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連載
さわこさんと、バテアさんのコツン
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エンジェさんが人の姿になって数日経ちました。
今夜も居酒屋さわこさんの営業がはじまっております。
その入り口のドアが開きました。
新しいお客様がお見えです。
すると、
「いらっしゃいませ!」
緑の着物を身にまとっているエンジェさんがすごい勢いで扉に向かって駆けていきました。
この数日で、その光景はすっかりお馴染みになっているものですから、
「お、エンジェちゃん、今日も元気だね」
お店に入ってこられました常連客のナベアタマさんも、笑顔でエンジェさんに挨拶してくださっています。
「えぇ、私は元気よ。ナベアタマさんもいつもお店に来てくれて嬉しいわ!」
エンジェさんは笑顔でそう言いながら、ナベアタマさんをお店の中に案内してくれています。
人の姿になって数日目のエンジェさん。
そのため、まだ手の指を器用に使うことが出来ません、
この寒い中、来客してくださった皆様に、だるまストーブの上でお燗しているお酒を1杯サービスさせてもらっていまして、エンジェさんもお酌をするために徳利を掴もうとしているのですが……まだいまいちうまく握れないんですよね。
そのため、お酌作業はエミリアが引き継いでくれている次第です。
「ナベアタマさん、今度までに練習しておくわ」
エミリアについでもらったお酒のコップを手にしているナベアタマさんに、エンジェさんは笑顔でそう言いました。
ナベアタマさんは、そんなエンジェさんににっこり微笑むと
「うん、期待してるよ」
そうお返事を返してくださいました。
そんな、いつも元気いっぱいでなエンジェさん。
……ですが
お店が始まって2時間少々……
今日もエンジェさんは、気がつくと厨房の端に置いてあります椅子に座って眠りこけていました。
……そうなんです。
人の姿になれて嬉しくてしょうがないエンジェさんはですね、毎日朝早くからエンジン全開でがんばってくれているのです。
ですから、夜、割と早い時間に……まるでゼンマイの切れた玩具のように、パタッと動作が止まって眠りこけてしまうんですよ。
「……エンジェ……今日もお疲れさま」
そんなエンジェさんに気がついたリンシンさんが、笑顔でエンジェさんを抱きかかえて、2階の寝室へ運んで行ってくださいました。
お客様も、エンジェさんが一生懸命頑張っていることをわかってくださっています。
ですから、皆さん、笑顔でエンジェさんを見送ってくださっています。
「ジュ、エンジェお休みジュ」
「また明日~」
「ゆっくり寝てくださいね~」
お客様の温かい声が店内に響いています。
そんな声に送られながら、エンジェさんを抱きかかえているリンシンさんの姿が見えなくなりました。
◇◇
そんな、温かい雰囲気の中……お1人だけ、気のせいか表情を曇らせている方がおられました。
他ならぬ、ゾフィナさんです。
ゾフィナさんは、リンシンさんとエンジェさんが消えた方をジッと見つめておいでです。
居酒屋さわこさんで忘年会をしてくださってから、はじめてお店に来てくださったゾフィナさんです。
手には、当然、ぜんざいのお椀が握られているのですが……
「……さわこ、ちょっと変な事を聞くんだけど……さっきのあのエンジェさんって、そこのクリスマスツリーの側にいた魂(スピリッツ)の女の子なのかしら?」
「はい、そうですよ。ゾフィナさんのご友人の方が……」
私がそう言いかけたところで、ゾフィナさんが私に向かって右手を広げて向けてこられました。
それはまるで、それ以上言わないで、と言われているかのようでした。
私は口を閉じました。
そんな私の前で、ゾフィナさんはしばらく考え込まれました。
そして、ゆっくりと口を開いていきました。
「……あのねさわこ……魂な存在を人の姿にするのはね、神界でも本来禁止されているの……ただ、私の友人の1人に、この魔法が得意なのがいてね……酔った勢いでやらかしちゃったみたいね……」
「え?……そ、それって……」
ゾフィナさんの言葉に、私は思わず顔を曇らせました。
そんなゾフィナさんの横に、バテアさんが歩み寄っていかれています。
「あのさゾフィナ……エンジェさんはアタシ達の家族も同然なのよね」
そう言いながら、ジッとゾフィナさんを見つめておいでです。
そんなバテアさんの姿を横目で確認なさったゾフィナさんは、大きなため息をつかれました。
「……エンジェを人の姿にしてしまったのは、確かに私の友人の落ち度だ。神界の規則にのっとれば、当然エンジェは元の姿に戻さねばならない……」
ゾフィナさんの言葉を聞いた私は、思わずカウンターから身を乗り出しました。
「あの……ぜんざい、サービスしますから」
「ん?」
