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連載
さわこさんと、朝の雪だるま
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朝夕の冷え込みが日に日に厳しくなっている辺境都市トツノコンベです。
寝室内は室温調整魔石のおかげで温かいはずなのですが、朝方になりますと寒さが想定以上になるのでしょうか、時折肌寒さを感じることが少なくありません。
ベルが牙猫の姿で寄ってきてくれていますので暖かい……と、最初の頃は思っていたのですが……
「ベルは古代怪獣族だからね、自分で体温を調整出来ないのよ。ベルが暖かいのはだるまストーブでしっかり暖まってからベッドに入っているからなのよね」
と、バテアさんが教えてくださいました。
ベルの普段の言動……特に牙猫姿の際のそれがあまりにも猫に酷似しているものですから時折忘れてしまいそうになってしまうのですが、そうです、こう見えてもベルは怪獣なんですよね……
でも
そんな事を考えながら、私はベルへ視線を向けました。
夜明け前のお布団の中……
ベルは牙猫姿のまま私に抱きついて寝息をたてています。
その寝顔は、とても安らかといいますか、どこか笑みが浮かんでいるようにも見えます。
「……うにゅう……さーちゃん」
時折、そんな寝言を口にしながら、私の体に頬ずりしたりしています。
この姿を見ていると……ホントに猫にしか見えません。
ただ、私にとってベルは大切なお友達です。
猫だからとか、古代怪獣族だからといって、対応が特に変化することはありえません。
これからも、ベルと一緒に仲良く暮らしていきたいと思っています。
◇◇
夜明けよりかなり前……
最近の私の朝は早いです。
この時間に起き出します。
夜明けよりかなり前と申しましても、最近の夜明けは私の世界の時間で申しますとだいたい午前6時前くらいです。
私が起き始めますのは午前5時くらいですので、そこまで極端に早起きしているという感覚はございません。
それでも、居酒屋さわこさんを深夜まで営業して、そのあとお片付けにお風呂、みなさんと晩酌を行ってから就寝しておりますので、睡眠時間は少々不足気味でございます。
そのため、眠気があまりにもひどい時は、時折仮眠をとるようにしております。
今日も、バテア青空市にだるまストーブを準備して、その上で甘酒と粕汁の準備をしていたのですが、その際にとても眠たくなってしまいました。
……あ~……でも、今はお鍋の相手をしていないと……
私は、あくびをかみ殺しながら、お鍋の中身をお玉でゆっくりかき混ぜていました。
甘酒の方も、焦げ付かないように時折かき混ぜないといけません。
そんな時でした。
「あらあらさわこ、お眠なのかしら?」
そう、私に声をかけてくださったのはアミリアさんでした。
さわこの森で、アミリア植物研究所の看板を掲げて大規模な農場を運営なさっているアミリアさんです。
アミリアさんが開発したアミリア米のおかげで、私はこの世界で食用に適したお米を入手することが出来るようになりました。
それだけではありません。
こちらの世界のお野菜は、私の世界のお野菜に比べてどれも貧相といいますか、小振りで味もいまいちなものが多いのですが……そんな中、アミリアさんは、私が私の世界から持ち帰ってきた野菜の種や苗を元にして研究を重ねておられまして、今では私の世界のお野菜よりも大きくて味のよい野菜を生み出すことに成功なさっているんです。
そうして出来たお野菜を、アミリアさんはここバテア青空市で独占的に販売しいてくださっています。
いつもでしたら農場で働いておられます、元上級酒場組合の酒場で働いておられた皆さんが運び混んでこられるのですが、今日はアミリアさんも一緒に運び込みにこられていたようですね。
「申し訳ありません、お見苦しいところをお見せしてしまいまして」
私は口元を抑えながら、慌てて頭を下げました。
そんな私にアミリアさんは、
「ノープロブレムよ、それよりさわこ」
