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さわこさんと、ミルカン
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「この世界にもあるんですね、これ……」
私は、木箱一杯に入っているそれを見て思わず頷きました。
私の足下におかれている木箱。
その中には、オレンジ色の木の実が一杯詰まっています。
「あら? さわこの世界にもあるのね、このミルカン」
この木箱を持ち帰ってこられたバテアさんがそうおっしゃいました。
はい
そのオレンジの物体……どこをどう見てもみかんなんです。
「そうですね……中身まではわかりませんけど……見た目はまったく同じ物をよく知っております」
「中身ねぇ……こんな感じだけど?」
そう言ってバテアさんがミルカンを1つ手に取り、それを左右に割られました。
ミルカンのお尻の部分に親指を入れられまして、そこから左右にぱかん、と……
覗き込んでみますと、その中には、薄い膜で覆われた房が詰まっています。
間違いありません……みかんそのものです、その見た目的には。
「この時期にね、結構出回る果物なのよ。なじみの魔法使いがお裾分けってことで持って来てくれたのよね」
バテアさんは笑いながら半分にしたミルカンの一方を私に手渡してくださいました。
「へぇ、そうなんですね」
「えぇ、魔法使いはね、大きな木に魔法をかけて、そこを家にしているケースが多いんだけどさ、その子が家にした巨木がこのミルカンの木だったらしいのよ。それでね、この時期毎年すごい量の実がなるからって、知り合いみんなに配ってくれてるのよ」
言われて見ればそうですね。
私が居候させて頂いておりますバテアさんのご自宅も、外から見ると巨木なんです、
3階層の上、屋上の上部には葉っぱが茂っております。
ただ、バテアさんがご自宅になさっている巨木は実がなる種類ではないのでしょうね、今までそのような物を拝見したことがございませんので。
そんなことを考えておりますと、バテアさんがミルカンを口に運ばれています。
外側の皮だけ剥かれまして、中身をそのまま口に運ばれております。
それに対しまして、私は……
まず外側の皮を剥き、ついで、房についている白い筋を丁寧に剥がしていきます。
はい……私、この白い筋は全部剥がす派でございます。
「へぇ……さわこってば、そんなことをするのね」
「えっと……子供の頃からこうやって食べていたんです。その方が口当たりがいい気がするんですよね」
私はそう言いながらミルカンの房を覆っている筋をすべて取り除いてから、それを口に運びました。
ん……ほどよい酸っぱさと、甘みが口の中いっぱいに広がります。
味といい、感触といい……まさにこれ、みかんです。
「美味しいです。これ、私の世界のみかんとほぼおんなじですね」
私は笑顔で残りのミルカンを口に運んでいきました。
「さわこの様子だと、そのみかんって果物が大好きだったみたいね」
「はい、この時期は毎日口にしていました」
「確かに美味しいんだけど……これ、すぐ傷むのよねぇ……木箱いっぱいあるし、はてさて今回はどれだけ持つかしら」
そう言いながら、バテアさんは苦笑しておられました。
「あの……いつもはどうやって保存されていたのですか?」
「どうやって……って、このまま部屋に置いておいて、気が向いた時に手に取ってたんだけど……」
「部屋って……温度調整魔石で暖かくなっているお部屋の中ですか?」
「えぇ、そうだけど……」
「バテアさん、それは駄目ですよ」
「え? そうなの」
私はそう言うと、木箱を持ち上げました。
「みかんは……あ、これはミルカンですね、このミルカンが私の世界にございますみかんと同じ物でしたら、暖房の効いていない部屋に置いておかないといけないんです」
そう言うと、私は木箱を地下の倉庫へと持っていきました。
ここですと、外気とほぼ同じ温度になっております。
それに、バテアさんの魔法で空気も循環しておりますので、さらに好都合です。
