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さわこさんと、猫集会
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「じゃ、行って来ます」
「はい、お気をつけて」
背中に大きなリュックサックを背負ったミリーネアさんは、笑顔で居酒屋さわこさんの扉から出ていかれました。
お昼過ぎのここ、辺境都市トツノコンベ。
少し前まではこの時間でも凍てつくような風が吹き荒れていたのですが最近はそうでもありません。
ちょうど極楽鳥人のテルミピッピが遊びに来た、あの日からでしょうか、日中の寒さが見るからに和らいで参った次第でございます。
それに比例するかのように、冒険者組合にも外部からの方々がお見えになられはじめた次第なんです。
吟遊詩人のミリーネアさんは、そういった冒険者の方々からお話をお聞きして、それを歌の題材になさっているのでございます。
その対価といたしまして、ここ居酒屋さわこさんの割引券をお配りするよう提案させていただいております。
こうしてまた、ミリーネアさんが冒険者の方々とお話することが増えて参りますと、居酒屋さわこさんにも新しいお客様がお見えになってくださるかもしれません。
「そう考えますと、なんだか楽しくなってまいりますね」
そんな事を呟きながら、私は仕込み作業をはじめていきました。
すると、
「おはようニャ!」
二階から、ベルが元気な様子で駆け下りてまいりました。
見た目は猫さんなベルですが、本来は古代怪獣族という、私の世界で言いますところのは虫類なんです。
自分で体温調節が出来ないため、体がしっかりと温かくなるまで起き上がれないんですよ。
実際問題といたしまして、下手をすると冬眠モードに入ってしまいかねないわけです。
そうなってしまうと、数ヶ月目を覚まさなくなるとのこと……そうなってしまいますと、さすがに寂しいですものね。
「おはようベル。今日も元気ね!」
そんなベルを、エンジェさんが真っ先に出迎えました。
すっかりベルと仲良しになっているエンジェさん。
手を取り合いながら楽しそうに飛び跳ねている姿もすっかりお馴染みになっています。
いつもですと、お店で出すうどんを踏み踏みしてくれるベルとエンジェさんなのですが、最近は少々様子が違っております。
「さーちゃん、ちょっと遊んでくるニャ!」
「さわこ、行ってくるわね」
そう言って、2人はしっかりと服を着込んでから出かけていきました。
ベルが起きてくると、こうして2人してお出かけしていくことが増えているんです。
時間的にはいつも1時間くらいなのですが……少し気になる感じでございます。
バテアさんの魔法道具のお店の方を、エミリアが切り盛りしていまし、今日はバイトのショコラもお手伝いにきてくれていますので、私が席を外しても大丈夫ですね。
以前、上級酒場組合の方々に拉致されたことがある私ですが、すでに首謀者の方や関係者の方は捕縛されておりますので、もう大丈夫かな、と思いますし……あ、それでもバテアさんから手渡されている魔石はしっかりとネックレスにして首にかけております。
これ、防犯ブザーのような仕組みがあるそうでして、私が脳内で「助けて!」とねじるだけでバテアさんにその緊急SOSが送信される仕組みになっているそうなんです。
本当に、バテアさんにはいつもお世話になりっぱなしです。
いつかしっかりと恩返しをしないと……
「……っと、いけないいけない」
私は、エプロンを外すと、ダウンジャケットを着込んで外に出ました。
街道に出て見ますと、少し先をベルとエンジェさんが仲良く手をつないで歩いている姿がありました。
私は、その少し後ろを気がつかれないように気をつけながらついていきます。
……どこに行くのかしら?
そんなことを思いながら、その後についていく私。
ほどなくいたしますと、ベルとエンジェさんは近くにある小さな公園に入っていきました。
都市の中心には中央公園という、とても大きくて人通りの多い公園もあるのですが……
……ベルとエンジェさんは、ここでいったい何を……
そんな事を思いながら、建物の影から公園の方へ視線を向けた私なのですが、
「あ、ベルとエンジェにゃん!」
「いらっしゃいにゃふぅ」
ベルとエンジェさんの前方には、数人の亜人種族……それも、全員猫人種族の方々が集まっていたのでございます。
にゃ~
にゃは~
にゃん!
