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さわこさんと、仕入れ その1

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「じゃ、準備はいいかしら?」
 2階のリビングでバテアさんがそうおっしゃいました。
「はい、大丈夫です」
 私は、それに笑顔でお応えいたしました。

 それを確認したバテアさんは、右手を前方に延ばしました。
 その手の先に魔法陣が展開していき、同時にその中に大きなドアが出現していきます。

 
 今日の私は、バテアさんの転移魔法を利用させていただきまして、遠方へ仕入れに出かけるところなんです。

 
 程なくいたしまして、私達の前に大きなドアが出現しました。
「さ、行きましょうか」
 そう言って、バテアさんがドアを開けました。

 すると

 その扉の向こうには多くの人々が行き来している街道が広がっています。

 そこは、辺境都市ナカンコンベです。

 転移ドアそのものには隠蔽魔法がかけられているそうでして、あちらの皆様にはこのドアは見えなくなっているんだそうです。

 そのドアを、まずバテアさんが通過。
 続いて、私、その後を吟遊詩人のミリーネアさんがくぐっていきます。

「うわぁ……人が多い」
 街道を見回しながら、ミリーネアさんは眼を丸くなさっています。

「ミリーネアは王都の音楽学校で歌や楽器を習ったんじゃないの?」
「いえ……師匠に教えてもらった……学校に通うお金、なかった」
「あぁ、そうなんだ……ごめんね、なんか変なこと聞いちゃって」
「ううん……かまわない」
 そんな会話を交わしながら、私達は街道を歩いて行きました。

 ……と、いいましても、そんなに長く歩いたわけではありません。

 バテアさんが目的地のすぐ近くに転移ドアを出現させてくださっていますので。

 街道の脇、建物と建物の間の道を歩いていく私達。
 途中『おもてなし診療所』と書かれた看板が取り付けられている扉の前を通過していくと……急に視界が開けます。

 その先には、多くの荷馬車が止まっていました。
 商売人らしい方々が忙しそうに荷物を積み卸しなさっています。

 そんな中……

 数人の方を相手に、大きなそろばんをはじいていらっしゃる女性がおられます。

「そ、そこをなんとかおねがいしたいんですよねぇ……もう一声」
「は? 馬鹿言ってんじゃないわ。こっちもいっぱいいっぱいよ。これ以上安くしろって言うのなら、余所をあたってくれてもいいんだけど?」
「そ、それはないですよねぇ……むぅ」
 その女性は腕組みしながら、前方の小柄な女性を見下ろしておいでです。

 その女性はかなり背が高いものですから、ただでさえ小柄な女性がさらに小さくといいますか、まるで蛇に睨まれた蛙状態といいますか……なんだか、そんな感じに見えてしまっている次第なんです。

 その背の高い女性……ファラさんと言われまして、ここ『おもてなし商会ナカンコンベ店』を取り仕切っておられる方なんです。

 私はここで、貴重なタテガミライオンのお肉やデラマウンドボアのお肉などを仕入れさせていただいているんです。

 タテガミライオンは、私が暮らしています辺境都市トツノコンベ周辺にはあまり出没しませんし、デラマウンドボアも然りなんです。
 デラマウンドボアの小型種でありますマウントボアなら結構出没するのですが、デラマウンドボアとマウントボアでは味といいますか、脂ののりが全然違うんですよね。

 そんなわけで、私は、ファラさんがポンチョを身にまとっている小柄な女性との商談が終わるのを少し離れた場所で見つめていました。

◇◇

 ほどなくいたしまして……

「……まぁ、これでも損はしないですからねぇ」
 小柄な女性が、気のせいかかなり憔悴なさった感じで馬車に歩いていかれました。
「毎度あり。またいつでもいらっしゃいな」
 その女性の後ろ姿を、ファラさんは笑顔で見送っておいでです。