「それと、中身を確認しないといけません」
「中身? なんで?」
「はい、みかんは傷みやすい果物なんです。なので、傷んでいる物があったらすぐに取り除きます。傷んだみかんにカビが生えたりいたしますと、その周囲のみかんまで痛めてしまうんです」
「あぁ、なるほどねぇ……確かに、このミルカンってば時々カビであっという間に全部腐ったりしちゃってたわ。魔法袋にいれたておけば問題ないんだけど、そこまでするほどの物じゃないかなと思ってて……」
そんな会話を交わしながら、私は木箱の中のみるかんをすべてチェックしていきました。
多少痛みのあったいくつかを取り除き、残りのミルカンを木箱に戻していきます。
このとき、ひっくり返してヘタの部分を下にいたします。
こうすると、形が崩れにくくなって長持ちするんですよ。
「さ、これで大丈夫です」
作業を終えた私は笑顔で立ち上がりました。
そんな私を、バテアさんが感心したご様子で見つめられております。
「ほんと、さわこってばいろんな事を知っているのねぇ」
「いえ、私が知っているというよりも、父やおばあちゃんが良く知っていたんです。私の知識のほとんどは父やおばあちゃんからの受け売りなんです」
そう言って、私はバテアさんに笑い返しました。
そうなんですよね。
まだ子供の頃、父と一緒に田舎に行ったとき、おばあちゃんがいろんな事を教えてくれたんです。
父が亡くなるよりも随分前に亡くなったおばあちゃん……
「あ、そうだ」
おばあちゃんの事を思い出していた私は、あることを思い出しました。
先ほどより分けた、少々傷んでいるミルカンを手に取りまして、居酒屋さわこさんの厨房へ移動していきます。
「さわこ、どうしたの?」
「はい、ちょっとある物を思い出しまして……」
そう言いながら、私は厨房に入るとミルカンの皮を剥いていきました。
その際、傷んでいる部分だけ取り除きまして、それ以外の部分だけにしていきます。
これを絞り器を使って1つずつ絞っていきます。
出来た絞り汁は、容器に入れて一旦おいておきます。
次に、私の世界で仕入れて来た柚子を取り出しまして、これも絞っていきます。
ミルカンの絞り汁1に対しまして、柚子の絞り汁はその半分くらいです。
ミルカンと柚子の絞り汁の準備が出来ましたら、次の作業です。
お鍋に水を張り、そこに葛粉をくわえて混ぜていきます。
葛粉が溶けたら、ミルカンと柚子の絞り汁を加えて、中火で熱していきます。
ここで、水飴を適量加えて、味を調えていきます。
ほどよくとろみがつきましたら……はい、完成です。
ミルカンの葛湯です。
早速、これをコップに注ぎまして、バテアさんにお渡しいたしました。
それを口になさったバテアさん。
「へぇ、ミルカンの酸っぱさが良い感じに甘くなってて、すごく飲みやすいわね。それに体があったまる感じ」
笑顔を浮かべながらそう言ってくださいました。
そうなんです。
水飴の甘さが、ミルカンと柚子の酸味をまろやかにしてくれているんです。
葛のとろみが体を温めてくれますし、まさにこの時期ならではの飲み物といえます。
「にゃ? なにか美味しそうな匂い……」
2階のベッドの上でゴロゴロしていたベルが、鼻をヒクヒクさせながらやってきました。
「ベルも飲みますか?」
「にゃ! 飲むにゃ!」
私の言葉に、ベルは笑顔で右手をあげました。
「さわこ! アタシもアタシも!」
そんな私に、横から別の方の声が聞こえてまいりました。
そこにいらっしゃったのは……誰あろうツカーサさんでした。
ご近所に住んでおられます主婦のツカーサさん。
私が試食であれこれ作成しておりますと、こうして突然現れるんですよね。
「ツカーサ、あんたってばホントに神出鬼没ね」
バテアさんが苦笑しながらツカーサさんを見つめておられます。
そんなバテアさんの前でツカーサさんは
「いやぁ、それほどでも」
そう言いながら、照れておいでです。
……でも、バテアさんの今のお言葉は、別段褒めてはいないように思うのですが……
そんな事を考えながらも、私はミルカンの葛湯を新たに2人分よそっていきました。