にゃふぅ!
うにゃ!
公園には、そんな語尾の言葉が飛び交っています。
そんな猫人さんの1人に、私は見覚えがございました。
少しぽややんとした感じで、語尾に「~にゃんにゃん」とつけてお話をしている、眼鏡をかけている猫人さん。
間違いありません。
さわこの森にございますワノン酒造工房で働いている私の親友、和音が一緒に暮らしはじめた猫人さんです。
確か、名前を「ノア」ちゃんといったはずです。
野良で、街中を彷徨っていたところを、材料の仕入にやってきたワノンさんと和音が見つけて保護したんです。
お話を聞いていると……どうもこの猫人さん達は、みんな誰かの家で暮らしている方々のようですね。
……エンジェさんだけは例外ですが。
そんなみなさんは、どうやら集まって雑談をしているようですね。
……これって、ひょっとして猫集会ってやつなのでしょうか?
そんなことを考えながら、改めてベル達を見ていますと……なんでしょう、なんだか急に微笑ましく思えてきたといいますか、急にぽややんとしてきたと申しますか……
「……はぁ、なんだか癒やされますねぇ」
「だわね。ほんとそれ」
「うんうん、さわこ。私もそう思う~」
頬を赤くしながらじゃれ合っているベル達を見ている私の後方から、急に2人の女性の声が聞こえてきました。
振り返りますと、そこにはワノンさんと和音の姿があったのです。
2人とも、私同様にお顔にデレッとした笑顔を浮かべながら、主にノアちゃんの方へ視線を向けていたのです。
「ワノンさんと和音は、この猫集会のことを知っていたのですか?」
「そうなのよ~。ノアちゃんが「みんなと少し遊んでもいいですかにゃんにゃん?」って聞いてきたのでね~、お話を聞いてみたらこういうことだったの~」
私の言葉に、和音がデレデレした表情を浮かべながら説明してくれました。
ちなみに、ノアちゃんですが、ピンクを基調にしたふわふわでもこもこな服を着ているのですが……その背中には、和音の字で「お酒」ってしっかり書かれていました。
……なんとも、和音らしいと申しますか……
この猫集会なのですが、この都市で暮らしている猫系の亜人種族のみなさんが集まってお話をする会なんだそうです。
楽しそうにお話をしているみんなを見ていると、何かご馳走してあげたくなってしまいます。
「……そういえば、魔法袋の中に……」
私は、腰につけている魔法袋にタッチしました。
すると、私の眼前にウインドウが広がりまして、その中に魔法袋の中身が表示されました。
「……あ、ありました、ありました」
私は、その中の1つに触れました。
すると、私の手の中に、おにぎりが詰まっている簡易式のお弁当が出てまいりました。
これ、夜の営業の際に、お持ち帰りなさるお客様用にと、先ほど握ったばかりのおにぎりです。
おかかと昆布、それに卵焼きのセットなのですが……これをあげたら喜んでくれるかしら……
そんな事を考えながらベルとエンジェさんの方へ視線を……
「さーちゃん、それ美味しそうな匂いにゃ」
「さわこ、それ美味しそう」
おにぎりの匂いを早速嗅ぎつけたベルとエンジェさん、それにノアちゃんをはじめとした他の猫人さん達がすでに私の前に集合して、尻尾をパタパタと振っているではありませんか。
「はいはい、これでよかったら食べてくださいな」
私が笑顔でおにぎり弁当を差し出しますと、
「ありがとうにゃふぅ」
「ありがとうございますにゃんにゃん」
猫人さん達は、お礼をいいながらそれを受け取っていきました。
そして、その場で早速おにぎりを口に……
「にゃん! これ美味しいにゃん!」
「にゃふぅ! これはたまらんにゃふぅ!」
猫人さん達は、歓声をあげながらおにぎりを口に運んでいます。
みんな笑顔を交わし合いながら、とっても嬉しそうです。
なんでしょう……その笑顔を拝見していると、私まですごく笑顔になってしまいます。
今度また、何か差し入れをしてあげたいと思っております。
ーつづく
「はい、お気をつけて」
背中に大きなリュックサックを背負ったミリーネアさんは、笑顔で居酒屋さわこさんの扉から出ていかれました。
