異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、あかぎれとおうどん

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 私の世界では11月、こちらの世界ではイレの月。
 どちらにしましても寒さ厳しい日々になりつつある今日この頃でございます。

 元々水仕事の多い居酒屋を切り盛りしていた私。
 この時期の水仕事のつらさは骨身にしみて実感しておりました。

 特に辛いのがあかぎれです。

 食べ物を扱いますのでぬり薬や絆創膏を使用するわけにはいきません。
 もっぱら被膜になって固まるタイプの絆創膏を愛用してはいたのですが、この時期一度割れてしまいますとなかなか治らないうえに、だんだんひどくなっていくこともしょっちゅうでした。

 ですが

 こちらの世界で居酒屋さわこさんを開店して以降、私の手にあかぎれが出来たことはございません。

 いえ、この言葉は正確ではございませんね、
 出来てもすぐに治して頂けているのでございます。

 すべては同居人のバテアさんのおかげでございます。

 私の手にあかぎれが出来ていたのを見つけてくださったバテアさんが、
「さわこ、手を貸してごらんなさい」
 そう言って、私の手を取ってくださいまして、あかぎれができていた箇所に指先をあててくださいますと……時
間にして数秒でございました、みるみるうちにあかぎれがくっついてしまったのでございます。


「うわぁ! あ、ありがとうございます」
 私は感激して、おもいっきりはしゃぎながらバテアさんにお礼を申し上げました。

 それはそうですよ、何しろ10年以上悩まされ続けていたこの時期のあかぎれから解放された瞬間なのですもの。

 バテアさんは、
「そんなに喜ばなくても、これぐらい簡単なものよ」
 そう言って笑っておられたのですが、
「いえいえ、これは簡単ではございません! 遡りますこと10数年前、私がはじめて……」
 はい、あまりにも嬉しかったものですから、私、今までこのあかぎれでどれほどひどいめ、つらいめにあってきたのかをバテアさんに対して超力説してしまったのでございます。

 その説明が、どうやらとっても迫真だったようでして、その途中でバテアさんが、
「わかった……さわこがどれだけこのあかぎれで苦労してきたのか、とってもよーっくわかったから、その実感こもりまくったる解説はもう勘弁して……」
 そう言いながら逃げだそうとなさったほどでございました。

 しかも、横でこの話を聞いていたベルまでもが、座布団を頭の上にのせまして、
「さーちゃん……そ、それ以上はやめてほしいにゃ……すごく痛そうにゃ……」
 そう言いながらガタガタ震えだしてしまいまして、

 さらにエンジェさんまで
「さわこ、それは……それはとっても聞きたくないお話だわ」
 そう言って、しばらく姿を消してしまったほどでございまして……

 純粋に、私がどれほどこのことを喜んでいるかをわかって頂きたかったのと、その喜びをバテアさんに余すところなくお伝えしたかっただけなのですが……ま、まぁ一応その目的ははたせたみたいなので、よしということにしておこうと思います。

◇◇

 バテアさんのおかげであかぎれから解放された、このことで、私は晴れやかな気持ちで厨房に立つことが出来ております。
 やはりあれですよね、鼻歌のひとつでもうたっちゃおうかしら、って気持ちで厨房にたてますと、なんだかすべてが上手くいっちゃう、そんな気になってしまう次第です。

 はい

 ですが、こういう時にこそ逆に気を引き締めないといけません。
 こういう時に限って、大失敗をやらかしかねないというのは良く聞くお話でございますし、やってしまってから後悔するより、やってしまう前からしっかりあれこれ気をつけておけば、ミスも少なく出来ると思っておりますので。

「さぁ、今日も頑張りますよ」
 厨房に立った私は、まず、自分にそう言い聞かせます。
 そこで一度大きく深呼吸してから……はい、すべてはそれからです。

 この時期は日に日に寒さが厳しくなっております。

 ですので、居酒屋さわこさんでも、

 おでん、一人鍋・豚汁

 こういった、暖かいメニューの注文がとても多くなっております。
 それに備えまして、おでんや一人鍋の具材の下ごしらえを、かなり多すぎでは? といったくらいしておきます。

 私が元いた世界でこれをやってしまいますと、具材をむだにしかねませんので絶対にしていなかったのですが、こちらの世界には「魔法袋」という素晴らしい道具がございます。

 これにいれておきますと、入れた物は入れた際の時間で停止した状態で、袋の中で存在してくれます。

 そうですね、暖かいお味噌汁を作ってすぐにこの魔法袋に入れたといたします。
 それを1週間後に取り出しても、作りたてのあったかいままの状態で取り出す事が出来るのでございます。