せっかくいらしてくださったんですし、一緒に楽しく味わって頂きたいですものね。
ーつづく
私は、木箱一杯に入っているそれを見て思わず頷きました。
私の足下におかれている木箱。
その中には、オレンジ色の木の実が一杯詰まっています。
「あら? さわこの世界にもあるのね、このミルカン」
この木箱を持ち帰ってこられたバテアさんがそうおっしゃいました。
はい
そのオレンジの物体……どこをどう見てもみかんなんです。
「そうですね……中身まではわかりませんけど……見た目はまったく同じ物をよく知っております」
「中身ねぇ……こんな感じだけど?」
そう言ってバテアさんがミルカンを1つ手に取り、それを左右に割られました。
ミルカンのお尻の部分に親指を入れられまして、そこから左右にぱかん、と……
覗き込んでみますと、その中には、薄い膜で覆われた房が詰まっています。
間違いありません……みかんそのものです、その見た目的には。
「この時期にね、結構出回る果物なのよ。なじみの魔法使いがお裾分けってことで持って来てくれたのよね」
バテアさんは笑いながら半分にしたミルカンの一方を私に手渡してくださいました。
「へぇ、そうなんですね」
「えぇ、魔法使いはね、大きな木に魔法をかけて、そこを家にしているケースが多いんだけどさ、その子が家にした巨木がこのミルカンの木だったらしいのよ。それでね、この時期毎年すごい量の実がなるからって、知り合いみんなに配ってくれてるのよ」
言われて見ればそうですね。
私が居候させて頂いておりますバテアさんのご自宅も、外から見ると巨木なんです、
3階層の上、屋上の上部には葉っぱが茂っております。
ただ、バテアさんがご自宅になさっている巨木は実がなる種類ではないのでしょうね、今までそのような物を拝見したことがございませんので。
そんなことを考えておりますと、バテアさんがミルカンを口に運ばれています。
外側の皮だけ剥かれまして、中身をそのまま口に運ばれております。
それに対しまして、私は……
まず外側の皮を剥き、ついで、房についている白い筋を丁寧に剥がしていきます。
はい……私、この白い筋は全部剥がす派でございます。
「へぇ……さわこってば、そんなことをするのね」
「えっと……子供の頃からこうやって食べていたんです。その方が口当たりがいい気がするんですよね」
私はそう言いながらミルカンの房を覆っている筋をすべて取り除いてから、それを口に運びました。
ん……ほどよい酸っぱさと、甘みが口の中いっぱいに広がります。
味といい、感触といい……まさにこれ、みかんです。
「美味しいです。これ、私の世界のみかんとほぼおんなじですね」
私は笑顔で残りのミルカンを口に運んでいきました。
「さわこの様子だと、そのみかんって果物が大好きだったみたいね」
「はい、この時期は毎日口にしていました」
「確かに美味しいんだけど……これ、すぐ傷むのよねぇ……木箱いっぱいあるし、はてさて今回はどれだけ持つかしら」
そう言いながら、バテアさんは苦笑しておられました。
「あの……いつもはどうやって保存されていたのですか?」
「どうやって……って、このまま部屋に置いておいて、気が向いた時に手に取ってたんだけど……」
「部屋って……温度調整魔石で暖かくなっているお部屋の中ですか?」
「えぇ、そうだけど……」
「バテアさん、それは駄目ですよ」
「え? そうなの」
私はそう言うと、木箱を持ち上げました。
「みかんは……あ、これはミルカンですね、このミルカンが私の世界にございますみかんと同じ物でしたら、暖房の効いていない部屋に置いておかないといけないんです」
そう言うと、私は木箱を地下の倉庫へと持っていきました。
ここですと、外気とほぼ同じ温度になっております。
それに、バテアさんの魔法で空気も循環しておりますので、さらに好都合です。
「それと、中身を確認しないといけません」
「中身? なんで?」
「はい、みかんは傷みやすい果物なんです。なので、傷んでいる物があったらすぐに取り除きます。傷んだみかんにカビが生えたりいたしますと、その周囲のみかんまで痛めてしまうんです」
