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連載
さわこさんと、小さな奇跡 その1
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忘年会の予約を受付はじめた居酒屋さわこさんです。
「……もう年末なんですねぇ」
予約をまとめた一覧表を確認しながら、私は思わずそんな一言をもらしておりました。
この世界にやってきて始めての年越しです。
……もっとも、バテアさんの転移魔法のおかげでいつでも私の世界に戻ることが出来ますし、そこまで感慨深い思いはございません。
とは申しましても、やはり年の瀬が迫っているわけでございます。
せっかくですので何かしたいな、と思ったりしてしまいます。
「……そいえば、去年の今頃は……」
私は、思いを巡らせていきました。
去年の今頃……
その頃の私は、まだ向こうの世界におりました。
居酒屋酒話を経営しながら年の瀬を待っていた次第です。
……もっとも、去年の居酒屋酒話は立地の悪さや他の新しいお店の影響してしまい、連日閑古鳥がないておりまして、忘年会の予約もさっぱりでした。
「せめて気分だけでも明るくしていかないと」
そう思った私は……
「そうでしたそうでした」
その事を思い出した私は、自分の部屋へ移動していきました。
私の部屋は、バテアさんのご自宅でございます巨木の家の2階にございます。
そこには、引っ越しの際に持参いたしました荷物が今もいくつか手つかずのまま残っております。
早く片付けないと、と、思ってはいるのですが……何しろこの中には私が個人で所有していた品々以外にも、お店で使用していた小物類などがたくさん詰まっているんです。
それらの多くは特定の季節でしか使用しない物が多いものですから、必然的にこうして箱に入ったままになってしまうと申しますか……すいません、言い訳以外の何物でもございませんね。
そんな箱の1つの中から、私はある品を取り出しました。
「あったあった、これですこれです」
手に取ったそれは、小型のクリスマスツリーでした。
裏にありますスイッチを入れますと、電飾が電池の力で明滅し始めます。
その光を見つめながら、私は思わず笑顔になっておりました。
去年……
このクリスマスツリーをカウンターの上に置いておいて、一緒にお客さんを待つづけたんですよね。
まだ父が健在だった頃に、お店の飾りにと購入してきたこのクリスマスツリー。
最初は、私と父の2人で切り盛りしているお店の中で
いつしか、私1人になったお店の中で
毎年この時期になると居酒屋酒話の中を照らしてくれていたのでございます。
客足が途絶え、滅多にお客さんがいらしてくださらなくなった居酒屋酒話の中、
「今日もお客さんが来てくださいませんね、ツリーさん」
返事があるわけでもないのに、クリスマスツリーにそんな言葉をかけながら厨房の中ですごしていた次第です。
不思議と、ツリーの灯りをみていると寂しさが紛れたと申しますか……
言ってみればこのクリスマスツリーは、居酒屋酒話の中で年末の時期だけ私と一緒にすごしてきたお友達といえなくもありません。
「ふふ……今年もよろしくねツリーさん」
私は、笑顔でそう言いました。
「こちらこそよろしくね、さわこ」
はい?