お昼過ぎのここ、辺境都市トツノコンベ。
少し前まではこの時間でも凍てつくような風が吹き荒れていたのですが最近はそうでもありません。
ちょうど極楽鳥人のテルミピッピが遊びに来た、あの日からでしょうか、日中の寒さが見るからに和らいで参った次第でございます。
それに比例するかのように、冒険者組合にも外部からの方々がお見えになられはじめた次第なんです。
吟遊詩人のミリーネアさんは、そういった冒険者の方々からお話をお聞きして、それを歌の題材になさっているのでございます。
その対価といたしまして、ここ居酒屋さわこさんの割引券をお配りするよう提案させていただいております。
こうしてまた、ミリーネアさんが冒険者の方々とお話することが増えて参りますと、居酒屋さわこさんにも新しいお客様がお見えになってくださるかもしれません。
「そう考えますと、なんだか楽しくなってまいりますね」
そんな事を呟きながら、私は仕込み作業をはじめていきました。
すると、
「おはようニャ!」
二階から、ベルが元気な様子で駆け下りてまいりました。
見た目は猫さんなベルですが、本来は古代怪獣族という、私の世界で言いますところのは虫類なんです。
自分で体温調節が出来ないため、体がしっかりと温かくなるまで起き上がれないんですよ。
実際問題といたしまして、下手をすると冬眠モードに入ってしまいかねないわけです。
そうなってしまうと、数ヶ月目を覚まさなくなるとのこと……そうなってしまいますと、さすがに寂しいですものね。
「おはようベル。今日も元気ね!」
そんなベルを、エンジェさんが真っ先に出迎えました。
すっかりベルと仲良しになっているエンジェさん。
手を取り合いながら楽しそうに飛び跳ねている姿もすっかりお馴染みになっています。
いつもですと、お店で出すうどんを踏み踏みしてくれるベルとエンジェさんなのですが、最近は少々様子が違っております。
「さーちゃん、ちょっと遊んでくるニャ!」
「さわこ、行ってくるわね」
そう言って、2人はしっかりと服を着込んでから出かけていきました。
ベルが起きてくると、こうして2人してお出かけしていくことが増えているんです。
時間的にはいつも1時間くらいなのですが……少し気になる感じでございます。
バテアさんの魔法道具のお店の方を、エミリアが切り盛りしていまし、今日はバイトのショコラもお手伝いにきてくれていますので、私が席を外しても大丈夫ですね。
以前、上級酒場組合の方々に拉致されたことがある私ですが、すでに首謀者の方や関係者の方は捕縛されておりますので、もう大丈夫かな、と思いますし……あ、それでもバテアさんから手渡されている魔石はしっかりとネックレスにして首にかけております。
これ、防犯ブザーのような仕組みがあるそうでして、私が脳内で「助けて!」とねじるだけでバテアさんにその緊急SOSが送信される仕組みになっているそうなんです。
本当に、バテアさんにはいつもお世話になりっぱなしです。
いつかしっかりと恩返しをしないと……
「……っと、いけないいけない」
私は、エプロンを外すと、ダウンジャケットを着込んで外に出ました。
街道に出て見ますと、少し先をベルとエンジェさんが仲良く手をつないで歩いている姿がありました。
私は、その少し後ろを気がつかれないように気をつけながらついていきます。
……どこに行くのかしら?
そんなことを思いながら、その後についていく私。
ほどなくいたしますと、ベルとエンジェさんは近くにある小さな公園に入っていきました。
都市の中心には中央公園という、とても大きくて人通りの多い公園もあるのですが……
……ベルとエンジェさんは、ここでいったい何を……
そんな事を思いながら、建物の影から公園の方へ視線を向けた私なのですが、
「あ、ベルとエンジェにゃん!」
「いらっしゃいにゃふぅ」
ベルとエンジェさんの前方には、数人の亜人種族……それも、全員猫人種族の方々が集まっていたのでございます。
にゃ~
にゃは~
にゃん!