 そして

 ファラさんは、周囲を見回しておられたのですが、その視線が私と重なりました。
「げ……小娘……」
 ファラさんは、そう言いながらおもいっきり後方に後ずさりなさいました。
 なんかこれ、お会いした際のご挨拶みたいな感じなんですよね。
「ファラさんあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
 なので、その言葉はあえて気にせず、私は笑顔で新年のご挨拶をさせていただきました。
 そんな私を見つめながら、
「そ、そうね、おめでとう……って、相変わらずマイペースね、あなたってば」
 ファラさんはそう言いながら苦笑なさっておいでです。

 そんなファラさんに、お土産といたしましてワノンさんがお造りになった新酒『あみろく』を木箱で一箱お渡しいたしました。

「お土産はありがたく頂くけどさ……だからといって値段交渉に手心は加えないわよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
 そんな会話を交わした後、私とファラさんは新年最初の仕入れ交渉を開始いたしました。

 トツノコンベ周辺が雪で狩りが出来ない状態ですので、今日はここで少しでも多めにお肉を仕入れようとおもっております。

「今日はずいぶん買うのね……でも、だからって値引きは相応にしかしないんだからね」
「そこをなんとかもう少し……あ、ピラミちゃん、今日も元気に頑張っていますね」
「そうなのよぉ、最近仕事にもなれてきてねぇ、もうアタシもすっごく……って、な、なんでここでピラミの話題が出てくんのよ!」
「あ、ほら、ちょうど私の目の前でお仕事をこなしておられたもんですから。うちのベルやエンジェさんと体格的には同じくらいですし、一度会わせてあげたいなぁ」
「へ、へぇ……そ、それはピラミも喜ぶかもしれないし、こ、今度連れてきてもいいわよ」
「で、この値段ですけど……あと1割ほど……」
「こ、このタイミングで値切りに戻るぅ!?」

 私とファラさんは、そんな感じで仕入れ交渉を進めています。

「……さわこ……すごいね」
「そうなのよ……天然なんだけど、百戦錬磨の龍人の担当者を手玉にとってるのよねぇ……」
 そんな私の後方で、ミリーネアさんとバテアさんが、何かそんなことを口になさっているのですが……私は別に、ごくごく普通に値段交渉しているだけなんですけど……

◇◇

 結局、ファラさんのご厚意のおかげで、今回も私の希望額で取引をしてもらえました。
「……まったくもう、あんたにはホント、毎回毎回やられっぱなしね」
「いえいえ、ファラさんのご厚意のおかげです。いつもありがとうございます」
 苦笑なさっているファラさんに、私はぺこりと頭をさげました。
「……まぁ、そういうことにしておきましょう。それよりも、今度連れてきなさいよ」
「はい、次回はベルとエンジェさんも連れてまいりますわ」
 
 そんな会話を交わした後、私達は辺境都市ナカンコンベを後にしていきました。


「ミリーネアさん、他に回らなくてよかったのですか? せっかく歌のネタを仕入れにいかれましたのに」
 部屋に戻った私は、ミリーネアさんにお尋ねしました。

 そうなんです。
 ミリーネアさんは、店で歌う歌の題材を仕入れるために同行しておられたのですが……私がファラさんと値段交渉させていただいている様子をずっと眺めておられたのです。

「うん。冒険者組合に行こうかとも思ったけど……それ以上に面白かった」
「私とファラさんの値段交渉が、ですか?」
「うん」
 そう言ってにっこり笑うミリーネアさん。

 私といたしましては……別段普段と変わったことをしたつもりはなかったのですが、ミリーネアさんは満足なさった様子ですので、まぁ、よかったってことでいいのかな?

◇◇

 ラララ~♪ 龍の女の言葉を受け~

  一歩も引き下がらない笑顔の女~♪

   その笑顔に、龍の女も思わずたじろいで~


 夜……営業を開始した居酒屋さわこさんの店内で、ミリーネアさんが歌っておいでです。
 三味線を肩にかけて、お客様の会話を邪魔しないよう、声と音色を調節なさっておいでです。

 ……ですが

 その歌の内容って……ひょっとして、今日の私のことなんでしょうか?
 確かにファラさんは龍人さんですけど……私、そんなにすごいことをしているんでしょうか?

 まるで、私が龍退治でもしているかのようなその歌を、調理しながら聴いていた私は思わず苦笑していた次第でございます。

ーつづく




 
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