気のせいでしょうか……何でしょう……今、私の言葉に返事が返ってきたような気がしたのですが……
私は改めてクリスマスツリーへ視線を向けました。
私の手の中では、高さ15センチ程度のクリスマスツリーが明滅し続けています。
特に、変わったところはございません。
その木の中程には天使のオーナメントが1つありまし
……ちょっと待ってください。
このクリスマスツリーにオーナメントなんてございません。
電飾が明滅する以外、特に飾りなどないはずなんです。
そのことに思いあたった私がその天使の飾りを見つめていますと、そんな私の視線の先で、その天使のオーナメントがにっこり微笑みました。
「ごきげんようさわこ、1年ぶりかしら」
そう言うと、その天使のオーナメントは、羽を羽ばたかせながら舞い上がりまして、そのまま私の目の前に移動してきました。
……なんでしょう
びっくり仰天してもおかしくないシチュエーションのはずなのですが、不思議と怖いとかそんな思いはございません。
むしろ、すごく懐かしいと申しますか、嬉しいと申しますか……
そんな暖かな気持ちで、私の心の中が満たされていたのでございます。
◇◇
「物体魂(オブジェクトスピリッツ)ね、これ」
クリスマスツリーを手に、天使のオーナメントを肩にのせている私を見つめながら、バテアさんがそうおっしゃいました。
「物体魂(オブジェクトスピリッツ)?」
始めてお聞きする言葉に、私は首をひねりました。
「大切にしていた物体にね、所有者の気持ちが乗り移って実体化することがあるのよ。物体がそのまま動き出したり、別の形で動き出したりと、その出現の仕方は様々なんだけど……この、クリスマスツリー? とかいう物体は、天使の姿で具現化したみたいね」
「はぁ……まるで付喪神みたいですね」
「つく……何かしらそれ?」
私の言葉に、今度はバテアさんが首をひねる番でした。
長い年月を経た道具などに神や精霊などが宿ったものが付喪神ですが……
「この巨木の家の中は、アタシの魔力が結構溢れてるしね……ひょっとしたらその影響があったのかもしれないわ」
私の説明をお聞きになったバテアさんは、そう言いながら天使のオーナメントを見つめています。
「……しかしあれね……物体魂なんてはじめてみたわ。このクリスマスツリーのことをさわこはよっぽど大切にしていたのね」
バテアさんの言葉に、オーナメントの天使さんは
「えぇ、さわこには毎年とっても大切にしてもらっているわ」
笑顔でそう言ってくれました。
……なんでしょう、その言葉に私は胸が熱くなってしまいました。
お店を手伝いはじめて、父と一緒にこのクリスマスツリーの前で接客や厨房仕事をこなしていた日々が懐かしく思い出されます。
「クリスマスツリーさん、今年もよろしくお願いしますね」
「えぇ、さわこ、こちらこそ今年もよろしくね」
私の言葉に、天使のオーナメントさんはにっこり微笑んでくださいました。
◇◇
その日の夜から、私はクリスマスツリーさんをお店のカウンターの上に置きました。
ベルの座布団のお隣です。
天使のオーナメントさんは、丸くなって眠っているベルの横に腰掛けていることが多いです。
そこでジッとしたまま私を見つめてくれています。
そのため、お客さんの多くは、天使のオーナメントさんのことをただの飾りだと思っておられたようです。
そんな天使のオーナメントさんに見守られながら、私は今夜も頑張りました。
ふふ……気のせいでしょうか、いつも以上に頑張れたような気がいたします。
ーつづく
「……もう年末なんですねぇ」
予約をまとめた一覧表を確認しながら、私は思わずそんな一言をもらしておりました。
この世界にやってきて始めての年越しです。
……もっとも、バテアさんの転移魔法のおかげでいつでも私の世界に戻ることが出来ますし、そこまで感慨深い思いはございません。
とは申しましても、やはり年の瀬が迫っているわけでございます。
せっかくですので何かしたいな、と思ったりしてしまいます。
「……そいえば、去年の今頃は……」
私は、思いを巡らせていきました。
去年の今頃……
その頃の私は、まだ向こうの世界におりました。
居酒屋酒話を経営しながら年の瀬を待っていた次第です。
……もっとも、去年の居酒屋酒話は立地の悪さや他の新しいお店の影響してしまい、連日閑古鳥がないておりまして、忘年会の予約もさっぱりでした。
「せめて気分だけでも明るくしていかないと」
そう思った私は……
「そうでしたそうでした」
その事を思い出した私は、自分の部屋へ移動していきました。
私の部屋は、バテアさんのご自宅でございます巨木の家の2階にございます。
そこには、引っ越しの際に持参いたしました荷物が今もいくつか手つかずのまま残っております。
早く片付けないと、と、思ってはいるのですが……何しろこの中には私が個人で所有していた品々以外にも、お店で使用していた小物類などがたくさん詰まっているんです。
それらの多くは特定の季節でしか使用しない物が多いものですから、必然的にこうして箱に入ったままになってしまうと申しますか……すいません、言い訳以外の何物でもございませんね。
そんな箱の1つの中から、私はある品を取り出しました。
「あったあった、これですこれです」
手に取ったそれは、小型のクリスマスツリーでした。
裏にありますスイッチを入れますと、電飾が電池の力で明滅し始めます。
その光を見つめながら、私は思わず笑顔になっておりました。
去年……
このクリスマスツリーをカウンターの上に置いておいて、一緒にお客さんを待つづけたんですよね。
まだ父が健在だった頃に、お店の飾りにと購入してきたこのクリスマスツリー。
最初は、私と父の2人で切り盛りしているお店の中で
いつしか、私1人になったお店の中で
毎年この時期になると居酒屋酒話の中を照らしてくれていたのでございます。
客足が途絶え、滅多にお客さんがいらしてくださらなくなった居酒屋酒話の中、
「今日もお客さんが来てくださいませんね、ツリーさん」
返事があるわけでもないのに、クリスマスツリーにそんな言葉をかけながら厨房の中ですごしていた次第です。
不思議と、ツリーの灯りをみていると寂しさが紛れたと申しますか……
言ってみればこのクリスマスツリーは、居酒屋酒話の中で年末の時期だけ私と一緒にすごしてきたお友達といえなくもありません。
「ふふ……今年もよろしくねツリーさん」
私は、笑顔でそう言いました。
「こちらこそよろしくね、さわこ」
はい?
