しまくりながら、この場で固まってる俺に、
メフィラはニコニコしながら語りかけてきます。
「そんな勇者ウインダ様に朗報ですねぇ。
我が勇者派遣会社は社員寮完備ですので、住む場所に悩む必要もありませんねぇ。
各勇者にはメイドが常勤しましてですねぇ、身の回りの世話を全部してくれますねぇ。
仕事に必要な武具のレンタルサービスも充実してますねぇ。
指輪から召喚魔獣まで揃わないものは何もない! が、うりの勇者レンタルサービスと提携しておりますので品揃えもばっちりですねぇ。
あ、ちなみに勇者レンタルサービス、うちの子会社なんですけどねぇ。
さらにさらに、
年に2回の親睦旅行に、年末の忘年会!
有給休暇も年10日!
万が一派遣先で大怪我をされたとしても、会社所属の上級魔導士による回復魔法を24時間受けることができますねぇ」
矢継ぎ早に俺に話しをたたみかけてきたメフィラは、ここで、一度言葉を切ると、小さく咳払いをし、改めて『契約書』とかかれた書類を俺に突きつけた。
「というわけでぇ、あなたを、我が勇者派遣会社にスカウトします。我が社に就社なさいますねぇ?
「はい」か「イエス」でお答えくださぁい」
そう言ってニッコリ微笑んだ。
で、
微笑みながら、手慣れた手つきで俺の指に朱肉を押し当てていくメフィラなんだけど
今の俺には、それから逃れるだけの気力も体力もなかったわけで……
「はい、では、契約成立ですねぇ」
そんな俺の前で、メフィラは契約書を手に、ニッコリ微笑んだ。
俺の拇印入りの経書を手に……
ーつづく
そこで俺は、大魔王と死闘を繰り広げ続けている。
っていうか、今で何日目になったんだっけ?
3日目あたりから記憶がちょっと怪しい。
俺は、なまくらになった剣を放り投げると、腰の魔法袋に手を突っ込んだ。
……ってか、やばいな……持って来ている上級剣が残り少ない。
とにかく俺は、新しい剣を取り出し、身構えた。
そんな俺の前には、大魔王が居座っている。
隙あらば、即座に魔法を放ち、時に腕を振るい、と、この数日間休むことなく俺を攻め込み続けている。
っていうか、こいつも相当しつこい……と、いうかしぶとい……
その腕を
その足を
その胴を
一体何回なぎ払ったか、もう記憶にない……それほど俺は攻撃を見舞い続けているんだが……
「右腕を47回
左腕を31回
右足を29回
左足を11回
胴を219回、ね」
そんな俺の後方から、やけに冷静な口調が聞こえてきた。
上級魔道士ロミネスカス
この大魔王討伐のため、勇者である俺に付き従ってくれたパーティメンバーの最後の1人だ。
っていっても、剣士のブレドナや、重騎士のレコンキスナが死んだわけじゃない。
力尽きて動けなくなったために、ロミネスカスの転移魔法で城に送り返してもらっただけだ。
まぁ、あいつらの決死の働きのおかげで、俺達2人はこうして大魔王の前に到達出来て
相まみえることが出来ているわけだ。
感謝以外の感情が、あるわけがない……あいつらのためにも、俺は諦めないぞ。
「こなくそ!」
俺の振るった剣が大魔王の左腕を切り落とした。
「……32回目」
ロミネスカスが冷静に数を告げながら、詠唱を始めた。
大魔王の腕が蘇生するのを、阻害魔法で少しでも遅らせようとしてくれてるんだけど、
正直、効いてるのかどうかは怪しい。
とはいえ、
魔力がほとんど残ってないロミネスカスに出来る精一杯がこれなんだ。
口には出さないが、
こいつ、死ぬ気でやってやがる……ったく、だからあれほど転移魔法で帰れっていったんだ。
「……お断りします。
あなたと一緒に帰る……そう決めていますので」
そう言いながら、詠唱を続けるロミネスカス。
ったく、利でうごく冷徹な女じゃ無かったのかよ、お前さんは?
俺は、やけくそ気味に、ロミネスカスが阻害魔法をかけ続けている大魔王の右腕部分に剣を突き立てた。
……あれ?
その時、俺は目を見張った。
それまで、どんなに切り裂いても、鉄の塊か、岩石を切りつけている感触しか感じなかった剣の先に、
明らかに、肉の感触が伝わってきた。
「ウインダ! 大魔王の防御魔法が破綻しました!」
ロミネスカスの言葉に、俺は思わず口元に笑みを浮かべた。
大魔王よ……どうやらこの根比べ、俺の勝ちのようだな。
俺の剣を防御できなくなったと悟った大魔王は
その場で絶叫し、咆哮するとその周囲に魔法陣を展開し始めた。
ここまで来て逃げる気か?
