上 下
147 / 343
連載

さわこさんと、南方の狩り その1

しおりを挟む
 今日は少し早起きをしました。

 今日のベルは牙猫姿のまま、私の胸に抱きつくようにして寝ています。

◇◇

「毛布を1人1枚にしましょうか」
 そう私が提案しましたところ、
「ベル、もう絶対に毛布とらないニャ。だからさーちゃんとバーちゃんと一緒の毛布がいい!」
「だからバーちゃんじゃなくてアーちゃんでしょう!」
 バテアさんの突っ込みにも負けず、ベルがあまりにも必死に懇願したものですから、結局いままでどおりということで落ち着いたのですが、このやり取りがあって以降のベルは寝ている間に人型になることがなくなりました。
 そのかわり、
「さーちゃん、抱っこしてほしいニャ」
 牙猫姿のまま、少し甘えた声で私にすり寄ってくるのでございます。

 バテアさんが
「ベル、たまにはアタシが抱っこしてあげてもいいのよ」
 そう言って腕を広げてもですね、
「バーちゃんよりもさーちゃんがいいニャ」
「だからバーちゃんじゃないってば!」
 そんなやり取りを繰り返す次第です。

「ベルってば、そんなに私と一緒がいいの?」
 私が笑顔でそう尋ねると、ベルは
「うん!? バーちゃんだとおっぱいが大きすぎて苦しいにゃ」
 満面の笑顔でそう言いました。

 ……えっと……

 この時の私は、自分の胸を確認することが出来ないまま、ベルへ笑顔を向け続けていました。
 おそらく……とっても不自然な笑顔になっていたと思います。

 そんな私を見ながら、バテアさんがお腹を抱えて笑っておられました。
 ちょっとバテアさん、笑いすぎです!

◇◇

 ベルを起こさないように布団に残し、私は一階へと移動していきました。

 居酒屋さわこさんの厨房に入ると、早速調理を始めます。

 今日は、居酒屋さわこさんと契約してくださっているリンシンさん達冒険者の皆様が遠征に行かれる日なんです。
 
 トツノコンベ周辺に棲息していたクッカドゥウドル達が、寒さが厳しくなってきたのに合わせて南下してしまったものですから、バテアさんの転移魔法でそんなクッカドゥウドルを追いかけていくんです。

 このクッカドゥウドルは、今では居酒屋さわこさんにとって欠かせない素材になっております。
 何しろ、お店にご来店くださった方のほぼ全てが、このクッカドゥウドルの焼き鳥を最低1皿は御注文くださるまでになっておりますので。

 せっかく遠征なさるので、皆さんはいつもより広い範囲を狩りなさいます。
 そんな皆さんに、しっかり栄養をとってもらおうと思いまして、毎回この遠征の日にはお弁当を豪華版にさせていただいているんです。

 ……そうは申しましても、そのメニューは肉じゃがやタテガミライオンの網焼きといった、居酒屋さわこさんでいつもお出ししているメニューが大半なんですけどね。

 それでも握り飯には少し力をいれております。

 土鍋で炊いたご飯の中に、焼きたらこ・焼き鮭・昆布を詰め込みまして、いつもより大きめに握っていきます。
 いわゆる海賊おにぎりでございます。

 すり潰した梅をご飯の中に少量混ぜこんであります。

 こうすることで、唾液の分泌を促進いたしまして、少々大きめになっている握り飯を食べやすくしております。
 お米に、口の中の唾液をすべて持っていかれかねませんからね。

 クニャスさんが大好きな出汁巻き卵
 リンシンさんが最近はまっておられるコロッケ

 皆さんがお好きな物を加えることも忘れておりません。

 魔石コンロを同時に4つ稼働させまして、その上で卵焼き器や鍋、フライパンを手に取りながら同時に複数の調理をおこなっていきます。

 程なくいたしまして、出来上がったおかずと握り飯がすべてお重に収まりました。
 今日は総勢8名で現地に向かわれますので、お重も3つになっています。

 4段重ねのそのお重をそれぞれ風呂敷で包んでいく私。

 ちょうどここでリンシンさんが2階から降りてこられました。
 すでに、狩り用の服装に着替えられていまして、その背にはリンシンさんが愛用なさっておられます大きな金槌が握られています。

