異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、役場のヒーロさん その1

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 辺境都市トツノコンベの周囲は、相変わらずすごい雪で覆われています。
 バテアさんが魔法で雪を溶かしてくださっていなかったら、都市の中もすごいことになっていたはずです。

 早朝。
 私がバテア青空市へ出向くための準備をしていると
「うあぁ……おあよ~……わさこ……」
 バテアさんが大きなあくびをしながら起きだしてこられました。

 ……相変わらず、寝間着を全部脱ぎ捨てておられるのは……なんといいますか、もう突っ込むだけ無駄な気がしていますので、その姿のまま1階に降りてこない限りは何も言わない方がいいのかな、と思い始めている今日この頃です。

「おはようございますバテアさん。今朝もよろしくお願いいたします」
 私は、そんなバテアさんに笑顔で挨拶いたしました。

 最近のバテアさんは、毎朝街道の雪を溶かしてくださっています。

 そのおかげで、ジュチさん達をはじめといたしました中級酒場組合に加盟しておられます酒場の皆様がバテア青空市までやってくることが出来ているんです。

 この時期の辺境都市トツノコンベは、先にも申し上げましたとおり周囲を雪で覆われております。

 そのため、周囲の街道もすべて雪で封鎖されているものですから、外部からこの都市へやってこられる方はほぼ皆無なんです。
 例外的に、羽根黒猫宅急便という、空を飛べる亜人種族の皆様が運営なさっている、私の世界でいいますところの宅配便による生活物資の配給が役場主導で行われているそうでして、そのおかげでこのトツノコンベの冬場の食糧事情がまかなわれているそうなんです。

 ……なのですが……

 最近の辺境都市トツノコンベは、少々事情が異なっているそうなんです。

 いえ……他人事のように言っておりますが、私もそれに関わっているわけなのですが……
 はい、すべてはバテア青空市が中心になっている次第でございます。

 バテア青空市で扱っている野菜や果物は、すべてさわこの森で収穫されたものでございます。

 このさわこの森はですね、異世界に転移する魔法を使用出来るバテアさんがあちこちの世界を調べて回っている最中に発見なさった、再生途中の小さな世界なんです。

 なぜ、その世界が再生途中なのか
 なぜ、そこに生き物が存在していないのか
 なぜ、そこは緑豊かなのか

 それらに関してはすべて謎のままなんだそうです。

 ちなみにこの世界は、今、私が生活しておりますこのパルマ世界を地球といたしますと、その周囲を回転している月のような存在なんだそうです。

 その、さわこの森と名付けられている世界は、多少の温度変化こそあるものの基本的には1年中温暖です。
 そのおかげで、今のこの時期もたくさんの野菜や果物を収穫することが出来ている次第でございます。

 そんなわけで、バテア青空市は雪で覆われているこの時期でも新鮮な野菜や果物がいっぱいなんですよ。

◇◇

「準備出来たわさわこ! さぁ、行きましょう!」
 私と一緒に起きだしてきたエンジェさんが、台車の上にだるまストーブをのせてくれました。
 昨年、付喪神的な存在に進化……で、いいのでしょうか? 人の姿に変化することが出来るようになった元クリスマスツリーのエンジェさんは、日に日に成長しています。
 細かい作業はまだ苦手ですが、力仕事はどんどんお任せ状態になりはじめているんです。
 このだるまストーブを台車にのせる作業にいたしましても、以前は私とエンジェさんの2人がかりでどうにか出来ていたのですが、今ではエンジェさんが1人で難なくこなせるくらいになっているんです。

「はい、では行きましょう」
 だるまストーブの上で温めるお鍋を魔法袋に入れた私は、笑顔でエンジェさんに返事を返しました。

 今日は豚汁です。

 私とエンジェさんが台車を押し始めると、
「じゃ、アタシも行ってくるわぁ」
 眠たそうな顔のバテアさんが、私達の横を歩いていきました。

 居酒屋さわこさんの玄関を出る際、その戸を開けたままにしてくださっています。
 私とエンジェさんが出やすいように、です。
「バテアさん、ありがとうございます」
「バテア、頑張ってね」
 そんなバテアさんに一声かけながら、私とエンジェさんはお店の外に駆け出していきました。

「はい、2人とも頑張ってねぇ」
 私達の後ろ姿を見送ると、バテアさんは早速魔法を展開なさって、周囲の雪を溶かしはじめておられました。

 居酒屋さわこさんの玄関前からバテア青空市までの間には屋根がありますので道に雪はございません。

 その通路を、私とエンジェさんが押している台車がガラガラ音を立てながら進んでいます。

 ほどなくして、青空市の入り口前に到着した私達。
 そこに、だるまストーブを設置すると、その中に火をおこしていきました。
 こう言うとき、バテアさんの火属性魔石が本当に役に立ちます。
 何しろ、炭にそれを近づけるだけで着火してくれるんですから。
 
 ちなみにこの魔石なのですが、私の世界のチャッカマンのような長い機器の先に取り付けられていまして、手元のボタンを押すと発火する仕組みになっています。

 以前は、魔石の干渉を受けない手袋をはめて、魔石を直に持って作業していたのですが、この機器形式になってすごく使い安くなっているんです。

 ……実はこれ、私がバテアさんにお願いして作成してもらったんです。

 チャッカマンになれていたものですから、手袋をはめて作業するのに不慣れだったものですから
「バテアさん、こんな仕組みに変更出来ないでしょうか?」
 そう言いながら、私の世界から持参しておりましたチャッカマンをお見せしたところ、
「へぇ……これは面白いわね」
 そう言って、バテアさんがこちらの素材を使用なさって組み立てたのが、今私が使用している『チャッカ魔石』なんです。

 ちなみに、この形状にしてバテアさんの魔法雑貨のお店で販売し始めたところ、これが飛ぶように売れているんだそうです。
 この時期、どこのご家庭でも暖房のためにストーブを使用なさることが少なくないそうですからね。

◇◇

 だるまストーブの上で、豚汁のお鍋がクツクツと美味しそうな音を立て始めると、街道の方から中級酒場組合のみなさんの姿が見え始めました。

 同時に、青空市の奥に常設されています転移ドアをくぐって、さわこの森から野菜や果物を満載にした荷車を引っ張る皆様の姿も見え始めました。

「おはようさわこ。今日も可愛いわねぇ」
「おはようございます、ジュチさん。いつもお褒め頂きましてありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「何言ってるのよ、全部本音よ」
 そう言うと、ジュチさんは私の肩に手を回されまして、
「なんならこの後、どこかに遊びに……」
 そう言われているのですが……
「ジュチ様……」
「私達と言うものがありながら……」
 その後方では、ジュチさんのお店の店員さん達が、何やら怖い眼でジュチさんの後ろ姿を見つめておいででして……

「あぁ、いやその、これは……ほら、あ、挨拶みたいなものだから」
 そんな店員さん達にしどろもどろになりながら、ジュチさん達も市場の中へ入っていかれました。

 その後方から
「やぁ、おはようさわこさん」
 役場のヒーロさんが姿を現されました。
「ヒーロさんおはようございます。こんな朝早くから何かご用ですか?」
 
 そうなんです。
 ヒーロさんは役場の方ですので、青空市には特に関係はございません。
 そんなヒーロさんが、なぜ、青空市が開店している時間帯にやってこられたのでしょうか?

ーつづく
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