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連載
さわこさんと、風邪 その1
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日々朝夕の冷え込みが厳しくなっている辺境都市トツノコンベです。
そのせいでしょうね、最近は体調を崩される方が少ないないんだそうです。
「いやぁ……役場もね、体調を崩して休んでいる職員がちらほら出て来ててね」
ご来店くださっているヒーロさんはそう言いながら苦笑なさっておられました。
そういえば、常連のツチーナさんも体調を崩してお休みなさっていると同僚の方からお聞きいたしました。
ここで、私はふとあることを疑問に思いました。
「バテアさん、こちらの世界でも風邪という言葉はあるのですか」
「えぇ、もちろんあるわよ」
私の質問に、そうお答えくださったバテアさん。
あぁ、やっぱりあるのですね、この言葉。
やはり、風邪は万病の元というだけありまして万国共通異世界共通ということなのかもしれません。
私が、そんなことを考えながら一人で納得しておりますと、
「まさかさわこ、体調が悪いの!?」
バテアさんが血相を変えて私の元に駆け寄ってこられました。
厨房の中へと入ってくると、私の額に手を当ててくださいます。
そんなバテアさんの声ををお聞きになったお客様も、
「さわこさん風邪かい?」
「大丈夫?」
皆さん、心配そうな表情で私へ視線を向けてくださっています。
よく見ると、リンシンさんやラニィさん、エミリアといった居酒屋さわこさんの店員の皆様に加えまして、ベルとエンジェさんまで心配そうな表情をその顔に浮かべながら私を見つめているではありませんか。
「あ、あの、大丈夫ですから。ちょっと興味本位でお聞きしただけですので」
額に手を当ててくださっているバテアさんと、周囲の皆様に向かって、私は苦笑しながらそうお答えさせていただきました。
この言葉で、皆様一斉に安堵の表情を浮かべてくださった次第です。
……ただし、バテアさんだけは
「……んん……でも、少し熱いような気が……」
そんな言葉を口になさりながら、納得いかない表情を浮かべ続けておられました。
そんなバテアさんに、
『私は元気ですので』
と、納得して頂くまでには、この後もうしばらくの時間を必要とした次第でございました。
◇◇
翌日のことでございます。
この日、毎朝恒例となっておりますバテア青空市での甘酒の配布を終えた私は、だるまストーブを台車にのせて居酒屋さわこさんの店内へ戻って参りました。
本体が十分冷えてから持ち帰っておりますので、危険はございません。
「さて、元の場所に戻しませんと」
私は、そう言いながらだるまストーブを抱えていきました。
結構な重量がありますので
「ふぬぬ……」
思わず変な声をあげてしまう私……
リンシンさんがおられると、それこそひょいといった感じで移動してくださるのですが、今日はすでに狩りに出かけられた後でございます。
な、なので私が頑張らないと……ふぬぬ……
悪銭苦闘することしばし……どうにか、だるまストーブをいつもの位置へ移動させることが出来ました。
一苦労ではありますが、設置し終えた後の達成感はちょっとしたもんですよ。
私は、一人ドヤ顔を浮かべながらだるまストーブを見つめておりました。
すると……
ドタドタドタ
なんでしょう?
誰かが階段を駆け下りてくる音が聞こえてまいりました。
誰でしょう?
リンシンさんはすでに狩りに出かけられています。
バテアさんとベルが起きてくるには、まだ少々早い時間です。
エンジェさんは……あ、カウンターの上に置いているクリスマスツリーの横にちょこんと座っていますね。
そんなことを考えていた私の前に姿を現したのは、バテアさんでした。
外出着の紫色の、肩が大胆に開いている服を着込みながら……って、
「バテアさん、せ、背中のジッパーががが」
「あら? ホント!?」
背中を、お尻まで丸出しにしたまま出かけようとなさっていたバテアさん。
私は、慌ててそんなバテアさんをお止めいたしまして、ジッパーをあげて差し上げました。
「バテアさん、そんなに慌ててどうなさったのですか?」
私がそう言いますと、バテアさんは
「思念波で連絡があってね、事情はよくわからないんだけどスア師匠がちょっと力を貸して欲しいっていうのよ」
「え、スア師匠さんがですか?」
「そうなの。そんなわけで、とにかくちょっと行ってくるから」
そう言うと、バテアさんは右手を前に出されました。
その手の周囲に魔法陣が展開していきます。
バテアさんと始めてお会いした頃は、この光景にただただ目を丸くすることしか出来なかった私ですが、今は違いますよ。
はい、この魔法陣はバテアさんがお得意になさっておられます転移魔法のはずです。
この後、バテアさんの前に巨大な魔法陣が出現しまして、その中から転移ドアが出現するはずなんです。
「……あら?」
そんな事を考えている私の前で、バテアさんが目を丸くなさっておいでです。
「あの……バテアさん、どうかなさったのですか?」
そうお聞きする私。
そんな私の前で、バテアさんは何度も右手を前に向かって突き出されています。
ですが
バテアさんの右手の周囲に小さな魔法陣は展開しているのですが、転移ドアを出現させるための大きな魔法陣が出現しないのです。
……いえ
よく見ると、出現してはいるのですが……その度にかき消えているといいますか……
「なんで? なんで消えるわけ?」
バテアさんも、困惑した表情をその顔に浮かべておいでです。
『バテアさん~聞こえますか~?』
そんな中、いきなりお店の中に、少しのんきな感じの女性の声が聞こえてきました。
「ドラコ? ちょっと今取り込み中なのよ。急ぎの用事じゃなかったら後にしてくれるかしら?」
バテアさんのお友達でしょうか?
