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連載
さわこさんと、白銀狐さん その1
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寒さも積雪も厳しい日々が続いている、ここ辺境都市トツノコンベでございます。
「こう寒いと、さすがに客足にも影響が出ちゃうわねぇ」
カウンター席にお座りになっているバテアさんが、店内を見回しながら苦笑なさっておいでです。
少し前に、最後のお客様がお帰りになって以降、店内にはお客様のお姿はございません。
「まぁ、仕方ありません。これだけ寒い上に足下も悪くては、皆様もそうそう外に出ようとは思われないでしょうから」
厨房の片付けをしながら、私はバテアさんに笑いかけました。
「そうねぇ……今出ていって魔法で除雪しても、雪が降り続けてるだけに無意味なのよねぇ」
「……うん、これだけ寒いと、仕方ない」
窓から外を眺めておられるリンシンさんも、そう仰りながら頷いてお出でです。
お客様が少ない感じでしたので、エミリアにも少し早めに帰ってもらっています。
お姉さんのアミリアさんが、寒さに強い作物の研究をなさっているとかで、ちょっと修羅場のご様子らしいですから、そちらのお手伝いをするために帰っています。
本来でしたら、少し早めにお店もしめてもいいのでは……そう思わないこともないのですけれども……
もし、ですよ?
今の時間から『閉店時間までまだ少しあるし、ちょっと居酒屋さわこさんにでも行ってみようかな』と思い立たれたお客様が、こちらへと向かいはじめておられたら……
そう思うと……やはり通常の営業時間までは提灯の明かりを灯しておこうと思う次第でございます。
今の店内には、私、バテアさん、リンシンさん、ミリーネア、エンジェさんの5人。
エンジェさんは、だるまストーブ近くの席でうつらうつらとし始めています。
「ちょっとエンジェさんをベッドまで連れていってくるわね」
バテアさんはそう言うと、エンジェさんを御姫様だっこの要領で抱き上げました。
すると、エンジェさんは、
「……ぱふん、ぱふ~んね……」
そんな寝言を言いながら……ちょっとエンジェさん、何、バテアさんの胸を揉んでいるんですか!?
「あはは、いいのよさわこ。他に触って喜んでくれる人もいないんだし、好きに触らせてあげるわよ」
バテアさんってば、クスクス笑っておいでですけど……
なんと言いますか、苦笑してしまう光景でございます。
◇◇
コトン……
「……ん?」
なんでしょう?
お店の前で何か音がした気がしました。
リンシンさんも、その音に気付いたようです。
「……ちょっと見てくる」
そう言うと、リンシンさんはお店の玄関を開けて外に出て行かれました。
戸が開くと、その向こうには雪が舞っておりました。
その中に、着物姿で出ていかれました。
そして、数分と経たないうちに、店内に戻ってこられたのですが
「……この子が……」
そう言っているリンシンさんの腕の中には、1匹の……みたところ、狐の子供のような生き物が抱っこされていました。
まだ子供のようですが、リンシンさんの腕の中で目を閉じたままピクリとも動いていません。
「……白銀狐の子供が倒れてた……この雪で、群れからはぐれたのかも……」
「まぁ、そうなんですか?」
リンシンさんのご説明によりますと……
この白銀狐というのは、雪の中で生活している魔獣なのだそうです。
雪のように真っ白な毛並みが特徴で、群れで各地を転々としながら生活しているのだとか……
見たところ、外傷などはないようですが……ひょっとしたらお腹が空いているのかもしれませんね。
白銀狐は雑食とのことですので、基本的には私達と同じ物を食べることが出来るとのことなので、私は早速、小さめの土鍋を魔石コンロにかけました。
土鍋ご飯と、おでんの出汁を使って雑炊をつくってまいります。
焼き豆腐やたまごも刻んで加えます。
土鍋ご飯を、出汁でひたひたにした土鍋で煮こみまして、最後にクッカドゥウドルのたまごを溶き入れて……はい、完成です。
その間、リンシンさんは白銀狐の子供を抱きかかえたまま、だるまストーブの近くに座っていらっしゃいました。
両腕で抱きかかえて、白銀狐の子供を温めておいでのようです。
「白銀狐は狩らないの」
「……うん。白銀狐は益獣だから、狩らない」
「へえ、そうなの?」
「うん……死んだ動物の死骸を処分してくれる……白銀狐がいないと、あちこちで魔獣の死骸が腐乱して、デパ菌の温床になりかねない」
「うへぇ……デパ菌は勘弁よねぇ……」
「デパ菌ですか?」
「あぁ、さわこは知らないわよね。この世界ではね、動物の死骸が腐乱したらそこにデパ菌ってのが増殖することがあってね。そいつが人や魔獣にとりついちゃうと、高熱を発してそのまま死にいたることもあるのよね。やっかいなことに、この菌に効果のある魔法薬を生成出来る人がなかなかいないのよ……まぁ、アタシはちょちょいのちょいで作れるけどさ……でも、あれ、すっごく生成がめんどくさいからさぁ、あんまり作りたくないのよね」
バテアさんは、そう言うと肩をすくめました。
そんな説明をお聞きしながら、私は出来上がったばかりの雑炊の土鍋をお盆にのせて、リンシンさんの近くへと歩みよりました。
リンシンさんの隣で、しゃがみこんだ私は膝のお盆をのせ、れんげで雑炊をひとすくいすると
「ふぅ……ふぅ……」
と、息を吹きかけて冷ましていきました。
……すると
その匂いに反応したのでしょうか……白銀狐さんが少し顔を動かしました。
お鼻をクンクンさせながら、れんげの方に顔をむけています。
「さぁ、熱いですから気をつけて……」
私がそう言いながらゆっくりとれんげを差し出すと、白銀狐さんはそれをしばらく匂った後……
ぱくっ!