気のせいでしょうか……何でしょう……今、私の言葉に返事が返ってきたような気がしたのですが……
私は改めてクリスマスツリーへ視線を向けました。
私の手の中では、高さ15センチ程度のクリスマスツリーが明滅し続けています。
特に、変わったところはございません。
その木の中程には天使のオーナメントが1つありまし
……ちょっと待ってください。
このクリスマスツリーにオーナメントなんてございません。
電飾が明滅する以外、特に飾りなどないはずなんです。
そのことに思いあたった私がその天使の飾りを見つめていますと、そんな私の視線の先で、その天使のオーナメントがにっこり微笑みました。
「ごきげんようさわこ、1年ぶりかしら」
そう言うと、その天使のオーナメントは、羽を羽ばたかせながら舞い上がりまして、そのまま私の目の前に移動してきました。
……なんでしょう
びっくり仰天してもおかしくないシチュエーションのはずなのですが、不思議と怖いとかそんな思いはございません。
むしろ、すごく懐かしいと申しますか、嬉しいと申しますか……
そんな暖かな気持ちで、私の心の中が満たされていたのでございます。
◇◇
「物体魂(オブジェクトスピリッツ)ね、これ」
クリスマスツリーを手に、天使のオーナメントを肩にのせている私を見つめながら、バテアさんがそうおっしゃいました。
「物体魂(オブジェクトスピリッツ)?」
始めてお聞きする言葉に、私は首をひねりました。
「大切にしていた物体にね、所有者の気持ちが乗り移って実体化することがあるのよ。物体がそのまま動き出したり、別の形で動き出したりと、その出現の仕方は様々なんだけど……この、クリスマスツリー? とかいう物体は、天使の姿で具現化したみたいね」
「はぁ……まるで付喪神みたいですね」
「つく……何かしらそれ?」
私の言葉に、今度はバテアさんが首をひねる番でした。
長い年月を経た道具などに神や精霊などが宿ったものが付喪神ですが……
「この巨木の家の中は、アタシの魔力が結構溢れてるしね……ひょっとしたらその影響があったのかもしれないわ」
私の説明をお聞きになったバテアさんは、そう言いながら天使のオーナメントを見つめています。
「……しかしあれね……物体魂なんてはじめてみたわ。このクリスマスツリーのことをさわこはよっぽど大切にしていたのね」
バテアさんの言葉に、オーナメントの天使さんは
「えぇ、さわこには毎年とっても大切にしてもらっているわ」
笑顔でそう言ってくれました。
……なんでしょう、その言葉に私は胸が熱くなってしまいました。
お店を手伝いはじめて、父と一緒にこのクリスマスツリーの前で接客や厨房仕事をこなしていた日々が懐かしく思い出されます。
「クリスマスツリーさん、今年もよろしくお願いしますね」
「えぇ、さわこ、こちらこそ今年もよろしくね」
私の言葉に、天使のオーナメントさんはにっこり微笑んでくださいました。
◇◇
その日の夜から、私はクリスマスツリーさんをお店のカウンターの上に置きました。
ベルの座布団のお隣です。
天使のオーナメントさんは、丸くなって眠っているベルの横に腰掛けていることが多いです。
そこでジッとしたまま私を見つめてくれています。
そのため、お客さんの多くは、天使のオーナメントさんのことをただの飾りだと思っておられたようです。
そんな天使のオーナメントさんに見守られながら、私は今夜も頑張りました。
ふふ……気のせいでしょうか、いつも以上に頑張れたような気がいたします。
ーつづく
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