 すると、そんなリンシンさんと歩調を合わせたかのように、お店の扉がノックされました。

 リンシンさんが扉を開けると、そこにはクニャスさんやジューイさんといった、居酒屋さわこさんと契約してくださっている冒険者の皆さんが勢揃いなさっておられました。

「さぁ、今日も頑張っていこうか!」
「……うん、頑張る」
 クニャスさんの言葉に、リンシンさんも気合いの入った表情で頷かれました。

 ここで、エミリアが店内に姿を現しました。
「グッモーニン、みんな。狩り頑張ってね」
 そう言うと、エミリアは居酒屋さわこさんを出て、裏にありますバテア青空市へ向かっていきました。
 ちょうど、市場が開店する時間のようですね。

 しばらくすると、バテアさんも2階から降りてこられました。

 いつもはさわこの森の皆さんが朝食を食べ終わってから起き出してこられるバテアさん。
 そんなバテアさんにとって、今日はかなりの早起きです。
 それだけに、とっても眠たそうですね。大きなあくびを何度もなさっておられます。
「おあよ~わさこ……」
 挨拶してくださったものの、私の名前が「さわこ」ではなく「わさこ」になっていますので、まだ目が覚めてないようですね。
 私を「わさこ」と呼ばれている際のバテアさんは、そのまま横になればあっという間に二度寝出来てしまう状態でございますので…… 

 とはいえ、今日はバテアさんがいないと始まりません。
 リンシンさん達、冒険者の皆さんがクッカドゥウドル達のいる南方の森へ移動するための転移ドアを作成出来るのはバテアさんだけですもの。

 私から熱いほうじ茶を受け取ったバテアさんは、それをずずっとすすっておられます。

 眠さゆえか、椅子に座って背中を丸くなさっているのですが……なんだか少しおばさんくさく感じて……
「さわこ、何か言った?」
「い、いえいえいえ何にも言ってません」

 ……は、はい……ど、どうやらしっかりと目がお覚めになったようですね。
 私の呼称が「さわこ」に戻りましたので。

◇◇

 何度か背伸びをなさったバテアさんは
「じゃ、早速行きましょうか」
 冒険者の皆さんに向かってそう言われますと、右手を前にかざされました。
 
 しばらく詠唱なさると、その手の前に魔法陣が出現いたしまして、さらにその中にドアが出現いたしました。
 このドアが、転移ドアなんです。

「さ、行きましょう」
 バテアさんが扉を開けると、その向こうには南方の森が広がっています。

「……さわこ……行ってくる」
 リンシンさんの手には、お昼のお重の風呂敷包みが握られています。
 そんなリンシンさんを筆頭にして、冒険者の皆さんが次々に転移ドアをくぐって行きました。

 私は、そんな皆さんに

「行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて」

 と、お1人お1人に声をかけさせて頂きながらお見送りさせて頂いておりました。

 最後のバテアさんが
「じゃ、さわこ、行ってくるわね」
 そう言いながら転移ドアをくぐられました。

「はい、お気をつけて」
 そう言いながら、笑顔で右手を振る私。

 転移ドアが閉まり、皆さんの姿が見えなくなりますと、転移ドアもかき消えていきました。
 
 これで、皆さんとも夕方までお会い出来ません。
 そう考えてしまいますと、少し寂しくなってしまいますね。

 そんな事を考えておりますと、
「さーちゃん、おあよ~」
 ベルが寝ぼけながら降りてきました。

 あらあら、人型になっているものの、素っ裸じゃないですか。

「ほらベル、服を着ないと寒いでしょう」
 私は、階段を降りてきたベルを押し戻しながら、一緒に2階へと戻っていきました。

 そんなベルのおかげで、少し寂しく思っていたのが嘘のようです。

ーつづく

 
しおりを挟む
感想 163

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。