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さわこさんと、シロ その1

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 雪深いここ辺境都市トツノコンベでございます。
 
 そんな中ですが、冒険者のリンシンさんは最近毎日のように罠を仕掛けに出かけておられます。
 リンシンさんが狙っておられるのは、流血狼という凶暴な魔獣だそうです。
 
 この魔獣は、魔獣だけでなく人種族や亜人種族をも襲う魔獣とのことでして、冒険者組合もこの時期の危険魔獣として報奨金を多めに賭けて冒険者の皆様に駆除を呼びかけている次第なんです。

 ただですね、この魔獣達は雪の中でも自由自在に動き回ることが可能なため、武具を使用して狩るのには適しいません。その狩猟にはもっぱら罠が用いられている次第なんです。
 とはいえ……連日のこの豪雪でございます。
 街中はバテアさんが定期的に魔法で除雪してくださっているおかげで快適ですし、食料に関しましてもバテア青空市が都市に野菜類を提供しているおかげで不足がございません。
 そんな状況のため、そもそも都市の外にわざわざ出る人がおられないものですから、いくら冒険者組合が声をあげても、ほとんど誰もそれに応じていない状態なんです。

 そんな中、リンシンさんは数少ない流血狼捕縛のための罠を定期的に仕掛けにいっている冒険者のお1人なのでございます。

 それには、1つ大きな理由がございます。

 流血狼は、雑食ですが肉食を好む傾向が強い魔獣です。
 辺境都市トツノコンベからの人の出入りがないため、流血狼は魔獣達を餌としているのですが、その際に狙われるのが白銀狐さん達なのでございます。
 トツノコンベの周囲一帯には、他の魔獣も棲息してはいるのですが熊型を中心とした大型の魔獣が多いそうでして、そのため流血狼は手頃なサイズの白銀狐さんをよく狙っているのだそうでございます。

 そんな流血狼を狩るために、罠をしかけておられるリンシンさん。
 その罠の近くにご自分の所有物をわざと置いておくのだそうでございます。

 その匂いは、白銀狐さん達には
『……このあたりに罠を仕掛けてるから』
 という、リンシンさんからのメッセージになっているわけでございまして、そのおかげでしょうか、リンシンさんの罠に白銀狐さん達がかかってしまったことは今までに一度もございません。

 その匂いがございますと、流血狼にも罠の存在を嗅ぎつけられてしまうのでは……そんなことを考えていたのですが、
「……罠の仕掛けに、肉を置いてるから……流血狼はごまかせてる」
 とのことでございました。

 そういったあたり、さすがはリンシンさんですね。

◇◇

 そんなある夜のことでございます。

 今夜も、居酒屋さわこさんには大雪にもかかわらず多くのお客様がご来店くださっていました。

「いやぁ、しかしこの佐渡の鬼ころしってお酒はいいねぇ」
 常連客のナベアタマさんが、空になったコップを掲げながら顔を左右に振っておられます。

 先日の節分の日にみなさんに振る舞わせて頂いたこの佐渡の鬼ころしなのですが、みなさんすっかりこのお酒を気に入ってくださっています。

 超がつくほどの辛口のお酒なのですが、一気に飲み干しますと体が芯からあったまりますし、辛みが口いっぱいに広がるものの、飲み干してしまうと口の中をすっきりと洗い流してくれる……そんなお酒でございますので、料理の味の邪魔もしないんです。

「はいはい、気に入ったのならもう一杯、いっとく?」
「あぁ、もちろん!」
 バテアさんのお言葉に、大きく頷くナベアタマさん。
「ふふ、そうこなくっちゃ」
 バテアさんも、笑顔でお酌をなさっておいでです。

「お~い、バテアちゃん、こっちにもお代わり頼むよ」
「こっちにもだ」

 そんな声があちこちから上がっています。

「はいはい、お待ちなさいって。お酒は逃げないわよ」
 そんなみなさんに、バテアさんは軽口を叩きながら順番にテーブルを回り始めました。

 ベン、ベベンベン……

 ♪そのお酒にて~

  ♪酔いしお客の~

 店内には、吟遊詩人のミリーネアさんの三味線と歌声も響いています。
 大きすぎず、かといって小さすぎず。
 みなさんが心地よくお酒を飲み、食べ物を食べられるように配慮しながら歌っておいでのミリーネアさん。

 その光景も、今ではすっかり居酒屋さわこさんの光景として、みなさんにも認知されている次第でございます。

 キィ……

 そんなお店の扉が開きました。
「ウェルカム、いらっしゃいま……せ?」

 ……おや?