っと、凄い勢いでれんげに食いついてきました。
れんげの中の雑炊を口に含んだ白銀狐さんは、それを美味しそうにモグモグした後、
『もっとください』
と、ばかりに小さなお口をあけています。
その光景に、私とリンシンさん、それにバテアさんとミリーネアさんも思わず笑顔になってしまいました。
◇◇
よっぽどお腹が空いていたのでしょう。
白銀狐さんはその後、すごい勢いで雑炊を食べていきまして……何度もあ~んと口をあけてはお代わりを催促してまいりまして、結局3杯もおかわりをした次第でございます。
しっかり食べてお腹が膨れた後は、眠たくなったのでしょう。
今は、リンシンさんの腕の中で寝息をたてています。
「どうやら、起きそうにありませんね」
「そうねぇ」
私の横で、バテアさんは魔法を使用して白銀狐さんの体を綺麗になさっておいでです。
すると、先ほどまで少しくすんで見えていた体毛が、店内の魔法灯の光りをあびて綺麗に輝きはじめました。
そんな白銀狐さんを抱っこしたままのリンシンさん。
「……今日は、一緒に寝る」
そう言うと、にっこり微笑まれました。
「そうですね。朝までゆっくり休ませてあげましょうか」
リンシンさんに、私も笑顔で頷きました。
その後、ちょうど閉店時間がまいりましたので、私達はあれこれ片付けをしていきました。
リンシンさんは、白銀狐さんを抱っこしたまま提灯と暖簾を片付けてくださっています。
こうして見ていると、まるでお母さんと子供みたいですね。
その夜、バテアさんは白銀狐さんを抱っこするようにしてお眠りになられていました。
その横ではベルがまっすぐに体を伸ばして熟睡していましたので、リンシンさんはそんな2人に囲まれた格好になっていた次第でございます。
ーつづく
「こう寒いと、さすがに客足にも影響が出ちゃうわねぇ」
カウンター席にお座りになっているバテアさんが、店内を見回しながら苦笑なさっておいでです。
少し前に、最後のお客様がお帰りになって以降、店内にはお客様のお姿はございません。
「まぁ、仕方ありません。これだけ寒い上に足下も悪くては、皆様もそうそう外に出ようとは思われないでしょうから」
厨房の片付けをしながら、私はバテアさんに笑いかけました。
「そうねぇ……今出ていって魔法で除雪しても、雪が降り続けてるだけに無意味なのよねぇ」
「……うん、これだけ寒いと、仕方ない」
窓から外を眺めておられるリンシンさんも、そう仰りながら頷いてお出でです。
お客様が少ない感じでしたので、エミリアにも少し早めに帰ってもらっています。
お姉さんのアミリアさんが、寒さに強い作物の研究をなさっているとかで、ちょっと修羅場のご様子らしいですから、そちらのお手伝いをするために帰っています。
本来でしたら、少し早めにお店もしめてもいいのでは……そう思わないこともないのですけれども……
もし、ですよ?
今の時間から『閉店時間までまだ少しあるし、ちょっと居酒屋さわこさんにでも行ってみようかな』と思い立たれたお客様が、こちらへと向かいはじめておられたら……
そう思うと……やはり通常の営業時間までは提灯の明かりを灯しておこうと思う次第でございます。
今の店内には、私、バテアさん、リンシンさん、ミリーネア、エンジェさんの5人。
エンジェさんは、だるまストーブ近くの席でうつらうつらとし始めています。
「ちょっとエンジェさんをベッドまで連れていってくるわね」
バテアさんはそう言うと、エンジェさんを御姫様だっこの要領で抱き上げました。
すると、エンジェさんは、
「……ぱふん、ぱふ~んね……」
そんな寝言を言いながら……ちょっとエンジェさん、何、バテアさんの胸を揉んでいるんですか!?
「あはは、いいのよさわこ。他に触って喜んでくれる人もいないんだし、好きに触らせてあげるわよ」
バテアさんってば、クスクス笑っておいでですけど……
なんと言いますか、苦笑してしまう光景でございます。
◇◇
コトン……
「……ん?」
なんでしょう?