にゃふぅ!
うにゃ!
公園には、そんな語尾の言葉が飛び交っています。
そんな猫人さんの1人に、私は見覚えがございました。
少しぽややんとした感じで、語尾に「~にゃんにゃん」とつけてお話をしている、眼鏡をかけている猫人さん。
間違いありません。
さわこの森にございますワノン酒造工房で働いている私の親友、和音が一緒に暮らしはじめた猫人さんです。
確か、名前を「ノア」ちゃんといったはずです。
野良で、街中を彷徨っていたところを、材料の仕入にやってきたワノンさんと和音が見つけて保護したんです。
お話を聞いていると……どうもこの猫人さん達は、みんな誰かの家で暮らしている方々のようですね。
……エンジェさんだけは例外ですが。
そんなみなさんは、どうやら集まって雑談をしているようですね。
……これって、ひょっとして猫集会ってやつなのでしょうか?
そんなことを考えながら、改めてベル達を見ていますと……なんでしょう、なんだか急に微笑ましく思えてきたといいますか、急にぽややんとしてきたと申しますか……
「……はぁ、なんだか癒やされますねぇ」
「だわね。ほんとそれ」
「うんうん、さわこ。私もそう思う~」
頬を赤くしながらじゃれ合っているベル達を見ている私の後方から、急に2人の女性の声が聞こえてきました。
振り返りますと、そこにはワノンさんと和音の姿があったのです。
2人とも、私同様にお顔にデレッとした笑顔を浮かべながら、主にノアちゃんの方へ視線を向けていたのです。
「ワノンさんと和音は、この猫集会のことを知っていたのですか?」
「そうなのよ~。ノアちゃんが「みんなと少し遊んでもいいですかにゃんにゃん?」って聞いてきたのでね~、お話を聞いてみたらこういうことだったの~」
私の言葉に、和音がデレデレした表情を浮かべながら説明してくれました。
ちなみに、ノアちゃんですが、ピンクを基調にしたふわふわでもこもこな服を着ているのですが……その背中には、和音の字で「お酒」ってしっかり書かれていました。
……なんとも、和音らしいと申しますか……
この猫集会なのですが、この都市で暮らしている猫系の亜人種族のみなさんが集まってお話をする会なんだそうです。
楽しそうにお話をしているみんなを見ていると、何かご馳走してあげたくなってしまいます。
「……そういえば、魔法袋の中に……」
私は、腰につけている魔法袋にタッチしました。
すると、私の眼前にウインドウが広がりまして、その中に魔法袋の中身が表示されました。
「……あ、ありました、ありました」
私は、その中の1つに触れました。
すると、私の手の中に、おにぎりが詰まっている簡易式のお弁当が出てまいりました。
これ、夜の営業の際に、お持ち帰りなさるお客様用にと、先ほど握ったばかりのおにぎりです。
おかかと昆布、それに卵焼きのセットなのですが……これをあげたら喜んでくれるかしら……
そんな事を考えながらベルとエンジェさんの方へ視線を……
「さーちゃん、それ美味しそうな匂いにゃ」
「さわこ、それ美味しそう」
おにぎりの匂いを早速嗅ぎつけたベルとエンジェさん、それにノアちゃんをはじめとした他の猫人さん達がすでに私の前に集合して、尻尾をパタパタと振っているではありませんか。
「はいはい、これでよかったら食べてくださいな」
私が笑顔でおにぎり弁当を差し出しますと、
「ありがとうにゃふぅ」
「ありがとうございますにゃんにゃん」
猫人さん達は、お礼をいいながらそれを受け取っていきました。
そして、その場で早速おにぎりを口に……
「にゃん! これ美味しいにゃん!」
「にゃふぅ! これはたまらんにゃふぅ!」
猫人さん達は、歓声をあげながらおにぎりを口に運んでいます。
みんな笑顔を交わし合いながら、とっても嬉しそうです。
なんでしょう……その笑顔を拝見していると、私まですごく笑顔になってしまいます。
今度また、何か差し入れをしてあげたいと思っております。
ーつづく
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