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さわこさんと、雪と出汁割り

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 相変わらず寒い日が続いている辺境都市トツノコンベでございます。
 連日多くの雪が降り積もっています。

 そんな中、

 今夜も、居酒屋さわこさんには多くのお客様が足を運んでくださっています。

「いやぁ……あの雪のせいで周囲の街道が全部塞がれちゃったよ」

 役場のヒーロさんが、おでんを食べながら顔をしかめておいでです。

「そんなにひどいんですか?」

「えぇ、このトツノコンベからは東西南北にそれぞれ1本ずつ、合計4本の街道が延びているんですけど……そのどれもがかなりの距離、雪で埋没してしまっていましたね」

「じゃあ、トツノコンベは孤立しているってことですか?」

「まぁ、そこは黒羽猫空輸便とかありますので、物資には困りませんし、南の街道はそんなに長い距離埋没しているわけではありませんので、まぁ、近いうちになんとか出来るかと……」

「そんな事を言いながらさぁ、ど~せアタシに『魔法で雪を溶かしてくれ』って言ってくるんじゃないの?」

 私とヒーロさんの会話にバテアさんが割り込んで来ました。
 その言葉に、ヒーロさんは思わず苦笑なさっておいでです。

「そこはほら、お互いさまってことで……まぁ、頼むよ」

「ふふふ、まぁ長い付き合いだしね。それくらいしてあげるわよ」

 そう言うと、バテアさんはヒーロさんのコップに日本酒を注いでいかれました。

「あ、ちょっと待ってくださいな」
 そんなバテアさんを、私が止めました。
 コップの中には、3分の2ほどの日本酒が入っています。

「どうかしたの、さわこ?」
 首をかしげるバテアさん。

「えぇ、ちょっと……これをお試しいただこうかと思いまして……」
 ヒーロさんのコップを手にとった私は、その中におでん鍋の中の出汁を注いでいきました。

「さ、お試しくださいな」
 私は、出汁が加わったことで一杯になったコップをヒーロさんにお返しいたしました。
「へぇ……燗のお酒に、おでんの出汁か……」
 それを受け取ったヒーロさんが、まず一口。

「……ん?」

 そして、もう一口。

「……うん、これは美味しいな! まさかおでんの出汁が日本酒にこんなにあうなんて!」
 ヒーロさんはそう言うと、残っていたお酒を一気に飲み干されました。


 これ、出汁割りって言うんですけど、居酒屋酒話の頃から、おでんをお出ししている時期限定でお勧めしている裏メニュー的なものなんです。
 おでん好きなヒーロさんに、どうやら気に入ってもらえたようですね。

「さわこさん、もう1杯お願いするよ。これは本当に美味しい!」
 ヒーロさんは満面の笑顔で、私にコップを差し出してこられました。

 すると

「さわこさん、こっちにもそのダシワリってのを頼むよ」
「ジュ! こっちにもお願い!」

 途端に、お店の皆さんから出汁割りの注文が入りはじめました。
 そんな皆様に私は
「はい、よろこんで」
 笑顔でそうお応えさせていただいたのですが……

 よく見ると、バテアさんがですね、お酒が3分の2入ったコップを私に向かって差し出しておられたのです。

「……バテアさん?」
「ほ、ほら、さわこ。こう言うのってさ、お酌係も味を知ってないとまずいじゃない? だからさ、アタシにも一杯飲ませてよぉ」
 そう言うと、バテアさんはその顔に目一杯の愛想笑いを浮かべられました。

 その様子に、私は思わず吹き出してしまいました。

「はいはい、そんなに理由をつけなくてもお出ししますから」
 バテアさんのコップを受け取った私は、その中におでんの出汁を入れていきました。

 気がつくと、待ちきれなくなったお客様達が、ご自分のお酒のコップを手に、カウンターへ集合なさいまして、手のコップ一斉にそれを私に向かって差し出してこられました。
「はいはい、すぐにお入れしますから」
 そんな皆さんに、私は笑顔を返しながら、コップを1つ1つ受け取っては、そこにおでんの出汁を注いでいきました。