 ただ、その広さに制限がございますので、この魔法袋に保存いたしますのは主に傷みやすい食材……
 山の中のトツノコンベでは入手が難しい魚介類の保存に多くのスペースを割いている次第でございます。

 特に最近は一人鍋でおだししています寄せ鍋で使用いたします白身系のお魚や、焼き魚に使用するお魚、朝食の焼き鮭として使用いたします、ジャッケの身などを保存するために多くのスペースを割いている次第でございます。

 私が、お店の下ごしらえをしておりますと、ベルもお仕事を始めます。

 だるまストーブの横に綺麗なシートを敷きまして、その上に布を敷きまして
「わっせ、わっせ……」
 笑顔でうどんを踏み始めます。

 最近のベルはすっかり手慣れたものでして、生地を自分で畳んでふんで、また畳んで……この作業を自分で全部出来るまでになっています。
 そのタイミングもとてもいいみたいでして、出来上がったうどんはどれもお店でお出ししても問題ないレベルでございます。

「ベル、今日もよろしくお願いしますね」
「さーちゃん、任せるにゃ!」
 私の言葉に、ベルはいつも笑顔で答えてくれます。

 そんなわけで、最近の居酒屋さわこさんは、

 隣のバテアさんの魔法道具のお店から聞こえてくるお客さんの声

 ベルの「わっせ、わっせ……」
 
 だるまストーブの上で、やかんがしゅんしゅん言っている音

 私の包丁の音

 お鍋のクツクツという音

 そんなオーケストラが奏でられている次第でございます。

 ふふ……なんでしょう、とても気持ちが安らぐといいますか、気持ちよく作業することが出来る……そんな素敵な音楽ですね。

◇◇

 こうして、せっかくベルが頑張って作ってくれているおうどんです。
 なので、お昼にはそのおうどんをみんなで頂くことにしております。

 普通のお出汁のスープで頂いたり、

 生醤油で頂いたり。
 
 濃いめのお出汁をぶっかけていただいたり

 色々アレンジしながら、私とベル、そしてエミリアの三人でおうどんを頂いています。

 そんな中、今日は豚汁でいただきました。
 いつも、スープとしてお店でお出ししている豚汁ですが、その中におうどんを入れた次第です。

 もっとも、そんなにすることはございません。

 ベルが仕上げてくれたおうどんを切って茹でまして、
 その間に、作り置きして保存しております豚汁を温める

 あとは、それを容器にうつすだけ。

「さぁ、召し上がれ」
 私は、出来上がった豚汁うどんをカウンターに座っているみんなに渡して……
「さわこ、私のも私のも!」

 なんということでしょう……

 カウンターの席の端に、いつのまにかご近所のツカーサさんがお座りになって右手をあげておられるではないですか。

「ホワット!? ツカーサ、いつの間に!?」
「アハハ、エミリアちゃん、美味しい物の気配がしたら即参上するのが私なのですよ」
 そう言って胸をはっておられるツカーサさん。
 
 そんなツカーサさんのご様子に、私は思わず苦笑してしまいました。

 そんなわけで、すぐにツカーサさんの分も追加で作成いたしまして、お渡しさせていただだきました。

「うん、美味しい! これ、ホント美味しいよ!」
 ツカーサさんが笑顔でそう言ってくださっています。
 そんなツカーサさんの言葉に頷きながら、他のみんなも笑顔でうどんを食べてくださっています。
 そんな中、ツカーサさんが
「ねぇさわこ、このおでんのお汁もうどんにあうじゃないかな?」
 興味津々なご様子でそう言われ始めました。

 よく見ると、すでに豚汁うどんの入っていた容器は空になっているご様子です・

 ……つまりこれはあれですね、

『おでんの汁のおうどんを作ってください』

 との、御注文といいますか……

 そうですね、居酒屋さわこさんのおでんはしっかり煮こむ関西系ですので、そのお出汁がうどんに合うかも知れませんね。

「わかりました、ちょっとやってみますね」
 そう言うと、私はさっそくおでんの汁をすくっていきました。

 気がつくと、ベルとエミリアまで、私の手の動きを注視してういるようです。

 ふふ……どうやら豚汁うどんと同じ数、準備した方がよさそうですね。

ーつづく
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