「あの、ゾフィナさんが今後お食べになられるぜんざいはずっとサービスにしますから……ですから、エンジェさんをあのままにしておいていただけませんでしょうか?」
私は、必死になって頼み込んでいました。
正直、なりふり構っていられない……この時の私はそんな心境でした。
よく見ると、ゾフィナさんの周囲には、エミリアやラニィさんも歩み寄っておられまして、ゾフィナさんが2階に向かっていかないように、体で壁を作ってくれているようです。
常連客の皆様までもが、その周囲を取り囲んでくださっています。
そんな私達の視線を一身に集めているゾフィナさんは、
「……バテアよ、ちょっと頼みがある」
「頼み? 何よ?」
「私の頭を、軽く小突いてくれ」
「頭を?」
不思議そうな表情を浮かべながら、バテアさんはゾフィナさんの頭をこつんと小突かれました。
ほとんど痛みは感じない程度でございます。
すると……
「うん……なんだろう……今の衝撃で私は何かを忘れてしまったようだ。エンジェはずっと人であったよな?、そうだよな皆よ?」
ゾフィナさんは、少し演技かかった口調で周囲の皆さんにそうおっしゃいました。
すると、店内からは一斉に、
「おぉそうだ!」
「エンジェさんはずっと人だったぞ!」
「人形だった姿なんてみたこともない!」
そんな声があがっていきました。
それを聞いたゾフィナさんは、満足そうに頷かれました。
「……うむ、なんだ、この店には神界のルールを違反している者などいないではないか。なら問題ない」
そう言うと、ゾフィナさんは、
「と、言うわけで、さわこよぜんざいをお代わりだ……無論、サービスなどしなくていい。きちんとお金を払わせてもらわないと、食べた気がしないからな」
ゾフィナさんは、そう言って笑われました。
私は、そんなゾフィナさんに、
「はい、喜んで」
笑顔でお椀を受け取り、おかわりの準備をしていきました。
サービスはしなくていいと仰ってくださったゾフィナさんですが、この日のお勘定から1杯分だけサービスさせていただいた次第でございます。
◇◇
その夜……
ベッドに入った私は、エンジェさんを見つめていました。
向こう側からは、バテアさんがエンジェさんを見つめておいでです。
「これで、この子もずっとこの姿でここにいられるわね」
「はい……皆様のおかげです」
バテアさんの言葉に、私は笑顔で頷きました。
私は、そっとエンジェさんの頭を撫でました。
すると、エンジェさんは気持ちよさそうな笑顔を浮かべました。
私とバテアさんは、しばらくその笑顔を見つめておりました。
ーつづく
今夜も居酒屋さわこさんの営業がはじまっております。
その入り口のドアが開きました。
新しいお客様がお見えです。
すると、
「いらっしゃいませ!」
緑の着物を身にまとっているエンジェさんがすごい勢いで扉に向かって駆けていきました。
この数日で、その光景はすっかりお馴染みになっているものですから、
「お、エンジェちゃん、今日も元気だね」
お店に入ってこられました常連客のナベアタマさんも、笑顔でエンジェさんに挨拶してくださっています。
「えぇ、私は元気よ。ナベアタマさんもいつもお店に来てくれて嬉しいわ!」
エンジェさんは笑顔でそう言いながら、ナベアタマさんをお店の中に案内してくれています。
人の姿になって数日目のエンジェさん。
そのため、まだ手の指を器用に使うことが出来ません、
この寒い中、来客してくださった皆様に、だるまストーブの上でお燗しているお酒を1杯サービスさせてもらっていまして、エンジェさんもお酌をするために徳利を掴もうとしているのですが……まだいまいちうまく握れないんですよね。
そのため、お酌作業はエミリアが引き継いでくれている次第です。
「ナベアタマさん、今度までに練習しておくわ」
エミリアについでもらったお酒のコップを手にしているナベアタマさんに、エンジェさんは笑顔でそう言いました。
ナベアタマさんは、そんなエンジェさんににっこり微笑むと
「うん、期待してるよ」
そうお返事を返してくださいました。
そんな、いつも元気いっぱいでなエンジェさん。
……ですが
お店が始まって2時間少々……
今日もエンジェさんは、気がつくと厨房の端に置いてあります椅子に座って眠りこけていました。
……そうなんです。
人の姿になれて嬉しくてしょうがないエンジェさんはですね、毎日朝早くからエンジン全開でがんばってくれているのです。
ですから、夜、割と早い時間に……まるでゼンマイの切れた玩具のように、パタッと動作が止まって眠りこけてしまうんですよ。
「……エンジェ……今日もお疲れさま」
そんなエンジェさんに気がついたリンシンさんが、笑顔でエンジェさんを抱きかかえて、2階の寝室へ運んで行ってくださいました。
お客様も、エンジェさんが一生懸命頑張っていることをわかってくださっています。
ですから、皆さん、笑顔でエンジェさんを見送ってくださっています。
