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さわこさんと、冬来たりなば その2

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 酒粕とマシュマロのホットドリンクをすっかり気に入ったベルは、あのあと3杯もお代わりをしました。

 猫舌のベルですので、エミリアやショコラにお渡しした物よりも相当冷ました状態で渡しておりましたので、とても飲みやすかったのでしょうね。
 深皿によそうと、すぐにすごい勢いでそれを舐めていきまして、あっという間に空っぽにしてしまいました。

 酒粕のおかげで、体がぽかぽかになるこのホットドリンク。

 ベルも、
「ふにゃあ……いい気持ちにゃあ……」
 3杯目を飲み終えると、猫の姿のままそう言いまして、そのまま座布団の上で丸くなっていきました。

 ここまで満足してもらえますと、私も本当にうれしく思ってしまいます。

 みんなにも好評のようですし、このホットドリンクをお昼に提供させていただくのもいいかもしれませんね。
 特に今日のように外が寒い折には、昼間、バテアさんの魔法雑貨のお店にご来店くださった皆様にサービスで振る舞わせていただくのもいいかもしれません。

 私はそんな事を考えながら、次回、私の世界へ買い出しに行った際、購入する予定にしている品目一覧の中に酒粕とマシュマロを追加していきました。

 このメモは、居酒屋さわこさんの厨房の柱にピンで留めてあります。
 思い当たった度に、こうして書き込むようにしております。

 こうしておかないと、後で
「あれ……おかしいな……何か買わなきゃって思っていたのに……」
 そんな事態に陥ってしまうことが多々ございますので……

 ほんと、多々ございますので……ふぅ……

◇◇

 そんなことを、居酒屋さわこさんの営業中に話題にしていたところ。
「酒粕ならあるんだわ」
 ご来店くださっていたワノンさんがそんなことを口になさいました。
「え? そうなんですか」
「うん、パルマ酒を造る際に結構でてるんだわ。さわこがいるのならもってくるんだわ」
「うわぁ、それは嬉しいです。ぜひお願いしたいです」
 私は、ワノンさんとそんな会話を交わしました。

 そういえば、パルマ酒は和音が主導して作成した、この世界ではじめて作られた本格的な日本酒なんですよ。よく考えてみれば、酒粕が出ない方がおかしいですものね。

「はい、さわこ。社長が言ってた酒粕持って来たわよ」
 翌朝、朝食を食べにやってきた和音がそう言いながら魔法袋を私に手渡してくれました。
「うわぁ、ありがとう和音。すごく助かる」
「あはは、さわこなら絶対にいると言うと思ってずっとためておいたんだけど、なんか酒造りに没頭しすぎちゃって、さわこに言うのをすっかり忘れてたの」
 和音はそう言って笑っています。

 昔から、和音はこんな感じです。

 何を差し置いても酒造りが大好きな和音。
 没頭すると、それこそ寝食の時間を惜しんですべての時間を酒造りに捧げてしまうんです。

 昨夜も、ワノンさんがご来店くださっていたのに、和音の姿がなかったのですが
「わー子ってば、新酒のイメージがいいところまで浮かんでいるからって動こうとしないんだわ」
 ワノンさんが呆れた口調でそう言われたほどだったのです。

 そんな和音のために、夜食用のお弁当を依頼くださったワノンさん。
 多分ですけど……あのお弁当をもってお戻りになったワノンさんは、和音に付き合って朝まで寝ないで作業をしていたのではないかな、と思っております。

 ……何しろ、私に酒粕の入った魔法袋を渡してくれている和音の後方で、うつらうつらとなさっているワノンさんの姿が見えておりますので……

「気持ちはわかるけど、ちゃんと休んでよ」
「うん大丈夫、まかせて!」
 私の言葉に満面の笑顔で答えてくれる和音。
「とにかくさ、寒くなるこれからの時期にあわせて仕込みをしないといけないしね。なんかもうその計画をたててるだけであっという間に時間が過ぎちゃって、もう、毎日楽しすぎなの!」
 そう言いながら、和音は朝食のトレーをもって、窓辺の席へと移動していきました。