逃がすわけねぇだろ!
「詠唱・氷刀(アイスブレード)!」
俺は、詠唱しながら大魔王に飛びかかった。
狙うは、その首
キィン!
冷たい刃音が玉座の間に響き渡った。
大魔王の周囲に展開していた魔法陣が静かに消えていく。
同時に、大魔王の首が、ズズズと、動き
その胴体からずり落ち、床に落下していく。
そして
ズ、ズ~ン……
その巨体が床の上に倒れ込んでいった。
俺は、立ち上がり、魔王の体を振り返った。
俺の前で、
魔王の体は一度真っ黒く変色したかと思うと、そのまま大量の砂となり、そして、床の上に無残に広がっていった。
おれは、魔法袋の中から、魔封じの袋を取り出すと、この砂を残らず回収していく。
この大魔王の残骸には、相当な魔力が残ってる。
このまま放置しておいたら、またぞろ大魔王とまではいかないものの、魔王くらいな者が誕生してもおかしくないんでね。
「勇者ウインダ……とうとうやりましたね……」
俺の横に、ロミネスカスが歩み寄ってきた。
改めて見ると、ロミネスカスのヤツもボロボロだ。
そりゃそうか
なんせ3日以上、2人して飲まず食わずのまま大魔王と戦い続けてたんだしな……
おれは、ロミネスカスに向き直ると
「王に命じられたからとはいえ、本当に最後までよく付き従ってくれた。感謝する」
俺はそう言い、ロミネスカスに頭をさげた。
「……これでお前も、城で待ってる婚約者の元に帰れる……
そう声をかけながら、頭をあげた俺の前には
ロミネスカスじゃない
見たこともない、女が立っていた。
その女は、俺に向かってニコニコ微笑みながら
「いやぁ、勇者ウインダさん、なかなかの腕前でしたねぇ。お見事でしたねぇ」
やけに露出の高いシャツと、ハーフパンツ姿のその女は、小脇に何やら膨大な量の書類の束を抱えている。
っていうか、ロミネスカス、その女の真横にいるのに、なんで黙ってんだ?
「あぁ、ごめんなさいねぇ、今ちょぉっとこの世界の時間を止めてますのねぇ」
そう言いながらこの女、
俺の前で何やら、小脇に抱えている書類の束をめくり始めると、
ん~って、なにやら声をあげていく。
「勇者ウインダ
10才の時天啓により勇者となる。
性格はいたって粗暴
口も悪く付き合いも悪いものの、仲間思いで義理堅い……と」
なんだ、この女
なんでいきなり俺の性格分析なんか始めてんだ?
困惑する俺の前で
女はさらに言葉を続けていく。
「剣の腕前がSSS級の判定が出ていますけど、魔法能力がBですか……
そのせいで……剣を使い捨てながらの戦うしかなかったんですねぇ、これはちょっといただけませんねぇ。
上級以上の宝剣がそう何本も手にはいる今回のようなケースはむしろ希ですのでねぇ」
うぐ
この女、痛いとこをつくな……
この大魔王、確かにすっごい強かったとはいえ
俺の魔法能力が、せめてS級でもあればここまで苦労する相手じゃなかったんだ……A級魔法の使い手、ロミネスカスもいたんだしな……
だから俺は、もうゴリゴリの力押しで立ち向かったんだけど
その結果ダメにしたのが、上級以上の宝剣の数々……どれも1本あれば国が買えるって代物ばかりだった。
中には昔、救国の勇者が使ったって噂の宝剣もあったっけ……まぁもう、折れちまったけどさ……
で
この世界は、割と長く平和が続いてたおかげもあって、城の宝物殿には結構な数の宝剣があったので
俺はちょっとそれをお借りして、大魔王討伐にやってきたってわけだ。
「借りた? 勝手に持ち出した、の間違いですよねぇ?」
ちょっと!? さらに痛いとこつくんじゃねぇ! か、帰ったらちゃんと謝るんだからよ……
で、
その女
さらに書類をめくっていくと
「とはいえ、それを差し置いても、魔王レベルSSS・レブラゴナドスをほぼ1人のお力で倒されたというのは賞賛に値しますねぇ」
そう言うと、その女
書類を小脇に抱え直すと、何やら名刺みたいな物を俺に差し出して来た。
「と、いうわけで、私、あなたをスカウトさせていただきますねぇ」
は?
スカウト?