「ジュ、エンジェお休みジュ」
「また明日~」
「ゆっくり寝てくださいね~」
お客様の温かい声が店内に響いています。
そんな声に送られながら、エンジェさんを抱きかかえているリンシンさんの姿が見えなくなりました。
◇◇
そんな、温かい雰囲気の中……お1人だけ、気のせいか表情を曇らせている方がおられました。
他ならぬ、ゾフィナさんです。
ゾフィナさんは、リンシンさんとエンジェさんが消えた方をジッと見つめておいでです。
居酒屋さわこさんで忘年会をしてくださってから、はじめてお店に来てくださったゾフィナさんです。
手には、当然、ぜんざいのお椀が握られているのですが……
「……さわこ、ちょっと変な事を聞くんだけど……さっきのあのエンジェさんって、そこのクリスマスツリーの側にいた魂(スピリッツ)の女の子なのかしら?」
「はい、そうですよ。ゾフィナさんのご友人の方が……」
私がそう言いかけたところで、ゾフィナさんが私に向かって右手を広げて向けてこられました。
それはまるで、それ以上言わないで、と言われているかのようでした。
私は口を閉じました。
そんな私の前で、ゾフィナさんはしばらく考え込まれました。
そして、ゆっくりと口を開いていきました。
「……あのねさわこ……魂な存在を人の姿にするのはね、神界でも本来禁止されているの……ただ、私の友人の1人に、この魔法が得意なのがいてね……酔った勢いでやらかしちゃったみたいね……」
「え?……そ、それって……」
ゾフィナさんの言葉に、私は思わず顔を曇らせました。
そんなゾフィナさんの横に、バテアさんが歩み寄っていかれています。
「あのさゾフィナ……エンジェさんはアタシ達の家族も同然なのよね」
そう言いながら、ジッとゾフィナさんを見つめておいでです。
そんなバテアさんの姿を横目で確認なさったゾフィナさんは、大きなため息をつかれました。
「……エンジェを人の姿にしてしまったのは、確かに私の友人の落ち度だ。神界の規則にのっとれば、当然エンジェは元の姿に戻さねばならない……」
ゾフィナさんの言葉を聞いた私は、思わずカウンターから身を乗り出しました。
「あの……ぜんざい、サービスしますから」
「ん?」
「あの、ゾフィナさんが今後お食べになられるぜんざいはずっとサービスにしますから……ですから、エンジェさんをあのままにしておいていただけませんでしょうか?」
私は、必死になって頼み込んでいました。
正直、なりふり構っていられない……この時の私はそんな心境でした。
よく見ると、ゾフィナさんの周囲には、エミリアやラニィさんも歩み寄っておられまして、ゾフィナさんが2階に向かっていかないように、体で壁を作ってくれているようです。
常連客の皆様までもが、その周囲を取り囲んでくださっています。
そんな私達の視線を一身に集めているゾフィナさんは、
「……バテアよ、ちょっと頼みがある」
「頼み? 何よ?」
「私の頭を、軽く小突いてくれ」
「頭を?」
不思議そうな表情を浮かべながら、バテアさんはゾフィナさんの頭をこつんと小突かれました。
ほとんど痛みは感じない程度でございます。
すると……
「うん……なんだろう……今の衝撃で私は何かを忘れてしまったようだ。エンジェはずっと人であったよな?、そうだよな皆よ?」
ゾフィナさんは、少し演技かかった口調で周囲の皆さんにそうおっしゃいました。
すると、店内からは一斉に、
「おぉそうだ!」
「エンジェさんはずっと人だったぞ!」
「人形だった姿なんてみたこともない!」
そんな声があがっていきました。
それを聞いたゾフィナさんは、満足そうに頷かれました。
「……うむ、なんだ、この店には神界のルールを違反している者などいないではないか。なら問題ない」
そう言うと、ゾフィナさんは、
「と、言うわけで、さわこよぜんざいをお代わりだ……無論、サービスなどしなくていい。きちんとお金を払わせてもらわないと、食べた気がしないからな」
ゾフィナさんは、そう言って笑われました。
私は、そんなゾフィナさんに、
「はい、喜んで」
笑顔でお椀を受け取り、おかわりの準備をしていきました。
サービスはしなくていいと仰ってくださったゾフィナさんですが、この日のお勘定から1杯分だけサービスさせていただいた次第でございます。
◇◇
その夜……
ベッドに入った私は、エンジェさんを見つめていました。
向こう側からは、バテアさんがエンジェさんを見つめておいでです。
「これで、この子もずっとこの姿でここにいられるわね」
「はい……皆様のおかげです」
バテアさんの言葉に、私は笑顔で頷きました。
私は、そっとエンジェさんの頭を撫でました。
すると、エンジェさんは気持ちよさそうな笑顔を浮かべました。
私とバテアさんは、しばらくその笑顔を見つめておりました。
ーつづく
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