 ひょっとしたら……このまま和音はこの世界のお酒事情を覆してしまうのでは……なぜか、そんなことを思ってしまった私でございます。

 とにもかくにも、体には気をつけて頑張ってほしいものです。

◇◇

「今日も寒いのう」
 そう言いながら、ドルーさんがバテアさんの魔法道具のお店に顔をだされたのは、いつもより少し早めの時間でした。

 ドルーさんは、この街で大工をなさっておられるドワーフさんです。
 お弟子さんを何人も抱えておられます。

 毎日のように、街のあちこちに出向かれまして大工のお仕事をなさっておられるドルーさんは、毎日のようにお昼前にバテアさんの魔法道具のお店に顔をだしてくださいまして、握り飯弁当をたくさん買っていってくださいます。
 
 工事で使う道具などを購入なさることもあるのですが、握り飯弁当は毎日欠かさず購入してくださっています。
 毎日、最低5食、多い時には10食分も買い込んでくださいます。

 そんなドルーさんが
「バテアの魔法道具の店で販売しとる握り飯弁当がの、これまた美味いんじゃ」
 そう、行く先々で宣伝してくださっているものですから、この握り飯弁当をお求めになられるお客様が日に日に増加しているように感じております。

 土鍋で炊いたお焦げご飯の握り飯に、焼きジャッケと自家製のお漬物を添えた物が基本なのですが、最近は焼きジャッケのハラミを海苔でご飯に巻き付けた握り飯や、味噌で焼いた握り飯などもメニューに加えておりまして、そのどれもがなかなか好評でございます。

「ドルー、ウェルカム。今日も握り飯弁当かしら?」
「そうじゃエミリア。じゃが今日は20食頼むわい」
「オー、多いわね」
「うむ、雪に備えての、村の街道の改修工事を行っておるんじゃ。そのせいでちと人を多めに雇っておるでな」
「オーケー、わかったわ」
 エミリアはそう言うと、バテアさんの魔法雑貨のお店のレジ横に置いてあります、握り飯弁当を袋につめていきました。

 基本、昼間販売している居酒屋さわこさんの握り飯弁当は、バテアさんの魔法雑貨のお店のレジで販売しております。
 なので、販売もすべて、魔法雑貨のお店の接客係を行っていますエミリアにお任せしています。

 ちなみに……

 先ほどドルーさんが申されました雪に備えての街道の改修工事なのですが、現在の街中では、こういった感じで雪の季節に備えるための工事が数多く行われております。

 ベルと買い物に出かけた際にも、家々の屋根や街道脇の下水道の改修工事などが行われている現場によく出くわしております。

「ドルーさん、いつもご苦労様です」
 そんなドルーさんの元へ、居酒屋さわこさんの厨房で仕込みを行っていた私が駆け寄りました。
「大皿料理で恐縮ですけど、おかずに召し上がってくださいな。あと、暖かい飲み物もお持ちくださいませ」
 
 おかずは、肉じゃがを中心にした大皿料理の詰め合わせ。
 温かい飲み物は、酒粕のホットドリンク……はい、エミリアやベルに飲んでもらったあの飲み物からマシュマロをのぞいたものでございます。

 何しろドルーさんは、ヒーロさん達役場から依頼されて、村のみんなのための工事をしてくださっているのです。
 これくらいさせていただきませんと。

「おほ、これは助かるわい。これでいつも以上に昼からも頑張れそうじゃ」
 ドルーさんは、私から受け取った荷物を手に、にっこり笑ってくださいました。
 そんなドルーさんに私は、
「はい、よろしくお願いいたします」
 笑顔でお返事をさせていただいた次第です。

 冬に向けて、みなさんあれこれ忙しい、そんな今日この頃でございます。

ーつづく



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