その女の言葉に困惑しながらも、俺はその女が差し出した名刺を手に取った。
そこには
『勇者派遣会社 統括主任 メフィラ』
と書かれていた。
は?
勇者派遣会社?
名刺を眺めながら困惑しきりな俺の前で、この女……えっと、メフィラっていうのか?、は
なんか、大げさな身振りの後に俺を指差し、
「勇者ウインダさん。我が社に就社なさいますねぇ?
「はい」か「イエス」でお答えくださぁい」
そう言いながら『契約書』と書かれた1枚の書類を俺に突きつけた。
っていうか、ちょっと待ってくれ
はいかイエス?
それ、拒否権ないんじゃね?
っていうか、そもそも、その勇者派遣会社って何なのさ? 俺聞いたことないんだけど?
そう言う俺の前で、メフィラは『いっけない』とばかりに、てへっと舌を出すと
「これは失礼しました。説明が前後しちゃいましたですねぇ。
我が、勇者派遣会社はですねぇ?
あなたのように、勇者としてのお役目を終えた方々をですねぇ
他の異世界で助けを必要としている他の勇者の元へと派遣するお仕事をしている会社なのですねぇ」
そう言いながら、メフィラは再度『契約書』と、書かれている書類を俺に突きつけた。
「と、いうわけで、ここに捺印をしてくださいねぇ。
名前は勝手に書いておきましたのでねぇ。
あ、印鑑がなかったら、拇印でも可能ですのでねぇ。
ささ、ここに朱肉はありますので、ご使用くださいねぇ」
メフィラは、手慣れた手つきで俺の手を取ると、そこに朱肉を押しつけて……って、うぉい!?
「い、いや、あの、ちょっとまってくれないか」
俺は、勝手に拇印を押される寸前で、その腕を引っこ抜いた。
そんな俺の前で、メフィラは、なんか舌打ちしてるし……こいつ、油断ならねぇな、おい。
で、だ
「とにかく、ちょっと待ってくれ。俺ぁ、たった今大魔王を倒したばっかなんだ……
これから城に行ってそれを報告しなきゃならない。
そこで恩賞をもらってだな……その、なんだ、出来ればこのまま生まれ故郷の村に帰ってのんびり余生を暮らしたいと思っている。
……っというわけで、だ……お前さんの言うわけのわからない会社に所属してだな、またぞろどっかに戦いにいかされるなんて、まっぴらゴメンなんだよな」
俺は、そう言うと、『悪いな』ってばかりに右手をあげて苦笑した。
まぁ、これはほぼ本音だ。
……ちょっとだけ隠し事してるけどね。
で
メフィラは、そんな俺の様子を見ながら、ふぅん? と、少し考えを巡らせる。
小脇に抱えている書類の束をパラパラめくり始めると、何やらその中の1枚を抜き出し、その内容をふんふんと確認していく。
で
その内容を確認し終えたメフィラは、ニヤッと笑うと、なんか俺をニマニマと見上げてくる。
……おいおい、なんか嫌な感じしかしないんだけど……
「それはあれですね? 村であなたを待っている、幼なじみのアン様と仲睦まじく結婚生活を送りたい……そう思われてるってことですねぇ?」
メフィラのヤツ、そう言うと「にくいよこの!」とばかりに、俺の脇腹をウリウリと小突いてくる。
ってか、なんでわかるんだよ!?
隠して言った意味、ないじゃん!?