そう言うと、私の手からお玉を取り上げてしまいました。
「このお鍋をかき回していればいいんでしょう? 私がしばらく変わってあげるから、少し仮眠したら?」
「え……で、でも……」
「そんなに眠たそうな顔で立ってたら、そのうちこのすとおぶってヤツに顔から突っ込みかねないわよ」
アミリアさんはそう言うと、だるまストーブの近くにおいている椅子の上に、私を強引に座らせてしまいました。
あぁ……でも……
なんといいますか……だるまストーブから伝わってくる心地よい熱気が、私を一気に眠りの世界に誘ってまいります……
「……すいません、それではお言葉に甘えて少しだけ……」
アミリアさんのお言葉に甘えさせていただきまして、私は椅子に座った状態で少し休ませていただくことにいたしました。
ここで眠っていれば、そのうち野菜を買いにこられた中級酒場組合の皆様が集まってこられるはずですし、その声で目が覚めるでしょうしね。
そんなことを考えていると……私の頭がこくりこくりと船をこぎ始めました。
◇◇
……う……うん……
意識が戻ってまいりました。
仮眠から目覚めた直後は、しばらく自分がどこでどうやって寝ていたのか、を、すぐに思い出せないことがございます。
今の私がまさにその状態でした。
「えっと……ここは……」
そんな事を考えながら目を開けた私……なのですが……
「え?」
おかしいです……目を開けたのに、目の前が真っ暗なんです。
慌てて、手で顔を触ろうと思ったのですが……なんだか手も重たいです。
それどころか、体中がなんだか重たいような……
私がもそもそ動いておりますと……
「あら? さわこ、目が覚めた?」
そんなアミリアさんの声が聞こえてきました。
同時に、私の目の前の視界が急に開けました。
「しっかり休めたようね、いい顔色になっているわ」
視界の向こうから、アミリアがウインクしながら右手の親指をグッと突き立てているお姿が見えました。
その後方には、バテア青空市を利用なさっておられます中級酒場組合の皆様のお姿も……
ほどなくいたしまして……私はようやく自分の身に何が起きているのか把握いたしました。
私の体は、防寒着で覆われていたのです。
頭部にも、マフラー状の物が多数巻かれていたため、そのせいで先ほど視界がゼロだった次第です。
これ、全てバテア青空市を利用なさっておられます皆様が、
『あらあら、さわこってばこんなとこで寝ちゃって』
『このままじゃ風邪をひいちゃうじゃない』
口々にそう言われながら、皆様が身につけておられました防寒着を私にかけてくださっていたのです。
その結果……
私は、皆様の善意の防寒着で、まるで雪だるまのようになっていたのでございます。
しかも皆様……
『さわこが寝てるの』
『みんな、静かにね』
口々にそう言い合ってくださってですね、私が目を覚まさないように配慮までしてくださっていたのでございます。
私が目を覚ましたことで、皆様はそれぞれ防寒着を回収していかれました。
「みなさん、本当にありがとうございました」
私は、雪だるま状態のまま何度もお礼を口にしておりました。
「いえいえ、こちらこそいつもありがとう」
「毎日青空市でみんなに暖かいものを配ってくれているんだもの。これぐらいさせてもらわないとね」
皆様、口々にそんなことを言ってくださっています。
そのお言葉の1つ1つが胸にしみこんでまいります。
そんな中、
「あと、あいつが近づかないようにしっかり警護しておいたからね」
「アイツ? ですか?」
アミリアさんのお言葉に首をひねった私だったのですが、アミリアさんが指さされた先へ視線を向けると……はい、すべてを理解いたしました。
そこには、数人の中級酒場組合の皆様に抑えられているジュチさんのお姿があったのです。
「あんた達ちょっと話しなさいよ! アタシはさわこの寝顔を堪能したいというか、いっそそのままあんなことやこんなことまで……」
「だからこうして捕まえているんじゃないですか」
「ここは通しませんよ」
私に駆け寄ろうとなさっているジュチさん……それを中級酒場組合の皆様が止めてくださっているんです。