 どうしたのでしょうか……接客に向かったエミリアが何やら困惑した声をあげています。
 私は、準備していた料理の手をとめてそちらへ視線を向けました。

 すると……

 そこには、すごく小さな女の子が立っていたのです。
 頭の上に耳がはえていますので亜人種族のようですね。
 綺麗な銀色の紙をしているその女の子は、目の前に立っているエミリアのことなどおかまいなしといった感じで、しきりと店内を見回していたのですが……その視線が、ある一点で制止しました。
 
 その女の子の視線をたどってみますと……その先には、リンシンさんの姿がありました。

 女の子は、リンシンさんを見つけるなりぱぁっと笑顔を浮かべると、
「ねぇね!」
 そう言いながら、リンシンさんの元に駆け寄っていったのでございます。
 ポフン、と、リンシンさんの足に抱きついたその女の子。
 料理を運んでいたリンシンさんは、その女の子を不思議そうに眺めていたのですが……

「……シロ?」

 そう、一言発しました。
 シロと言いますと……リンシンさんが先日助けた白銀狐の子供のことなのですが……
 
 そんなリンシンさんの言葉に、その女の子は、
「うん!」
 そう言って、さらに笑顔を輝かせていったのでございます。

 その光景に、私もしばらく目を丸くすることしか出来ませんでした。

◇◇

 営業を終えて、閉店した店内。
「そうねぇ……確かに聞いた事があるわ。魔獣の中にね、亜人化する個体が希に存在するっていうの」
 バテアさんは、リンシンさんに抱きついたままのシロを見つめておいでです。
 
 シロは、白銀狐の子供でした。
 ですが、亜人種族ではなく、純粋な魔獣だったはずですので、こうして人型に変化することは出来ないはずなのですが……バテアさんのご説明によりますと、シロはそのごく希な存在だったということなのでしょうか……

 人型になれて間がないのでしょう。
 シロは片言でした言葉を発することが出来ません。

 ですが、
「ねぇね」
 そう言いながら、嬉しそうにリンシンさんの足に抱きついていまして、リンシンさんもそんなシロを愛おしそうに撫で続けておいでです。

 すると……そんなシロが、今度は私に視線を向けてきました。
「あの……ごはん……」
「あぁ、お腹が空いているのですね? では、何か準備を……」
 私がそう言って、鍋の準備をはじめますと、シロはおもむろにお店の外を指さしました。

 その先は……バテア青空市の方でしょうか……

「みんなに……ごはん……」
 シロは、そちらを指さしながら私とリンシンさんを交互に見つめています。

 なんでしょう……

 そう思いながら、私とリンシンさんは店を出まして、バテア青空市の方へ歩いていきました。 
 そんな私達を案内するかのように、シロが先導してくれています。

 そんなシロが向かった先……バテア青空市の近くの森に、白銀狐さんの集団が輪になって集まっていたのでございます。
 バテア青空市には、バテアさんの結界がはられていますので、関係者以外は入れません。
 なので、白銀狐さん達はその結界の近くにある、木々の麓に集まっている感じです。
「……流血狼が活動してるから、人里に近くて、襲わない人がいる近くに集まったの?」
 リンシンさんがシロに向かってそう言うと、シロはこくんと頷きました。

 そういえば、冒険者組合の方々も言われていたのですが、今年は積雪が例年以上に多いため、流血狼達も餌を入手出来なくて凶暴化しているとか……

 それで、自分達に対して友好的なリンシンさんや私のことを頼って、こうしてやってきたということなのでしょう。

ーつづく
 
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