となりますと、相手の方も魔法使いの方なのかもしれませんね。
その声の相手~ドラコさんに向かってバテアさんはそう言われました。
『あの~、スア師匠さんのところに行こうとなさっておられませんか?』
「えぇ、そうだけど?」
『あぁ、やっぱりぃ……実は私もなんですけど~……転移魔法が使えないことありませんかぁ?』
「え? まさかドラコもなの?」
『はい~。ただ、私は転移魔法をあまり得意にしていませんので、そのせいかなと思っていたのですがぁ、転移魔法をお得意になさっておいでのバテアさんも、と、なりますと~、これは異常事態と言わざるを得ないかもですね~』
ドラコさんの言葉をお聞きになられていたバテアさんは、ここで腕組みをなさいました。
そのまましばらく考えを巡らせていくバテアさん。
……しばらくいたしまして、おもむろに口を開かれました。
「……まさか……スア師匠が風邪をひいた? 百年ぶりに……」
そう言われたバテアさんなのですが……その顔が真っ青になっておられました。
『えぇ!? そ、そうなんですかぁ!?』
ドラコさんの声も、どこか驚愕なさっている感じです。
い、一体、何が起きているのでしょうか?
そ、そもそも、スア師匠さんが風邪を引いたら、何かまずいのでしょうか……
そのことと、バテアさんの転移魔法が使用出来なくなっているのに、何か関連があるのでしょうか……
私の脳内に様々な疑問が浮かんでいるのですが……何一つ答えは浮かんで参りません……
ーつづく
そのせいでしょうね、最近は体調を崩される方が少ないないんだそうです。
「いやぁ……役場もね、体調を崩して休んでいる職員がちらほら出て来ててね」
ご来店くださっているヒーロさんはそう言いながら苦笑なさっておられました。
そういえば、常連のツチーナさんも体調を崩してお休みなさっていると同僚の方からお聞きいたしました。
ここで、私はふとあることを疑問に思いました。
「バテアさん、こちらの世界でも風邪という言葉はあるのですか」
「えぇ、もちろんあるわよ」
私の質問に、そうお答えくださったバテアさん。
あぁ、やっぱりあるのですね、この言葉。
やはり、風邪は万病の元というだけありまして万国共通異世界共通ということなのかもしれません。
私が、そんなことを考えながら一人で納得しておりますと、
「まさかさわこ、体調が悪いの!?」
バテアさんが血相を変えて私の元に駆け寄ってこられました。
厨房の中へと入ってくると、私の額に手を当ててくださいます。
そんなバテアさんの声ををお聞きになったお客様も、
「さわこさん風邪かい?」
「大丈夫?」
皆さん、心配そうな表情で私へ視線を向けてくださっています。
よく見ると、リンシンさんやラニィさん、エミリアといった居酒屋さわこさんの店員の皆様に加えまして、ベルとエンジェさんまで心配そうな表情をその顔に浮かべながら私を見つめているではありませんか。
「あ、あの、大丈夫ですから。ちょっと興味本位でお聞きしただけですので」
額に手を当ててくださっているバテアさんと、周囲の皆様に向かって、私は苦笑しながらそうお答えさせていただきました。
この言葉で、皆様一斉に安堵の表情を浮かべてくださった次第です。
……ただし、バテアさんだけは
「……んん……でも、少し熱いような気が……」
そんな言葉を口になさりながら、納得いかない表情を浮かべ続けておられました。
そんなバテアさんに、
『私は元気ですので』
と、納得して頂くまでには、この後もうしばらくの時間を必要とした次第でございました。
◇◇
翌日のことでございます。
この日、毎朝恒例となっておりますバテア青空市での甘酒の配布を終えた私は、だるまストーブを台車にのせて居酒屋さわこさんの店内へ戻って参りました。
本体が十分冷えてから持ち帰っておりますので、危険はございません。
「さて、元の場所に戻しませんと」
私は、そう言いながらだるまストーブを抱えていきました。
結構な重量がありますので
「ふぬぬ……」
思わず変な声をあげてしまう私……
リンシンさんがおられると、それこそひょいといった感じで移動してくださるのですが、今日はすでに狩りに出かけられた後でございます。
な、なので私が頑張らないと……ふぬぬ……
悪銭苦闘することしばし……どうにか、だるまストーブをいつもの位置へ移動させることが出来ました。
一苦労ではありますが、設置し終えた後の達成感はちょっとしたもんですよ。
私は、一人ドヤ顔を浮かべながらだるまストーブを見つめておりました。
すると……
ドタドタドタ
なんでしょう?