「わが勇者派遣会社の情報収集能力をなめてもらっては困るのですねぇ」
うん、そうだな
ほとんど犯罪レベルだよな、お前らって
ところが、
ついさっきまで、そうやって俺の小脇をウリウリやっていたメフィラ、
ここでおもむろに俺から離れると
不意にその顔に、絶望に満ちた表情を浮かべ、大げさに手を左右に広げると、首をがっくり落としていった。
「あ~、でも残念ですねぇ……いやぁ、ほんと~に残念ですねぇ」
そう言いながら、俺の前で何度もその頭を左右に振っていくメフィラ。
そして、先ほど内容を確認していた書類を俺に突きつけ、
天を仰ぎ、
んでもって、その顔面を右手で抑えていく。
「アンさんはですねぇ、すでに他の男性の方とご結婚なされておいででございますのよねぇ」
「は!? ちょっと待て!? お、俺とアンはだな、俺が大魔王を倒して凱旋した暁には結婚しようと、あんだけ固く誓い合った間柄なんだぞ!?」
そういう俺に、メフィラは、ふぅ、と大きなため息をつくと
「失礼ながらぁ……それは何年前のお話ですかねぇ?」
そう言った。
その言葉に、俺は再度固まった。
え~っと、ちょっと待ってくれ……
確かこの魔王城にたどりつくまでにだな、4,5年かかったんだったか……そんでもって
両手の指を折りながら、必死に計算し始めた俺の前で、
メフィラは、再度ため息をつくと
「あなたが、大魔王討伐のために村を出たのが11年前ですねぇ。
この11年の間にですねぇ、
あなたの帰りを待ちくたびれたアンさんはですねぇ、
5年前に、隣にお住まいのダン様とご結婚なされてですねぇ、すでにお子様もおられるのですねぇ」
「な!? そ、そんな、嘘だ!」
「いえいえぇ、これがまた残念ながら嘘ではないんですねぇ」
そう言いながらメフィラは短く詠唱すると、なんか俺の前に映像を映し出し始めた。
そこには、俺が住んでいた村の光景が映し出されている。
あぁ、なんかすっごい懐かしい……
あ、アンだ
その画像の中に、1人の女性がフェードインしてくる。
俺が、大魔王討伐の旅にでている間中、一度として忘れたことのない、幼なじみのアンだ。
と
アンを追いかけるようにして、1人の男性がフェードインしてきた。
ダンだ……
アンの隣の家に住んでいる男、ダン。
俺が大魔王討伐の度に旅立つ時
「お前が戻ってくるまで、アンのことは俺がしっかり守ってやるからな」
そう言ってくれた、俺の親友じゃないか……
そのダンの後方から、今度は5人の子供達が続いフェードインしてくる
皆、アンへと向かって手を振りながら走り寄っていく。
それに気がついたアンは、ダンと子どもたちへ駆け寄ると、皆を愛おしそうに抱きしめた……
そこで、パン、と、映像は終了した。
……やっべぇ
今、俺、多分号泣してる……
なんかもう、絶望通り越してさ……なんていうの?
今なら大魔王と肩くんでさ、スキップしながら世界を破壊しにいけちゃう気がするんだ……
そんな精神的なダメージを壮絶に食らって立ち尽くしている俺の前に、
再度メフィラが満面の笑みで歩み寄ってきた。
「はいですねぇ、お分かりいただけましたでしょうかねぇ? 現実はかくも厳しいものなのですねぇ」
なんて言葉を続けていくんだけどさ……ゴメン、少し1人にしてくれない?
俺さ、いまだにダメージから立ち直れてなくてさ……
メフィラは、そんな俺の肩をポンポンと叩くと、
「そんなあなたに、追加情報ですねぇ。
城はですねぇ、宝物殿から宝剣が多数盗まれたことに激怒し、あなたを指名手配したそうですねぇ」
……えっと
なんていうんですか、これ?
……追い打ち?
俺……大魔王倒した勇者だってのにさ、
結婚約束してた女は寝取られ
城からはお尋ね者扱いされ……
なんか、俺、かわいそう過ぎない? ねぇ?
そうして
その場で絶望オーラを出しまくりながら、この場で固まってる俺に、
メフィラはニコニコしながら語りかけてきます。
「そんな勇者ウインダ様に朗報ですねぇ。
我が勇者派遣会社は社員寮完備ですので、住む場所に悩む必要もありませんねぇ。
各勇者にはメイドが常勤しましてですねぇ、身の回りの世話を全部してくれますねぇ。
仕事に必要な武具のレンタルサービスも充実してますねぇ。
指輪から召喚魔獣まで揃わないものは何もない! が、うりの勇者レンタルサービスと提携しておりますので品揃えもばっちりですねぇ。
あ、ちなみに勇者レンタルサービス、うちの子会社なんですけどねぇ。
さらにさらに、
年に2回の親睦旅行に、年末の忘年会!
有給休暇も年10日!
万が一派遣先で大怪我をされたとしても、会社所属の上級魔導士による回復魔法を24時間受けることができますねぇ」
矢継ぎ早に俺に話しをたたみかけてきたメフィラは、ここで、一度言葉を切ると、小さく咳払いをし、改めて『契約書』とかかれた書類を俺に突きつけた。
「というわけでぇ、あなたを、我が勇者派遣会社にスカウトします。我が社に就社なさいますねぇ?
「はい」か「イエス」でお答えくださぁい」
そう言ってニッコリ微笑んだ。
で、
微笑みながら、手慣れた手つきで俺の指に朱肉を押し当てていくメフィラなんだけど
今の俺には、それから逃れるだけの気力も体力もなかったわけで……
「はい、では、契約成立ですねぇ」
そんな俺の前で、メフィラは契約書を手に、ニッコリ微笑んだ。
俺の拇印入りの経書を手に……
ーつづく
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