お店の前で何か音がした気がしました。
リンシンさんも、その音に気付いたようです。
「……ちょっと見てくる」
そう言うと、リンシンさんはお店の玄関を開けて外に出て行かれました。
戸が開くと、その向こうには雪が舞っておりました。
その中に、着物姿で出ていかれました。
そして、数分と経たないうちに、店内に戻ってこられたのですが
「……この子が……」
そう言っているリンシンさんの腕の中には、1匹の……みたところ、狐の子供のような生き物が抱っこされていました。
まだ子供のようですが、リンシンさんの腕の中で目を閉じたままピクリとも動いていません。
「……白銀狐の子供が倒れてた……この雪で、群れからはぐれたのかも……」
「まぁ、そうなんですか?」
リンシンさんのご説明によりますと……
この白銀狐というのは、雪の中で生活している魔獣なのだそうです。
雪のように真っ白な毛並みが特徴で、群れで各地を転々としながら生活しているのだとか……
見たところ、外傷などはないようですが……ひょっとしたらお腹が空いているのかもしれませんね。
白銀狐は雑食とのことですので、基本的には私達と同じ物を食べることが出来るとのことなので、私は早速、小さめの土鍋を魔石コンロにかけました。
土鍋ご飯と、おでんの出汁を使って雑炊をつくってまいります。
焼き豆腐やたまごも刻んで加えます。
土鍋ご飯を、出汁でひたひたにした土鍋で煮こみまして、最後にクッカドゥウドルのたまごを溶き入れて……はい、完成です。
その間、リンシンさんは白銀狐の子供を抱きかかえたまま、だるまストーブの近くに座っていらっしゃいました。
両腕で抱きかかえて、白銀狐の子供を温めておいでのようです。
「白銀狐は狩らないの」
「……うん。白銀狐は益獣だから、狩らない」
「へえ、そうなの?」
「うん……死んだ動物の死骸を処分してくれる……白銀狐がいないと、あちこちで魔獣の死骸が腐乱して、デパ菌の温床になりかねない」
「うへぇ……デパ菌は勘弁よねぇ……」
「デパ菌ですか?」
「あぁ、さわこは知らないわよね。この世界ではね、動物の死骸が腐乱したらそこにデパ菌ってのが増殖することがあってね。そいつが人や魔獣にとりついちゃうと、高熱を発してそのまま死にいたることもあるのよね。やっかいなことに、この菌に効果のある魔法薬を生成出来る人がなかなかいないのよ……まぁ、アタシはちょちょいのちょいで作れるけどさ……でも、あれ、すっごく生成がめんどくさいからさぁ、あんまり作りたくないのよね」
バテアさんは、そう言うと肩をすくめました。
そんな説明をお聞きしながら、私は出来上がったばかりの雑炊の土鍋をお盆にのせて、リンシンさんの近くへと歩みよりました。
リンシンさんの隣で、しゃがみこんだ私は膝のお盆をのせ、れんげで雑炊をひとすくいすると
「ふぅ……ふぅ……」
と、息を吹きかけて冷ましていきました。
……すると
その匂いに反応したのでしょうか……白銀狐さんが少し顔を動かしました。
お鼻をクンクンさせながら、れんげの方に顔をむけています。
「さぁ、熱いですから気をつけて……」
私がそう言いながらゆっくりとれんげを差し出すと、白銀狐さんはそれをしばらく匂った後……
ぱくっ!
っと、凄い勢いでれんげに食いついてきました。
れんげの中の雑炊を口に含んだ白銀狐さんは、それを美味しそうにモグモグした後、
『もっとください』
と、ばかりに小さなお口をあけています。
その光景に、私とリンシンさん、それにバテアさんとミリーネアさんも思わず笑顔になってしまいました。
◇◇
よっぽどお腹が空いていたのでしょう。
白銀狐さんはその後、すごい勢いで雑炊を食べていきまして……何度もあ~んと口をあけてはお代わりを催促してまいりまして、結局3杯もおかわりをした次第でございます。
しっかり食べてお腹が膨れた後は、眠たくなったのでしょう。
今は、リンシンさんの腕の中で寝息をたてています。
「どうやら、起きそうにありませんね」
「そうねぇ」
私の横で、バテアさんは魔法を使用して白銀狐さんの体を綺麗になさっておいでです。
すると、先ほどまで少しくすんで見えていた体毛が、店内の魔法灯の光りをあびて綺麗に輝きはじめました。
そんな白銀狐さんを抱っこしたままのリンシンさん。
「……今日は、一緒に寝る」
そう言うと、にっこり微笑まれました。
「そうですね。朝までゆっくり休ませてあげましょうか」
リンシンさんに、私も笑顔で頷きました。
その後、ちょうど閉店時間がまいりましたので、私達はあれこれ片付けをしていきました。
リンシンさんは、白銀狐さんを抱っこしたまま提灯と暖簾を片付けてくださっています。
こうして見ていると、まるでお母さんと子供みたいですね。
その夜、バテアさんは白銀狐さんを抱っこするようにしてお眠りになられていました。
その横ではベルがまっすぐに体を伸ばして熟睡していましたので、リンシンさんはそんな2人に囲まれた格好になっていた次第でございます。
ーつづく
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