「あぁ、なるほどねぇ……確かに、このミルカンってば時々カビであっという間に全部腐ったりしちゃってたわ。魔法袋にいれたておけば問題ないんだけど、そこまでするほどの物じゃないかなと思ってて……」
そんな会話を交わしながら、私は木箱の中のみるかんをすべてチェックしていきました。
多少痛みのあったいくつかを取り除き、残りのミルカンを木箱に戻していきます。
このとき、ひっくり返してヘタの部分を下にいたします。
こうすると、形が崩れにくくなって長持ちするんですよ。
「さ、これで大丈夫です」
作業を終えた私は笑顔で立ち上がりました。
そんな私を、バテアさんが感心したご様子で見つめられております。
「ほんと、さわこってばいろんな事を知っているのねぇ」
「いえ、私が知っているというよりも、父やおばあちゃんが良く知っていたんです。私の知識のほとんどは父やおばあちゃんからの受け売りなんです」
そう言って、私はバテアさんに笑い返しました。
そうなんですよね。
まだ子供の頃、父と一緒に田舎に行ったとき、おばあちゃんがいろんな事を教えてくれたんです。
父が亡くなるよりも随分前に亡くなったおばあちゃん……
「あ、そうだ」
おばあちゃんの事を思い出していた私は、あることを思い出しました。
先ほどより分けた、少々傷んでいるミルカンを手に取りまして、居酒屋さわこさんの厨房へ移動していきます。
「さわこ、どうしたの?」
「はい、ちょっとある物を思い出しまして……」
そう言いながら、私は厨房に入るとミルカンの皮を剥いていきました。
その際、傷んでいる部分だけ取り除きまして、それ以外の部分だけにしていきます。
これを絞り器を使って1つずつ絞っていきます。
出来た絞り汁は、容器に入れて一旦おいておきます。
次に、私の世界で仕入れて来た柚子を取り出しまして、これも絞っていきます。
ミルカンの絞り汁1に対しまして、柚子の絞り汁はその半分くらいです。
ミルカンと柚子の絞り汁の準備が出来ましたら、次の作業です。
お鍋に水を張り、そこに葛粉をくわえて混ぜていきます。
葛粉が溶けたら、ミルカンと柚子の絞り汁を加えて、中火で熱していきます。
ここで、水飴を適量加えて、味を調えていきます。
ほどよくとろみがつきましたら……はい、完成です。
ミルカンの葛湯です。
早速、これをコップに注ぎまして、バテアさんにお渡しいたしました。
それを口になさったバテアさん。
「へぇ、ミルカンの酸っぱさが良い感じに甘くなってて、すごく飲みやすいわね。それに体があったまる感じ」
笑顔を浮かべながらそう言ってくださいました。
そうなんです。
水飴の甘さが、ミルカンと柚子の酸味をまろやかにしてくれているんです。
葛のとろみが体を温めてくれますし、まさにこの時期ならではの飲み物といえます。
「にゃ? なにか美味しそうな匂い……」
2階のベッドの上でゴロゴロしていたベルが、鼻をヒクヒクさせながらやってきました。
「ベルも飲みますか?」
「にゃ! 飲むにゃ!」
私の言葉に、ベルは笑顔で右手をあげました。
「さわこ! アタシもアタシも!」
そんな私に、横から別の方の声が聞こえてまいりました。
そこにいらっしゃったのは……誰あろうツカーサさんでした。
ご近所に住んでおられます主婦のツカーサさん。
私が試食であれこれ作成しておりますと、こうして突然現れるんですよね。
「ツカーサ、あんたってばホントに神出鬼没ね」
バテアさんが苦笑しながらツカーサさんを見つめておられます。
そんなバテアさんの前でツカーサさんは
「いやぁ、それほどでも」
そう言いながら、照れておいでです。
……でも、バテアさんの今のお言葉は、別段褒めてはいないように思うのですが……
そんな事を考えながらも、私はミルカンの葛湯を新たに2人分よそっていきました。
せっかくいらしてくださったんですし、一緒に楽しく味わって頂きたいですものね。
ーつづく
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