◇◇

 その夜……

 居酒屋さわこさんが閉店した後、私は皆さんと一緒にいつものように晩酌を満喫していました。

 場所はいつもの、2階のリビング。
 こたつの周囲に、私・バテアさん・リンシンさん・ミリーネアさんが座っています。
 リンシンさんとミリーネアさんの場所にはお布団がすでに敷かれています。
 お2人は晩酌が済みましたら、そのままコタツでお眠りになりますので。
 風邪を引かないように、コタツに入れるのは足だけで、腰より上はお布団になります。

 そんなリンシンさんの隣では、人型のベルがまっすぐ伸びています。
 うつ伏せになって寝息をたてているベルですが、このまま朝までぐっすり眠るのが最近のベルのパターンです。

 こたつの隣にありますベッドの上では、エンジェさんが眠っています。
 エンジェさんも、ベル同様にこのまま朝までぐっすりなんですよね。


「しかしあれですね……まさかおでんの出汁があんなに出るとは思いませんでした」
 お酒を口に運びながら、私は苦笑しておりました。

「そうねぇ、みんなあの後こぞってお代わりしてたもんねぇ」
 楽しそうに笑うバテアさん。

「……バテアも、3杯飲んでた」
 そこに、リンシンさんが一言。

 それを受けてバテアさんは、
「しょうがないじゃない。あんなに美味しかったら、そりゃ飲むわよ」
 そう言って、思いっきり開き直られていました。
 
 その様子に、皆さん一斉に笑い声をあげていきました。

「でも、不思議。このお店、見たことのない食べ物いっぱい。どれも美味しい」
 ミリーネアさんはそう言いながら炙ったゲソを口に運んでおられます。
 日本酒で良い感じに酔われているらしく、その頬が赤く染まっています。

「そうですね……この世界ではあまりない料理が多いですので」
「さわこの世界……一度行ってみたい」
 私の言葉に、にっこり微笑むミリーネアさん。

 その言葉に、バテアさんが
「そうね……連れて行っていいかどうか、今度ゾフィナが来たら聞いてみてあげる。一応あいつの許可をとっておかないと、後々面倒になりかねないからね」
 そう言いながら苦笑なさっておいでです。

 
 お店の常連客の1人でございますゾフィナさんは、この世界の上位世界にあたります神界の住人さんです。
 その世界で、この世界を監視なさっている女神様の元で仕事をなさっておいでなんです。
 その神界の規則で、無許可で異世界に転移することは禁止されているそうなんです。
 そのため、バテアさんが異世界に薬草を採取に行ったり、私の世界に私と一緒に仕入に向かわれる際にも、毎回許可をとってから行っているそうなんです。

 ……ただ、バテアさんってば、時折それを無視してあれこれ行っているそうでして、そのためゾフィナさんに
『今度やったらただじゃおかないからな!』
 と、何度も念押しされている次第でございます。


「わぁ、うれしい!」
 バテアさんの言葉に、笑顔のミリーネアさん。

「……そういえば、ミリーネアさんって吟遊詩人さんなんですよね?」
「うん、そう」
 私の言葉に頷くミリーネアさん。
「今までも、いろんな街を旅してこられてて……雪が解けたら、この街からも旅立たれるんですか?」
 その言葉に、ミリーネアさんは少し首をひねりまして
「……いつかは旅立つ……でも、しばらくはいるつもり。ここは情報がいっぱい仕入れられるし、それに料理もお酒も美味しいし」
 そう言うと、にっこり微笑みながらお酒を口にされました。

 その言葉に、私も思わず笑顔になりました。

 せっかくこうして仲良くなったミリーネアさんですからね。
 少なくとも、まだしばらくはこうして一緒に楽しくすごせることがわかっただけでも、なんだか嬉しくなった次第です。

「じゃ、ミリーネアがずっとここに居てくれることを祈って、かんぱ~い!」
 バテアさんが、笑顔でコップを掲げました。

 それに、私、リンシンさんも笑顔で
「「かんぱーい!」」
 と声を合わせました。

 すると、ミリーネアさんは、
「そうね……それも楽しそう」
 笑顔でそんなことを口になさりながら、手のグラスを掲げられました。

ーつづく


 
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