誰かが階段を駆け下りてくる音が聞こえてまいりました。
誰でしょう?
リンシンさんはすでに狩りに出かけられています。
バテアさんとベルが起きてくるには、まだ少々早い時間です。
エンジェさんは……あ、カウンターの上に置いているクリスマスツリーの横にちょこんと座っていますね。
そんなことを考えていた私の前に姿を現したのは、バテアさんでした。
外出着の紫色の、肩が大胆に開いている服を着込みながら……って、
「バテアさん、せ、背中のジッパーががが」
「あら? ホント!?」
背中を、お尻まで丸出しにしたまま出かけようとなさっていたバテアさん。
私は、慌ててそんなバテアさんをお止めいたしまして、ジッパーをあげて差し上げました。
「バテアさん、そんなに慌ててどうなさったのですか?」
私がそう言いますと、バテアさんは
「思念波で連絡があってね、事情はよくわからないんだけどスア師匠がちょっと力を貸して欲しいっていうのよ」
「え、スア師匠さんがですか?」
「そうなの。そんなわけで、とにかくちょっと行ってくるから」
そう言うと、バテアさんは右手を前に出されました。
その手の周囲に魔法陣が展開していきます。
バテアさんと始めてお会いした頃は、この光景にただただ目を丸くすることしか出来なかった私ですが、今は違いますよ。
はい、この魔法陣はバテアさんがお得意になさっておられます転移魔法のはずです。
この後、バテアさんの前に巨大な魔法陣が出現しまして、その中から転移ドアが出現するはずなんです。
「……あら?」
そんな事を考えている私の前で、バテアさんが目を丸くなさっておいでです。
「あの……バテアさん、どうかなさったのですか?」
そうお聞きする私。
そんな私の前で、バテアさんは何度も右手を前に向かって突き出されています。
ですが
バテアさんの右手の周囲に小さな魔法陣は展開しているのですが、転移ドアを出現させるための大きな魔法陣が出現しないのです。
……いえ
よく見ると、出現してはいるのですが……その度にかき消えているといいますか……
「なんで? なんで消えるわけ?」
バテアさんも、困惑した表情をその顔に浮かべておいでです。
『バテアさん~聞こえますか~?』
そんな中、いきなりお店の中に、少しのんきな感じの女性の声が聞こえてきました。
「ドラコ? ちょっと今取り込み中なのよ。急ぎの用事じゃなかったら後にしてくれるかしら?」
バテアさんのお友達でしょうか?
となりますと、相手の方も魔法使いの方なのかもしれませんね。
その声の相手~ドラコさんに向かってバテアさんはそう言われました。
『あの~、スア師匠さんのところに行こうとなさっておられませんか?』
「えぇ、そうだけど?」
『あぁ、やっぱりぃ……実は私もなんですけど~……転移魔法が使えないことありませんかぁ?』
「え? まさかドラコもなの?」
『はい~。ただ、私は転移魔法をあまり得意にしていませんので、そのせいかなと思っていたのですがぁ、転移魔法をお得意になさっておいでのバテアさんも、と、なりますと~、これは異常事態と言わざるを得ないかもですね~』
ドラコさんの言葉をお聞きになられていたバテアさんは、ここで腕組みをなさいました。
そのまましばらく考えを巡らせていくバテアさん。
……しばらくいたしまして、おもむろに口を開かれました。
「……まさか……スア師匠が風邪をひいた? 百年ぶりに……」
そう言われたバテアさんなのですが……その顔が真っ青になっておられました。
『えぇ!? そ、そうなんですかぁ!?』
ドラコさんの声も、どこか驚愕なさっている感じです。
い、一体、何が起きているのでしょうか?
そ、そもそも、スア師匠さんが風邪を引いたら、何かまずいのでしょうか……
そのことと、バテアさんの転移魔法が使用出来なくなっているのに、何か関連があるのでしょうか……
私の脳内に様々な疑問が浮かんでいるのですが……何一つ答えは浮かんで参りません……
ーつづく
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