その光景を目にした私は、苦笑することしか出来ませんでした。
ーつづく
寝室内は室温調整魔石のおかげで温かいはずなのですが、朝方になりますと寒さが想定以上になるのでしょうか、時折肌寒さを感じることが少なくありません。
ベルが牙猫の姿で寄ってきてくれていますので暖かい……と、最初の頃は思っていたのですが……
「ベルは古代怪獣族だからね、自分で体温を調整出来ないのよ。ベルが暖かいのはだるまストーブでしっかり暖まってからベッドに入っているからなのよね」
と、バテアさんが教えてくださいました。
ベルの普段の言動……特に牙猫姿の際のそれがあまりにも猫に酷似しているものですから時折忘れてしまいそうになってしまうのですが、そうです、こう見えてもベルは怪獣なんですよね……
でも
そんな事を考えながら、私はベルへ視線を向けました。
夜明け前のお布団の中……
ベルは牙猫姿のまま私に抱きついて寝息をたてています。
その寝顔は、とても安らかといいますか、どこか笑みが浮かんでいるようにも見えます。
「……うにゅう……さーちゃん」
時折、そんな寝言を口にしながら、私の体に頬ずりしたりしています。
この姿を見ていると……ホントに猫にしか見えません。
ただ、私にとってベルは大切なお友達です。
猫だからとか、古代怪獣族だからといって、対応が特に変化することはありえません。
これからも、ベルと一緒に仲良く暮らしていきたいと思っています。
◇◇
夜明けよりかなり前……
最近の私の朝は早いです。
この時間に起き出します。
夜明けよりかなり前と申しましても、最近の夜明けは私の世界の時間で申しますとだいたい午前6時前くらいです。
私が起き始めますのは午前5時くらいですので、そこまで極端に早起きしているという感覚はございません。
それでも、居酒屋さわこさんを深夜まで営業して、そのあとお片付けにお風呂、みなさんと晩酌を行ってから就寝しておりますので、睡眠時間は少々不足気味でございます。
そのため、眠気があまりにもひどい時は、時折仮眠をとるようにしております。
今日も、バテア青空市にだるまストーブを準備して、その上で甘酒と粕汁の準備をしていたのですが、その際にとても眠たくなってしまいました。
……あ~……でも、今はお鍋の相手をしていないと……
私は、あくびをかみ殺しながら、お鍋の中身をお玉でゆっくりかき混ぜていました。
甘酒の方も、焦げ付かないように時折かき混ぜないといけません。
そんな時でした。
「あらあらさわこ、お眠なのかしら?」
そう、私に声をかけてくださったのはアミリアさんでした。
さわこの森で、アミリア植物研究所の看板を掲げて大規模な農場を運営なさっているアミリアさんです。
アミリアさんが開発したアミリア米のおかげで、私はこの世界で食用に適したお米を入手することが出来るようになりました。
それだけではありません。
こちらの世界のお野菜は、私の世界のお野菜に比べてどれも貧相といいますか、小振りで味もいまいちなものが多いのですが……そんな中、アミリアさんは、私が私の世界から持ち帰ってきた野菜の種や苗を元にして研究を重ねておられまして、今では私の世界のお野菜よりも大きくて味のよい野菜を生み出すことに成功なさっているんです。
そうして出来たお野菜を、アミリアさんはここバテア青空市で独占的に販売しいてくださっています。
いつもでしたら農場で働いておられます、元上級酒場組合の酒場で働いておられた皆さんが運び混んでこられるのですが、今日はアミリアさんも一緒に運び込みにこられていたようですね。
「申し訳ありません、お見苦しいところをお見せしてしまいまして」
私は口元を抑えながら、慌てて頭を下げました。
そんな私にアミリアさんは、
「ノープロブレムよ、それよりさわこ」
そう言うと、私の手からお玉を取り上げてしまいました。
「このお鍋をかき回していればいいんでしょう? 私がしばらく変わってあげるから、少し仮眠したら?」
「え……で、でも……」
「そんなに眠たそうな顔で立ってたら、そのうちこのすとおぶってヤツに顔から突っ込みかねないわよ」
アミリアさんはそう言うと、だるまストーブの近くにおいている椅子の上に、私を強引に座らせてしまいました。
あぁ……でも……
なんといいますか……だるまストーブから伝わってくる心地よい熱気が、私を一気に眠りの世界に誘ってまいります……
「……すいません、それではお言葉に甘えて少しだけ……」
アミリアさんのお言葉に甘えさせていただきまして、私は椅子に座った状態で少し休ませていただくことにいたしました。
ここで眠っていれば、そのうち野菜を買いにこられた中級酒場組合の皆様が集まってこられるはずですし、その声で目が覚めるでしょうしね。
そんなことを考えていると……私の頭がこくりこくりと船をこぎ始めました。
◇◇
……う……うん……
意識が戻ってまいりました。
仮眠から目覚めた直後は、しばらく自分がどこでどうやって寝ていたのか、を、すぐに思い出せないことがございます。
今の私がまさにその状態でした。
「えっと……ここは……」
そんな事を考えながら目を開けた私……なのですが……
「え?」
おかしいです……目を開けたのに、目の前が真っ暗なんです。
慌てて、手で顔を触ろうと思ったのですが……なんだか手も重たいです。
それどころか、体中がなんだか重たいような……
私がもそもそ動いておりますと……
「あら? さわこ、目が覚めた?」
そんなアミリアさんの声が聞こえてきました。
同時に、私の目の前の視界が急に開けました。
「しっかり休めたようね、いい顔色になっているわ」
視界の向こうから、アミリアがウインクしながら右手の親指をグッと突き立てているお姿が見えました。
その後方には、バテア青空市を利用なさっておられます中級酒場組合の皆様のお姿も……
ほどなくいたしまして……私はようやく自分の身に何が起きているのか把握いたしました。
私の体は、防寒着で覆われていたのです。
頭部にも、マフラー状の物が多数巻かれていたため、そのせいで先ほど視界がゼロだった次第です。
これ、全てバテア青空市を利用なさっておられます皆様が、
『あらあら、さわこってばこんなとこで寝ちゃって』
『このままじゃ風邪をひいちゃうじゃない』
口々にそう言われながら、皆様が身につけておられました防寒着を私にかけてくださっていたのです。
その結果……
私は、皆様の善意の防寒着で、まるで雪だるまのようになっていたのでございます。
しかも皆様……
『さわこが寝てるの』
『みんな、静かにね』
口々にそう言い合ってくださってですね、私が目を覚まさないように配慮までしてくださっていたのでございます。
私が目を覚ましたことで、皆様はそれぞれ防寒着を回収していかれました。
「みなさん、本当にありがとうございました」
私は、雪だるま状態のまま何度もお礼を口にしておりました。
「いえいえ、こちらこそいつもありがとう」
「毎日青空市でみんなに暖かいものを配ってくれているんだもの。これぐらいさせてもらわないとね」
皆様、口々にそんなことを言ってくださっています。
そのお言葉の1つ1つが胸にしみこんでまいります。
そんな中、
「あと、あいつが近づかないようにしっかり警護しておいたからね」
「アイツ? ですか?」
アミリアさんのお言葉に首をひねった私だったのですが、アミリアさんが指さされた先へ視線を向けると……はい、すべてを理解いたしました。
そこには、数人の中級酒場組合の皆様に抑えられているジュチさんのお姿があったのです。
「あんた達ちょっと話しなさいよ! アタシはさわこの寝顔を堪能したいというか、いっそそのままあんなことやこんなことまで……」
「だからこうして捕まえているんじゃないですか」
「ここは通しませんよ」
私に駆け寄ろうとなさっているジュチさん……それを中級酒場組合の皆様が止めてくださっているんです。
その光景を目にした私は、苦笑することしか出来ませんでした。
ーつづく
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